pixivは2021年5月31日付けでプライバシーポリシーを改定しました。
寮の自室。姿見の前。 アタシ、ダイワスカーレットはショートパンツの部屋着を着てその前に立った。 時刻はそろそろ23時を回る。明日もキツい朝練が待ってるので夜ふかしなんかしてられない。 でも、それでも気になってアタシは角度を変えて何度も自分の姿を見た。 キャスター付きの姿見を移動させて、ベットに座った自分の姿を写す。足を組んだり、戻したり。両手で自分の太ももを掴んだり。 「??? 何やってんだよスカーレット。もう電気消して寝ようぜ。俺もお前も明日朝早いんだからさあ」 同室のウオッカが迷惑そうにアタシを見ながらこれみよがしに欠伸をする。 「もうちょっとだけ待って。すぐ終わるから」 アタシはそう言って何度もポーズを変えてみる。 「なんだよ……この間の雑誌で気に食わないとこでもあったのか? トリプルティアラを制した私に相応しい写真ね、とか澄ました顔で言ってた癖に。それとも、また新しい雑誌の特集でも入ったのかよ。クソッ、俺だってなあ……」 いつもならここから気炎を上げるウオッカがまた欠伸をした。相当眠いらしい。 「そういうのじゃないわよ」 「じゃあなんだよ」 不機嫌そうになる目をショボショボさせているウオッカの顔を見た。 コイツに相談するか? その考えは一瞬で却下した。絶対に笑われる。一番のライバルに弱みなんて見せてられない。 アタシは姿見を元の場所に戻した。 「おまたせ。ゴメン。電気消すわよ」 「おう、おやすみー」 部屋の入口にある照明スイッチを押すとデスクライトの明かりだけになった。 入学当初は寝る前にどっちがこのスイッチを押すか争っていたのがちょっと懐かしい。 ライトを消して、ベッドに潜り込む。 「おやすみ」 アタシは太ももに手を当てて、悩みながら眠りに落ちていった。
レースウマ娘を扱う月刊誌、URA-NOWの今月号。嬉しいことにアタシの特集が掲載された。インタビュー記事だけでなく、ピンナップ写真の掲載もありで。 勝負服での写真から、ドレスでの写真。それからウマ娘専門のデザイナーさんに見立ててもらった私服姿もいくつか。どれも今までで一番かわいく綺麗に撮ってもらえて。紙面で見るのが楽しみだった。 真面目に優等生を意識しながら目標へ脇目も振らずに突き進んでいるつもりだけれど……流石にこういうことがあると興奮してしまう。 ところかまわず誰かに自慢したくなるのをグッと堪えて、発刊日を待ち続けた。
そして迎えた当日。アタシは学園中で密かに聞き耳を立てていた。 評価は上々。みんなから尊敬と憧れの視線、それに話題を聞いてついつい調子に乗って。普段やらないウマッターでのエゴサーチまでやってしまった。 SNSでは称賛の言葉で勇気づけられることあるけど、ひどい言葉で傷つくことも多い。だからアタシは普段はウマッターで自分の話題は見ないようにしていた。 そういうメディア関連については全部トレーナーに任せている。彼も「スカーレットは見ないほうが良い」って言っていたし。それでも時々は見てしまうけれど。
ウマッターでの評判もかなり良かった。『さすが緋色の女王』『インタビュー内容良いこと言ってるなー』『さらに上を目指す気概がある、まだまだ期待できそう』……ま、当然よね。 写真に対しても『超綺麗! 部屋に飾るわ』『もう高等部だもんな。昔よりも大人っぽく見える』『可愛さが抜けてどんどん美人さんになってきてるわ』……美人って素直に言われるとやっぱり嬉しい。えへへ。アタシもママみたいになれるかな。 『相変わらず胸デケー』『前より確実に育ってる』『( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!』『スカーレットのおっぱいで圧死したいです』……昔から言われてたけど……散々言われたからもう慣れた。まあ、男なんてそんなもんよね。 最近アタシの胸を見る時間が増えたような気がするトレーナーのことが頭をよぎった。アイツも男だからしょうがないんだろうけど……そんなに嫌悪感はない、かな。
