本日の日記

安らぎ

2021年11月6日(土曜日)

頑張り過ぎるとね、気が抜けちゃいますよ。
頑張り過ぎないで、偶には周りにサポートしてもらうことも有りだと思います。
人ってね。話をするだけでも心が安定するものです。
他愛のない話、それだけでも人って心が安らぎます。

松原照子の印

本日の世見

春日局

2021年11月6日(土曜日)

  • 古代文明・歴史

原稿用紙を前に、メガネをかけると書くスイッチが入る。
今日も書ける喜びが指先から体中に走ります。
「幸せってどんなことかなぁ~」とフッと思うと、こうして書けることだと思えて笑顔になれました。
今日もお読みいただき、心から御礼を申し上げます。
私は幸せ者です。
書く喜びと、こうしてお読みいただけるあなた様と繋がっていることがとても とても嬉しく、幸せを感じずにはおれません。
感謝申し上げます。
サテ、今日のように、秋だと言いますのに“春うらら”なる気分の日には、何を書けばいいのでしょうか。
自然に、自然に、鉛筆任せで原稿用紙を埋めて行くことにいたします。
徳川260年を牛耳った大奥。
というのはどうでしょうか。
家康が江戸城に入ったのが   1590年
秀忠の長子 家光誕生     1603年
お福(春日局)家光の乳母となる 1604年
大奥が建設されたのが      1607年
大坂夏の陣、豊臣家滅亡が    1615年
大奥が成立          1618年
お福が乳母になってから14年目にして大奥が成立されました。
「五箇条の大奥法度制定 男子禁制 門限暮れ六つ」等が成立して8年後、お福は大年寄りとなり、大奥の実権を握り3年後に、お福は後水尾天皇から春日の称号を賜るのです。
1643年に春日局が没するまで、大奥は春日局の天下でした。
大奥成立から春日局が没するまでの25年間、春日局はどのような思いで生きたのでしょうか。
大奥を語る時、春日局を語らずしては何も見えては来ません。
乳母になってから没するまでの39年の女の一生は重い。

松原照子の印