死なないから、大丈夫よ
今回は友人のリクエストでギャグ回に挑戦しました。
いつもと違う感じですが、よろしくお願いします。
いつもブクマ、コメントありがとうございます。
本当にありがたいです。
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目を開くと、見慣れた天井が見えた。
携帯電話を取り、日付を確認。
【8月30日】
「……また、ループしてる……」
呟いてはみたものの、大きな驚きはない。
ループにもそろそろ慣れてきた。
トレーナーさんもループしているから、寂しくもない。
最初に感じていた恐怖はもうほとんどない。
言ってみればこれは永遠に続く夏休みのようなもので、そう考えればそれほど悪いことじゃないな……なんて、最近はよく思ったりする。
窓の外は、いつもの8月30日の快晴。
今日はどんな一日になるだろう。
そんなことを考えて、少し顔がほころぶのが分かった。
これにスペちゃんやフクキタル、タイキたちもいれば、もっと賑やかで楽しかったのだろうけれど。
けれど、今はトレーナーさんと普段なら味わえない、特殊な二人きりの時間の過ごし方をしている。
都合よく記憶を持ち越せるなら、ループする友達も都合よく選定できないかしら。
そんな邪にまみれたことを考えながら、慣れた調子で学園に行く準備を済ませる。
毎朝まったく同じ作業をしているのだから、余裕を持って行動できる。
食堂にわざわざ寄る必要も、本当は無い。
けれど前に聞いたおばさんの『スズカちゃんに合わせて担当の日にした』という発言を聞いている以上、行かないのは気が引けた。
さて、準備はできたけれど、まだ行く時間には少し早いな……。
食堂に行く前に、ちょっと散歩をしよう。
そう考えた私は、普段とは違う道を歩くことにした。
学園の近くにある林道にやってきた。
この道を行った先に、何百段とある階段を備えている神社がある。
登り坂のトレーニングに最適な場所だ。
……今日はここで走ろうかしら。
そんなことを考えながら爽やかな夏の空気を堪能しているとき――。
「きゃあああああああああああああああ!!」
絹を裂くような女性の悲鳴が耳に届く。
「あれは……マックイーン?」
嫌な予感を抱きつつ、声の咆哮に目をやる。
するとそこには――。
「こ、こ、来ないでくださいましぃいいい!」
マックイーンがものすごい勢いでこちらに駆けてくる。
なにに追いかけられているのか、マックイーンの後方に目をやると――。
わん、わん、と。
マックイーンが……ワンちゃんに追いかけられている。
ワンちゃんは猛然とマックイーンを追いかけ、マックイーンは全速力で――。
「いやぁああああああ! 助けてくださいましぃいいいいいいいい!」
私の方に向かってくる!
ウマ娘の脚力についてくるなんて、あのワンちゃん……すごい。
じゃなくて。
「な、なんでこっちに来るの……!?」
「す、スズカさん! ちょうどいいところに! 助けてくださいまし!!」
「で、でも……どうしたら……!」
「一人より二人の方が逃げやすいですわ!」
それはつまり。
「マックイーンのために犠牲になれってこと……!?」
「そうは言っておりませんわ! でも、運悪くスズカさんの方に行ってしまったら……それが運命ってことですわ!」
「マックイーン、あなた最低……! 最低よ! 私を巻き込まないで……!」
私も目に涙をにじませながら全力疾走だ。
自慢ではないけれど、私は怖いものがそこまで好きではない。
…………。
「あれ? マックイーン?」
いつの間にか、隣を走っていたマックイーンがいない。
「ひょっとして、置いてきちゃったとか……」
こわごわ口にした考えに答えるように。
「いやぁあああああああああああああああああああ!!!」
絹を裂くようなマックイーンの悲鳴、再び。
「マックイーン!」
私は慌てて声のした方へ駆け出した。
……しばらく走ると、地面に倒れたマックイーンの姿が見えてくる。
「あ、あの……マックイーン?」
