黒き狼編
山賊討伐
郭覇が崩城にて記載したとされる、シンフォニア記 飛本記と、カリグラ列伝を元にした話となります。
この他に彼についての記述がある叙事詩二編と、各地の吟遊詩人による口頭伝承からの話も加えています。
世界設定についてはShivaji氏のシンフォニア記を採用しています。また、作中で使用されている魔法などの名前はD&Dを参考にしています。
詳細な地図は以下のサイトの最下部にある《ワールドマップ紹介ページ》のリンク先にあります。
https://sinfonia-wld.com/rpg2000/index.html
地図掲載ページ。
https://sinfonia-wld.com/rpg2000/n-map.html
それでは、数万年を超える歴史の一コマの話の始まりです。
地球では無い場所。神々が創造した多層世界でのお話。神々が住む世界と冥界との間には、魔界や精霊界の他に物質世界がある。物質世界は上下二層に分かれており、一ヶ月の長さが百日となっている。
その下層世界でのお話。
下層世界と神々が呼んだ物質世界では、その昔、古代王朝と呼ばれる帝国によって全大陸全海洋がその版図となっていた。しかし皇帝がこの世界を去った後、天変地異などもあり古代王朝の魔法文明は失われ原野に戻った。
それから気の遠くなるほどの永い年が経過し、氷河期を経て人類などは再び王国を築くまでになった。古代王朝の都があったアドール大陸には『テン』と号する統一王朝が興り、この大陸を版図に収めていた。
しかし内乱が始まり、この統一王朝はあっけなく滅んだ。再び群雄が割拠する戦乱の時代に戻ったのだが、ここアルカディア半島では『飛王国』が興り、半島の統一を果たした。
飛王国の王は統一王朝テンの地方太守の息子で、西方聖堂騎士団の副団長を務める聖杯騎士であった。彼が古代王朝の遺跡を巡って魔法文明の一端を再発見した事もあり、王国民の生活は大いに改善された。
王は隣国『覇王国』への侵攻を計画していたが、今はその国へ渡り外交交渉を行っている。
その王不在時に、魔法都市オーガンの長老会議のメンバーの一人、ヘカテが行方不明になった。オーガン地方の自治組織である長老会議は、彼女の探索を行ったが見つけられず、報奨金を出して全国手配をした。
アドール歴三十七年。若木が萌える早春の事である。
アルカディア半島には平和が戻ったが、いまだ盗賊団が狼藉を働き、モンスターによる被害は続いていた。
内乱時に活躍・暗躍した傭兵団は、これらの討伐や駆除で生計を立てていたが、ここオーガン近郊に砦を構える『黒き狼団』でもそれは同じだった。
今回も、オーガン近郊の山村に拠点を構えた山賊の討伐準備をしていた。ヘカテの全国手配から一ヶ月が過ぎた頃であった。
この山村は砦から南西に三十キロメートルほどの山中にあるのだが、土道しかないため徒歩では十時間、馬でも三時間かかる。
そのため、黒き狼団はこの山村に物資を集積して、山賊が潜む森の中に前線基地を設けている。
黒き狼団の団長であるダーブルは、山賊に対してベテラン隊員を百人ほど選抜し対処させた。その中には彼の息子カリグラが居て、戦闘部隊である一番隊の副隊長を務めていた。
彼の他には二番隊の副隊長に同期の友人ナダルと、三番隊の副隊長に後輩のウィルマが任命されている。カリグラには部下としてガズという青年も配属されていた。
今回、山賊の討伐はベテラン隊員百人に任せ、カリグラたち若手は後方支援という方針だった。
後方支援部隊の基地となった村の民家では、暖炉を囲んでカリグラとガズが談笑していた。ここは一番隊の拠点となっている。
村民は全員がすでに黒き狼団の砦の中へ避難していたため、村には討伐隊しか居ない。家畜の牛豚や鶏も残っていなかった。村で自家醸造しているビールやワインもツボごと搬出されていた。
「カリグラ副隊長。二番隊からの連絡も、三番隊からの補給も遅いですね~。後方支援だけど退屈で仕方ないですよ。それより、そろそろ補給が届く頃ですかね~」
一番隊隊員のガズは青みがかった黒髪の青年で、それなりに整った顔立ちをしているのだが、口元がいつも緩んでいる。シーフ技能がそれなりにあるため目つきは鋭いのだが、短髪の髪型のせいか迫力が出ていない。
