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この作品「Souvenirs quotidiens perdus」は「ウマ娘プリティーダービー」「ウマ娘」等のタグがつけられた作品です。
Souvenirs quotidiens perdus/マカロニサラダの小説

Souvenirs quotidiens perdus

7,594 文字(読了目安: 15分)

14話です。

やっとここまで来れた気がします。

2021年8月23日 15:00
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翌日のお昼。

雨は今日も激しく、学園全体を叩いている。

トレーナー室に入った瞬間に、今度こそ私は言葉を失った。

トレーナーさんが読んでいる本のタイトルは……。

【Souvenirs quotidiens perdus】

開いているページはごく最初の方。

いくらなんでもおかしい。

変だ。

「あの……トレーナーさん……その本……」

「ああ、これか?」

トレーナーさんは顔を上げ、本の表紙を見る。

「結構気に入ってるんだ。ミステリーなのに、人間ドラマとして見てもすごく面白いんだ」

同じだ、全部一緒。

表情、わずかな身じろぎ、言葉の内容まで、全部……。

「トレーナーさん……昨日も、その前も同じこと、話してましたよ」

「え……」

トレーナーさんはそう言ったきり、しばらく呆然としている。

その反応さえ……昨日と同じ。

鳥肌さえ立った。

最悪の想像が脳裏に浮かんだ。

ループが浸食を始めたのでは、という疑問。

私たちもループに巻き込まれ、記憶を維持できなくなるとしたら……。

この世界の誰も、8月30日を繰り返していることに気付かなくなったりしたら……。

それはダメだ。

その想像は……なんだかとても怖い。

「トレーナーさん……一体どうしたんですか?」

「あ、ああ……なんでもないぞ。それだけこの作品を気に入ってるっていうことだよ」

トレーナーさんはそう言って、小さく息をついた。

「そう言えば……今日の調査についてなんだが」

いつもの調子を取り戻して、彼は視線を合わせずに言う。

「図書館に行かないか? この間、スズカが俺たちみたいにループの経験がある人がいるかもしれないって言ってたやつ……」

「その言葉も、3度目、です……」

トレーナーさんの顔に苦い表情が広がった。

顔色が少し、悪いように思えた。

一緒だ。

全部同じ反応。

なにひとつ変わらない。

「……あ、あの、トレーナーさん。具合でも悪いんですか……?」

「……いや、なんでもない。少し物忘れをしたみたいだな」

トレーナーさんは少し落ち着かない様子で立ち上がった。

「……どうしたんですか?」

「用事を思い出したんだ。今日はこれで解散だ」

その言葉に呆気にとられていると、彼は足早に部屋から出ていった。

「トレーナーさん――」

トレーナーさんの身の上に、何かが起きている。

もう推測でもなんでもなく、確信だった。

ただひとり、ぼんやりと考えている。

雨音がする。

それはいつもよりも重く大きく、不吉に聞こえていた。

「……何が、起きているのかしら」

それはきっと、トレーナーさんにとって歓迎すべき事態でないことも、その表情からわかった。

トレーナーさんがそれを隠しておきたいこともわかった。

でも……気になる。

もしかしたら、私でも力になれることがあるかもしれないと思っていたのだ。

余計なことだとは確かに思う。

けれど、力になりたいとも思う。

生徒会やトレセン学園の人たちに話すわけにはいかないだろう。

例えループで記憶が持ち越されるのは私たちだけとはいえ、あまりこのことは嗅ぎまわれたくないはずだ。

…………。

手掛かりはある。

図書館で出会った、トレーナーさんの知人。

高校時代からの友達だったと、トレーナーさんは紹介していた。

彼なら何かわかるのかもしれない。

トレーナーさんの行動のわけを。

時間を確認する。

今から行っても十分間に合う。

本を読むもよし、資料を探して調べるもよし。

しかし、1つだけ問題があった。

「……どうやって声をかけようかしら」

彼は私のファンだと言っていた。

しかし、それだけではトレーナーさんとの話を引き出せる自信がない。

いきなり話しかけられて、トレーナーさんの名前を出されても怪しまれるのがオチだろう。

「どうしよう……」

ふと、周囲に視線を巡らせると、入り口のドアに何かが落ちているのを見つけた。

「これは……?」

白紙の紙を拾い上げる。

厚さからして、写真だろうか。