「……スズカさん……わたくしはもうダメですわ……あなたは、強く生きてください、まし……」
「あ、あの……?」
「わたくしの……屍を……超えて……」
……。
…………。
とりあえず、命に別状はなさそう。
ボロボロになったマックイーンの応急手当てをして保健室に運びこんだ後、私は食堂へと向かった。
8月30日の学園内についてもだいぶ慣れてきた。
同じなのはここを歩いているウマ娘たちだけじゃない。
ひとつひとつの行動、話の内容、果ては学園に迷い込んだ猫やカラスまで、ループ前と変化がない。
それをあらかた確認しながら、私はまっすぐトレーナー室に向かう。
トレーナーさんが来るまで、静かな雰囲気の廊下で読書をする。
そして、時々スマートフォンで時間を確認する。
――早くトレーナーさん来ないかな、なんて思っている。
朝早くに集まるということになっているが、明確な時間は決まっていない。
最近は、トレーナーさんのその日の気分によってまちまちである。
なので私は待ち時間を有効活用すべく、読書をすることにしていた。
……ふと、本をよく読んでいた小学生の頃を思い出す。
その頃、私は走ることと同じくらい、本を読むことが好きだった。
休み時間は本を読む時間だと思っていたくらいで。
加えて、引っ込み思案で口数が少ない私には友達がいなかった。
そしてある日、私は意識してしまった。
――孤独。
誰もいない場所で孤独に過ごすことと、みんなが賑やかな中で過ごす孤独とでは、意味が違う。
集団の中で過ごす孤独には、とても強い劣等感が伴うのだ。
一度それを意識してしまうと、自分にはみんなに混じる資格がないと言われているように思えたし、実際になかったと思う。
きっかけは、読書しかせず、交流を図らないことが問題で。
私はそんな教室の雰囲気が嫌いだったし、教室に馴染めない自分がもっと嫌いだった。
そこにいると、心が錆びていくような気持ちになる。
どうしても耐えられなくなると、私はひとりグラウンドに出て、走った。
もういいじゃないかと……言いたくなるのを抑えつけるように。
私は、自分がつまらない人間だと知っている。
だから、その事実を……私に突きつけるのは、やめてほしいと思ってしまう。
――そして、中学からトレセン学園に入学してからは、そんな自分を変えようと努力をした。
その変化のひとつとして、読書はせずに交流を図る、というものがあった。
結局、喋りが上手くない私はそれだけでは友達が出来なかったのだけれど。
小学校と、トレセン学園では違うことがひとつだけあった。
走りが強ければ、勝手に話しかけてもらえるのだ。
そのおかげか、スペちゃんやエアグルーヴ、フクキタルにタイキなど、友達はたくさんできた。
「……あの時より読むようになったなあ、本」
――それは、今のトレーナーさんに担当が代わって数ヶ月が経ったある日。
彼とコミュニケーションをもっととった方が良いというスペちゃんのアドバイス通りに、何の気なしに好きな本を聞いた。
すると、彼は嬉しそうに色々な本を紹介してくれた。
その時のトレーナーさんの笑顔がとても印象的で……。
思えば、これがきっかけだったと思う。
会話を重ねていくたびに、本を読みたいというより、彼の好きなもの……彼の知っている世界を知りたいと思った。
「今度また、お勧めの本を教えてもらおう」
トレーナーさんのことを深く知るために。
私はそう思いながら、廊下の先から足音が聞こえてくるのを待ち続けた。
その日の午後。
雨が降る前に早めの昼食を終え、トレーナー室に戻った私たちは調査する内容を話し合っていた。
しかし、どうにも今日のトレーナーさんは集中力が欠けているように見える。
……なにかあったのかしら?
「……ん? なんだ、スズカ。俺の顔になにかついてるか?」
「い、いえ……その、心ここにあらず、みたいな感じなので……」
それを聞いたトレーナーさんは、あぁ、とどこか納得したような相槌を打った。
「これはスズカに関することなんだが……」
「え?」
私に関すること……?
