宿泊が1日1組限定の古民家ヴィラ「あんたげ」

写真拡大 (全4枚)

福岡市内から車で約1時間半。

 福岡県東峰村にある岩屋キャンプ場が、「予約が取れない」と話題になっている。周辺に広がる約400枚の棚田と満天の星が魅力で、家族や仲間と思い切り声を出して遊べると好評だ。キャンプ場そのものは平成6年からあったが、どの地方にでもあるような目立たない存在だった。それが昨年7月、近くに1軒の古民家ヴィラをオープンさせたことで人気に火が付いた。

見せ方を変える

古民家ヴィラは棚田の頂上付近に建ち、里山を眺望できる空間と、ゆったりとした時間を提供する。岩屋キャンプ場を運営する地元の一般社団法人「竹棚田」が築132年の古民家を改修し、開業した。

名称は地元の方言で「あなたの家」を意味する「あんたげ」で、宿泊できるのは1日1組限定。宿泊価格は大人4人で宿泊した場合、食事付きで1人約2万円。地元の食材を使った料理が魅力で、室内のキッチンで自炊もできる。川のせせらぎと虫の音だけが聞こえる空間で、宿泊者は「田舎」を堪能する。

里山に誕生した別荘のようなヴィラは、コロナ禍で「密」を避けた旅行先を探す人の目にとまった。富裕層をターゲットとしていたが、家族や親族での利用が大半で、現在、週末の予約は来年1月初旬までほぼ埋まっている。

ヴィラの開業と同時期に日帰りで立ち寄れる「里山カフェ棚田屋」も開設し、「里山を満喫できる観光地」として一帯の見せ方を変えた。すると新たな観光スポットとしてメディアが相次いで取り上げ、キャンプ場も脚光を浴びた。「福岡市内から1時間半で行ける星空の見えるキャンプ場」「日本で星空がきれいに見えるキャンプ場ベスト10」などのタイトルで紹介され、訴求力が高まり、本来持つ魅力が浸透した。

「他にない古民家ヴィラが加わったことで、キャンプ場のブランド力が上がった。人々の見方が変わり、クオリティの高い施設と見てもらえるようになった」。里山マネージャーの森山生子(いきこ)氏(60)が説明する。

キャンプ場も、設備の一新やきめ細かなコロナ対策で受け入れ態勢を強化してきた。ヴィラと同様、キャンプ場の週末の予約も年始までほぼ埋まる。地道な環境整備も、利用者の獲得に寄与した。

地域のため動く

古民家ヴィラやカフェの開設を計画したのは、東峰村を襲った水害がきっかけだった。

平成29年7月。東峰村は九州北部豪雨で甚大な被害を受けた。河川の氾濫や土砂の流入で道路が寸断され、地区は孤立。爪痕は今も残る。村を通るJR日田彦山線は不通となり、村内の区間は、廃線とバス高速輸送システム(BRT)への転換が決まった。

キャンプ場はその日田彦山線の沿線にある。施設そのものは無事だったが、避難所として利用され、営業停止を余儀なくされた。

被害の大きさに絶望感が広がる中、村民は自分の家の修復もそっちのけで、村のために何ができるか話し合った。「美しい棚田の景観を取り戻し、村を復活させよう」。以前からあった住民団体「棚田保全委員会」に加え、若い世代が「棚田まもり隊」を立ち上げ、棚田の復旧や維持に動いた。村役場とも協議を続け、宿泊や飲食事業で稼ぐ仕組みをつくり、里山の保全につなげようと、地方創生関係の交付金を活用してヴィラとカフェを設けた。

キャンプ場はオープンから25年以上が経過し、年々収益が減少していたが、一帯の整備と近年のアウトドアブームが追い風となり、収支が改善した。

新しい風

村の人口は昭和25年の8600人をピークに減少が続き、現在は約2千人となった。棚田の景観保全も作業を担う人たちの高齢化で厳しい状況にある。

それでもキャンプ場周辺には活気がある。施設の清掃は近くに住む女性たちが担当し、農家の高齢者らが草刈りや植栽で景観を整える。

この地に魅力を感じる若者も、一帯に変化をもたらしている。古民家ヴィラとカフェでシェフを務める室井智裕氏(32)は村出身で、兵庫県の洋菓子店でパティシエとして働いていたが、災害を機に村に戻った。「地元で自分の力を生かしたい。郷土料理だけでなく、フランス料理で田舎とのギャップを出し、人を引き付けたい」と意気込む。

キャンプ場の広報を務める江島里美氏(28)は佐賀県出身で、東峰村に魅力を感じて移住した。「村の人々は本当によく動く。人の手が入らないと、里山の風景は守れない。美しい景観を守るために力添えができれば」と話す。

村には、伝統ある小石原焼や高取焼、国の重要文化財でパワースポットの岩屋神社などもある。村内の棚田は日本棚田百選にも選ばれ、約400年前から続くとされる。

森山氏は「『ローマは一日にしてならず』ではないが、400年かけて作り上げてきた風景が強み。よそでぱっと作り上げられる武器じゃない。若者が新しい風を吹き込み、地元が好きな人が行動することで、観光資源に光を当てられる。これからまだ磨いていける」と力を込める。今は福岡市内からの来訪者が多いが、BRTの開業後は北九州や本州、海外からも観光客を呼び込みたいという。

森山氏は来春、キャンプ場近くで米粉使用のバウムクーヘンを販売する菓子工房をオープンする。里山カフェでは室井氏のチーズケーキが絶品と人気を集める。バウムクーヘンやチーズケーキで、来春には「スイーツの里」としても注目されるエリアになりそうだ。(一居真由子)