第1話 それは誰よりも小さくて     トレセン学園の購買部の品揃えはコンビニと同じぐらいという評判だ。 学生に必要なノートや文房具、季節に合わせたお菓子、etc……。 トレセン学園に在籍している者であればウマ娘、職員、トレーナー問わず誰でも使える。 そういう自分も現在何のお菓子を買おうか迷っているところだ。   「あの~……すみません、それ取ってもらえますか?」  ▶【ん?】   声がした方向に顔を向けてもそこには誰もいない……。   「あ、あの!こっち、こっちです!下向いてくださ~い!」  ▶【え?……うわっ!】     言われた通り下を向くとそこには自分と比べてとても小っちゃいウマ娘がいた。    ▶【気づかなくてごめん……どれを取って欲しいのかな?】 「はいっ!上にあるにんじんクッキーを取って欲しいんです!私じゃ届かなくて……」   上に陳列されているお菓子をご所望のようだ、確かに彼女の身長では届かないな。    ▶【はい、どうぞ】 「ありがとうございます!店員さん!お会計お願いしまーす!」   そう言って彼女はそそくさとレジに向かって行った……。 『ねぇあの子じゃない?ほら、今この学園で一番背の低いウマ娘って……』 『あっホントだ!あの子だよ!メロディーレーンちゃん!』 『うっわ~……ウマスタで見るよりも小っちゃくて可愛い……飛び級じゃないんだよね?』 どうやら彼女は有名なウマ娘らしい、確かにあの背の低さには自分でも驚いた。 一番背の低いと言っていたが……まさかかのニシノフラワーよりも背が低いのか……?  ▶【それにしても……】   「ん~……あむっ!う~ん!やっぱりこのクッキーが一番だよね!」 『見てよあれ……クッキーを食べてるだけなのにあの可愛さ……』 『頬張ってるだけであんなに可愛くなれるものなのね……』 『#今日も可愛いメロディーレーン #おやつはにんじんクッキー と……』   一挙一動を周りから見られても動じない彼女、思った以上に肝が据わっているな。 ウマスタでも写真をアップしてるらしいし、注目されると言うのは慣れてるのだろうか……。   「もっと食べて、少しでも体大きくしないとね!もぐもぐ……」 ⏰   夕方、練習場にはトレーニングをするウマ娘達でいっぱいになる。 中にはスカウト目的でトレーニングを見に来るトレーナーも集まっている。   『うん……やっぱりあの子の走りは凄いな、ぜひスカウトしたい』 『すごい!デビュー前なのにこんなタイムが!?』 『あっちの子もすごいな……特に直線での加速が他より抜きん出てる!』   そんな中黄色い声が上がっている集団がある、そこへ見に行くと……。   キャアアアァァァァ……! 「はっ……!はっ……!……やあぁぁぁぁぁ!」  ▶【あの子は……!】 そうだ、少し前に購買部で会った子だ。名前は確か……メロディーレーン。 彼女もトレーニングしていたのか、通りで周りに人が集まっている……。   「ふぅ……今日はここまでかなー」 『レーンちゃん!今日の走る姿も可愛かったよー!』 『こっちに笑顔お願いしてもいいですかー!』 「うん!私これからも頑張るから、みんな応援よろしくねー!」 キャアアアァァァァ……!   彼女が声を上げるだけでこの歓声……デビュー前なのにもうアイドルらしくなっている。   「ん……?あっ!さっき購買部で会った人!もしかしてトレーナーさんだったの?」  ▶【あ、うん……入ってばっかの新人だけどね】 「そうなんだー!ねぇねぇ!私の走り、見ててどうだった!?」 トレーナーと聞いた途端に目を輝かせる彼女、感想を聞かれてるようだ。    ▶【走りを見てる感じだと……】 「うんうん!」  ▶【君は長距離向けなのかな】 「やっぱり!私もそうかなーって思ってたけど……トレーナーさんが言うならそうだよね!」   彼女の走りは瞬発力が問われるスプリンターより、スタミナとパワーが重要なステイヤーだと思った。 特に彼女は体が小さい分コーナーを回るのが上手い、寧ろ小さいから上手く回れている。   「よーっし!週末の選抜レースも頑張るぞーっ!」   そう言って彼女は笑顔で練習場を後にした……。