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この作品「スペとグラスの一番長い日」は「ウマ娘」「ウマ娘プリティーダービー」等のタグがつけられた作品です。
スペとグラスの一番長い日/blackmoreの小説

スペとグラスの一番長い日

5,510 文字(読了目安: 11分)
2021年8月29日 04:59
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おはようございます!
私’スペシャルウィーク’って言います!

今日から転入してきました
よろしくお願いします!


「私、日本一のウマ娘になることが夢なんです!」


・・・懐かしい
最近昔の事ばかり思い出してしまう

ベッドの横にあるトレセン学園時代の集合写真が入った写真立てに目を移す
仲の良かった友達であり共に競い合った友達の笑顔がそこにある
私はこの写真が大好きだ

エルちゃん、グラスちゃん、セイちゃん、キングさん
学園を卒業するときに校門前で撮った写真だ


人は私たちの世代を”黄金世代”と言う
それは素直に嬉しかった
だけど私たちにとっては黄金なんて言葉とはかけ離れた
汗と涙と泥にまみれた時代だった

少しでも気を抜くと負けてしまう
いや、少しも気を抜かなくても負けてしまう

お互いがそんな気持ちで毎日歯を食いしばって必死にトレーニングをしてた
泣いて、慰めて、また勝負する。そんな友達は生涯の友達になった


そんな思い出の詰まった写真を目を細めて見ていた

「あら、おはようございます。スぺちゃんもう起きていたんですね」
「おはよう、グラスちゃん。なんか目が覚めちゃった」


私のそばに来てくれるグラスちゃん
私が北海道に帰ってしばらくした後
彼女も私の近くに越してきたのだ


私は嬉しかった
「スぺちゃんが先にレース引退したから張り合いが無くなってしまいました」
なんて冗談を言ってグラスちゃんは私と今に至るまで共に過ごしてくれた


「懐かしいですね」
私の視線の先を見て彼女は言った
「もっと近くで見ますか?」
返事をするよりも先に
写真立てを私のベッドの前に備え付けてあるテーブルに置いた
「この写真を見るとこんなに歳を取ったのに昔に戻ったみたいに感じるの」
「えぇ、私も同じです。」

「また皆で集まりたいなぁ」

叶わないと分かっていながらぽつりと思った言葉が口から出た

「えぇ、本当に」
彼女も同じ気持ちだろう、目を閉じながらかみしめるように言う



「最後に集まったのは何年も前だね」
私は思い出すように右上の方を見上げながら話す
久々に皆で集まり、カフェでのお昼のはずが
話が盛り上がり最終的には飲み会になっていた

「そうですねぇ、あれ以来エルは外でお酒を飲むのを辞めたらしいですよ」
「あはは、確かにあれはやばかったね」

エルちゃんの名誉のために詳しくは言えないが
テンションが上がった彼女がお酒を飲むと色々とすごかったなと
思い出し笑いをしてしまう

笑いがおさまった所で私は目を瞑り深く息を吸って言った

「私、グラスちゃんより先にエルちゃんとセイちゃんに会いに行くね」

「それ言い始めてもう何ヶ月経っているか知っていますか?」
彼女が落ち着いて言います

「ううん、確かに言ってるけど私分かるの、自分の身体だし」
写真の中に咲いている桜を見る
満開のそれは学園の入口まで続いていて、私達の姿で全景は見えないが
桜の花道に感動したことも思い出す

「またそんなこと、、」
「今日、朝起きた時に感じたんだ」
写真から目を離し、私は窓の外の空を見る
抜けるような青空だった、そこに時間が経って輪郭がぼやけ始めている一本の飛行機雲が架かっていた


逝くにはにはいい日だと思った
私は初めての場所に行くときは迷いがちだから
セイちゃんが綺麗な青空、エルちゃんが飛行機雲を使って
私が迷わないように道を書いてくれたのかななんて思っていた


病院に入院していたが、自宅療養に切り替わって1ヶ月ぐらいだろうか
そのことの意味は分かっていた
自宅に帰ってからはグラスちゃんが毎日のようにきてくれて世話をしてくれた

「ありがとう、グラスちゃん」

彼女は無言で微笑みかけてくれる
彼女の目には今の私はどう写っているのだろうか
お互い歳をとったが、私は走ることはおろか自力で歩くこともできなくなってしまった


そんな私を部屋にこもっていては退屈だろうと
車椅子を押して外に連れ出してくれた
最近は私の体力を気遣ってかお散歩は少なくなった


私は最後に行きたい場所があった
車椅子を押してもらうのが気が引けてなかなか自分からは
どこかに行きたいと言い出せないでいたが
最期のお願いをしてみた

「グラスちゃん、私最後に行きたいところがあるの」
「えぇ、どこへ行きますか?」
「コースが見たいの」
「コースですか、わかりました。その前に朝食を食べていきますか?」
私は首を横に振る
「なんか今日は食欲が湧かないからいいや」
「わかりました、では・・・」

