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夕暮れの理事長室。溶けるような陽射しを浴びて、その少女の髪は金色に輝く。
あるいは黄天に垂れる流星のように、一筋の白い髪が淫らに薄光る。
彼女の名前は秋川やよい。
ご存知、トレセン学園の理事長である。
学園の多くのウマ娘と同じように栗毛の髪を持った少女は、窓の外を眺めて愉悦の表情を浮かべていた。
「ふふ……くくく……!!あっはっは!!!」
その笑い声を聞いた秘書のたづなは、記入していた書類から顔を上げて怪訝そうにこう尋ねた。
「理事長……どうしたんですか?急にバカみたいに笑っちゃって……」
「っバカとはなんだ、バカとはっ!!」
地団駄を踏んで怒り出す理事長に、たづなは瞑目した。……実際、バカみたいな笑い方なのは間違いないのだ。だが、ここで理事長の気分を害しても話が前に進まないので、たづなは一応謝っておくことにした。
「ごめんなさい、つい。……でも、本当にどうしたんですか?」
「よくぞ聞いてくれたっ!!これだ!」
「……?」
少女が机の下から取り出したのは、なんとも大きな翡翠の瓶。半透明で、中には液体がたっぷりと入っている。
「あら。……それは」
「フフ、分かってしまったか。流石は、酒豪のたづなだ!これは、至福の味ながらも飲んだものの頭を破壊し、あっという間に理性を喪わせてしまうと言われる伝説のアルコール・脳斬テイストだッ!!」
「脳斬……そのお酒、本当に強いですよ?しかも理事長、全然お酒飲めませんよね……?」
「私は飲まないから大丈夫だ」
ちゃぷちゃぷと瓶の中身を揺らしながら、ニコニコと笑みを浮かべる秋川理事長。その無垢な笑みに、逆にたづなは懸念と少しの違和感を覚えた。
「……理事長、あなたまさか……」
「そうだ、これをトレーナーに飲ませるッ!!」
「……」
秘書の少女は絶句した。
「いや、ダメですよ!!トレーナーさんも、お酒弱いんですから!!」
「既知ッ!!!だから飲ませるのだ!」
「の、飲ませるって……そんなもの飲ませたら、あっという間に……」
「酔いつぶれるだろうな」
「……まさか、トレーナーさんを酔い潰させるつもりですか……!?」
「……」
どこ吹く風と言わんばかりに、ぷひょーと音程の外れた口笛を吹く少女。
こんなナリでも、一応はこの学園の最高責任者なのだ。
たづなは、怒りと呆れの感情がごちゃ混ぜになって、頭を抱えたくなった。
「理事長!!そんなこと、許されないですよ!」
たづなは少女の座る机をバンと叩いた。一瞬身体を後ろに逸らして怯えを見せたやよいであったが、負けじと机を叩き返す。
「……だって、トレーナーが振り向いてくれないんだもん!!」
「理事長かわいい……!ですけど、ダメです!!!」
「止めるな、たづな!!私は何がなんでもやる!!!」
「理事長!!」
「まずはトレーナーを、明日の会議内容の前相談という理由で定時後に呼び出す!」
「サビ残じゃないですか!?せめて定時内に呼び出してあげてください!」
「定時だと、学園内にウマ娘が残っている可能性があるからなっ!」
「自分都合!!そんなことしたらいけませんよ!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさーいっ!!!乱用!!!理事長権限だッ!!!」
「職権乱用の自覚があるなら自重してください!!」
……それからたづなは理事長の説得を続けた。
だが理事長の意思は固く、堂々巡りの話し合いとならざるを得なかった。
やがて、やよいがキャビネットから別の日本酒の瓶を取り出すと、それを受け取ったたづなは、トレーナーの未来について考えるのをやめた。
「これで、邪魔者はいなくなった」
秘書がいなくなった部屋は静寂に包まれる。秋川やよいは、やや日が落ちて、暗くなりかけた空を眺めた。
「……私は、やるぞ……!今日、ここで、決めて見せる……!」
その小さな身体に抱えた大きな酒瓶が、ちゃぷりと音を立てた。