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 第2話 小さいという壁     選抜レースとはデビュー前のウマ娘が走る、主な目的はトレーナーからのスカウトだ。 このレースで上位に入ったウマ娘はスカウトされやすい、だから必死なのだ。 トレーナーもトレーナーで優秀なウマ娘をスカウトするのに必死だ、なにせ実績がついてくる。   『今日の選抜レース、逸材がいっぱいですね……』 『ああ……クロノジェネシスにグランアレグリアにサートゥルナーリア……』 『ダノンキングリーにラヴズオンリーユーまで!?見事に粒ぞろいだ……!』   新人である自分の目からしても名前の上がったウマ娘達のすごさは分かる。 デビュー前だと言うのにその迫力は正にG1ウマ娘と遜色ないように見える……! そう言えばあの子も今日走ると言っていたような……。 キャアアアァァァァ…… 『メロちゃーん!頑張ってー!』 『今日も可愛い走り見せてくださーい!』 「ありがとー!私、頑張るからねー!」   一際歓声が上がったところに以前知り合ったメロディーレーンがいた。相変わらず凄い人気だ。   『おっ、彼女も今日の選抜レース走るんですね……どうなんでしょうか?』 『まぁ……あの子はあの子なりに頑張ってるが、見てれば分かるさ……』 『頑張ってはいますが……あれは流石に……ねぇ』   ベテラントレーナー達が言ってることはどういうことだろうか、とても気になる……。 この前のトレーニングを見てる限りそんなに悪くないように見えるが……何か他に原因があるのか?   『只今より、選抜レースを開始いたします……第1レースは━━』 ⏰   『ではこれより、選抜第4レースを開始いたします……』 「よーっし!頑張るぞー!」 『うわぁ~本当に周りのウマ娘より一回り以上小っちゃい……本当に走れるんですかあの子?』 『走れるには走れる……が、小さいが故の弊害が凄まじいわ……見てるこっちがヒヤヒヤするぐらいにね』   見ているトレーナー達が少し心配そうな声色でレースを見守る、どうなることやら……。   『スタートしましたっ!注目は小っちゃく可愛いメロディーレーン、今日は先行ですか!』 『小さい分バ群に埋もれるのと抜け出すのが厳しいですからね……』 「はっ……!はっ……!ぐっ……!とりゃあああ!」   …………結果だけ言うと、メロディーレーンはバ群に飲まれて10着だった……。 「はぁ……はぁ……また勝てなかった……」 『メロちゃんお疲れさまーっ!可愛かったよー!』 『また可愛い走り、見せてくださいねーっ!』 「あっ……うん!今日も見てくれてありがとうね!これからも応援よろしくお願いしまーす!」   見てくれるファンには疲れを見せないで笑顔で応えるメロディーレーン、だがいつもの笑顔っぽくはなかった。   『10着ですか……やはり小さいとその分レースでは不利なんでしょうね……』 『ああ……あれで他のウマ娘と同じぐらいの体格だったら良いセン行けると思うのだが……惜しいな』 『残念ですけど……これから先のレースで勝てるのは厳しいでしょうね……』 「っ!…………」   確かに体が小さいというのは他のウマ娘よりも長く走らなければならない、という不利な点がある。 だがそれだけでレースに勝てない……とは自分ではそう思わなかった。  ▶【お疲れ様】 「あっ……トレーナーさんも見てたんですか!ごめんなさい、10着でした……えへへ……」  ▶【次があるさ】 「……そうは言いますけど私、他の子より小っちゃいんですよ?」 「私自身、小さいことについてはあまりコンプレックスじゃないんです」 「それでも……もうちょっと大きかったらなって思う時はあります……」 「そうだったら私もレースに勝てるのかなって……あ、ごめんなさい!こんな事言っちゃって……」   どうやら彼女は先ほどのレース結果でとても落ち込んでるようだ……。    ▶【……小っちゃくても勝てる、そう思うよ】 「え……?」  ▶【小っちゃくても勝てると、自分はそう信じてるよ】 「…………慰めのつもりですか?」  ▶【え?いや……】 「……分かってます、私だって分かってるんです!でも!……でも勝てないんです!!」 「あなたに言われなくたって!