黒き狼団は三つの部隊に分かれている。戦闘任務の一番隊。情報収集が任務の二番隊。補給と訓練が担当の三番隊だ。情報も商品として売買されているため、こうして独立した部隊が編成されている。
そこへ三番隊副隊長のウィルマが民家に駆け入ってきた。
彼女は明るい赤髪で、今はポニーテールで結んでいる。瞳は青く、顔は色白で快活だ。彼女もシーフ技能持ちである。
「ヤッホ~。補給物資を届けに来たわよ。ありがた~く受け取ってね~」
ガズが満面の笑みを浮かべた。
「これはウィルマさんじゃないですか。補給ですか? ありがてえ~! 村には何も残ってなくて困ってたんですよ~」
カリグラが暖炉にあたりながら、ウィルマに聞く。
「ところで、三番隊のウクラン隊長は?」
カリグラはやや赤みがかった茶髪で、ウィルマよりも淡い青色の瞳だ。一番隊の仕事を続けているために、筋肉質でボクサー体型である。ガズほどではないが、それなりに美男子の部類に何とか入るだろう。それなりだが。
ウィルマも暖炉の火にあたる。
「あたしの隊長は二番隊への補給に向かったけど。二番隊は森の奥で、賊のアジト探しをしてるんでしょ。で、連絡は?」
カリグラが残念そうに、かぶりを振った。
「まだだ。ナダルが連絡をよこす予定なんだが……賊のアジトについての情報が思うように集まっていないのかも」
ガズが大あくびする。カリグラよりも美男子なのだが、この態度のせいで魅力が九割ほど減少している。
「というわけで、オイラたちは暇なんですよね~」
ウィルマがメモ帳をポケットから取り出して、何やら確認し始めた。補給物資のリストのようだ。
「まあ、今回の作戦だと前半の主役は二番隊だから、連絡を待つしかないか。ところで、次の補給なんだけど。いつになるか分からないけど何か必要な物ある?」
カリグラが、ガズから伝染したあくびを噛み殺しながら答えた。
「俺たちはまだ何もしていないから食糧だけでいいよ。一番隊の後方支援要員十人分を数日間飢えさせない分量で」
ウィルマが「ささっ」とメモ帳に走り書きする。彼女も色白赤髪の美女になるのだが、快活さが少々裏目に出てしまっているようだ。
「オッケ~。こっちは、あたしが任されているから」
「頼む」
ウィルマが暖炉のある部屋の隅にある木箱の上に寝そべった。仕草が何となくノラネコのような……
「はあ~。疲れた。ちょっと休んでから物資を集めに行くね」
カリグラが暖炉の火にあてて乾かしていた毛布を、ウィルマに投げて渡した。
「ちょっとだけだぞ。いつ行動しなくてはいけないか、分からないんだから」
「ふあ~い」
ガズもカリグラから乾いたばかりの毛布を受け取る。それに頬ずりしながらニンマリしているガズ。
「これで当分、飯の心配はないですね。カリグラ副隊長、暇なら今のうちに休んどけばどうですか?」
カリグラが暖炉の炎を眺めながら、軽くうなずいた。
「そうだな。ここでソワソワして待っていても仕方がないしな……」
民家の門番をしている一番隊の隊員が来訪者に挨拶する声が聞こえた。「ピクリ」と聞き耳を立てるカリグラ。
「来たか、ナダル」
ナダルと呼ばれた長身の青年が、カリグラたちの居る暖炉部屋へ入ってきた。
「よお」
二番隊副隊長のナダルは面長で、青みがかった銀髪の男だ。鼻筋が真っすぐ通っていて端正な顔立ちなので女子人気が高い。ガズよりも美形だろう。本人は全く頓着していない様子だが。
カリグラが軽く背伸びをしながら、ナダルにも暖炉にあたるように促した。
「ナダル、どうだ。何か情報をつかんだか?」
ナダルが無言でうなずく。暖炉にはあたらずに、部屋の入り口に立ったままで話し始めた。
「ああ。ティアン隊長が二番隊隊員と調べたんだが、山賊は村の北にある山に拠点を構えていると分かった。オマエの後方支援部隊もすぐに来てほしいとの事だ」
カリグラが少し不安な表情を見せる。
「一番隊は今回五十人来ているのに、後方支援部隊も必要なのか……で、そこまでは、どう行けばいいんだ?」
ナダルが仏頂面になった。