こうして、日々の残業に疲れて判断能力の鈍ったトレーナーを呼びだした秋川やよいは、会話の自然な流れで【例の酒】を惚れる男に供することに成功した。
「理事長推薦ッ!元気の出るエナジードリンクだ!」
「ありがとうございます……ごくごく………………うぐっ!?」
「陥穽ッ!!人のいう事を、容易く信じるべきではないぞっ!!」
―強力過ぎるお酒は、酔いよりも強く眠りを誘う。眠りとは、体内異常に対する自動防御機構だからだ。
そうして、糸が切れたように、ふらふらとトレーナーは倒れた。
「ぐぅ……ぐぅ……」
「トレーナー、おきろー」
「……うぅん……」
「おーい」
ユサユサと身体を揺するが、トレーナーは起きない。
―占めた、少女はそう思った。
「こんなところで寝ると、風邪引くぞ―」
口ではそう言いながらも、勿論むざむざと起こすつもりはない。
机に突っ伏して眠る男の肩を軽くゆすり反応が無いのを見ると、やよいは笑みを口角に浮かべた。
「……業務、終わりっ!帰宅ッ!!」
「トレーナー……君が悪いんだぞ」
「ウマ娘ばかりかまって、全然部屋にも来てくれないし」
「私が勇気を振り絞ったアタックを、悉く全スルーするから……」
自らよりよっぽど大きな体躯のトレーナーを抱えたやよいは、空を見上げながら、独り言ちた。
見上げた空に輝く、狂おしいほど光を放つ満月。
その魔力に充てられてゆっくりと帰路を進む少女。
普段は車を使う。だが、今日は使わない。
向かう先は家ではなく、繁華街のホテルだからだ。
「……フフ」
……こんな強硬策、出来れば取りたくはなかった。
ありのままの自分に振り向いて欲しかった。
だが……もう、止まれない。
追い詰められた秋川やよいが取れる手段は、もうこれしかなかったのだ。
―そうして。
「むぐぐぐぐぐぐぐッ!?」
……戦慄。
秋川やよいは、戦慄した!
トレーナーに、度数のキツいお酒を飲ませて。
そのままホテルに連れ込んでイタズラしようと画策していたら、いつのまにか自分がトレーナーにロープで縛られていたからである!
「理事長……」
縛られたまま床に転がった少女を、立ったまま見下ろすトレーナー。
やよいには、その顔が怒りに紅潮しているように見えた。
「むぐ―!」
どうしてこんなことをするんだ、とばかりに口をもごもごと動かす少女に、それを見下ろす男。
男は少女が何かを次ぐよりも先に、抗議に身体をくねらせる少女の口元を、手で力強く抑えこんだ。
「……!!」
原初の感覚が少女の脳をよぎった。
このまま乱暴に扱われるかもしれない。
……少女がそう考えるほどに、微かな痛みが反響して、頬から何倍も痛みを感じている気がした。
―秋川やよいは目の前の見知った男に対して、ここで初めて、恐怖を覚えた。
……頭が痛い。
……たしか、理事長が出してきたお酒を飲んで、クラクラとして……
ああ、お酒、飲み過ぎたかな。
どうやら、……今の今まで、俺は眠っていたらしい。
そうして歪んだ視界が落ち着きを取り戻すと、そこで漸く、俺は今自分がホテルらしき部屋の一室にいて、目の前に誰かがいることに気がついた。
「……理事長……?」
「むぐ……」
視線の先には、アイ〇ルのCMばりに目元をうるつかせた、理事長が一匹。身体の自由を奪われた状態で、カーペットの床に転がっていた。
……いや、夢だな。あの理事長が、ロープでぐるぐるに縛られて、床に転がっているわけがないからな。
「……でも、そうか……夢か……」
俺は理事長の首を掴むと、近くに置いてあった半透明の緑の瓶の中身を、思いきりその口に流し込んだ。
これが夢なら、あの幼児体型の少女に対する劣情を晴らす絶好の機会だからだ。
「むーっ!?むむむーっ!?」
少女は体を捩って逃げようとするが、縛られているが故にこちらのなすがまま。
力を入れずとも、その身体を固定することも、弄繰り回すことも、容易いものであった。
「理事長、お酒大好きなんでしょ……?なら、ほら、もっと飲まないとね」
「むぐっ!?むぐぁっ!?」
