私のトレーナーさんになにか?
予約投稿忘れてました、すみません
最近ジャンプアルティメットスターズをしています。久しぶりになにか漫画読んでみようかな……
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ジャージに着替え、手荷物もほどほどに林道へ向かう。
「あら……?」
学園内を出る前に、門の所でトレーナーさんの姿が見えた。
それだけなら何ら問題ないのだが、なぜ私が懐疑の呟きを漏らしたかというと、ウマ娘と話をしていたからだ。
「あれは……タキオン?」
瞬間、嫌な予感がして、歩く速さから駆け足の速さに上げる。
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか……」
「ふふっ。私としても謎が解けてよかったよ」
しかし会話の内容は穏やかだった。
「お待たせしました、トレーナーさん」
私の声にトレーナーさんは振り向いて、軽く手を振ってくれる。
「あぁ、スズカ。ちょうどよかった」
「お話の前にすみません……おはよう、タキオン」
「あぁ、おはよう。スズカ君」
いつも通り不敵な笑みを浮かべているウマ娘に私は挨拶をした。
彼女の名前はアグネスタキオン。
一言で言ってしまえば、歩く災害。
競走バとしては、中央にいるウマ娘でも抜きんでている存在だ。
ただ、そのマッドサイエンティストぶりからか、周囲の評判はお世辞にも良くない。
以前、トレーナーさんから聞いた話だが、私とタキオンが邂逅する順番が逆だったら、タキオンのトレーナーだったかもしれないらしい。
それもそのはずで、トレーナーさんはその優しさ故か、タキオンの風聞を知っておきながら実験に時々関わってしまっている。
――もしその話が現実で、トレーナーさんが私じゃなくタキオンの担当になっていたらと思うとぞっとする。
「それで、私のトレーナーさんになにか?」
私にしては強い語気でタキオンに尋ねる。
「そう警戒しないでくれたまえよ」
どの口が言うのか分からないが、無理な話だ。
「安心してくれ、スズカ。今回は実験の話じゃない」
「そうなんですか?」
「あぁ。マックイーンの謎が解けたんだ。これで彼女を助けられるだろう」
「あの……一体何がどういうことだったんですか?」
「彼女は犬のエサだったんだ」
……。
…………。
えー……。
よくはわからないが、とりあえずタキオンが関わっているらしいことは分かった。
「詳しいことはまたあとで話すよ。だから……トレーニングに行くか、とりあえず」
その後、タキオンと別れて二人きりになるも、詳しい話はなにも教えてくれなかった。
明日決着をつけるから。
その一言で今日一日は終わってしまった。
翌日の朝。
場所は犬の出没地帯。
今回は私とトレーナーさん……そして、タキオンもいた。
いつもなら研究室に篭りきりの時間なのか、瞼をしきりにこすっている。
「トレーナーくぅん……私はもう眠いよ……」
「まあまあ、アグネスタキオンさん。面白いものが見れますから、ね?」
「……そうかいそうかい……君が言うなら、そうなんだろうねぇ……」
半分微睡みの世界を漂っている彼女と共に、私たちはマックイーンが逃げてくる道中に陣取って、彼女が来るのを待った。
今までの観察から、ワンちゃんがどれくらいの時間にマックイーンと出会うかは秒単位で分かっている。
あとはただ、トレーナーさんがどう助けるかを見届けるだけ。
「しかし……トレーナー君はなんで今回の件を知っているんだい……? 彼女はたしか、極秘の用件だと言っていたが」
「……トレーナーに分からないことはないんですよ」
いやいや。
「そっかぁ……なるほどねぇ」
いやいやいやいや。
「犬出現まで、あと10……9……8……7……6……5……」
トレーナーさんの秒読みが消えてきっかり5秒。
「きゃあああああああああああああああ!!」
「来た!」
「な、なんだいこれは!?」
あまりの悲痛な叫びに、タキオンが完全に覚醒する。
「この道の先で、マックイーンが犬に襲われてるんです!」
「ど、どうしてだい?」
「あなたが先ほどマックイーンにあげたものが原因です!」
「なんだって? しかしそんな作用が起こるわけ……あぁ、そうか!」
「そういうことです!」
私を置いて、二人は完全に分かりきっている。
説明が欲しい。私も混ぜてください。
「ふぅン……なるほど。じゃあ彼女が解放されるには」
「手放させるしかないでしょうね」
手放させる……?