彼女の目が赤くなる、
少しの間彼女は涙がこぼれないように上を向いてから言い直した
「・・では着替えておめかししましょうか、会いに行くのでしょう、皆に」

「うん!」
私たちは時間を掛けて準備をした
暫く着ていなかった歳不相応なお気に入りの服が入っている棚を開けて
あれでもない、これでもないとまるで初恋の人とデートにでも行くかのように迷った

「皆に会いに行くんだもん、やっぱりこれだよね」
私は一番奥にしまっていたその服が入った箱を眺めて小さく声を出した

この服は今の私が一人で着るには難しい
すでに着替えているグラスちゃんに着替えを手伝ってもらう

過去にスカートのホックを飛ばしもしたその服は
今はぶかぶかでピンでウエストを詰めないと履けないほどだった

懐かしい、汗と涙がしみ込んだ白と紫の私の勝負服
偶然か必然か、私の着替えを手伝うグラスちゃんもまた、青と白の勝負服を着ていた


「グラスちゃん、ありがとう」
「よく似合ってますよ」

私は照れて人差し指で頬をかいた
「グラスちゃんも凛々しくて綺麗」
あらまぁとグラスちゃんも初めて勝負服を来た時のような笑顔になっていた


「では、行きましょうか」
私を車いすに乗せて一番近くのコースに向かいます

大きい公園の外周を囲むコースは芝ではなくダートコースで
私たちが走っていた芝のコースとは違うが
そんなことはどうでもよかった

30分程すると公園に着いた
公園を見下ろせる歩道に私たち二人
秋の心地よい風を受けてコースを眺めていた


ウマ娘の子供たちが競争をしている
汗を流しながら競争して、へとへとになって倒れこんで笑いあっている


「楽しそうだね」
思わず口に出た
「えぇ、あの3着だった子絶対強くなりますね」
「トレーナーさんみたい」
思わず笑ってしまった


「あら、思ったよりも元気そうじゃない」

えっ?

とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったかと思い
声のした方向を向きます

「えっ?なんで?」
「グラスに連絡をもらったのよ、あなたが最後に皆に会いたいから公園のコースに行きたいらしいって」
「皆に合うなら私達もいなくてはダメなのではなくて?」

何年ぶりだろうか、彼女は昔と変わらない口調で私に話しかける
それにグラスちゃん、こうゆうことは教えてくれたらいいのに

彼女は私たちと同じくかつての緑色の勝負服を着ていた
勝負服を着た彼女を、ピンク色の髪の毛、ウララちゃんが車いすに乗せて押していた


「キングさん、ウララちゃん」
「久しぶり、スぺちゃん」
ウララちゃんは昔と同じ笑顔で私とグラスちゃんに手を振る


何も言わずに私の隣にキングさんの乗った車椅子を押してくるウララちゃん
暫くは誰も何も言わなかった、いや、何も言う必要がなかった
そのまま何も言わずに、キングさんが私の掌に自分の手のひらを重ねる
何も言わずに微笑みかけてくる

私は心の中で考えていることを口に出してみた

「今、皆スタートラインに並んでる」
「内からウララちゃん、キングさん、セイちゃん、エルちゃん、グラスちゃん、私」
「それを二人のお母ちゃんがベンチで見ててくれてるの」
「スタートから第四コーナー前までずっとキングさんとセイちゃんが先行してる」
「エルちゃんもだんだん先頭に近づいていく」
「そこから私と、グラスちゃん、ウララちゃんが一気にスパートして」
「最終直線で横一線になるの」


「で、一着は誰ですの?」
「もちろん、私!」
「なんでよ!」
ウララちゃんとグラスちゃんが笑う
私もキングさんも掌を重ねたまま笑う

私の目にははっきりと映っていた
あの頃と同じようにコースにへとへとになって寝転ぶ皆が


「皆の顔が見れてよかった」
ウララちゃんが本当に嬉しそうに言う
「私の家に来る?」
そう尋ねるがウララちゃんとキングさんは首を横に振る
「私たちはここで会えたから満足よ、それに、、そんな無粋なことはしませんわ」