そのままタイムラインをダラダラと追っていく。ふと気づいた。あるタイミングで話題が変化している。 『スカーレットのおっぱいばっかり見てるやつはニワカ。本当の魅力はぶっとい太ももだから』『わかる』『わかる』『当然』『パッツパツ過ぎる。張り裂けそう』『慧眼』『わかる』『太ももムチムチウマ娘最高』『肉体美の極北』『スカーレットの太ももに挟まれて圧死したいです』『わかる』『ごんぶと』『ごんぶと』 「……何よこれ」 アタシはつぶやいた。そんなに太もも太くないから。失礼な人たちだ。アタシはウマッターを閉じた。
ロビーのベンチに座ったまま、通り過ぎる生徒たちを眺める。時折下級生がアタシを見て羨望の視線を向けるのがわかった。悪くない。 そんな彼女たちの足はスラリと細い。アタシは視線を下に落とした。 ……太く、ないよね? 太くない。ちょっと太いかもしれないけれど、少なくとも『ごんぶと』はないはず。絶対に。 この足のおかげで桜花賞もオークスも、それに秋華賞だって走り抜いた。ママにもらった大切な体だ。それを嫌うことなんてできるわけがない。 大きな胸がコンプレックスだったときもあるけれど……自分の体を自分が好きになってあげなきゃ、速く、強くなることなんてできない。 でも……。 「もしかして……アタシの太ももって、結構太いほうなの?」 思わず言葉に出してしまった。
朝起きてもう一度、鏡の前で自分の姿をチェックする。太い……太くない。太い? 「何やってんだよ。先に出るから、戸締まり頼むぜ」 ウオッカが先に部屋から飛び出していった。 「あ、アタシも出るし」 「へっへーん。お先ぃ!」 結局グズグズしていたせいで戸締まりを押し付けられてしまった。 こうなったらやっぱり誰かに聞くしかない。ウオッカは却下。となると……。 「一番アタシを見てる人。ってなると、トレーナーしかいないわよね」 わかってはいたけれど、その選択肢しかない。
午後のトレーニングを終わって、その後のミーティングの前。 いつもなら学園内にある更衣室でジャージをズボンに履き替えて、体も拭いてからトレーナー室に行くことにしていた。汗だらけ、泥だらけなままで学園内を歩き回るのは良くないし。それに、汚れたままの姿でトレーナーに会うのも嫌だった。 万が一、汗臭いなんて思われたら恥ずかしくてしょうがない。 「よし」 アタシは更衣室で体を拭いた後、頷いた。体は制汗タオルで拭いたけれど、ズボンは履き替えずブルマのまま。 トレセン学園では短パンとブルマの2つを好きに選べるけど、アタシはブルマを履いていた。太ももが露出していたほうが邪魔が少なくて走るのに集中できるし。あと尊敬するエアグルーヴ先輩もブルマ派だったというのもある。
「入るわよ」 軽くノックをしてからトレーナー室に入る。トレーナーは特に変わりない。アタシがブルバ姿でトレーナー室でいることなんて、それほど珍しいことじゃないからだろう。 ミーティングといっても今日のタイムの確認、振り返り、来週の予定の確認くらいだ。話は20分くらいで終わった。 「お疲れ様、スカーレット。今日は解散で」 そう言って彼がタイムとかの書かれたバインダーを仕舞う。 トレーナーが椅子から立ち上がる前に、アタシは先に立ち上がって。腰に手を当てて彼の目の前で仁王立ちして見せた。 「ねえ、トレーナー。アンタ……アタシが他のウマ娘と違うところってどこだと思う?」 もっと思い切って聞くつもりだったのに、恥ずかしくて上手く言えなかった。自分でも抽象的過ぎる質問だと思う。トレーナーも困惑した顔を見せているのが分かった。 「うーん……たぶん今のトゥインクル・シリーズだと、トップ5に入る逃げ、その加速力かな。序盤で周囲を威圧するような立ち上がりが魅力だと思う」 なかなかくすぐったいことを言ってくれる。嬉しい言葉だけど、今欲しいのはそれじゃない。 「他には?」 私は促した。 「いつでも前向きで一番を目指すところが尊敬に値する」 うぅー……。体が痒くなりそうな言葉だ。褒めてくれるのは嬉しい。