第百四十三話 魔導籠手、完成! その二
スウから本題はなんなのかと訊ねられたあと。
アークスは腕を組んでさも誇らしげに、今回の成果を口にした。
「聞いて驚け。俺が作ったのは少ない魔力で強い魔法を使うための装置だ」
「ふえ……?」
「え……ええ!?」
胸を反らして鼻高々。自信満々にそう告げると、スウとリーシャが一瞬の間のあと、唖然とした表情を見せる。これはもちろん予想できたことだ。少ない魔力で強力な魔法を使うなど、いままで誰も実現できなかったことなのだから。
スウが驚きの勢いを駆ったまま、疑問を喚き散らす。
「少ない魔力で使うって、そんなのどうやって!? 強力な【古代アーツ語】を見つけたとしても消費魔力以上の魔法は使えないんだよ!? 法則法則!」
「そうだな。それがこれまでの考え方だ」
「これまでのって……」
確かに彼女の言う通り、そういった法則は存在する。
強力な魔法を行使するには、それ相応の魔力を消費する……というのが、一般的な魔導師の認知だろう。
今回の発明はその法則をぶち壊すのだ。二人がこうして驚き、取り乱すのも無理はない。
「魔力と魔法の関係は、一概にも等価じゃないってことなんだ」
「じゃあ必要な分の魔力はどう補填するの? そもそも現象を引き起こす力が少なかったら、どうしたって魔法は発動しないんだよ?」
「そこだ。だから俺はまず、魔法の行使に使う魔力どう減らすかを考えたわけだ」
「…………?」
直接的でない返答だったせいか、スウが眉間にしわを寄せる。
「さっきもスウが言った通り、魔法行使から必要魔力を減らすには、単語や成語を効率のいいものに組み替えるっていうのが一般的な考え方だけど、俺は今回別のことで減らせないかって考たんだ」
「別のことって、他に何があるの?」
「呪文を詠唱したときに空中に描かれる魔法陣とか、飛び散る【
「では、兄様はその研究に成功したのですね?」
「いや、成功と失敗半々ってところかな? いや一応は成功の部類に入るんだけど」
「……? 成功したのであれば半々ということにならないと思うのですが……」
「研究途中に別の要因で効率化に成功した。まあそれは効率化じゃないんだけど」
「どういうこと?」
「それが、いろいろあって魔力を作り出すことができるようになったんだ」
「…………は?」
話を聞いていたスウの顔が、またおかしくなった。
「リピートアフタァミー。だから魔力を作り出すことができるようになったんだ」
「ま、魔力を作り出すぅー!?」
「そんなことができるのですか!?」
「できる。可能だ」
「そんなことどうやったらできるの!? っていうかどうして魔力の消費を抑える研究が魔力を作る研究に変わっちゃうの!? おかしいでしょ!?」
「話が長くなるから、その説明はまた今度にさせてくれ」
「そこ重要だよ!? なんで飛ばそうとするの!?」
「そんな話をしてたらいつまで経っても話が進まないからだって」
取り乱すスウをそう言ってなだめるが、彼女はあまりにぶっ飛んだ話を聞いて、頭がパンクしかかっており、一方でリーシャは話についていけないのか半ば呆然としている。お星さまが一個、二個とお昼の空を眺めながら数え始める始末。
確かに一気に聞く話としては無理があるだろう。
置いてけぼりになっても不思議はない。
しばらくしたあと、スウは多少の落ち着きを取り戻したらしく。
「つ、つまり、アークスはそれを作ったってこと!?」
「そうだ」
「ほ、報告は!?」
「こっちは逐次ギルド長にしてるぞ。ですよね、ギルド長?」
「む……?」
「ギルド長!」
持っていた爆弾をゴッドワルドにパスをすると、スウが彼に向かって大声で叫ぶ。まるで怒鳴るような勢いだが、一方のギルド長は冷静な態度を崩さず、その場で静かに頭を下げた。
「姫様。今回のアークス・レイセフトの発明は、これまでのものとは一線を画します。魔力計や様々な発明品も王国の発展に寄与するものだとは疑うべくもないものですが、条件付きでも『魔力を増やせる』という研究結果は、それこそこれまでの常識を覆すもの。間違いや不備があってはいけません。慎重に慎重を重ねるべきと判断し、関係各所への報告は私の方で一時差し止めております」
「……いつから? いつからなのかな?」
「私のところに報告が上がったのは一月ほど前と記憶しております。てっきり姫様の方にはアークス・レイセフトから説明が行っていると思っておりましたが……」