ぺりぺりとガムテープを剥がして、少女の上の口から、たっぷりとお酒を流し込む。
もがく少女の口から酒瓶が外れるたびに、こぽこぽと酒が溢れて、喉をつたって服を濡らした。
それが、どうしようもなくみだりがわしい。
「や、やめ……ッ……!!?」
だらだらとお酒を体内に注ぎ込み、……やがて、酒瓶は空っぽになった。
俺が3割ほど飲んだ気がするから、残り7割は理事長に飲んだ計算になる。
……果たして、理事長は。とろんとした顔付きで、床にぺたんと座り込んでいた。
「ふっ……はっ……ふっ……はっ……」
「理事長……俺を酔わせて、何をするつもりだったんですか?」
「ふぁっ……な、何も、しゅ、するつもりなんてっ……」
まだ抵抗するか、この色ボケ栗毛娘。
俺は理事長の上半身を軽くまさぐった。とはいっても、こしょばせる程度ではあるが。
「んんんぁぁぁッ!?や、やめりょぉぉぉッ!?」
悶える少女の体躯を足で押さえつけて、ホテルに備え付けられた冷蔵庫を開けた。
―仕方ないからもっと飲ませてやろう。
床に張り付く理事長の口に、再び酒瓶を突っ込む。今度はバーボンだ。
「んぐ……んぐっ……!?」
先ほどよりも抵抗はずっと弱い。
首を左右に振るだけだが、それすら片手でガシリと抑えるだけで、その所作を掌握できる。少女の身体は、完全に俺にコントロールされている状態だ。
そうして全てのバーボンを注ぎ終わると、だらりと少女の身体が垂れた。
最早何かに寄りかからないと、座ることすら難しいようであった。
「ちょれえ、にゃっ……おまぇっ……」
呂律の回らない口で、余計に地に這いつくばりながらも、それでも尚、拒絶……あるいは、抵抗の意思を見せる秋川やよい。
「お酒飲み過ぎちゃったね、それなら酔い止め飲まないとね」
それならと、ポケットから白い粉を取り出す。
それを口元に近付けると、少女の表情は、見る見るうちに強張った。
「にゃ、にゃんだ……しょれは……」
「危ない薬とかではないので、安心してください」
「ぜ、ぜっちゃい、酔い止めじゃないだりょっ!!!……」
「うるせえ、飲め!オラッ、媚薬!」
「むぎょっ!?……ッッッ!!!??」
ドンキホーテで買った白い粉もとい媚薬を、少女の口に押し付けた瞬間。
カエルが潰れたような声を挙げて、床の上に転がる少女のカラダが、大きく跳ねた。
その後、秋川やよいとの間に何があったかは、語るべくもないだろう。
一晩が過ぎて朝になり、酔いから醒めて完全に意識が覚醒した俺は、恍惚の表情で寝転がる秋川やよいを見て、非常な後悔を覚えた。
結局、大人二人が、脳から理性を断たれて狂いに狂ったのが昨晩の事。
「あの、……秋川、理事長……?」
「ちょれえにゃ……♡もっちょ、もっちょ……♡」
「……」
現実を認識し頭を抱える俺と、未だシアワセの微睡みの中にいる少女。
夢から醒めたとき、彼女は何を思うのだろうか。幸福か、はたまた、自分と同じ、後悔か。
目の前の表情を眺めていると、彼女に限って言えばどう考えても後者はあり得ないだろうと、そういう結論が沸き上がる。
……秋川やよいは、俺を酔い潰して、イタズラをするつもりだった。
そしてそのうえで、少女は策を弄し過ぎた。策に溺れたのだ。
……だが、結果的に負けたのは、この俺だ。
少女は今と未来の幸福を勝ち取り、俺は今後の人生の窮屈を迫られる結果となった。
「栗毛は、淫乱……」
無意識のうちに、口を衝いてでた言葉。
栗毛……ああ、理事長が淫乱ドスケベな栗毛のウマ娘だったら、多少は責任転嫁もできるのかもなあ……
そんなことを思いながら、俺はふと、少女の長く伸びる、明るい栗色の髪の根元に視線を移した。
「—え?」
靄のかかった夕焼けのような色の髪のスキマから、——の耳が、見えた気がした。
完
全部秋川やよいが悪い
第二期栗毛週間、始まりました。
最初の走者はなんと、トレセン学園理事長、秋川やよいです。
序盤中盤終盤と、隙のないレース展開を見せて欲しいですね。
twitter/vene_castella