季節ってヤツは巡ってくる。
どんなに嫌だと言ったって、暗くて寒い冬は来る。
どんなにツラいと言ったって、白くて冷たい雪は降る。
そしてアタシは冬の妖精。たとえ嫌われていようが、コイツに逢いに来てやったってワケさ。
「で、何の用? うい、忙しいんだけど」
玄関先で白い溜息を吐くコイツは春の妖精、ひなの羽衣。
露骨に嫌そうな顔を向けてくるけど、訪問には応じてくれんのな。ならこっちのモンだ。
「冷たいねぇ。冬の空のがまだ温かいんじゃない?」
「じゃあ空に帰れ」
「今日はご挨拶に上がったんだけど」
「もう間に合ってますー」
「ははーん、なるほどね」
と、軽口を交わしたところで後ろ手に隠してたモノを見せてやる。
「じゃあ、こちらも要らない、と」
「……はぇ!?」
そんなに驚かなくても常に見てんじゃないの、ドーナツの箱くらいさ。
「え、あの……え? なんでドーナツ?」
「だから、挨拶って言っただろ? 何? 寒さで頭まで凍っちゃった?」
これからアタシの季節、冬がやってくる。つまり、コイツに好きなだけちょっかいかけてやれるって事。だからこれはその餞別。
――ま、今回はそれだけじゃないけどな。
「いやそれは分るわ。なんでわざわざドーナツを用意したのかって聞いてんの」
流石に手放しで喜ぶようなヤツじゃあないか。しゃーねーな。こういうの寒いから言いたくないんだけど。
「……二周年」
「……ほぇ?」
「もうすぐ活動二周年だろ? ほら、なんだっけ、なんちゃらチューバーだかっての」
「……うん」
アタシはそういう活動してないから内容はよく知らない。でも、楽しいだけじゃない事だってのはなんとなく分る。
雪に隠れながらも花咲こうとする新芽のように、コイツは陰で努力してんだ。
新雪みたいにいつ消えてもおかしくないのに、コイツは春として在り続けた。
どんな冬が来たって、コイツは春。春の妖精なんだ。
「だから、その――」
だったら、アタシがわざわざ厳しい冬なんか演じる必要はない。その為のドーナツってワケ。
「一番忙しい時期を狙って邪魔してやろうかな、なんてね」
「なにそれ」
「うーん……名残雪、ってやつ?」
アタシはせいぜい、春の景色にちょっとお邪魔する程度の冬だからさ。
とか思ってたらコイツは急に神妙な顔してポツリと呟いた。
「……雪桜かぁ」
「あ?」
「うい達も、仲良く出来たらああいう綺麗な景色が見えるのかな?」
「おい、なんだ急に……寒の戻りか?」
「ねえ」
アタシを見つめる深緑の瞳は春の木々を思わせる。飲み込まれそうで、正直苦手だ。
だからこそ、こんな事を言うとは信じられなかった。
「そのドーナツ、一緒に食べない?」
「……は?」
まさかアタシが凍らされるとはね。
「ダメ、かな」
……やっぱ変わったな、コイツ。そういうとこだよ、アタシがキライなのは。
「……忙しいんじゃなかったのかよ」
「休憩も必要なの!」
何をムキになってんだか。まぁ、慣れない付き合い方しようとしてんのはお互い様か。
雪桜が観れるのは、まだ当分先だろうな。
「じゃ、一時休戦、って事で」
季節ってヤツは巡ってくる。
だから、たまにはいいだろ、こんな暖かい日があってもさ。