セイウンスカイ「ああ、生きてるって感じ!」
ひさしぶりに楽しく文章を書いた気がします。
ああ、楽しかった!本当に楽しかった。
現状わたしが持ち得る引き出しをすべて使い切って書けた気がします。そこそこ長いですが、のんびり読んでやってください。
==7/29追記==
novel/15698008
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続き物がなんとなく出来上がりました。こちらもよしなに。
以下、参考にした作品群
【章タイトル】
永訣の朝(宮沢賢治)
Time After Time(Cyndi Lauper)
Widmung(Robert Alexander Schumann)
Make Debut!(チーム・スピカ)
春日狂想(中原中也)
潜水(Mr.Children)
【その他】
「ああ、生きてるって感じ!」「金と黒のラベル~」
→潜水(Mr.Children)
「もしも何かの奇跡が起こって~」
→クライングハート(アイリス・ディセンバー・アンクライ、ノエル・ザ・ネクストシーズン)
「ずっと時間を無駄にしていて~」
→Summer of '69(Bryan Adams)
「限りなく透明に近いブルー、そんな本を昔~」
→限りなく透明に近いブルー(村上龍)
「すべてが私のために作られたみたいだ。~」
→The Passenger(Iggy Pop)
「ちょうど自分の髪の色と同じように~」
→色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年(村上春樹)
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Chap. 1: "Ora Orade Shitori egumo"
がやがやと喧騒に包まれる休み時間のクラスルームで、同級生たちを眺める私――セイウンスカイ。
彼女らはみんな(少なくとも私よりは)人気者で、気付けばいつもまわりには(少なくとも私よりは)人がいた。
それをぼんやり遠目から、頬杖をついて眺める。
そういえば、私の周りにはいつも誰もいないなと言うことに気付いて悲しくなる。
今日が何曜日かふと考えて、絶望に近い感情になる。ああ、まだ火曜日だ。
今日を抜いても、今週はあと3日も残っている。
私はそれを考えないように、もぞもぞと自分の腕で作った枕に潜り込む。
もちろん自分から声をかければみんな受け入れてくれるし、たまに話しかけてきてくれる人もいるけど、でもそういうことじゃない。
中等部のころは、もうちょっといろんな子といろんな会話をしていた気がする。
スペちゃん、エル、グラスちゃん、キング、ウララ、フラワー。あと他にもたくさん。今はもう、みんな私とはいるところが違った子たち。
新しい友達ができないのは、たぶん、私がつまらないウマ娘になっただけだろうな。
そんな理不尽な羨ましさと諦念を抱きながら、その感情から目を背けるようにして、沼地みたいにどろりと待ち構えた眠気へと私は沈んでいった。
*
トゥインクルシリーズを退いてから間もなく、私は高等部に進学した。
ドリームトロフィーリーグには挑戦せず、今はもう、たまに電車やバスがない場所へ遠出したときくらいしか、走らなくなった。
たかだかG1を2回勝ったくらいでは、あの魔境に挑戦するのは無茶だった。それに最後のほうは、もう心が折れかけていたから。
とはいえ外部の高校に移ると今まで通りサボれなくなるので、トレセン学園には居続けて、高卒の資格くらいは取ろうと思っている。そんな感じ。
「お、タマネギ安い。あとは~、適当にサラダ用のカット野菜ミックスでも……」
しかし、トレーニングをする機会もほぼ無くなったセイウンスカイを襲ったのは、とても空虚な「ヒマ」で。
(ある程度サボってたにしても)それなりに速く走ることへ固執していた中等部時代とは違って、今の私には本当にやることがない。
趣味だった釣りにもある程度打ち込んでみたけど、まる1年くらい、ほぼ毎日海に川にと釣りへ行っていたものだから、さすがに飽きてしまった。
よく考えると、昔はじいちゃん、学園に入ってからはフラワーやトレーナーさんと、けっこう釣りに付き合ってくれていた人は多かったのだ。1人になると途端に人生(バ生?)に彩りがなくなるのを知ったのは、独りぼっちになってからだった。
「これで主菜は大丈夫。他には~……うーん、カポナータでも作るかなぁ」
そんなセイちゃんが最近打ち込みだしたのが、料理だった。
「料理は釣りに似てるんだ。誰に見せるでもなく、1人で淡々とシカケを作って、ひたすらに己との闘いが続く」。
トレーナーさん――いや、トレーナーさん「だった人」が昔言っていた、そんな言葉をふと思い出して、ちょっと興味本位で始めてみたのがだいたい3ヶ月前のこと。
そしたら思った以上に楽しくて、気付いたら毎日授業が終わるたび、こうやって近所のスーパーへ足を運ぶようになってしまった。
それに、ほとんど他の子と会話する機会がない私にとって、スーパーの店員さんとのやり取りはちょうどいい発声練習になる。
1日にしゃべる言葉が「いや、いいです」と(「レジ袋はいりますか?」に対する返答)、「あ、ポイントカードあります」だけの日も割かし多い。世間的に見た女子高生らしくはないけど、なにも話さないより100倍くらいマシだ。