今までのループで思い当たる違うことと言えば、マックイーン――。
「朝、ボロボロのマックイーンと一緒だったろ? なんかあったのかなって」
……あぁ。
「……特に大したことじゃないんですが」
私は朝の一件をトレーナーさんに説明した。
「……するとなんだ。マックイーンはループが始まってから毎朝、その犬に追いかけられているのか」
表情を曇らせてトレーナーさんが言う。
マックイーンはループに巻き込まれていないから『毎朝』という感覚ではないだろうが、私たちからしてみればそうなる。
「だ、大丈夫じゃないでしょうか。マックイーンは私たちみたいに記憶を引き継いでいませんから」
「変な所で運が悪いよな、あのお嬢様は」
否定しようとしたが、正直、その言葉に心当たりがないわけではなかった。
「俺たちがループする限り犬に襲われ続けるマックイーン……良かったな、あいつループしてなくて。毎朝襲われるとか生き地獄だぞ……」
トレーナーさんは想像しているのか、表情がどんどん沈んでいく。
「……でも、どうして犬に襲われてるんだ? 怒らせるようなことはしなさそうだが」
「それは……分かりません」
「よし、じゃあ調べてみないか?」
調べるって……もしかして。
「マックイーンの件を、ですか?」
もちろん、と肯定の頷きをするトレーナーさん。
「だって可哀想だろ」
確かに気の毒ではある。
けど、調べたところでループとは何も関係なさそうだけれど……。
「それに、ウマ娘に匹敵する脚力を持つ犬が気になる」
私はトレーナーさんの目を見て納得した。
これは単に遊びというか息抜きというか、ちょっかいをかけに行こうとしている目だ。
今のトレーナーさんは野次ウマと言った方がよさそうだ。
「よし。そうと決まれば明日の朝、その林道に集合な」
それから私たちは、マックイーンの行く末をその目で見届けるために、そして助けるために作戦会議をした。
とりあえず、明日のマックイーンの目標は――。
【自分たちは林道に隠れて下手に手を出さず、思う存分逃げさせる】
らしいです。
完全にマックイーンで遊ぶ気だわ、この人。
翌朝。
私が集合地点に着いた時にはすでに、トレーナーさんの姿があった。
どれだけ楽しみにしてたのかしら……。
「お、遅れてすみません。まだ始まってませんか?」
「まだだ。平和そのものって感じだな」
「よかったです。じゃあ惨劇は始まっていないんですね……」
「惨劇って……そんなにひどいのか? こんなに爽やかな朝が、台無しになるレベルの惨劇なんて――」
「きゃあああああああああああああああ!!」
ああ……始まった。
「……これ、マックイーンの声か……」
私は小さくうなずいた。
「トレーナーさん、しっかり気を持ってくださいね。貧血を起こすかもしれませんから」
「朝食は軽くだが食べてきたし大丈夫だ」
「こ、こ、来ないでくださいましぃいいい!」
おなじみの悲鳴を上げつつ、マックイーンが駆けてくる。
後ろには、例の凶暴なワンちゃんもいる。
「おー……たしかに速いな、イヌッコロ」
そんな事を言ってる場合ですか。
木に隠れている私たちに気づかないまま、彼女が目の前を通過しようとした、その時――。
マックイーンが、噛まれた。
「いやぁあああああああああああああああああああ!!!」
マックイーンの悲鳴に構わず、犬はマックイーンを引き倒した。
そして……。
惨劇、再び……。
「あ、ああ、マックイーン!」
「うわ……これ……冗談で片付けられるレベルじゃねえぞ!」
「と、トレーナーさん! 下がってください、危ないので!」
人間より強いウマ娘の力に勝ってしまう犬だ、万が一にもトレーナーさんが襲われたらひとたまりもないだろう。
「す、スズカさんに、そのトレーナーさん!? た、助けてくださいまし!!」
マックイーンが縋るような目で私たちを見つめる。
…………。
「ご、ごめんなさい、マックイーン。トレーナーさんを危険な目には合わせられないの……」
私はトレーナーさんを肩に担ぐ。
「す、スズカさん!? お願いです! 助けてください!!」
「……死なないから、大丈夫よ」
そう言い残し、私はマックイーンに背を向けて、駆け出した。
「う、裏切り者ぉおおおおおおお! わたくしは今、ウマ娘の闇を見ましたわぁあああ!!」
本当にごめんなさい、マックイーン……。
学園にトレーナーさんを送り届けた後に私が戻ると、昨日よりあられもない姿のマックイーンが転がっていた。
そして、その日のお昼頃。
通り雨が止んだときのこと。
「えーと……そういうわけで。私とトレーナーさんによる、マックイーンVSワンちゃん緊急対策委員会の発足を、ここに宣言したいと、思います……」
「お、おー……」
「…………」
今、この部屋には、珍しく私とトレーナーさん以外の来客が来ている。
お察しの通り、今朝の惨劇の被害者、メジロマックイーンである。
……が、私の誘いに乗ってここに来てくれたものの、なぜか部屋の隅で丸くなっている。
それを見かねたトレーナーさんが、マックイーンに声をかけた。