「……へ?」
ゴッドワルドがしれっとした顔でこちらに視線を流し、会話を放り投げてきた。
先ほどパスした爆弾を、導火線に火が付いた状態で投げ返されたような気分になる。
ゴッドワルドに困惑の視線を向けても、そっぽを向かれるばかり。
その間にも、責任の所在を追及せんとするような不穏な笑顔が迫ってくる。
「アークスぅ……?」
「い、いやいやいや、そもそもスウに言う必要だってなくないか?」
「…………そうだけど、なんかそれはそれで水臭くない?」
「う……なんかごめん」
咄嗟に蚊帳の外にするようなことを言ってしまったが、さすがに寂しそうな顔をされると弱い。
そこを素直に謝ると、彼女はまた無茶苦茶を言い始めた。
「次からはちゃんと私に言うこと」
「いや、それはいろいろ許可的なものとかあるから難しいって」
「私が許可する!」
「どんな権限があるんだよどんな!」
「ギルド長はいいって言うよ?」
「え?」
「う、うむ。まあ、ごほん! あー、あー! それについてはまた今度詰めることにしようか! いま重要なのは発明品の方だからな!」
ゴッドワルドの方を振り向くと、彼はなぜか弱ったような態度を見せて、露骨に会話の路線変更を試みる。線路の切替ポイントはなかったはずだが、無理やり脱線させるくらい試みは強引だった。
他方、クレイブが同情しているかのような視線を送っている。やはりゴッドワルドは苦労しているのだろうか。
「に、兄様! 本当に魔力を増やすことができるようになるんですか!?」
「そうだ。一時的に、魔法を使うときだけだけどな」
「では、兄様の望みが叶ったというわけですね!」
「完全じゃないけど、一応そういうことになるな」
「おめでとうございます!」
「ああ、ありがとうリーシャ」
リーシャと二人、わいわいと喜び合う。
純粋に喜んでくれるリーシャは本当にいい子である。
ともあれ、そんな話をしたあと。
アークスは装置に被せていた布を取る。
しかしてそこにあったのは、さながら小盾とガントレットが一体化したような一品だった。
ガントレットは肘まであるもので、小盾はカイトシールドを細身にして小さくしたようなもの。ガントレットとシールド部との間には余裕があり、その内側に巻物を装填する装置が組み込まれている。
シルバーの外装が太陽の光を浴びて、きらりと光った。
「これが?」
「ああ。これが試作型、
「兄様。これはどう使うのですか?」
「まずこの装填部分に、事前の作業である
アークスは
ガチャン。金属と金属がかみ合ったような音を鳴らして、シールド部分が移動すると、まるで翼が展開されるように外側へと傾き、巻物の装填部分を露出させた。
腰に付けたシェルホルダーじみた装備から、円筒状の
スウに
「これが事前の作業なの?」
「そうだ。これには呪文の一部や魔法陣が書かれている」
スウから
「これで準備完了だ。あとは必要分の魔力を流しながら、この
そう言って、空き地の誰もいない場所に向かって歩を進める。
「まず小手調べに【
「かしこまりました」
「ちょっとアークス!? それって……」
ノアに頼むとほぼ同時に、やにわにスウが焦ったような顔を見せる。彼女は自身が左手を壊した原因を知っているため、使うことに危惧があるのだろう。
「大丈夫大丈夫。見てなって。リーシャ、
「はい」
すぐにリーシャが
アークスはそれを確認して、魔法行使に移った。
《――回転する魔導の紋様。
籠手内部の魔力と圧力が高まると、やがて錬魔銀の膨張によって籠手の一部が変形。ヒートシンクに相当する部分が露出し、内部の温度が調整される。
そして、
――【
アークスが呪文を唱え終わると、複数の魔法陣が瞬間的に構築され、空中に浮かび上がる。
彼がその中心を貫くように
弾丸の大きさは以前よりも小さいが、しかし貫徹力は変わらないのか、設置されていた的を簡単に砕いていく。
詠唱から行使までの時間も早く、魔力消費も少ない。
やがてアークスは魔法の行使を終えると、また腕を動かしてシールドをスライドさせる。エキストラクターが使用済みの巻物を排出し、直後、排熱部分から使いきれなかった【魔力蒸気】が後方に吹き飛んでいった。
スウが心配そうに左腕を見つめてくる。
「アークス、腕、大丈夫?」
「問題なし。腕も熱くならないし、問題なく使えるようになった」