でも、そうじゃなくて。 「ありがと。でも、外見的なところを言ってるのよ」 アタシは腕を組んだ。トレーナーがますます困惑するのがわかる。そしてその視線が上から下に動いた。胸を見てる。それに、太ももの付け根も見られてる。 「髪の毛が長くてきれいなのが良いと思う」 そうなのよね。この長い髪は自慢だけど、手入れも大変だ。ウオッカみたいに短くしたいって思ったことは何度かあるけど……なんだか癪だし意地でもこの長さでいてやるつもりだ。じゃなくて。 「他にないの?」 腕を組んだまま彼ににじり寄ってみる。視線が……ほら。また見た。 「……胸が、大きいのが……その、魅力的だと思う」 トレーナーが横を向きながら小さな声でそう言った。 「バカ」 顔が猛烈に熱くなる。ああ、やっぱり。コイツ、アタシのおっきな胸が好きなんだ。 「「……」」 変な空気になったのに耐えられなくなって。アタシは部屋を飛び出した。 後ろでトレーナーが声を掛けてくるけど、そんなのもちろん無視した。
ミスった。言うべきじゃなかった。 俺は大きなため息を付きながら、部屋の奥にあるデスクに戻った。 とりあえずノートPCを立ち上げる。バインダーを手にして、今日のトレーニングの内容をデータとして打ち込んでいく。 「ふぅ……」 俺はあるフォルダを開いた。この間のURA-NOWの特集で使った写真データ。今後のスカーレットの広報用として買い取ったものだ。 それを改めて見る。 ……最高に、美しく可愛いと思う。俺の愛バ、という言葉を使うにはためらわれてしまうほどの美貌、それにスタイルだ。まだ十代半ばでこれなのだから末恐ろしい。 外見だけでなく、常に一番を求め続ける向上心、芯のブレなさはもちろん強く惹きつけられるものだ。 できれば彼女が大人になるまで、そしてその先も……隣にいられたらと思う。 画像スライドしていくと、夏合宿での画像なども出てきた。このときは自由時間の際にプライベートな水着も着たんだっけ。ビキニタイプなのでトレセン学園の指定水着よりも胸が強調されて、その大きさがよく分かる。 その胸よりも。 「まあ……俺はどっちかと言うと、太もも派かな」 俺はつぶやいた。雑誌で特集を組まれて以来、ウマッターではスカーレットの胸だけでなく、太ももの注目が集まっているらしい。まあ何度もあった流れではあるが。 彼女の水着姿の写真を眺める。 「やっぱりスカートレットの太い太ももはいいな」 俺は一人、言葉を漏らした。
その瞬間。部屋の引き戸がバンと開け放たれた。 さっき同様に生足を晒したブルマ姿のままのスカーレットが、ズカズカと大股開きでデスクに歩み寄ってくる。 ドアのすぐ外にいた? まさか聞かれたとか? 「もう一度聞くけど。アタシのどこが魅力的だと思う?」 太ももを見せつけるように、少し前と同じように仁王立ちする彼女に。 「太い太ももが、すごく力強くて健康的でいいと思う」 俺は観念して答えた。 「……太いは余計でしょ。ま、許してあげる」 スカーレットが俺のノートPCを覗き込む。 「ふーん。気に入ったんだ? そういえばさ、ウマッターでアタシの太ももに挟まれたい、なんてつぶやきあったけど……アンタにやってあげよっか?」 彼女が少し顔を赤くしつつもちょっとニヤニヤしながら、一歩踏み出してきた。 「いや、流石に……首の骨が折れそうだから、やめとく」 「は? なんでアンタ首を挟むつもりなのよ。変態。そういうのは、もっと……」 もっと、なんだろうか。 「なんでもないわよ! アタシの太ももは太くないわよね!?」 「ハイ」 失言のオンパレードでもう何も言えそうにない。俺は黙って肯定した。 「よろしい。じゃ、そういうことで」 再び大股でトレーナー室から出ていくスカーレットは機嫌がいいのか悪いのか、よくわからない。 ともかく。 「……なんでナチュラルに首とか言ったんだよ、俺は……」 素直に言いすぎだろ。あるいは上手く答えればワンチャンあったか? いやいやマズいだろ。 俺は再び写真をもう一度眺めて。今後のことを考えつつため息をついた。