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担当のウマ娘とはくれぐれも適切な距離感を保つように、とは耳にタコが出来るほど聞いた。 講師が次々と語るは専属トレーナーに男性観を乱されたウマ娘が掛かり気味になるケース、トレーナーが本気になるケース、或いはその両方。 また一人トレセン学園から優秀なトレーナーが去ってしまった……と悲痛な顔を浮かべる講師の顔はよく覚えている。 ちなみにその講師も翌月寿引退した。 だがまあ、うちには関係無い話だ。
「私もオペラオーさんみたいに出来るでしょうかぁ~……」
何せ、俺の担当する子はあのテイエムオペラオーに憧れているからだ。 俺にはあの覇王のような過剰な自信に満ち溢れた立ち振る舞いは出来ない。 その上、俺はそんな彼女の手を取って、こう言ってやった。
「オペラオーみたいにやる必要は無い! いや、君ならオペラオーを超えられる! 君に変わりたい気持ちがあるのなら!」 「はうぅ……! そ、そうでしょうかぁ……!」 彼女の憧れを否定しつつ、激励する。 ウマ娘を全肯定してやれない俺に、彼女が好意を抱く事など有り得ないのだからな!
メイショウドトウは素晴らしい才能を秘めたウマ娘。自己肯定感は低いが類稀なるド根性の持ち主だ。 ネガティブな方向に考えが傾いてしまっても、今の自分を変えたい、変わりたいと思い、それを行動に移すことができる。 その行動の方向性が特賞ゲットの為のアイスのドカ食いだとかやや明後日の方に向いたり、他にもやる気を出し過ぎて空回りしてしまうこともあるが、それはご愛敬と言えよう。 兎に角、俺はトレーナーとしてそんな彼女を支えてやる必要がある。あるのだが、勿論オペラオーみたいに演劇じみた立ち振る舞いなんて不可能だ。
これは一例だが、ドトウが自主的に土手に毎朝早朝ランニングへ出掛けていると知った時。 俺はドトウのランニングコースを調べて、こっそり先回りして彼女が怪我しないように小石を退かしたり、集中の妨げをしないようにゴミ拾いを先んじて行った。
「はうぅ~……すいません、私なんかの為に~……!」 「なんかじゃない! 君だからやってる事だ!」 「はぅ……!」
しかしそれもバレてしまい、泥だらけになっているところをドトウに見られてしまった。 彼女の憧れとするオペラオーとは正反対の姿。 どこにも掛かり気味になる要素は無いだろう。
更に、極め付けは少し前の雨の日に行った走り込み。 テイエムオペラオーは重バ場にも強いウマ娘のため、彼女に挑むのであればこちらもそれ相応に仕上げる必要がある。 ドトウはジャージをびしょ濡れにしながらも強い眼差しで練習に臨み、見事にタイムを縮めた。 だが練習が終わり最後の最後に油断してしまったのだろう、校舎に戻る途中でドトウが足を滑らせてしまった。 俺は慌てて彼女を支えようとしたのだが、俺も巻き込まれて転倒してしまった。
「ってて……大丈夫か? ごめん、オペラオーみたいに助けられなくて……」 「そんな! 私の為に……っ!?」
何とか俺が下敷きになる事は出来たのでドトウに怪我は無かったが、代わりに俺は泥だらけ。 オペラオーなら優美に気高くスマートに助けられたに違いない。
しかも、その時……!
「あ……ご、ごめんっ!!!」 「は、はぅあああ~……!!!」
俺は、あろうことかドトウの胸を触ってしまったのだ!
ドトウも顔を真っ赤にしていた。彼女の穏やかな気性から怒りはしなかったが、言葉にしなかっただけでその内心は煮えたぎっていたに違いない。 更にその時「トレーナーさんになら……」と言いかけていたので、俺は彼女を叱った。 もっと自分を大事にしなさい、ドトウは世界に一人しかいないのだから、と。 事故とはいえセクハラをしておきながら何言ってんだと指摘されたらまるで反論できない。 ドトウもその場では許してくれたが、今でも時折頬っぺたを赤くして俺を見ている。 俺には分かる。きっと思い出し笑いならぬ、思い出し怒りをしているのだ。
しかしまあ、そんな感情を抱きながらもドトウは必死にレースとトレーニングに打ち込んでくれた。 気力を奪う雨の日も、灼熱の日差し降り注ぐ夏の日も、強くなりたいという一心で駆け抜ける。 一見ネガティブで自信が無いように見えるが、間違いなく彼女もGⅠウマ娘足りえる実力があった。
そして俺は、そんな素晴らしい才能の持ち主であるドトウの担当でありながら中々彼女を勝たせてやる事ができなかった。 GⅡ、GⅢにおいては圧倒的と言ってもいい成績を残しながらも、GⅠの晴れ舞台──オペラオーとのレースでは、いつも二番手。
オペラオーならどう勝つか、オペラオーならどう仕掛けるか。 オペラオーにどうすればドトウが勝てるか。 負ける度にオペラオーを研究し、必死に考え、時には目に作ったクマを隠すのも忘れてドトウと作戦を練った。
その結果が、オペラオーのグランドスラムだ。 ハナ差圧勝。その言葉が示す通り、1mにも満たない距離がどこまでも遠かった。
俺は悔しかった。悔しくてトレーナー室で泣いて、しかもそんなところをドトウに見られてしまった。 二人で一緒に泣いて、絶対に強くなろう、絶対に勝とうと誓った。 あの日君に感じた何かを、絶対に一緒に掴もうと。
「トレーナーさん……! 私……勝ちたいです! オペラオーさんに!」 「俺も……俺も、キミと勝ちたい!」
ほら、担当ウマ娘を支えるべきトレーナーがこんなみっともない醜態を晒しているんだ。 距離間を誤るどころか、契約関係が無ければ向こうから去って行ってもおかしくはない。 俺はドトウの優しさに救われている。
……話を進めよう。俺はレースだけでは無く日常生活でもオペラオーを観察した。 彼女の強さの秘訣がどこにあるのか、少しでもそれを紐解くきっかけになれば、と。
「フ、ボクに熱い視線を向けるのも無理はない。だがボクはカルメンになるつもりはなくてね。キミはドトウというシンデレラの魔法使いだろう?」
とまあ、こんな風にすぐに本人にはバレてしまったのだが。 しかもその時、ドトウは何て言ったと思う?