そう言うと、ノアがしげしげと
「つまり、負担をこちらの装置に逃がしたと」
「そういうことになるかな。じゃ、今度は開発成功の証明のために、もう少し使うぞ」
そう言いながら、もう二度三度、魔法を使う。
魔力の消費量を比べやすい有名な魔法。
威力も大きく消費する魔力も多い魔法。
……アークスが魔法を使うたびに、スウやリーシャの顔色が変わっていく。
二人も、アークスの魔力量の限界は知っている。だからこそ、それを上回る魔力量を必要とする魔法を使えていることに驚いていた。
「みんな、ちょっと後ろに下がってくれ。あと、防御も頼む」
今度は効果の大きな魔法を使うため、警戒を促す。
そして、
《――ただれた真紅が奏でる絶叫。混濁する三つの色彩。爆ぜる天上。灼け落ちよ真紅》
黒を帯びた赤い色味を持った三つの魔法陣が、的をその円の中心に取り込んだ。
その瞬間、アークスは握り拳を作ろうと左手を動かす。魔法陣は握り締める手の動きに連動して狭まり、集束。やがてその激甚な威力を発揮した。
――【
爆音。
衝撃破。
震動。
火山の噴火さながらの爆炎が青空の一部を赤く切り取り、舞い上がった粉塵が辺りを灰色に染め上げた。
「うおっ……!」
「これは……なかなか」
「わわっ!?」
従者二人とリーシャが効果の度合いにたじろぐ一方で、国定魔導師二人と言えば。
「ほー、まあまあデカい威力だな」
「だが、これがこの程度の魔力で使えるというのはかなりのものだぞ」
そちらにはあまり大きな驚きを与えることはできなかったらしい。当然だ。もっと規模の大きな魔法を使えるし、これまでも見てきた人間たちなのだ。
そもそも、
焼け焦げてくすぶった地面が広がり、その中心にクレーターが残された。
風向きのせいか、舞い上がった粉塵がこちらに流れ、周囲に立ち込める。
そんな中、どこからともなく声が聞こえてきた。
「――これは
「その通り」
「だが呪文が長くなったのは威力に重きを置いた弊害ではないか? 迅速な行使はその魔法の利点であったはずだ」
「その分、
「まだ何かあるのか!」
先ほどから会話をしている何者かに、勢いよく肩を掴まれる。
やがて煙が晴れて顔が良く見えるようになると、何者かの顔があると思しき場所にスウの顔があった。
スウだ。
「…………」
「……ま、まだ何かあるのかな?」
胡乱そうな視線を向けると、スウは口調を変えたが、魔法の話は譲れないらしい。
彼女は目を逸らしつつも、肩を掴んだ手を離さない。
彼女のこの口調の変化は本当に何なのか。やはりお嬢様とかお姫様なんて職業をしていると、古式ゆかしく堅苦しい言葉遣いがポロっと出てきてしまうものなのか。
……ともあれ、それ以上の魔法に関しては置いておくとして。
そんな風にデモンストレーションを一通りこなしたあと。
従者二人はこれまで何かと手伝ってもらっていたので、
その一方でリーシャとゴッドワルドは表情を硬くしていた。
事前の説明でどんなものかわかっていても、実際目の当たりにすると違うのだろう。ここまで魔力を節約できるのかと、内心で唸っているのがありありとわかる態度のように見えた。
他方、スウがにこにこしている。不自然な笑みだ。
「ねーアークスー。私が何言いたいかわかるよね?」
「……さあ?」
「ちょっととぼけるなんて今更だよ! 教えて! いますぐそれについて詳しく教えて!」
スウが先ほどよりも勢いを増して迫ってくる。魔物の出現を危惧していたところとか、聞かされていなかったこととか、強力な魔法とか、ほんとどこへ行ってしまったというほどの捲し立て振りだ。
「圧が強い圧が強い! もうちょっと大人しくしててくれよ……」
「これはこれまで内緒にしてたツケだよ! どうして必要分に満たない魔力で魔法が使えるの!? きちんと全部説明して!」
「だから魔力を作ってそれで補填してるんだって!」
「どこでどうなって魔力が作られるの!? どうして魔力が作れるの!?」
「落ち着け! 落ち着けって! あとでちゃんと教えるから!」
興奮しきりのスウをなだめすかしている最中、ゴッドワルドが口を開く。
「これらの魔法を普通に使ったら、お前の魔力量ではすでに尽きている……いや、むしろそれを超えた魔法行使だ。魔力はまだ残っているのか?」
「え、あ……はい。余力はまだあります」
