スズカさんは後悔すると思います
第11話です。
前の話でタイトル設定し忘れて『無題』で投稿されてました。申し訳ありません。
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ある8月30日のお昼頃。
今日も空は青い。
さっきの強い通り雨で濡れていた景色も、強烈な夏日に早くも乾き始めている。
バス停に吹く風は涼しく、とても快適だ。
「バス、遅いですね。トレーナーさん」
そわそわした気持ちで言うと、隣で一緒にバスを待っていたトレーナーさんは、いつものようにため息をつく。
「……図書館に行くだけで、なんでそんなにはしゃげるんだよ」
「そこに図書館があるから……でしょうか」
「いやいや、回答になってないから。なんで決めてやったぜ的な顔をしてるんだ。うっとうしい」
トレーナーさんの言葉に10秒ほど落ち込んだ後、私は顔を上げる。
「でも、図書館は私たち読書家の心のオアシスですよ。いつ行ったって楽しみに代わりはないと思います。トレーナーさんは利用されないんですか?」
「俺の場合、本は買う派だからな。学園の図書室ならまだしも、図書館はよほどのことがないと使わないな」
「……そうですか」
そんなことを言い合っている間にバスが来て――。
バスに乗り込み、ガラガラの席に座る。
動き出したバスの窓の向こうに見える空を、上機嫌に眺めた。
目的のバス停で降りて、歩いて2、3分もすれば図書館が見えてくる。
見知った場所、歩き慣れた道。
行く手にはたくさんの本。
隣にはトレーナーさんがいる。
機嫌がいいのは当たり前だ。
「早く行きましょう、トレーナーさん」
「急がなくても、図書館は逃げたりしないぞ」
そんなやりとりをしながら図書館へと入っていく。
ループや時間に関係する資料を手当たり次第に持ち出して、机に積んでいく。
事の発端は、昨日の会話。
【私たちみたいにループの経験がある人が前例でいないでしょうか】
そういう私の疑問によって生まれたのが今回の調査だ。
【なるほどな、一理ある。その人がインタビュー記事とか、なんらかの形で残してくれている可能性はあるな】
そうして図書館に行く予定を立て、エアグルーヴに話したところ。
【共同作業は心理的距離を縮める効果があるからな。上手くやるんだぞ】
という謎の激励も受けた上で、一緒に資料を探しているのだけれど……。
「あ、この本……まだ読んでないなあ」
図書館というのはすごく誘惑の多い所で、なかなか資料探しに集中できなかったりする。
「ああ、その本か。それなりに面白かったぞ」
「それなり……もう、トレーナーさん。その言い方だと読む気が無くなっちゃうじゃないですか」
「こっちの方が面白いぞ。なかなか頭を使うミステリーだ」
「……私、頭を使う本は、ちょっと……」
「ああ、やっぱり」
「なんなんですか。そう思うなら勧めないでください」
トレーナーさんは眉をひそめ、人差し指を立てて見せた。
ここが図書館であることを思い出し、慌てて私はこくこくと頷いた。
「じゃあ、俺は社会学や心理学方面から調べていくから、スズカは物理学方面をお願いな」
一方的に話を決めると、トレーナーさんは行ってしまう。
「物理……そこまで得意じゃないんですけど……」
などと呟きつつ、私も真面目に本を探し始めた。
それから夕方になるまで作業は続いた。
原因は不明だけれど、当初予定していた作業が思ったよりも難航してしまったからだ。
……決して途中で余計な本を読んでいたから、というわけじゃない。うん。決して。
トレーナーさんから離れ、ひとりタイムリープについて書かれている雑誌を読み続ける。
読み物として面白く、夢中になり始めていた時……。
「あの……」
「……はい?」
突然かけられた声に顔を上げると、そこには見知らぬ男性が立っていた。
歳は……トレーナーさんと同じくらい、かしら。
「すみません、突然声をかけて」
彼は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、大丈夫です……それで、私になにかご用ですか?」
「サイレンススズカさん、ですよね。私、あなたのファンでして……」
「……そうなんですね、ありがとうございます」
「あの……今、一緒に図書館に来てる男は、あなたのトレーナー……ですよね」
「はい、そうです。ご存知なんですね」
「もちろんです。大学が一緒だったので。彼と」
「……! そうなんですか?」
「それで、少し彼のことでお話したいことがありまして……来ていただけますか?」
「でも、トレーナーさんには会わなくてもいいんですか?」
その男性は小さく首を横に振り、すたすたと歩き出した。
私はしばらく、その背中を見つめていた。
ついていっていいものかどうか、少し迷ったからだ。