「……あ」

裏面にひっくり返すと、そこには学ラン姿のトレーナーさんと図書館で出会った彼が肩を組んで写っていた。

黒い筒を持っているので、卒業式の写真だろうか。

これがあれば、自然と話を聞きだせるかもしれない。

「……お借りしますね、トレーナーさん」

罪悪感を抱きつつも、私は図書館へ向かった。





……図書館は夕暮れの光に包まれている。

本棚に仕切られた通路は赤い光に照らされている。

独特の静かな雰囲気も、今は満喫する余裕がなかった。

人の姿はまばらだったから、彼はすぐに見つかった。

一瞬目が合うけれど、彼は少し驚いた様子で本棚に視線を戻す。

やはり彼は、私がトレーナーさんの知人だと思わない限り、私に話しかけることはないのだ。

すぐには彼に言葉をかけない。

彼から話を聞くための適当な言葉を探す。

写真という切り札があるとはいえ、不安なことは不安だった。

前のループの続きを語ってくれるだろうか。

あちらからしたら初対面なのだからと考えたら、いきなり話しかけるのは勇気がいる。

一度胸を軽く押さえ、息を吸う。

それから口を開いた。

「あの……」

彼がこちらを向いた。

なぜ自分に声をかけたのか、彼には分からない様子だった。

「…………」

「……えっと、なにか……?」

「……トレーナーさんのご友人の方、ですよね」

結局言葉が浮かばなかった私は、写真を彼に差し出した。

「これは……え、あの……確かにそれに写ってるのは僕ですけど……スズカさんのトレーナー、なんですか? 今、彼が……」

小さくうなずく。

包み隠さず、全てを話そう。

これまでのループから考えれば、きっと彼には心当たりがあるし、それについて私に忠告をしたいと考えるはずだ。

「あの……最近、トレーナーさんの様子がおかしくて……あなたのことは以前から聞いていたので……」

考えていた台詞を途切れ途切れに言う。

嘘は言っていないし、それほどおかしい理由ではない、はず。

彼はじっと私を見つめている。

警戒しているようにも見えて、私は思わず息を止めた。

……。

…………。

「……そういうことですか。ただ、ここは話をするような場所ではありませんし、外へ……」

彼は歩き出し、私は何も言わずに後についていった。

図書館の前にはちょっとした広場があって、その片隅にあるベンチに私たちは座った。

「何か飲みますか? 買ってきますよ」

「い、いえそんな……」

驚きつつもそう答えた。

この前はとても攻撃的な人に見えたのに……今日は違う。

初対面の印象に比べてずいぶん物静かだ。

「ずいぶん驚くんですね。大方あいつ……いえ、彼からは乱暴な奴だとか言われてたんでしょうけど」

「い、いえ! トレーナーさんはそんなこと……」

「いいんです。私としては、覚えてくれていただけでも嬉しいですから」

「え……」

「……でも、あなたも深入りしない内に離れた方がいいんです。それがあなたのためであり、彼のためです。彼は……孤独に生きていくべきなんです」

「……そういう言い方は……ひどいと思います」

「そうなるしかないんです」

「……一体、どうしてですか……?」

彼は小さくうなずいた。





彼は高校1年生の頃、トレーナーさんに出会ったという。

最初はいつも不機嫌そうで、誰からも距離を置いている彼を、ただ暗いヤツだと思っていたらしい。

トレーナーさんはいつも手帳を持って、そこに色々なことを書き込んで生活していた。

クラスメイトはトレーナーさんを気味悪がっていて、トレーナーさんはひとりだった。

けれど彼はトレーナーさんが読書家であることを知り、自分とその趣味が重なることも知っていた。

勇気を出して声をかけてみると、トレーナーさんは気さくに対応してくれたという。

2人はすぐに仲良くなった。

トレーナーさんはその間もずっと手帳を手放さずにいたけれど、それについて彼が尋ねても、トレーナーさんは何も答えなかった。

とにかく、それから2人は友達として時間を過ごした。

2人とも読書家だったから、話は合ったし、たまに本の貸し借りをした。

トレーナーさんからポーカーを教えてもらったりもしたと、彼は懐かしそうに話した。

3年が経った。

同じ大学に入った彼は、新しくできた友人をトレーナーさんに紹介したけれど、トレーナーさんは頑なにそれを拒み続けた。

トレーナーさんは、何かを恐れているようだった。

けれど彼にとって、トレーナーさんは少し物忘れがあることを除けば、全く普通の人間で、トレーナーさんが何を恐れているのか全然わからなかった。

ある日、それは起こった。

トレーナーさんは事故に遭う。

【物忘れ】がひどくなった。