そんなことないと言いかけるグラスちゃんを首を横に振って制止するキングさん

「そっか、分かった」
また会おう、と言いかけて私は口をつぐんだ
皆が来るにはまだまだ早い場所に行くのだから

「来てくれてありがとう」
久々の外出だからか少し疲れてしまった

「ええ、そう遠くないうちにまた」
キングさんの言葉に微笑み返して私たちは解散した

家に着いて着がえて
再び私はベッドの中へ、久々に外出したからか
とても疲れた気がする


「今日はまだいてもいいですか?」
いつもはこの時間になるとグラスちゃんは自分の家に帰るのだが
今日は帰らずにいてくれるらしい
「今日はいてほしい」
私は本心からそう思っていた
「背中・・起こしてくれる?顔が見たい」
彼女は私が寝ているリクライニングベッドの背中を起こし
お互いの顔を見合うとにこりと微笑み掛けてくれる


私は震える掌を彼女に向かって伸ばした
もうこの動作だけで息が切れる
彼女は私の掌を両手で包み、座っている太ももの上にポンと置いた
「安心する」
彼女は何も言わず下を向き、私の掌を包んだ手を見ている


「今日は本当にいい日だったね、キングさんやウララちゃんも来てくれたし」
「えぇ」

「セイちゃん、エルちゃんにもコースで会えた」
「えぇ」

「私、グラスちゃんが私の近くに越して来てくれて本当によかったと思ってるの」
「地域の行事も一緒にしたし、小さい畑だけど一緒に作った野菜も本当においしかった」
「なんだか私、グラスちゃんに助けられてばっかりだ」


「いいえ、そんなことありませんよ」

グラスは自分が泣いていることを悟られまいと
唇をかみしめていた、私が泣いている事に気付けば彼女は私の事を気にかけてしまう
最期の時は彼女の心の中の思いをすべて聞きたかったのだ

「今度は私がいなくなっても、すぐに追いかけて来ちゃだめだよ?」
「・・えぇ」

「私、グラスちゃんに出会えてよかった、グラスちゃんと親友になれてよかった」

グラスはついに耐えられなくなり、涙を拭き鼻をすする

「あれ?グラスちゃん泣かないで、ちょっと寂しいけど先に行くだけだから」


やはり彼女は私が泣いていることに気付くと私の心配をしてしまう
そもそも、私は彼女の手を握った時点で泣いていたのだ
スぺちゃんの手の伸ばし方、伸ばした方向から
なんとなく察しはついていたが、やはりもう彼女の目は見えていない

「スぺちゃん」
「なに?」

「大好きです」
私はできるだけ簡潔に、できるだけ私の気持ちを分かりやすく伝えれるよう
声が震えるのを我慢して伝えた

「私も大好きだよ」


その言葉を聞いて今まで歯を食いしばって我慢していた涙が堰を切ったように流れ出す
もう見えてないんだと分かった時点で我慢をする必要はなかったのだが
私はスぺちゃんを笑顔で見送りたいと思っていたのだ

彼女の掌を握る手に力をいれると
彼女もわずかに力を入れて握り返してくれる

「グラスちゃん、私ちょっと疲れちゃった」
「えぇ」
「ちょっと寝るね、・・手は握っててほしいな」
「えぇ、ずっと握っていますよ、ゆっくり休んでください」


そう私が話しかけると彼女は目を閉じて微笑み
エルやセイちゃんの元に行きました

数十分私はスぺちゃんの隣に座ったまま
声を上げて泣いた、それまで我慢していた感情が決壊したように


ひとしきり泣いた後、主治医さんに連絡を入れた
主治医さんが到着するまでに
私は涙で滲む視界のまま窓際まで歩き夜空を見上げた
視界がぼやけていて星はまともに分からなかった

「見ていますか?」
「あなた達の事が大好きだったスぺちゃんが」
「あなた達が大好きだったスぺちゃんが」
「・・・今、向かいました」

暫く見上げているうちに涙も枯れて
秋の夜空の綺麗な星が視界を埋めつくす
スぺちゃんは迷わずに皆の元に行けただろうかと少し心配になるくらい綺麗な夜空だった



そのあとキングさんウララさんに連絡を入れると
主治医よりも先に到着した
曰く、最期の時は二人で過ごしてほしかったが家まで帰る気にもならなかった
とのことで近くのホテルに泊まっていたようだ


私たちは肩を抱き合って泣いた
そうしているうちに主治医さんが到着して
あれよあれよで葬儀も終わってしまった


今、私はスぺちゃんが育てていたニンジン畑の世話をしながら
近くに越してきてくれたウララさん、キングさんと生活している
私たちもそう長くないだろうが、沢山の土産話を持っていこうと楽しく生活している


たまに皆で少しのお酒も飲んで思い出話に花を咲かせながら口々に言う

「あっちでも友達だ、でも走ったら私が勝つ」と。

コメント

  • 蒼い月

    あ、最期のタグありましたね… 見落とした 悲しみはあるけど良いですね

    9月6日
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