7話 邂逅
「しっかし、呼ばれた途端に戦闘とはねぇ…。」
現在時刻は午前11時20分頃、担任に連れてこられた中庭を後にして、俺は教室内の荷物を取りに向かっている。
今日の昼食は学食にする予定なので財布は必須、残りの時間にバイトも入れているので、自前の服も持っていかないといけない。
必要な物は少ないが忘れるとまずい。バイトにも間に合わなければならないから、手早く済ませようとした。
教室を後に、荷物を纏めてあったリュクを取り、いざ食堂へと日が差し込む扉だらけの廊下を早歩きで進んでいく。
「あ!おーい桐ヶ谷君〜!」
前を見ると、佐久間君が前から手を振って走ってきた。
「おいおい、大丈夫か?体力無いんだろ?」
と、自分の前で止まった彼に話しかけた。
「な、なんでそのことを…?」
「3時間目の身体能力測定見てれば、一目で分かるよ。」
「あはは…。確かにそうだね。」
佐久間君は片手を頭の後ろに当ててそう言った。
どうやら彼は俺の事を避けたりしないでくれるみたいだ。
彼の「桐ヶ谷誠」としての評価が、今までのものと違うことに、俺は安心の様な気持ちを覚えた。
「ところで佐久間君。俺に何か用でもあった?」
走ってまで俺に伝えなければならないことでもあるのだろうか?
少し緊張感を強めて話を聞くと、
「何かって、さっきのあの格闘戦だよ!クラスで誰も敵わなかった黒崎先生に勝っちゃったんだから!本当凄いよ桐ヶ谷君!」
と、興奮しながら中庭での出来事を話してきた。
あー…、どうやら見られていたらしい。
ということはつまり、佐久間君以外の生徒が見ていた可能性も十分にあるということになる。
「そんなことはないよ。俺も隙を突けたから勝てた訳だし。それから、俺のことは誠でいいよ。」
今の考察を口にせずに、先の戦いでの事実を代わりに話した。
「そっか。じゃあ僕のことも零央って呼んでいいよ。でも隙を突けるだけで凄——」
再び俺を賞賛しようとした時、後ろから足音が聞こえた。
歩いてくる様なものではなく、まさに全力疾走と言うべきものだった。
「あんたが黒崎先生と戦った相手ねぇー!」
俺が後ろを振り向くと、影か上を通り過ぎたのが分かった。
顔を前に戻すと、声を上げて零央がしりもちを着いていた。
その彼の前に、さっき走ってきたであろう生徒が立っていた。
肩にかかる程の黄色い髪、先程の声の高さから考えて、おそらく女子なのだろう。
その生徒が、クルっと俺の方を向いた。
その髪に似合う、青い瞳が俺を見つめる。
見るだけで可憐だと分かる顔だったが、今は闘志が身体全体を包んでいた。
「えーと、あなたは?」
「私は
「まぁ、そうですけど…。」
そう言うと、彼女は俺を指差し、
「なら、私と拳で勝負しなさい!」
笑みを浮かべながら言葉を発し
「よし零央、さっさと食堂に行こう。」
…たがその発言を無視し、俺は目的の場所へ迅速に行こうとする。
こんな人に構っている場合ではない。
「ちょっと!勝手に無視しないでくれる!?」
彼女が小走りで再び俺の前に立つ。いや、立ち塞がると言った方がいいか。
俺は一つ溜め息をついた。
現在11:25分。バイト開始が12時で、店まで10分かかる。
5分前には着いておきたいので、45分にはここを出ていく予定だ。
つまり、あと20分程度で昼食を食べなければならないのだ。
それをこんな理由で遅らせる訳にはいかない。
こうなれば強行手段に出ようか…と考えていた矢先、
「ちょっと麗沙ちゃ〜ん!速すぎだよぉ〜!」
と、後ろから女子の声が聞こえた。
その声へ向けて、霧江麗沙は俺の顔の横から後ろを覗き込んだ。
今がチャンスだ。
「悪いけど耐えてくれ零央!」
俺は彼の手首を掴み、霧江麗沙の顔とは逆の方向に走り出した。
「はぁ!?逃げるんじゃないわよ!」
そっちが一方的にバトルを振ってきただけだろうが!逃げるのうちに入らねぇよこれは!
追ってこないことを願いながら走る。
それが通じたのか、彼女は来なかった。おそらくさっき声を発した人に止められているのだろう。
俺はそのまま、止まることなく食堂へ向かった。