「何のために俺が居ると思う。案内するさ。だが、その前に前線基地へ立ち寄ろう。ダーブル団長が指揮をしているからな、そこで具体的な作戦を俺たちに命じる手筈だ」
前線基地は山中の森の中にある洞窟を使っているというナダルの説明だった。そこに今回の討伐隊が集まっているらしい。百人も収容できるので、かなり大きな洞窟なのだろう。内訳は一番隊が五十人、二番隊が三十人、三番隊が二十人だ。
ナダルの知らせで、カリグラが率いる一番隊の後方支援部隊十人がこれから駆けつける事になる。選抜隊としては、これが最大戦力だ。
(普通の山賊相手では、ここまでの準備はしないのだが……)
不安を感じるカリグラであった。
カリグラが立ち上がり、ロングソードを腰に吊るす。装備は皮製の鎧服と軍靴のガルカだ。山賊の武器は主に弓矢と山刀なので、この程度の防御で足りる。
「よし。ガズ、出発するぞ!」
ガズがモゴモゴと口を動かす。
「待ってくださいよ、カリグラ副隊長~。オイラ今、飯、食ってるんですから!」
カリグラが呆れながらも怒った。
「バカヤロ~! 時間が無いんだ。行くぞ!」
しかし、ガズはなおも飯を食い続けている。かなりの食い意地だ。美男子が台無しである。
「そんな~。腹が減っては戦はできないって言いますぜ~」
カリグラが怒って跳びあがった。
「ガズー!」
ガズが飯を噴き出して尻もちをついた。ほとんど、どこかの野良犬の反応だ。
「ひええ~。分かりましたよ~」
ナダルがカリグラと一緒に、呆れた表情で溜め息をつく。
「相変わらずだな……ガズは」
カリグラが気持ちを落ち着けて、努めて冷静な口調でガズを諭した。
「まったく……ガズ。ティアン二番隊隊長と合流したら頼んで飯を分けてもらうから、それまで我慢しろ」
ガズがようやく飯から手を離した。しかし、まだ未練たっぷりの表情だが。
「しかたねえ。でも、ちゃんと食べさせてくださいよ~。オイラ育ち盛りなんですから~」
ナダルがカリグラの肩に手をかけて、同情する。
「……準備ができたら、声をかけてくれ」
他の一番隊隊員は八人だったので、彼らに出撃の用意をさせる。それが終わる頃に、ようやくガズも出撃の支度を終えて民家から出てきた。
それを見て、ナダルがカリグラに声をかけた。
「揃ったな。では、前線基地の洞窟まで案内するよ。多少、ヤブ漕ぎする場所があるから、落とし物をしないように注意しろよ」
カリグラが配下の九名に号令をかけた。
「よし。出発する!」
そこへ民家からウィルマが出てきて見送った。まだ少し眠そうな顔をしている。
「出発するのね~。あたしたちの隊長に会う事があったら、ウィルマはちゃんと仕事してたって褒めてよね~」
気勢を削がれたカリグラだったが、それでも真面目に答えた。
「分かった。ウクラン隊長に伝えておくよ。次の物資の補給を頼むぞ。今度は山奥につくった前線基地までになるはずだ」
ウィルマが大あくびをする。
「は~い。あ。でも案内に二番隊の隊員を一人つけてよね」
カリグラがナダルに視線を送った。
「ナダルよ。すまないが頼む」
無言で了解するナダルだ。ナダルに同行してここへやって来ていた二番隊隊員に、ナダルが一言発して命令した。
その二番隊隊員が敬礼した。彼はナダル配下の後方支援部隊だ。
「ナダル副隊長。我々も補給部隊への案内を終えたら、すぐに追いかけます。ご武運を」
カリグラがガズと見比べて、軽く両目を閉じて肩を落とす。そっとナダルに告げた。
「オマエの部下は優秀だよなあ。羨ましいよ」
初めてナダルがドヤ顔になった。
「バクダティスは優秀だからな。大いに助かっている。そんなわけでオマエには渡さんぞ。ガズで我慢しておけ」
登場人物の紹介です。
左からカリグラ、ウィルマ、ナダルとなります。
この物語の舞台です。
かなり巨大な大陸ですね。
王国の位置は赤文字、山脈は茶色、海と川は水色です。
飛王国がある半島です。この半島も巨大ですね。
茶色は山脈、濃い緑色は森林、黄緑色は平地、青色は海、川、湖です。
黄色の線は主要な街道です。土道の街道は記載されていません。
A:オーガン地方
B:ラーラル地方
C:アルカディア地方
D:ダース地方
E:ワイマール地区
F:エルド地方
G:キトラ地方
H:キライエ地方