いや、そもそも【物忘れ】と言えるレベルを遥かに超えていた。

昨日した会話、読んだ本の内容。

記憶の貯蔵庫に穴が空いていて、そこからポロポロと思い出が抜け落ちている。

授業の内容や、知識は忘れない。

けれど、思い出だけが消えている。

さすがにおかしいと思い、彼はトレーナーさんを問い詰めた。

トレーナーさんは本当のことを話してくれた。

彼は生まれながらに前向性の部分的な記憶障害を持っているのだという。

つまり【新しい思い出を覚えておくことができない】。

その症状は事故の後、進行したらしい。

トレーナーさんは彼と友人関係を続けたいと望んだけれど、彼には耐えられなかった。

思い出を共有できない相手と、どう友人関係を続ければいいのか、分からなかったのだ。

彼の傍にいることが苦痛だった。





「深く付き合えば付き合うほど、喪失感は深くなる。だから……あいつとは深く付き合わない方が良いんです」

彼の言葉に、私は小さく首を横に振った。

勝手なことを言われていると思った。

「……あなたが、トレーナーさんの本当の友人なら、それを打ち明けてくれたトレーナーさんを裏切ってはいけなかったと思います」

言葉を切る。

月明かりの中で語る、トレーナーさんの横顔を思い出していた。

「……私は、そんな風にはなりません」

気が付けば強い調子でそう言っていた。

「多分、あいつは必死であなたにこの事実を隠しているんだと思います。それだけ、スズカさんを大切に思っているのでしょう」

でも……と彼は呟く。

「私は、あいつの友達だったんです」

一瞬、彼の表情が歪んだ。

彼は顔を背けてしまって、それ以上、彼の表情はわからなかった。

「……ずっと、友達でいられると思ってたんです」

言葉は重く、悲しく、私はそれ以上何も言えなかった。

記憶や思い出を覚えていられないということが、どれほど大変なことなのか、私には想像ができなかった。

けれど一方で――。

私はどんなことがあっても、トレーナーさんを大切な人だと思うに決まっていると思った。

だから、今悲しそうにしている彼の言葉の意味や感情の深さを、本当の意味では理解していなかったのだと思う。





図書館からの帰り道。

私はぼんやりとしながら歩いていた。

彼の話をどう受け止めたらいいのかわからなかった。

頭の中で漠然と先ほどの話を思い返しては、トレーナーさんの気持ちや、その友達の気持ちを推し測ろうとするのだけれど。

結局、想像の範疇から出ないこともわかっていた。

足を止める。

ぐるぐると回っていた思考が一瞬で止まる。

トレーナーさんが道の先に立っていた。

「……トレーナーさん」

「図書館に行ってたんだな?」

「……どうして、それを」

トレーナーさんは困ったように笑った。

結局朝の提案通り、トレーナーさんはループの資料を探すためにひとりで図書館に向かって――。

そこで私と彼の友達が真剣な表情で話しているのを見たのだと語ってくれた。

「まあ、こういう生活も長いからな。スズカの言動から何があったのか推理できるよ……その表情を見る限り、全て知ってしまったんだな?」

トレーナーさんの言葉に、頷くしかなかった。

「あいつ、なんて言ってたんだ?」

「……トレーナーさんと深い付き合いをするのは、やめた方がいいと」

トレーナーさんは小さくため息をつき、それから口を開く。

「その通りだ。俺は記憶を持続できない。モノの名前や知識は覚えられても、思い出は覚えられない」

彼の言葉を、ただ黙って聞いていることしかできない。

「その時は気付かない。気付くまで忘れることさえ忘れていて、人が自分の知らない出来事を話していた時に初めて、ああ……自分はそのことを覚えていないんだ、とわかる」

彼の声は、悲しくて静かだ。

「俺は日々の出来事を詳細にメモして、それを失くした思い出の代わりにしてる」

「……はい、そう聞きました」

「症状の進行はゆっくりだったんだ。それこそ、あいつと【友達】をすることくらい……わけなかった」

トレーナーさんは私を見つめる。

どこか諦めたような目をしていた。

「だけどな、大学4年の頃、交通事故に遭って……その時から、症状は悪化していった」

トレーナーさんは言葉を切る。

何かを噛みしめるように。

何か苦い物でも飲み下すように、少しの間黙る。

それから……。

「後1、2年もすれば、俺は何も覚えていられなくなる」

「え……」

息を呑んだ。

何も覚えていられなくなるとはどういうことなのか、直感的には分からなかった。

「ちょうど、ループに気付いている俺たちと、気づいていない周囲の人たちとの違いに似てるんだ。この世界の人々が8月30日を永遠に繰り返すように、いつか俺にも明日が来なくなる」