この時間帯の図書館には、ループ中に何度か来ている。
その時、あの人に声をかけられたことは無かった。
私とトレーナーさん以外の人々は、私たちが関わらない限り、毎日同じことを寸分の狂いなく繰り返している。
今までの図書館での行動と、今回の行動に決定的な違いがあるのだとしたら……。
トレーナーさんの存在しかない。
私は今まで、この時間帯にトレーナーさんと図書館で行動を共にしたことが無かった。
それなら……。
彼が、トレーナーさんの担当である私に用があるのは本当なんだ。
「トレーナーさんの話って……」
私は小さく呟き、彼の後を追った。
図書館の外に出る。
いつものように穏やかで美しい夕暮れの中で、彼は硬い表情で私を見ていた。
「あの……トレーナーさんの話ってなんですか……?」
「担当トレーナーが彼なら、代えた方がいいと思います」
唐突な一言に、一瞬言葉を失う。
「スズカさんは後悔すると思います。なにより、あいつだって……」
決めつけるような言い方に、私は眉をひそめた。
「あの……なにを言っているのかはよく分かりませんけど、もしトレーナーさんの悪口を言いたいなら……やめてください」
「ち、違います。違うんです……忠告してるんです!」
「忠告って何を……」
彼が一瞬戸惑うような表情を見せ、それからまた口を開こうとしたとき。
「スズカ、なんで勝手に帰ろうとしてるんだ」
声に振り返れば、トレーナーさんがいる。
「あ……ちょっと待って――」
トレーナーさんと彼を引き合わせると、喧嘩が始まるかもしれないと思って、私はなんとか誤魔化そうとしたのだけれど……。
「あれ、お前……なんだよ! 久し振りだな!」
トレーナーさんは懐かしそうな笑顔を彼に見せた。
「え……あの……」
「こいつさ、高校時代からの友人なんだ。しばらく会ってなかったな、元気だったか?」
よほど親しかったのか、いつになく打ち解けた態度でトレーナーさんが歩み寄ろうとした。
けれど……トレーナーさんを恐れるように、彼は一歩下がった。
「寄るなよ。お前とは縁を切ったんだ」
「……え……なんだよ、それ……」
「そんなことも忘れたのかよ! くそ!!」
彼はそれだけ言って、走り去っていった。
私は突然の大声に身をすくませながら、小さくなる背中を見つめた。
「あの……トレーナーさん、今のは……」
トレーナーさんは何も答えてくれなかった。
それから、重たいため息をつく。
「……さあな。虫の居所でも悪かったんだろ」
トレーナーさんはそれだけ言って、あとはこの話題に一切触れようとはしなかった。
バスを降り、人通りのない道を歩く。
空に星が輝き、潮の香りがかすかに鼻をくすぐった。
2つの足音とさざ波の音。
ぽつぽつと私が話す。
ぽつぽつと彼が返す。
言葉が途切れる。
さざ波が聞こえる。
それをずっと繰り返している。
先ほどの男性の怒鳴り声が、まだ頭に響いていた。
ああいった攻撃的な声に慣れていない私は、まだ少し落ち着かない気持ちでいた。
トレーナーさんは……どうなんだろう。
あの時、トレーナーさんは怒鳴られた意味が一瞬分からずに、でも次の瞬間にはその原因に気づいたようだった。
彼は私に何かを隠しているようだった。
尋ねようか、少し迷った。
隠しているのなら、私には聞かれたくはないのだろう。
そういった秘密は誰でも持っているものだ。
でも気になる気持ちもあって……。
……。
…………。
……やめておこう。
言いたくないことを無理に聞き出すのは、よくない。
私たちは先ほどと同じようにぽつぽつと言葉を交わし、歩き続けた。
一体何があったんだろう。
元気がないなら慰めてあげたいのだけれど、それはやはり出過ぎたマネなのだろうか。
そんなことをずっと考えているうちに、寮に着いた。
「……送ってくれて、ありがとうございます。トレーナーさん」
なんとなく、別れを名残惜しく感じながらそう言った。
「あのさ……」
トレーナーさんは何かを言いかけて、結局何も言わず口を閉じた。
「どうかしたんですか?」
「いや……その……」
トレーナーさんは私を見て、少し笑ってみせた。
「ありがとな……聞かないでいてくれて」
なんのことかと、一瞬分からなくて……。
少し考えて、図書館での一件のことだと分かった。
私は小さく首を振った。
「でも……気が向いたらでいいですから、相談してください。お役に立てるかどうかは分かりませんけど……」
「ああ、そうさせてもらうよ」
トレーナーさんは何か思いついたように笑った。
「まあ、もっとも、スズカじゃ頼りにならないけどな」
「そ、そんなことありませんよ。話を聞くくらいなら、きちんとできます」
そんなことを言いながら、私はほっとしていた。
よかった。
いつものトレーナーさんだ。
私たちは微笑み合って、それからまた明日と言って別れた。