推論をする際の論理展開としては一般に帰納法と演繹法があります。他にもいくつかありますが代表的なものはこの2つです。
帰納法と演繹法
帰納法は各種の事例やデータから結論を推論する方法です。「あそこで見たカラスは黒かった」「こっちで見たカラスも黒かった」「あの日見たカラスも黒かった」「だからカラスは黒い」というように導きます。元のデータソースが明確で複数経路になっているほど推論の正確性が担保されることとなります。
演繹法は帰納法とは対になるもので、「カラスは黒い」「だから次に見るカラスも黒い」というように、元の論理を正としてそこから導き出されるものを推論する方法です。
シンプルに分けるのであれば、データから公理を導き出すのが帰納法、公理からデータを導き出すのが演繹法と言えます。
弁証法
これら2つの代表的な推論方法とは少し趣の異なる推論に弁証法というものがあります。古代からある考えであり、人によって誰のものを指しているかはややこしいのですが、ヘーゲルの弁証法が最も一般的です。
ヘーゲルの弁証法は正(テーゼ)、正と矛盾する反(アンチテーゼ)、それらを統合した合(ジンテーゼ)の3つから構成されています。何らかの命題があり、それに矛盾する命題と出会った際にそれらを統合することでより優れた命題へと至る、という考えです。
簡単な事例を考えましょう。甘いお菓子だけを与えられてきた子どもが居るとします。その子どもは帰納法的に考えて「お菓子は甘い」という正を持つでしょう。しかしある時甘くないお菓子を与えられたとするとそこに矛盾が生じます。この「お菓子は甘くない」という反の命題を受け取った時、最終的に子どもの持つ命題は矛盾を解消するように統合されて、「甘くないお菓子もある」という合を得ることになります。
ヘーゲルは合に至る変化を発展と捉え、この変化を止揚(アウフヘーベン)と呼びました。アウフヘーベンは持ち上げる・高めるといったニュアンスの言葉です。元となる命題から新たな公理を導き出す点では帰納法に類似した推論方法ではありますが、このように発展と言う方向性があることから別物として取り扱われています。
弁証法の論理展開は分かりやすく、人の成長や社会の変化、学問の発展など様々な物事を説明することができます。ある正の命題に対して矛盾する反の命題が登場し、それによってさらに発展した合の命題が生まれるというのは多くの物事で当てはめることができるからです。
ここで重要なのは、正と反の命題はどちらかが正しく片方は間違っているということを意味しないことです。どちらも正しく、しかし矛盾するということは当たり前に起こり得ます。先の事例で言えば「甘いお菓子」と「甘くないお菓子」は同時に存在し得るのです。
これは議論においてとても大事な考え方です。「あちらの意見」と「そちらの意見」は衝突することがあるかもしれませんが、それは片方が間違っていることを必ずしも意味しません。議論において相手を論破してどちらが間違っているとねじ伏せることをせず、双方の意見を取り入れて新たな命題へ高めることもできるのです。むしろそのような発展を求めることこそが議論です。そうでなければただの口喧嘩です。
そう考えると自らと異なる意見というものには価値があることが分かります。異なる意見に出会った際は優劣を比べるのではなく、双方を取り入れてより発展的な意見へ向上させる機会と捉えたほうが建設的です。異論が無ければ発展は無いのです。
弁証法の課題
弁証法の課題としては、導き出される合(ジンテーゼ)が正しいものとは限らないということです。論理的な飛躍が発生することも多く、検証を受けなければ仮説に過ぎません。美味しいものと美味しいものを混ぜたらもっと美味しくなるかと言われたらそうとは限らないということですね。
とはいえ科学の反証可能性と同様、異論や反証を受け入れて検証し、論を補強するというというのは一般的な学問的営みでもあります。適切な検証を行うのであれば弁証法は大変に有効な推論方法です。