小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場(ふくとくおかのば)」 。8月13日 の噴火で生じた『軽石』が、10月になって1000km以上離れた鹿児島県や沖縄県の島々に漂着し、漁業や観光などに大きな被害が出ている。「どれだけあるのか」「自力では撤去できない」。関係者からは悲鳴が上がる。海流に運ばれた軽石は四国・高知沖でも10月末に確認され、11月末には関東地方の沖に到達するという予測もあり、関係機関は警戒を強める。

高知沖に漂流する軽石<※2021年10月30日・海上保安庁航空機より撮影>
高知沖に漂流する軽石<※2021年10月30日・海上保安庁航空機より撮影>

 この『軽石』とは何か。地震学・地質学を研究する西影裕一さん(日本地震学会)に聞いた。(※本文中の高知沖の航空写真は第五管区海上保安本部・図表は西影裕一さん提供)

・・・・・・・・・・・・・

 文字通り軽石は大変軽い。通常、石と言えばズシリと重いが、「これは本当に石なのか」と疑ってしまうくらい軽く、水に浮く。

 軽石の学名は浮岩(ふがん)。今回の軽石は厳密には「黒雲母流紋岩質浮岩(くろうんも・りゅうもんがんしつ)」とみられる。軽石は水蒸気や炭酸ガス等を多量に含んだ流紋岩質マグマが噴火したときにできやすく、小さな孔が無数に空いている。それは、噴火の際に地下深部からマグマが上昇し、急激な減圧により一時に溶解していた水やガスがマグマから分離し、内部から噴き出して発泡したためである。おびただしい小噴気孔を作るから孔が無数に空いているように見える。

 軽石の性状はガラス質で壊れやすく脆いが、耐火性があるので防熱保温材に用いられる。また、粉末にしてコンクリート骨材に用いられる。身近な利用例としては、ご存じの通り角質でゴワゴワとなめらかさやしなやかさに乏しくなった”かかと”を擦り、肌をなめらかにするのに利用される。多孔質のため保水性が良いので園芸用土としても使われている。

 今回、軽石は海底火山噴火によって生まれた。では、なぜ海底火山噴火が起こったのだろうか。

【図1】海底地形図
【図1】海底地形図 <※日本地震学会会員・西影裕一さん提供>

 上記【図1】は海底地形図である。緑は陸地で、青色が濃いほど海は深い。東京都から南は白っぽくなっているが、これは浅い地形が続いていることを示している。図1に海底火山の場所を重ねたのが、以下に示す【図2】である。(※赤い▲が海底火山。うち、ピンク色の囲みが「福徳岡ノ場火山」)

【図2】海底火山図(※赤い▲が海底火山。うちピンク色の囲みが「福徳岡ノ場火山」)
【図2】海底火山図(※赤い▲が海底火山。うちピンク色の囲みが「福徳岡ノ場火山」) <※日本地震学会会員・西影裕一さん提供>

 こうしてみると、海底火山は海底の浅い地形に分布していることがわかる。

 以下に示す【図3】は海洋プレート図である。日本列島に向かってフィリピン海プレートと太平洋プレートが沈み込んでいるのがわかる。南海トラフ地震が2,050年までに70%の確率で起こる、と最近よく報道されている。フィリピン海プレートが沈み込むときに日本列島を引きずり込もうとし、日本列島が持ちこたえきれなくなると、日本列島は跳ね上がる。これが南海トラフ地震の起こる原因である。

【図3】太平洋プレート図
【図3】太平洋プレート図 <※日本地震学会会員・西影裕一さん提供>

 太平洋プレートが沈み込むとき、フィリピン海プレートの地下(マントル)にはすごい圧力と摩擦熱が発生する。このため、【図4】のようにフィリピン海プレートの地下の岩石が高圧・高温で溶けてマグマになる。これが直線状に並んで上昇してくる。このマグマが地表(海底)で噴出したのが海底火山の正体だ。福徳岡ノ場の火山噴火はこうして起きた。

【図4】プレートの潜り込み マグマが地表(海底)で噴出したのが海底火山の正体
【図4】プレートの潜り込み マグマが地表(海底)で噴出したのが海底火山の正体 <※日本地震学会会員・西影裕一さん提供>

 漂流した軽石は沖縄や鹿児島の島々に漂着し、沿岸が軽石に埋め尽くされている。物資を運ぶ船舶が島に近づけないことから、例えば食料、郵便物、島で火力発電をするための燃料等が届けられず島民の生活に影響が出ている。今後、各地に漂着する恐れがある軽石に関し、国土交通省は11月2日、撤去費用の一部を自治体に補助すると発表した。

 10月20日、阿蘇山中岳で大規模な噴火があった。死者が出てもおかしくないほど大規模な噴火だったが、福徳岡ノ場の噴火の規模は、阿蘇山噴火のさらに1万倍と推計され、いかに大規模な噴火だったかがわかる。
 軽石は今後、日常生活にも影響する可能性がある。与論島(鹿児島県)では、タンカーが接岸できず、発電用重油の供給ができていない。今の状況が続くと、年末には島全体が停電する恐れがあるという。こうしたことから国土交通省は7日、与論島に向けて漂流物の回収可能な海洋環境整備船を派遣した。

西影裕一さん 日本地震学会・会員として被災地に出向き精力的に研究、関西を中心に講演を続ける
西影裕一さん 日本地震学会・会員として被災地に出向き精力的に研究、関西を中心に講演を続ける

 自然災害はいつ、どこで、どのような形態で起こるかわからない。今回の軽石災害はまさにそうであろう。このように私たちが今まで経験したことのない災害を、「他人事ではなく自分事」として考える習慣を身につけることが大切である。今後同種の災害が起こったとき、どのように対応していけばいいか、考えておきたい。