何度も逃げている姿を見ているが、マックイーンが何かを持っていたような覚えはない。
つまり、スカートのポケットに入るような小物ということだろう。
「メジロマックイーンさんに言って、手放してくれるような代物ですか?」
「無理だろうねぇ。彼女は最強のステイヤー……」
そこまで言いかけて、タキオンはハッと顔を上げる。
「そうだ、彼女はウマ娘だ。犬に追いつかれるはずはないと思うがね」
「それが追い付かれるから助けようとしてるんです」
その言葉にタキオンは一瞬だけ考える素振りを見せる。
助けるのならば、もう時間の猶予はない。
「僕に考えがあります。それで彼女が助かったら、あの犬はどうしてくださっても構いません」
「よし、乗った」
即決だった。
「アグネスタキオンさんはメジロマックイーンさんから例の物を奪ってください。手段は問いません。そしたら犬は勝手にタキオンさんに向かうでしょう」
「了解した」
了解しちゃうんだ。
「こ、こ、来ないでくださいましぃいいい!」
そうこうしているうちに、ついにマックイーンの姿が見える。
「じゃあ、任せました!」
「ふふっ、任されたよ!」
タキオンは数秒前の微睡みモードからすっかり変わっていた。
その目は真剣そのもので、マックイーンに向かって駆けていく。
「わ、私は……?」
「スズカはここで俺と行く末を見届けてくれ」
「は、はぁ……」
「……さて、どうなるものか」
トレーナーさんの視線の先を私も見る。
二人の間合いはもう詰まっていた。
「マックイーン君!」
「タ、タキオンさん!?」
「私があげたものが原因のようだ! なるべくスピードを落とさないままこちらに渡したまえ!」
「え!? で、でも!」
「このままでは君が食べられてしまうよ!」
「それは……勘弁ですわ!」
やけくそ気味にマックイーンは右手をスカートのポケットに突っ込み、何かを取り出す。
あれは……なにかしら?
彼女はプルンとした、肌色で棒状のものを握りしめていた。
「良い子だ!」
タキオンは登り坂だというのに、さらにスピードを上げて一気に差を詰める。
こちら側から見て、左にタキオン、右にマックイーンとワンちゃん。
交差する瞬間、マックイーンの手からタキオンの手へと渡り――。
「はっはっは!! ここから先は私と競争だモルモッきゃああああああああああああああ!」
ワンちゃんは手から手に渡るその一瞬のスキを見逃さず、タキオンにかじりついていた。
つまり、惨劇対象がマックイーンからタキオンに変わっただけ。
「はぁ……はぁ……ぜぇっ……はぁ……」
マックイーンは直感的に助かったと悟ったのか、私たちの前でスピードを落とす。
「あの……これは一体……」
結局わけがわからないので、トレーナーさんに尋ねる。
「その前に……アグネスタキオンさーん! 聞こえてるならさっさとそれ、離してくださーい!」
すると、タキオンは力を振り絞って謎の物体を遠くへ投げる。
そして、ワンちゃんはそれを追いかけて、そのまま森の中へと走り去ってしまった。
「ふぅ……終わったな。それじゃあ彼女を救出しよう。その後で話すよ」
それから1時間後。
タキオンが目を覚まし、トレーナー室へと足を運んでくれた。
「えっと、それじゃあ説明します……って言っても、分かってないのはスズカとマックイーンさんだけですけど」
今、この部屋にはトレーナーさん、私とマックイーン、そしてタキオンの4人がいる。
私たち二人が首をかしげる中、トレーナーさんは軽い笑みを浮かべながら私たちを振り返った。
「あの犬が彼女たちを襲った理由は、魚肉ソーセージです」
トレーナーさんは顔の前に手をやると、その手をゆっくりと前後に動かした。
……何のマネなんだろう。
「タキオンさん……あなた、私を嵌めようとしましたわね?」
「いいや、違うよ。今回は完全な事故さ」
「はぁ……もう別にどうでもいいですわ。あなたに頼った私がバ鹿だっただけですし」