「よーし、今日も買い物終わり。あ、ビール買っていこっと」
ま、お金がないから発泡酒なんだけどね。
何もなかった日は「のどごし生」、ちょっと疲れているときは「麒麟淡麗」、自分にご褒美をあげるときだけ「エビスビール」。
寮で同室だった子は、私と同時期に現役を引退して、そのまま実家へ帰っていってしまった。
だから、私は1人で自由に寮のキッチンでご飯を作って、自室で自由に食べることができる。だいたい夕飯時はみんなカフェテリアに行っているので、作るときも食べるときも誰からも邪魔はされない。
それが今の私には唯一の楽しみで、それと同時に、自分の独りぼっちを最も強く感じる瞬間だった。
*
寮の共用キッチンでタマネギを薄くスライスしながら、ふと私たちが「黄金世代」だったころをぼんやりと思い出す。
スペちゃん、エル、グラスちゃんの3人はドリームトロフィーリーグへ挑戦するべく、日々鍛錬を繰り返している。以前よりもレースの間隔が開くから調整が大変だ、なんてぼやいてたっけ。
クラシック級のレースが限界だった私と違って、3人は本当に強い。だからきっと、向こうでも切磋琢磨しながらいい成績を残すことだろうし、実際去年の年末はスペちゃんがリーグ全体で10位に入賞していた。
キングは実家に戻って、母親のもとで勝負服デザイナーとなるべく頑張っているらしい。いつだったか、普段着ていたオーバーオールが破けてしまったときに「なんかおすすめの服教えてよ」と聞いたら、本当に趣味のいい服を紹介してくれた。きっと着実に力をつけてるのだと思う。
そう考えると、私ひとりだけぽつんと取り残されてしまったな、なんて思わざるを得なかった。
――よし、タマネギのスライスは完了。お次はイワシのウロコを取って、3枚におろしていこう。
私は何者だ? 私はセイウンスカイだ。
お前は今何をやっている? 単位を落とさない程度に授業に出てる。趣味は料理と昼寝と、たまに釣り。
お前はこれから将来どうするんだ? さあ、知らない。私だってよくわからないよ。そういうのって、何かの拍子にどこかで見つかるもんじゃない?
何かの拍子って? どこか、って? さあ、私にもよく分からないけど。少なくとも、目の前のイワシの内臓や背骨では無さそうだ。
――いてっ、小骨が親指に刺さった。あとで机の引き出しからトゲ抜きを探さなきゃ。
また自省に走りかけた私の心にふるふると首を振って、次にやるべきことを考える。
まずはオリーブオイルとレモン汁と塩で簡単にドレッシングを作って、みじん切りしたケーパーを混ぜる。
次は鍋で煮込んでいるトマト缶と野菜たちの味を見て、適宜ケチャップと塩コショウで味付け。
あ、フランスパン、まだトーストしてない。ガーリックとバターを塗って、表面をさっとトーストしよう。
なにか甘いものが欲しいから、あとで自室からいちじくのコンポートを持って来て、ゼラチンと混ぜて簡単なゼリーも作ろうかな。
そう、そうだ。目の前のことだけ考えろ。遠い未来のことなんて考えるな。
どうせ考えても何にもならない。ゼロがマイナスになるだけだもの。
*
鍋やボウルごと、作った料理を自室に持って帰ってきた私は、今日食べきれない分をタッパーに移してラップをしてから、鍋やボウルのまま机の上に置く。
「いただきます」
誰が見ているわけでもないけど習慣的に手を合わせて、ボウルに和えられたイワシのカルパッチョをもそもそと口に運び、カポナータをそこに混ぜる。
そして、冷蔵庫から冷えた350mLの缶を取り出してきて、カシュッとプルタブを引き上げる。
「この音を聞くために生きてるよね~」
独りごちて、缶の中の液体を、ごく、ごく、ごく。ぷはー。ああ、生きてるって感じがする。
この喉越しを味わうのも、人生の楽しみのひとつかもしれない。
不肖セイウンスカイ、趣味に「飲酒」を追加で。
中等部を6年かけて卒業し高等部に進学した私は、高校2年生の今、もうすでに20歳になっていた。
トレセン学園はトレーニングやレースありきというその性質上、ある程度の成績を残しているウマ娘はどうしても長く在学しがちになる。
事実、スペちゃんやエルはまだ中等部の生徒……だったはず。さすがに周りに知っている子がいなくなってきたから、早く高等部に進みたいとぼやいていたのがだいたい2年前のこと。
しかしまあ、進級試験に合格しないと高等部には進めないわけで。2人は元気にしているだろうか。
というか、あの2人はまだ中等部にいたんだっけ? よく考えてみると、それすらハッキリしない。もう長く連絡も取り合ってない。
今日つくった料理を食べながらビールを口に運んでスマホを眺めていると、徐々に視界が狭くなっていく感覚に陥っていく。
もともとアルコールに弱い私は、350mLの発泡酒で酔っぱらえるからかなり燃費がいいと思う。
だんだん、思考があいまいになっていく。嫌な考えにぜんぶモザイクの蓋がされていく気分。
テーブルの上に置かれた発泡酒の缶に、「キミは第三のビールなんて言うんだね、三流の私とお揃いだねぇ。にゃはは」なんて妄言をぽつりとこぼして。
ああ、そういえばトースターにフランスパンが入れっぱなしだ。ゼリーも食べてない――なんて思い至るも身体は動かず、気付くと私は机に突っ伏しながら眠りこけていた。