なんでもなさそうに彼は言うけれど、その実、唇はわずかに震えていた。

「例えるなら、周りの人たち全員に8月31日が来て、その次の日が来て、1月が過ぎ、1年が過ぎ、10年経ったとしても……俺だけは8月30日に留まり続けるんだ」

何も言えなかった。

必死で言葉を探すのだけど、かけるべき言葉は見つからなかった。

【思い出を覚えていられない】ことがどれだけ辛いことなのか、私には分からない。

でもきっと、私などではとても耐えられないくらい辛いことなのだと思う。

人は、思い出があるからこそ前を向ける。

前読んだ本に、そう書いてあった。

もしそれが本当なのだとしたら……。

トレーナーさんには、それができない。

ずっと今日に留まり続ける。

たとえ、ループが終わってしまったとしても。

……。

…………。

沈黙を押しのけるように、トレーナーさんは息をついた。

「そんな顔をされても困る。これは俺の問題だ。スズカには関係ない」

いつもは見せないような優しい笑顔で、彼はそう言ってくれる。

その笑顔がかえって痛々しく、普段通りに皮肉のひとつでも言ってくれた方がいいと、私はぼんやりと考えていた。

「ひとつだけ、いいか?」

トレーナーさんの言葉に小さくうなずいた。

「このループが続く間も、終わった後も……みんなには内緒にしてほしいんだ。お節介ばっかりだから、気にしすぎるだろうし……俺はこのままの、今のままのトレセン学園が好きだからさ」

「……はい」

彼の言うことはよくわかった。

トレセン学園にしか居場所がないのは、痛いほど理解できたから。

「そうだ。これでいいこともあったんだぞ。ループのおかげか、記憶力が持続するようになってさ」

「……はい」

ここ数日、同じ本を読み続けていることも意識しないことにする。

無理やりにでも信じようと思った。

トレーナーさんの慰める声が、彼の優しさを示しているようで、私は泣きたい気持ちにさせられる。

きっと彼は同情なんて求めてはいないのだろうけれど。

たまらなく悲しい気持ちになった。

トレーナーさんの問題に対して多分、なにも出来ないだろう自分が情けなかった。

「このことは、スズカには知られたくなかったんだけどな……でも、その代わりにこんなに素敵な日々が待っているなんて思ってなかった。俺はこれで十分だ」

自分に言い聞かせる様な言葉を、私は無理に微笑みながら聞いていた。

彼の言葉の全ては、別れを前提としている事実にどうしようもなく気付いていたから。

「だからな、スズカ。このことはみんなには黙っていてくれ」

暮れる光がトレーナーさんを照らしていた。

彼は笑っていたけれど、本当は泣きたいのだろうと、私は勝手に思っていた。





その日。

色々なことがあったその夜。

私はベッドに横たわってずっと考えていた。

気持ちは不思議と平静だった。

語られた事実があまりに重くて、その重さを実感できていないのだと思う。

記憶を共有できないことで、孤独になってしまうこと。

友達がいなくて、トレセン学園が唯一の居場所であること。

……未来がないトレーナーさん。

なにも覚えていられず、周囲の時間だけが進んでいく。

1年後も10年後も、トレーナーさんはある時間の一点に留まり続け、明日が来るたびに戸惑うことになる。

トレーナーだったはずなのに、そうじゃなくなってる。

私の担当だったはずなのに、もう外れている。

周りには知らない人、知らないことばかりで混乱して……。

それを毎日毎日繰り返すのだとしたら……。

それはどれだけ辛いことなのだろう。

世界は彼だけを残して、先へ先へと時間を進めていく。

なにかできないだろうかと、私は考えていた。

トレーナーさんのために何かできないかと……。

必死で考えているうちに、トレーナーさんの言葉を思い出す。

ループが起きている間、症状の進行は止まっていると言っていた。

その言葉を信じよう。

この無限に続くループの中で、一生分の素敵な思い出を作ればいい。

それからずっと、その思い出だけで生きていけるくらい――とてもたくさんの思い出を、作ればいいんだ。

私は小さく拳を握る。

私にもできることがあるという事実がとても嬉しかった。

彼のために何かしたいと思っていた。

支えたいと思っていたから、本当に嬉しかったのだ。

コメント

  • NAN

    え〜〜〜〜〜〜〜〜めっちゃ良じゃん..............

    8月24日
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