「お二人さん、悪いけど僕の話を聞いてください」
トレーナーさんの説明はこうだ。
朝、マックイーンはタキオンから朝食代わりにソーセージをもらったらしい。
タキオン曰く、ソーセージは既製品で、それにある調味料を振りかけただけのもの。
それをかけるとあら不思議。
パフェ味のソーセージの完成だそうだ。
しかし――その調味料には隠された問題があった。
振りかければなんでもパフェ味にする、ということはそれほど凄まじい効果があるということで。
ワンちゃんはその匂いに正気を失い、マックイーンさん自身をエサとみなした。
……ということらしい。
もうどこからツッコめばいいのか分からない。
「その調味料を小瓶にでも移して渡せばよかったのでは……?」
「そんなことしたら一日で色んなものに振りかけて使い潰してしまいますわ」
私の疑問もこんな形で一蹴されてしまう。
「ま、一見複雑なこの事件も、分かってみれば実に単純でくだらないことだったっていうことだ」
「本当にくだらないですね……」
盛り上げるだけ盛り上げておいて、このオチはないだろう。
「くだらなくありませんわ! やっとわたくしのストレス太りの懸念が無くなったと思いましたのに!」
「まあまあ、マックイーン君。科学は常に進歩している。君の悩みもいずれ解決するさ」
……そんな感じで。
一件落着……かな。
そう思った矢先の翌ループ。
完全にトレーナーさんは興味を失っていた。
それが意味するもの。
「マックイーン……」
今日もまた、林道に叫び声がこだましているのだろう。
「それにしても、なかなか進まないな。ループについての研究」
「うーん……でも、急いでも仕方ないと思います」
「……ま、それもそうか。急いでもいいことはないしな」
トレーナーさんがぽつりとそんなことを言う。
もう何度も見続けた夕暮れの景色。
けれど、グラウンドを見るたびに素敵だなと思えるのは、なんだか不思議だ。
私たちはいつも通りに帰路につき、グラウンドの上に長い影が踊っている。
「トレーナーさんに無茶されたら、困りますから」
「俺じゃなくてスズカだろ。合宿明けの身体だってこと忘れるなよ」
「……はい」
トレーナーさんはループがいくつ重なっても、合宿明けであるということはずっと言っている。
正直、私にとってはもう結構前に感じるのだけれど……その記憶力と気配りには正直感嘆する。
「今日は早めに終わったし……どうする? たまにはカラオケでも行くか」
「カラオケですか……?」
その提案はとても魅力的ではあったが、今日はなんとなく気が乗らなかった。
今日は……スペちゃんとお話がしたい。
「……すみません。今日は、ちょっと……」
「ははっ、そっか」
トレーナーさんはそれだけ言うと、そこからは色んな話をしてくれた。
いつも通りに賑やかな、いつも通りの帰り道。
同じ毎日が続くという、異常な状況にも慣れてきた。
「しかしいつまで続くんだろうな、これ」
「……本当ですね」
曖昧なぼんやりとしたこの雰囲気は、嫌いではない。
実のところ、いつまで続いても苦にならないような気がした。
「あ……」
ふと、あることを思い出して、私は立ち止まる。
「どうした?」
「忘れ物が……あったような……」
図書室で借りた本を、教室に置きっぱなしにしたような気がする。
鞄を探ってみるが、やっぱり目当てのものはなく。
「すみません、先に帰っててください」
「あぁ、わかった。じゃあまた明日な」
「……はい」
私は別れを告げ、教室に向かった。
「あった……」
机の奥に入っていた文庫本を取り出す。
トレーナーさんに勧められた本だ。
ファンタジーの人気作で、前々から読んでみたいと思っていた。
とはいえ、100巻以上出ているシリーズだから今まで手が出なかったのだ。
終わりの見えない8月30日の中にいなければ、とても手が出る代物ではない。