私が一番分かってるつもりです!」 「こんなの言い訳だって!勝てないのは私が弱いだからって!あなただってそう思ってるんですよね!?」 「でも……私は走りたいんです、勝ちたいんです!私の言ってること、おかしいですか!?」   堰が壊れたように自分の感情を曝け出すメロディーレーン、そうだ……何を言ってるんだ自分は。 彼女が一番分かっていた事じゃないか、それを自分が何故訳知り顔で喋っていられるんだ。 小っちゃくても勝てる、なんて一番証明したいのは……彼女自身じゃないか。   「…………すみません、声を荒げてしまって……失礼しますね」  ▶【あっ、待って……!】   彼女にさっきの無礼を謝ろうと思ったが時すでに遅し、彼女は帰ってしまった。 (でも……私は走りたいんです、勝ちたいんです!) 彼女も悔しかったはずなのにそれを自分は……!これじゃあ声をかけた意味が無いじゃないか……! 勝ちたい……その想いは誰にでも持っている、けど彼女の想いは他の子よりも更に大きい……。 でも……このままじゃ彼女はその想いで潰れてしまいそうな不安がある、どうする……どうしたらいい……?    ▶【どうすればあの子の不安を取り除いてあげられる……?】     夕陽が沈むレース場で答えの出ない問いが自分の中で渦巻いていた……。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 第3話  小さな小さな迷子さん     (でも……私は走りたいんです、勝ちたいんです!) ……あの時の彼女の言葉が今でも離れない……走りたい、勝ちたい、か……。 そんなの誰だってそうだ、レースに出るなら勝ちたい、そんなの当たり前じゃないか……。 それなのに自分はさも知ったかのような口ぶりで彼女にあんなことを……。   「お姉ちゃーん!お姉ちゃんどこー!?」   ふと顔を上げると、そこには誰かを探しているようなウマ娘がいた。    ▶【どうしたの?】 「あっ!あなた、私のお姉ちゃん見ませんでしたか!小っちゃくて可愛いお姉ちゃんなんです!」  ▶【小っちゃくて……もしかしてメロディーレーン?】 「はい!……あっ、私タイトルホルダーって言います!可愛いお姉ちゃんの妹です!」  ▶【妹……!?あの子、お姉さんだったのか……!】 「よく間違われるんですけど……お姉ちゃんは私の2歳上なんですよ!」   これは新たな発見をしたな……あの子、この子の妹だったのか……成る程と納得した。 だから周りから黄色い声援を貰ってもいつも落ち着いていたのか……。    ▶【それで……そのお姉さんがどうかしたの?】 「はい!お姉ちゃんはこの時間にはもう寮にいるはずなんですけど……いないって連絡があって」  ▶【電話はしてみたの?】 「それが……電話しても出てくれなくて……いつもは出てくれるんだけど……!」   事態は思ったよりも深刻なようだ……。レーンについては勝手ながら自分も心配になる。    ▶【自分も探してみるよ!】 「本当ですか!?ありがとうございます!じゃあ私はこっちから探しますね!」  ▶【無事でいてくれ……!】   トレセン学園中を探し回っても彼女姿は見えない、探してないとすれば学園の外だ。 もうすっかり陽が落ちて夜になってる……!これじゃあ暗くて探しづらい……!    ▶【あと探していないのは……ここの公園か】   公園内は街灯があるから多少は見やすくなる、が……ここにレーンがいる確証はない……。 それでも探さないと……!自分はレーンに謝らなければいけないんだから……!    ▶【レーン!どこだー!】 「……………………へっ?トレーナー、さん……?」  ▶【レーン!?良かった……見つかった……】 街灯の近くにあったベンチで一人座っていたレーン、見つかって一安心だ。 それにしても……なんでこんなところに……?   「なんでトレーナーさんがここに……?」  ▶【君を探していたんだよ】 「私を……なんで……?」  ▶【君の妹が心配して一緒に探していたんだ】 「ホルダーちゃんが……そっか……迷惑かけちゃったな……」  ▶【それに……君に謝りたいことがある】 「え、私に……ですか?」   