「……すみません、メジロマックイーンさん。そんな所に座り込まないでくださいよ」
「うるさいですわね。わたくしは今、人類滅亡計画を考案中ですの……まず国防総省をハッキングして……人類とウマ娘なんて消えた方がましですわ……」
「……えぇ? ぶつぶつ言っててよく分かんないんですけど……」
トレーナーさんが私の方に振り返り、首をかしげる。
彼には聞こえていない声量なのだろうけど、私にははっきりと聞こえている。
今、マックイーンは絶賛ウマ娘不信に陥っているみたいだ。
……トレーナーさんは知らないままにしておいたほうがよさそうね。
「……コホン」
咳ばらいをひとつして、私は二人を見る。
「とにかくですね。みんなで知恵を出し合って、あのワンちゃんからマックイーンを救い出しましょう」
「……その言い方だとわたくし、また襲われるみたいじゃありませんの……」
「では具体的に、ワンちゃんからマックイーンを守るために何か有効な手段はありませんか?」
「なんなんですの!? わたくし、本当にまた襲われるんですの!?」
残念ながら、ループを繰り返す限り、私たちにとってはその通りだ。
「そもそも、なんでメジロマックイーンさんは犬に追いかけられてるんですか? あそこ、寮から離れてますし」
「……あの、トレーナーさん? どうしてあなたは、わたくしに敬語なんですの?」
トレーナーさんは基本、誰に対しても敬語だ。
彼曰く、親しい間柄以外の人には敬語の方が楽らしい。
ファン感謝祭で会いに来てくださった夫婦の赤ちゃんにすら敬語で接していたし、筋金入りなのだろう。
「お気になさらず。それで、なんで犬に追いかけられてるんですか?」
「……それは、ちょっと」
どうやら、マックイーンには珍しく、他人に言えない隠し事らしい。
「そ、そもそも今日だけの用事ですわ。もうあそこにはトレーニング以外で行きませんから」
今日だけというのが本当だとしたら、なんて運が悪いのだろう、彼女は。
「……まあ、そうおっしゃるならいいんですけど」
「さっきからなんなんですの……わたくしが普段から犬に襲われる日常を送ってるウマ娘みたいに扱って……」
非日常ではありえるのよ、マックイーン。
「まったく……珍しくスズカさんから話があるから、と言われて来てみれば……もう帰ってよろしいかしら?」
「あ……うん、いいわよ」
「本当によろしいのですか!?」
私からの返事が、よほど想定外だったらしい。
「う、うん……だって、話は聞けたし……」
「本当にこれだけですの……まあ、分かりましたわ」
不服そうな表情をしながらも、彼女は綺麗なお辞儀をして。
「お邪魔しましたわ、それでは」
そう言い残し、トレーナー室から出ていった。
……さすがに悪いことをしちゃったかしら。
「良い子だな、メジロマックイーンは」
ふいに、トレーナーさんが呟く。
「あの犬は怖いが……可哀想だな。なんとかして解決してあげよう」
トレーナーさんは同意を促すように、私の方を見る。
「……トレーナーさん」
「なんだ?」
「マックイーンがなにをしに林道にいるのか、知りたいだけですよね?」
「…………」
「…………」
「……違うぞ」
「嘘はいけません」
――翌朝。
マックイーンを助ける大作戦その1、【犬より先にマックイーンに会って、道を迂回することで犬と遭遇させない】が採用された。
ちなみに、この意見は私の発案だ。
私たちはマックイーンの無事を祈りつつ、林道に集まり、昨日悲鳴が聞こえてきた方へと歩いていた。
「しかしアレだよな……本当になんでこんな朝っぱらから、メジロマックイーンは林にいるんだ?」
「それは……分かりません」
少なくとも、マックイーンは私たちが起きる前から支度して、林の中にいるのだろう。
「今日だけって言ってましたし、散歩っていうわけでもなさそうですね」
「あーあ、これがマックイーンじゃなくてゴールドシップってんならいつものことで片付くのにな」
「そうですか?」
「ゴールドシップなら、徹夜でツチノコ探してたとか……森の中の秘宝を探してたとか、怪しい実験をしてたとか。あり得そうじゃないか?」
「ふふ。いくらゴールドシップでもそんな――」
……。
…………。
「あり得ますね……」
トレーナーさんも強くうなずいた。
「きゃあああああああああああああああ!!」
絹を裂くようなマックイーンの悲鳴が、林道の先から聞こえた。
「ト、トレーナーさん! もう遭遇しちゃったみたいですよ!?」
「うららかな朝を満喫してる人間がいる一方で、血みどろの惨劇に身を浸すウマ娘がいる……なんだか複雑な気持ちになるな」
「な、なに感傷に浸ってるんですか! 行きましょう!」
私たちはマックイーンの元へと駆けだした。
そして、その日の昼頃――。
「失敗に終わっちゃいましたね」
部屋の隅でうなだれているマックイーンをちらちら見つつ、話を続ける。
「それでは、次はどうしましょうか」
「……次? またわたくし、襲われますの?」
そうだった、マックイーンはループしていないのだった。