ループが起きれば、また図書室に行って借りなければならない。
できればこの巻は今日中に読み終えたいところだ。
ぱらぱらとページをめくりながら、そんなことを考える。
ループが来れば、全てが元に戻ってしまう。
それだけが、少し厄介な問題なのかもしれない。
そんなことを考えながら鞄に本をしまい、教室を出ようとした時――。
「もう下校の時間ですよ、スズカさん」
「――!」
思わず息をのんだ。
声のした方を向くと、出入り口に緑色の制服を着た女性が立っていた。
「――なんて、まだ夏休みなんですけどね。忘れものですか?」
「えっと……はい。そうです」
そうですか、と彼女は笑みを浮かべる。
「すぐ帰りますから……すみません」
「あら、謝るようなことをしたんですか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「――スズカさん、ここで会ったのもなにかの縁です。少しお話しませんか?」
彼女はそう言うと、教室に足を踏み入れる。
「あ……はい。大丈夫です」
「……そうですか」
私の言葉にそう返事をすると、彼女の目に一瞬陰りが見えた。
「長い時間はとらせませんから」
彼女は適当な机に腰を掛けると、その前の席に座るよう、私を促した。
「……失礼します」
「楽にしてくださって構いませんよ」
そう彼女は言うが、やはりどうしても緊張してしまう。
なんだか二者面談をしているような雰囲気だ。
「…………」
「…………」
話す体制は整ったものの、彼女――駿川たづなは口を開かない。
話があるのではなかったのだろうか。
それとも、私から話題を振った方が良いのだろうか。
慣れないことに考えを巡らせていると、ついにたづなさんは口を開いた。
「……これは触れるべきではないと思うのですが」
この出だしは久しぶりに聞いたような気がする。
そう思ってしまうということが、私はループを重ねている状況に慣れているという証拠でもあった。
「トレーナーさんとの一日は、いかがでしたか?」
最後の、と付けない辺りは気を遣っているのだろう。
「えぇ……楽しかったですよ、今日も」
「……そうですか」
それからは、次のトレーナーさんの候補の情報だったり、チームに所属するのは考えているのかとか、次回の契約についての話をした。
時間にしてみれば、5分とか10分とか、そんなところ。
「……スズカさんはお強いですね」
彼女は突然、そんなことを言った。
「え……?」
「3年もご一緒されたトレーナーさんと別れてしまうのに……その、全然悲しくなさそうというか……あ、別に悪い意味じゃありませんよ?」
「はぁ……」
「実際の所、珍しいケースじゃないんです。でも今まで見てきた子たちはとても悲しんでいて、現実を受け入れられなくて……物損被害なんてのも当たり前でしたので」
……その気持ちはよくわかる。
私もループ直前までは気が気じゃなかった。
「その点、スズカさんはとても落ち着いてます。今までの娘たちなら、こんなゆっくり話す時間なんてありませんでしたから……別れを乗り越える様な秘訣があったら教えていただきたいです」
「それは……なんというか」
特定の日をループすればいいんですよ、なんてとても言えない。
「ふふっ……いじわるでしたね。すみません」
たづなさんは軽く頭を下げた。
「……あら、もうこんな時間ですか」
頭を上げる前にそう言った。
ついでに時計を確認したのだろう。
「実は戸締りをして回ってたんです。ここも鍵を掛けちゃいますので、何か他に用事がありましたら――」
「いえ、無いです……帰りますね」
私たちは机と椅子を正して、廊下へと出た。
「それでは、お気をつけて。さようなら」
「はい。たづなさんもお疲れさまでした」
いたって普通の、いたっていつも通りの会話。
私は彼女に背を向け、歩き出す。
「……可哀想に」
――え?
その呟きに振り返った時には、彼女の姿はもう無かった。