そうだ、自分は彼女に謝るべきことがある……あの時の、あの言葉を。    ▶【あの時……選抜レースの時にあんなこと言って……ごめん】 「選抜レースの時……あぁ!大丈夫ですよ、あの時は私も声荒げてごめんなさい……」 「…………あのっ、良ければ少し……話しませんか?」  ▶【え?】 「ちょっと相談ついでに話したいことがあって……いいですか?」  ▶【……もちろん】   そう言われたら断るという選択肢はない、レーンの隣に座らせてもらった。   「トレーナーさんなら知ってると思うんですけど……私、負け続きなんですよね」 「選抜レースでも二桁ばっかで……調子が良くても掲示板には入らなくて……」 「ホルダーちゃんや他の子も応援してくれるんですけど……それでも勝てなくて」 「小っちゃいことは生まれつきだからしょうがないとは思ってるんです、でも……!」 「でも……!応援してくれる人達に何も返せないのが悔しくて……!悔しくて辛いんです……!」 「あんなに応援してくれてるのに……!ヒグッ、私はただ貰ってばかりで……!」 「グスッ、それなのにみんなに何も返せてあげられないのが……とても悔しいんです……!」     ……常に明るくてファンの人達にも笑顔で応えるレーンの顔は……今日は違っていた。 目には涙を浮かべて、元気さもないレーンの顔を見るのは……おそらく自分が最初なのだろう。 妹にも打ち明けられない悔しさを、自分だけが聞いている……これが彼女なのだ。 レーンはとても思いやりのある子だ。それ故にみんなの期待を全部背負ってしまう優しい子なのだ。 みんなが応援してくれるから勝ちたい、恩返しをしたい……それがメロディーレーンなのだ。 でも今のレーンは期待を背負いすぎて無理に走ろうとしている……そんなの、見てられない。 だから誰かが一緒に背負ってあげなければいけないのだ……だが、誰が背負う? 誰が彼女と共に期待を背負っていられる?……そんなの、もう答えはもう出てるじゃないか。    ▶【だったら、俺が一緒に背負ってやる!】 「…………え?」  ▶【君に寄せられる期待を君だけに背負わせるにはいかない、そう思ったから……!】  ▶【俺が、君のトレーナーになって一緒に背負うんだっ!】 「なんで……?なんで私なの……?私以外にもっと走れる子いっぱいいるよ……?」  ▶【俺は、君がいいっ!】 「…………っ!」  ▶【だから……お願いしますっ!】   我ながらなんてことを言ってしまったんだ……これじゃあ口説いてるのと変わらないじゃないか……! でももう後には引けない……!それに今ここを逃したら……彼女の笑顔が消えてしまう……! だったら彼女を支えれば良いじゃないか……!彼女には笑顔が一番似合うのだからっ!   「……私、他の子よりとっても小さいよ?」  ▶【君となら勝てる、俺はそう信じてる】 「……私、他の子よりも遅いんだよっ!それでもいいのっ!?」  ▶【いいわけないっ!】 「え!?」  ▶【いいわけないっ!だからっ!俺と一緒に強くなろうっ!】 「……………………」 「…………変な人、うん、すっごく変な人だねトレーナーさん」  ▶【え?】 「だってこんなスカウト、見たことないよ……本当に変なスカウト」  ▶【うっ……】 「でも……」 ▶【でも?】 「こんなスカウトに引っかかる私も……きっと変だよね、そう思わない?トレーナーさん」  ▶【!じゃあ……】 「うん!私のトレーナーになってよトレーナーさん!サボったら許さないからね?」  ▶【当たり前だっ!】 「よーし!契約成立だ~!遂に私にもトレーナーさんがつくんだ~!なんか不思議だね~!」   さっきとは一転して笑顔満載になったレーン……うん、やっぱりそっちのが似合ってるな。   「それにしても……何か忘れてるような……あっ!」  ▶【ど、どうしたっ!?】 「ホルダーちゃんに連絡入れてな~い!ど、どうしよトレーナーさんっ!」 すっかり忘れていた……!今もあの子はレーンを探しているに違いない……!    ▶【とりあえず電話だ!】 「う、うんっ!…………あっホルダーちゃん!ごめーん!本当にごめんねー!!」   数時間にもなった迷子探しは無事に終わった……ちなみにあの子は街まで探していたらしい……。