そう言うと、ゴッドワルドは眉を寄せるように険しい顔を見せ、唸るように喉を鳴らした。
「実物を見るまでは半信半疑だったが、しかし、本当にこんなものを作ってしまうとはな。魔力計だけでも魔法技術の歩みを数歩進める革命的な品だと思っていたが、魔力を作り出す、か」
「これも自分のために作ったものですが……」
「だからこそ、こうして早く結果を出せたということだろう」
「どうだったでしょうか?」
「突き詰める点は様々あるだろう。だが改良する点などを抜きにしても、素晴らしいものを見せてもらったという思いだ」
「……はい!」
ゴッドワルドが納得して頷くのを見て、達成の実感が湧いてくる。
送られたのは簡素な言葉だが、わかりやすいゆえに心によく染みてくる。
それもそうだが。
「……っと、リーシャ。
「いまのところまだ音もそれほど大きくなくて、針は緑の部分で振れています」
「黄色は注意。赤は危険域だ。細かくはまだ調べてないけど、赤に行くと空が赤くなる」
「空が赤くなるのですか?」
「そうなると、魔物が出てくるようになるらしい。出てきたところは見たことないから、その辺りは見たことある人任せなんだが……」
そう言って、経験のありそうな大人たちに視線を向けると、クレイブが口を開いた。
「その通りだ。出てくるときは目に見えて異変が起こるし、もっと空気がヒリつく。まあ問題はないだろ」
「二、三回程度なら問題なく使えるらしいな」
「意外と余裕あるんだね。一回でも使ったらダメなのかと思ったけど」
「その場合は
掃除機をイメージしたのだが、それに関してはクレイブから待ったがかかる。
「いや、それはマズい。
「そっか、そうですね……」
確かに、限定された一か所に集めるということは、
最後に使った
使用されずに余った【魔力蒸気】が後ろに向かって吹き飛んでいく。
輝きが散りばめられた蒸気のような気体が、背後に大きく拡散した。
「くぅ! 我ながらかっこいい! これ最高!」
アークスがそんなことを言って喜ぶ中、冷静さを取り戻したらしいスウが従者二人に訊ねる。
「……ねえ、アークスのあれ、本当に大丈夫なの? なんか頻度が増えてるような気がするけど」
「……大丈夫です。一時的なものです。おそらくですが」
「……お姫様も就職先は選んだ方がいいかもだぜ? キヒヒッ」
アークスがせっせと巻物を処理していた折、カズィが拡散した【魔力蒸気】に目を向ける。
「にしても、結局はその【魔力蒸気】ってのは逃がすんだな」
「これな。完璧には利用しきれないんだ。やっぱり必ず余剰が発生するみたいでさ。そこはもっと真に近づくような計算式が必要なのかもしれない」
「っていうかそれどうやって利用してるんだ?」
「魔法を行使するまで機構の中に封入しておくだけさ。魔法陣の近くにあれば、必要分が勝手に利用される」
「効率的な【魔力蒸気】使用の解決策はどうなのですか?」
「いまのところはないかな。もっと何か魔力と圧力に強い物質がないと、錬魔銀の膨張圧力でぶっ壊れる」
「確かに、魔力計の錬魔銀が一気に膨張しましたね。中身の方にもかなり影響があるでしょう」
「これも当面の課題だなぁ」
従者たちとそんな話をしていると、スウが。
「でも、ほんとにすごいね」
「な? 大発明だったろ?」
「そうだね。いろいろ準備は必要みたいだけど、自分の魔力量分を超えた魔法を使えるようになるってことはやっぱり大きいよ」
「ただ、魔物が出るから使い方は考える必要はあるけどな」
「そうだよね……じゃあ量産は無理なのかぁ」
「いやいや、これ量産してどうすんだよ……こええよ」
突然、最強の魔導師軍団の結成を目指しているかのような不穏当な発言をするスウに、アークスは若干引いてしまう。彼女はこれを使って一体どんなことをしようと考えてたのか。
そんな中、リーシャの反応が薄いことに気が付いた。どうしたのか視線を向けると、まるで誰かと内緒話をしているかのように、何かしら独り言をぶつぶつと呟いているらしい。
「リーシャ? どうした?」
「え……い、いえ! なんていうか、私もこれはものすごいものだと思いまして!」
「ははは! そうだろそうだろ! ふふん! 俺は天才だろ!」
「は、はい……でもその、なんというか、危ないもののような気もしていまして」
リーシャは不安そうな表情を見せる。そこに気付くとは、さすがリーシャである。