この現象に思った以上に慣れすぎていることに、私は驚く。
「対策案なら今考え付いた。明日……いや、次の機会に実行しよう」
「お二人してなんなんですの? 未来でも見えていますの? 仮に見えていたとしても、そんな未来、断固お断りですわ!」
未来というか、過去というか、現在というか。
こういう場合、なんといえばいいのだろう。
「そんなことよりも、ですわ……! わたくしが、負けた……っ! 犬に……史上最強のステイヤーと謳われたわたくしが、野良犬に……!」
「あの犬が異常なだけですよ」
「異常だとしても、程度っていうものがありますわ!」
そして、次のループ。
今回はトレーナーさんの案が採用された。
前回の作戦でわかったことだが、起きてからマックイーンのいる場所に向かっても間に合わない。
つまり、犬に遭遇することは前提で解決するしかないということになる。
幸い、逃げてくる道は分かっているので、その道中に陣取って、マックイーンを助けることにした。
「……一体なんなんですか、それ」
トレーナーさんは小さいバズーカのようなものを持ってきていた。
「あぁ、これか? これが今回の――」
彼の説明に耳を傾けていた、その時。
「きゃあああああああああああああああ!!」
例の叫び声が聞こえた。
「スズカ、説明はあとだ! 行くぞ!」
私たちは声のする方へと走る。
「こ、こ、来ないでくださいましぃいいい!」
全力疾走してこっちに向かってくるマックイーンと迫力ある姿のワンちゃん。
もはや日常となりかけている光景だ。
「メジロマックイーンさん!」
「あ、あなたは!?」
「詳しいことはあとです! 今、助けます!」
その言葉と共に、トレーナーさんはバズーカを構え、迎え撃つ体制を整えていた。
「な、なんなんですの、それは!?」
「ネットガンです! 網に絡めて無力化します!」
なんでそんなものを持っているのかしら、トレーナーさん。
「3秒後に撃ちます! そしたら避けてください!」
再びマックイーンに視線を移すと、ワンちゃんがマックイーンの後ろを捉えていた。
どれだけ大きい網か分からないが、今すぐにでも撃たなければ、二人とも網の餌食になってしまうだろう。
「は、はい! 分かりましたわ!」
マックイーンも後ろからの気迫が伝わっているのか、すぐに状況を把握した。
「3、2、1――ファイア!」
トレーナーさんが、ネットガンを発射した!
マックイーンも力強く右に跳躍して――。
「お、大きすぎますわ!!!」
マックイーンは避けきれず、網に捕らわれた。
悲鳴を上げながら地面を転がり、どんどん絡まっていく。
これを好機と、犬が迫る。
「……トレーナーさん?」
「……なあ、スズカ。彼女の好みは分かるか? どんな大罪を犯しても、許してくれるような、そういう好み」
「いやぁあああああああああああああああああああ!! 助けてくださいましぃいいいいいいいいいいいい!!」
「スイーツが好きだと誰かから聞いたような……でも、さすがに許してくれませんよ、これ」
「……ハッ! で、でも網に絡まってれば手出しは……あぁっ! ほどかれますわ!! ものすごく頭がよろしいですわ!!」
「ははっ、実況してる場合なんだろうか、彼女は」
「あぁ……ごめんなさい、マックイーン……」
「いやぁあああああああああああああああああああ!!!」
惨劇、再び……。
そして、今回の挑戦も見事に失敗した、その日の昼頃……。
マックイーンは怒って口をきいてくれなかったので、二人だけでの作戦会議である。
「どうあがいても無理じゃないか?」
いえ、今回ばっかりはトレーナーさんがちゃんと当ててればよかったと思います。
そう心で思ったが、またとんでもない物を持ってこられると困るので、口に出さないことにした。
「あ、あの……どうしてマックイーンだけが襲われるんでしょうか?」
「……そうだな。なんで俺たちは狙われないんだろう?」
二人して考え込む。
「うーん……食物連鎖的に考えるなら、あの犬にはメジロマックイーンがエサに見えたんだと思うが……」
「えぇ……それはいくらなんでも……」
「……やっぱり朝早くに林道に行ってる理由が関係してると思う」
「マックイーンのことですし、トレーニングだと思うのですが」
「制服でか?」
「それは……」
どんどん謎が深まっていく。
「現地調査でもしてみるか。なにか分かるかもしれないし」
「そうですね……はい、そうしましょう」
「トレーニングもするか? あそこの階段で」
「はい」
「じゃあ、俺は先に行ってるからさ。ジャージに着替えてこい」
……そこは待っててくれてもいいじゃないですか。
無意識なのだろうけど、トレーナーさんは一人でいたがるような提案をする。
事実、彼はなにも考えていないような表情で私の方を見ている。
わざとではないのだろうとしても、少しへこむ。
「……はい、すぐに追いつきますね」
「ははっ、ゆっくりでいいよ」
絶対嫌です。
そう心でつぶやいて、私はのんびりと準備しているトレーナーさんを尻目に、更衣室へと駆けだした。