水道の蛇口が盗まれる被害が各地で相次いでいる。背景には新型コロナウイルスの影響による世界的な銅の価格高騰があり、銅を含んだ蛇口が狙われているとみられる。滋賀県の条例は金属買い取り業者に対し、売り手の身分証確認を義務づけているが、業者数の多さもあって順守状況のチェックは後手に回り、盗品取引の防止が難しい現状も浮かぶ。(松山春香)
■「生活費のため」
今年5月、長浜市内で県の文化財収蔵庫の洗面台8基が壊され、蛇口8個が持ち去られた。
この収蔵庫や富山県の廃業された宿泊施設に忍び込み、約30点の蛇口(約20万円相当)を盗んだとして窃盗罪などで起訴されたのは長野県塩尻市の無職の男(40)と妻(34)。大津地裁であった公判で、男は「生活費のため、蛇口を売って金を得ていました」と説明。公判では、ほかにも長野県内で盗んだ蛇口の換金で、40万円以上を得ていたことも明らかにされた。
10月、地裁の高橋孝治裁判官は「常習性があり、悪質」として、男に懲役2年(求刑・懲役3年)の実刑判決、妻に同2年6月、執行猶予3年(求刑・同2年6月)の判決をそれぞれ言い渡した。
■最高値を更新
県内では5月、竜王町の神社でも手水舎の純銅製の竜の蛇口や社殿の真ちゅう製の鈴が盗まれた。県外では北九州市の公園の蛇口が盗まれるなどしている。
蛇口は銅を多く含む真ちゅう製が一般的だ。銅の価格高騰で業者に高く売れることが窃盗の背景にあるとみられる。
国際取引の代表的な指標となるロンドン金属取引所(LME)の銅価格は5月、10年ぶりに1トンが1万ドルを超す最高値を更新。その後も、高水準が続いている。
日本メタル経済研究所の北良行主任研究員(資源経済学)は価格高騰について「コロナ禍で海外の銅鉱山からの供給が滞ったことや、テレワークの普及で電子機器に用いる銅の需要が増えたことなど様々な要因がある」と指摘。ほかにも銅消費の大口である中国の景気回復や、銅が多用される電気自動車の普及などが挙げられるという。
■身分確認義務
県条例では金属買い取り業者に、売り手の住所や氏名、職業など身分の確認を義務づけており、盗品などの疑いがある場合は警察に申告するよう定めている。違反すれば6月以下の懲役または3万円以下の罰金の罰則も設けられている。
だが、県公安委の許可を得て営業する金属を買い取れる業者は、2020年12月末時点で5000以上。県警生活安全企画課は「順に業者に立ち入り、帳簿の記載などをチェックしているが、数が多すぎて追いつかない」としており、業者乱立で取り締まりが後手に回っているのが実情だ。
東近江市の金属買い取り業「神田重量金属」の神田真理雄・代表取締役は「盗品の疑いがある金属でも、利益が出るからと売り手の身分証の提示を求めずに買い取る業者は少なくない。条例に従う業者が損をしないようチェックしてほしい」と訴える。