「……うん、そうなんだ。リーシャの言う通り、使い方を間違えばかなり危ないものだ。それに関しては、魔力計と同じくきちんと管理する必要がある。これ以上に大規模な出力のものは基本作っちゃならないだろうしな」
「えー、どうして?」
「さっきも言った通り、魔物が出てくるからだ。それに、出力を上げれば上げるほど、不安定になるだろうし。使えるのは個人の魔法の範囲までだ。そうじゃないと――」
「そうじゃないと?」
「…………いや、なんでもない。いま自分に不可能なことを気にしたってしょうがない。いまの話は忘れてくれ」
そんな話をしたあと、アークスは気を取り直して胸を張る。
「まーともあれ! 俺は天才だ! なあノアくん、君もそうは思わんかね!?」
「そうですね天才ですねおめでとうございますパチパチパチパチ」
「適当な返事ありがとう。ノアはいつも平常運転だな」
「はい。従者はいつでも冷静でなければなりませんので」
「……俺はよ、お前らの関係がときどきわからなくなるぜ」
それはどの口が言うのか。最近ではカズィもそちら側に染まってきているというのに。
クレイブがごつい手の甲で
「で? 結局こいつはどれくらい減るようになったんだ?」
「効率は最大で五倍くらいになるはずです。もちろんそれは複雑な式を書き込めばですが」
「……やはり強力だな。単純計算で魔力が五倍になるという計算か」
「戦いになるといろいろな魔法を使うことになりますし、巻物を持つ数にも限界がありますから、全部が全部というわけにもいきませんが」
そんな話を聞いたノアが、神妙な表情を見せる。
「そう考えると意外と使い勝手は良くないのですね」
「そうなんだよな。細々とした魔法にまで使うとなると、大量の
「なら、魔力をしこたま食う魔法の分だけ持ってくって使い方になりそうだな」
「ああ。俺もカズィの言う通り、ここぞと言うときの一発を撃つための武器って感じで運用しようと思ってる」
「これ以外にも作るのですか?」
「そこはいろいろと調整してだな。必要なら二人の分も作るけど?」
「ねえねえ、私の分は? 私の分! 当然作ってくれるよね!」
「へー、魔法院でー、一番魔力の多いー、スウ様にはー、まったく必要性をー、感じませんねー」
「なにその態度ー! ひどくなーい!?」
「むしろスウは使用できる魔法の数を確保できてるんだから、無駄にこういうの持ってる方が邪魔になるだけじゃないか?」
籠手型にしたとは言え、ところどころ金属を使っている分、それ相応の重さがある。
彼女の場合は魔力が底を尽きるということもそうそうないため、逆に動くのに邪魔になる可能性が高い。スウの身軽さを活かした剣術のことを考えると、ごつい籠手というのはイメージに合わない気がした。
それに関しては彼女も思い至ったのか。
「それは……確かにそうだけど。ううん! こういうのは持ってることに意味があるの! 家で眺めて楽しみたいの! あとちょっと使ってみたい! いますぐ!」
「使うのはいまは無理だって」
「えー!」
「そもそも使用するには魔力量の再計算が必要なんだ。いや、予備の巻物はあるけどさ」
「じゃあそれでやる!」
「使用する魔力量の調整は?」
「何? 私の魔力操作の腕前を疑うの?」
「うむぅ……」
スウの魔力計の使用歴は自分と同じくらいに長い。細かな数値もぴったりと叩き出せるため、そう考えると確かにこの自信の持ちようも頷けた。
「そうか、そうだよな……じゃあ、【
「その辺はよきにはからって」
妙なセリフ回しをするスウに、魔法に使用する呪文と魔力量を伝えたあと。
左腕に付けていた
するとスウは、スライドするように腕を動かす素振りを見せ、
「こう使うの?」
「そうそう」
スウは改めて装填部分を露出させ、見様見真似で
やがて呪文詠唱後、魔法を行使するのだが、
「なんか魔法を使ってる実感がないね」
「…………」
つまり、彼女にとってそれだけこの魔力消費が微々たるものだということなのだろう。
スウが籠手をスライドさせると、パッケージングされた
……ここで、左腕に巻物と【魔力蒸気】排出の
それが何ともたまらない感覚をもたらしてくれるのである。
しかしてスウも、その感覚が琴線に触れたのか、一瞬小さく震える。
そして、こちらを肩越しに見返ったその顔はというと、喜びを隠し切れなかったのか、紛うことなくにやけ面だった。