「オペラオーさんには勝ちたいですけど……あの、あんまりオペラオーさんばっかり見ないでください……!」
──あなたのウマ娘は、オペラオーさんじゃなくて……私です!
あのドトウが、俺の袖を引きながらこんなことを言ってきたんだ! 俺はビックリした。ビックリしながらドトウに謝った。 オペラオーに憧れを抱くドトウですらこう言うのだから、その時の俺は相当酷かったに違いない。 俺は彼女の機嫌を損ねてしまい、一緒に心を鍛えるためだという理由で遊園地のお化け屋敷に連れて行かれたり、買い物で荷物持ちをやったりして、何とか許してもらった。 うん、ドトウが俺に掛かる要素はどこにも無いな。
そして、ついに訪れるはあの宝塚記念の日。 ドトウがオペラオーに勝ち、1着を手に入れた日。
レースが進み、最後はやはり二人の競り合い。ドトウの根性は強いがオペラオーの勝負根性も同等──或いは、それ以上だ。 このままではまた同じ結果を迎えてしまう。最終直線を迎えた時、俺はひたすら叫んだ!
「行けーーーー! 勝てーーーー! 頑張れーーーーー! ドトウーーーーーー! 頑張れーーーー! 頑張れーーーーーーーーー!」
オペラオーみたいなオペラからの引用ではなく、ただただ腹と喉の奥から搾り出す応援。 美しさも優雅さも欠片もない。 そしてドトウが一着を勝ち取った時、俺は思いっきり泣いた。 更に応援に声を出し過ぎて喉はガラガラ。 オペラオーなら洒落た言い回しで祝福の言葉を投げ掛けたのだろうが。
俺もドトウも感極まって、泣いて。
「トレーナーさん! 私! 私……!」 「良゛がっ゛た゛……! お゛め゛でと゛ぉ゛……!」
ガラガラな声で、キザな振る舞いも出来ず、ただドトウの健闘を称えて頭を撫でた。 オペラオーはそんな俺たちに、無言で拍手を送っていた。
ここまで話を聞くだけでもお分かりいただけただろう。 何処までもドトウの憧れのオペラオーには程遠い俺に、ドトウが好意を抱くことなど有り得ないのだ。
3年間の集大成であるURAファイナルズでドトウは見事勝利を収めた。 嬉しい、本当に嬉しかった。この3年間でドトウも自分に自信が付いてきたようだし、トレーナー冥利に尽きるというものだ。
「あの~……トレーナーさん……!」
そんな風にしみじみと3年間を振り返っていたら、ドトウがトレーナー室に駆け込んできた。 しかも涙を流している。何事だ!?
「あの券がどこにも無くて~……!」 「あの券?」 「温泉旅行券です~……! 福引で当たったアレが……! やっぱり私には過ぎたものだったのでしょうかぁ~……!?」 「ああ、あれなら俺が預かってるよ。あの時渡してくれただろ?」 「あ……! そうでしたぁ~……!」
一点変わってほっと一息、力が抜ける様子が耳の動きから伝わってくる。
「で、ではでは……! 早速行きませんか~……!」
──これは……トレーナーさんが預かっていてください~ ──自分に、ご褒美をあげてもいいと思えるような…… ──そんな……そんな私になれたら……その時に、私からお願いします~
脳裏に蘇るのは福引券を当てた時のドトウの言葉。 オペラオーに勝利し、URAファイナルズを優勝して……やっと彼女は、自分に誇れる自分になれたのだ。
「うぅ……」 「と、トレーナーさん……!?」 「いや、嬉しくて……ドトウから誘ってくれたことが……」 「はうぅ~……!」
あのドトウが、自分からご褒美を……思わず涙ぐんでしまった。
「ごめんごめん、すぐに準備していこうか」 「はい~!」
ドトウに背を向けて早速支度を始める。 あの温泉は確かレビューでもかなりの高評価だった筈。かなり楽しみだ。
「……ま、オペラオーなら多分あの温泉でもいつも通りなんだろうけど……」
そして、ふと呟いてしまった言葉。 あの世紀末覇王であれば、きっと温泉旅館に癒されながらも尊大なる振る舞いは微塵も変わりはしないのだろうと思ったのだ。 一時期テイエムオペラーを研究し過ぎていた俺は、何かにつれて彼女の名前を出すのがクセになってしまった。 「ま、いいか」
今はそれよりもドトウとの温泉旅行だ、と。 ドトウに背を向けて旅行の身支度を始めている俺は、気が付くことが出来なかった。 今の呟きが、ドトウに聞こえていたことも。
「……やっぱり、オペラオーさんのことばっかり……」
ドトウの、表情の変化にも。
この後温泉でかけがえのない絆を感じるひとときを過ごします