「…………これ、なんかちょっといいかも」
「だよな! やっぱそう思うよな! 心が躍るよな!」
アクセルをふかしたときの振動。マニュアル車のギアチェンジの感覚。やはり心を揺さぶるものがある。
「なんかアークスに乗せられたみたいでちょっと悔しい!」
「どうしてだよ!?」
スウがなぜかむくれる一方で、リーシャに使ってみるかと声を掛けるが、彼女は遠慮したのか使用は固辞。
次いで、ゴッドワルドに向き直る。
「ギルド長。今回作ったものは公表せず、自分のために使おうと考えています」
「それについては構わん。自分の技術を好んで公表する魔導師などいないからな。自分にとっての有利な点というのは、王国では保証されている。ただ、これについても陛下のご判断を仰がなければならないということと、今後量産の目途が付いたときは話が変わるということだけは承知しておけ」
「は!」
「それと今後、管理の徹底は必要だ。何度も試行して、安全性の確認も怠ってはならない。使用後は逐次報告書を提出してもらう」
すると、クレイブがいつの間にか火を点けていた葉巻を一度ふかしてから、
「ま、あんまり深く考えるな。ケツは俺が持ってやるさ」
「伯父上……ありがとうございます!」
そんな話をしたあと、やがて大人たち二人はそれぞれ帰って行った。
従者たちやスウ、リーシャが口々に「おめでとう」と言ってくれる。
「みんな、ありがとう。これもみんなのおかげだ」
「私たちはなんにもしてないけどね」
「兄様がこんなすごいものを作っていたというのも、今日初めて知ったので……」
「そんなことないぞ。みんなこれまでずっと俺のことを応援してくれていた。それが励みになったから、こうやって頑張って来れたんだ。みんなが協力したり応援したりしてくれなかったら、どこかで諦めてたかもしれない」
それは、正直な気持ちだった。
あの親への負けん気も確かにそうだが、こうして周りの応援や協力があったからこそ、ここまでたどり着けたのだ。実際にそれが勇気になって、以前の戦争でも生き残ることができた。みんなの応援や協力は、それだけ大きかったということだ。
「では特別手当などお給金を」
「感謝はやっぱり気持ちだけじゃあな」
「そこっ! 折角いい話なのに話の腰を折ろうとするな!」
ノアは不敵な笑みを残し、カズィは愉快そうにいつもの妙な笑いを見せる。場を和ませてくれているつもりらしいが、もう少しいい話として続けられないのか。
だが、実験は成功だ。
つまり、これでいままでやりたくてもやれなかったことが試せることになる。
多重積層連結魔法。
刻印同期型魔法。
今回の研究で、魔法が一回詠唱して終わりではないこと、詠唱するだけで終わりではないことが証明されたのだ。魔法はまだまだ発展させることができる。
そうやって夢を膨らませている中、ふと、アークスは思い立つ。
「よし! 俺は寝る!」
「は?」
「え?」
……他の面々が訊ねる間も、制止する間もない。
アークスはその場に寝そべってしまった。
そして、そのままの状態でまったく動かない。
やがて、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「アークスさま……アークスさま?」
「こいつ地べたで寝てやがる」
その場にいた面々は、唖然とするほかない。いくら寝不足だからとは言っても、まさかこんな場所で寝るとは思いも寄らなかったからだ。
あまりのことでしばらく、金縛りにでも遭ったかのように動けなくなる面々。
初めに口を開いたのは、突飛なことにある程度慣れている従者たちだった。
「やれやれ、こいつ寝て起きたら、これまでのことに、どんな反応するんだろうな」
カズィがそんなことを言うと、ノアが面白いことを思い付いたというように手を叩き、
「ああ、それを思い出させることが当分の楽しみになりそうですね」
「あ、それ面白そう! 私もやろうかな」
「ひでえ奴らだ。ま、俺もやるんだけどな」
スウや従者がそんな話で盛り上がる一方、
「み、みなさん、それよりも兄様を運ばないと!」
兄のことで焦っているのは、リーシャだけだった。
もしかしたらちょっと調整するかもしれません。そのときは次話の前書き、後書きなどでご報告します。
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