挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
失格から始める成り上がり魔導師道!~呪文開発ときどき戦記~ 作者:鼻から牛肉/樋辻臥命
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
143/144

第百四十二話 魔導籠手、完成! その一



 魔法院のある講義にて。


 リーシャ・レイセフトは教室で兄の姿を探していた。



(兄様、今日も来ていません)



 兄の不在に対する憂慮を、心の中でため息を吐くようにつぶやく。

 いま受けている講義は、兄が受けるものと同じ講義だ。なのにもかかわらず、あの人の姿は教室のどこにもない。



 そう、ここ数日、あの人は魔法院を休んでいるのだ。

 理由は……わからない。

 心当たりと言えば、少し前に襲われたという話が挙がる。魔導師ギルドの近くで、不審者に遭遇したらしい。幸い大事無いと聞いて安心したが、しかし、こうして姿を見せないということは、何かあったのかもしれないとも思ってしまう。


 一度折を見て屋敷に様子見にでも行こうか。


 親の目を盗んで行くにはどうすればいいか。


 そんな風に思い悩んでいる中、後ろから声がかかった。



『ねえ』


「……なんでしょう?」



 後ろから聞こえてくるのは、悪魔の声だ。

 これは以前にレイセフト家の領地にある洞窟の中で遭遇した、目に見えず、声だけが聞こえるという奇妙な存在だ。そのときからずっと背後にとり憑かれたままで、物事を斜に見た物言いや嘲弄、時折自分に対して助言じみたことなども行う。



 悪魔とは自称しているものの、そんな存在が発するような邪悪さはまるで感じられず、声質は青年のようにも、少年のようにも、その中間のようにも思えるくらいの若々しさが感じられる。

 どちらかと言えば、無邪気な少年が一番しっくりくるだろうか。



 そんな悪魔は、こちらの内意を見透かしているらしく。



『お兄ちゃんのことが気になるのかい?』


「……ええ。真面目な兄様がこうも魔法院をお休みになるなど。また何かあったのではないかと思いまして」


『その物言いだと、いろいろ巻き込まれてるみたいな言い方だね』


「そんなことは……」


『そんなことは?』


「……あります」



 ムスっとした様子でそう返すと、悪魔が後ろでケラケラと笑い出す。

 その笑い声を聞きながら、毒を吐くように小さく「本当にダメです」と呟いた。



 …………講義が終わったあと、たまり場にて。

 最近では『住人』なる人間が増えたらしく、ミリアにクローディア、国定魔導師のメルクリーアまでここに顔を出すようになった。



 みなこの、『たまり場』を正しく使っているようで、クローディアは日々の疲れを癒すためにここに赴き、メルクリーアも同じなのか、机の一角に陣取ってよくダラダラしている。

 ……威厳ある国定魔導師がそんな姿を生徒に見せていいのかと思うこともあるが、本人曰く休息は必要らしい。たまに勉強を見てもらえるので、その辺りとてもありがたいのが本音である。



 その中でも、ミリアとはよく話をする間柄だ。



「ひねくれ成分がない」


「アークスの妹とは思えない」


「アヒルとハクチョウ」



 ……あの人に対しては随分と辛らつだが、他の面々には毒を吐くこともなく仲良くやっている。善良なあの人に対してだけ、どうしてこんな厳しい印象を抱くのかはよくわからないのだが。



 ともあれたまり場には、三人の人物がいた。



 まず、ルシエル・アルカン。青のメッシュが入った黒髪と、わずかなタレ目が特徴的な少年だ。アルカン男爵家の末子で文官貴族に連なるが、魔法の才能を持っているため魔法院に入学することになったらしい。

 魔法院では魔法建築学を好んで学んでおり、たまり場では一番真面目に勉強に励んでいる努力家だ。

 あの人いわく『あんにゅい』な『ばんどまん』らしい。その辺はよくわからない。



 次に、シャーロット・クレメリア。ミルクティーカラーの髪を持った少女だ。最近では大人びた雰囲気を醸し出し、『窓際の令嬢(ジャクリーン)』を地で行くような淑女となっている。

 たまり場では紅茶を飲みながら、スウシーアとの不穏当な会話を楽しんでいる。最近ではクローディアも増えたため、その三人が揃うと大半の人間が隅っこに逃げてしまうほどだが、ひとしきりやると満足するらしく、その後は至って何もなかったかの如く平然としているほど。やはりこれもよくわからない。



 最後に、ミリア・ランバルト。風変わりな髪飾りを付けた桃色髪の少女で、背丈は自分と同じくらいか、少し低いかと言ったところ。いつも眠たそうな半眼で、物事を斜に見ている節がある。余った袖をフリフリさせ、よく空を見上げているのが印象的だ。

 暑くてへばっていたところをあの人が保護したのだという。ミリア曰く「アークスに無理やり連れてこられた」と言っているが、彼女は素直じゃないところがあるため、やっぱりあの人が保護したのだろう。なぜ強情になるのかよくわからない。



 ともあれまずはと、あの人とよく話をする機会が多い人物に声を掛けた。



「ルシエルさん。少しお訊ねしたいことがあるのですが」


「リーシャか。何かあったかな?」


「いえ、今日も兄様が来ていないので、もしかすればルシエルさんなら何かご存じなのではないかと思いまして」


「うーん。俺は知らないなぁ。アークスのことは俺よりも君の方が良く知ってそうに思うけど」


「あ、いえ、その……私はいろいろと難しくて」


「ああ、そうだよね。ごめん」



 ルシエルは遅ればせて、こちらの家庭事情に思い至ったのだろう。きまりが悪そうに謝罪する。


 次いで、声を掛けたのは最も付き合いの長い少女だった。



「シャーロット様」


「うん……私の方もお誘いがてらにお見舞いのお手紙を出したんだけど、最近は外せない用事があるらしくて」



 ということは、怪我などではなく、新しい呪文を作っているのか、それとも物品を作っているのかもしれない。



 そして、最後に声を掛けたのは、最近仲良くなった少女だ。



「ミリアさん」


「ミリアも知らないわ。そもそも魔法院に顔を出さないと会う機会がないし」


「そうですよね」


「まったく、リーシャに心配をかけるなんて、なんてやつ。ナマケモノよりもどんくさいわ」


「…………」



 ミリアはついでとばかりに、あの人に動物にたとえた辛辣な評価を下している。

 やはりあの人が何をしているかは、誰も知らないらしい。



 そんな中、たまり場に一人の人物が顔を出す。



「あー、生き返るー!」



 ドアを勢いよく開け放って室内に滑り込んできたのは、スウシーア・アルグシアだった。

 たまり場の涼やかな空気を浴びて、満面の笑顔を見せる。

 この日はいつも「じゃあ死んでたのかよ」なんて無粋なことを言う人がいないため、小さな言い合いにも発展しない。



「スウシーア様、ごきげん麗しゅうございます」



 みな立ち上がって、それぞれがスウシーアに挨拶を行う。

 一方で、スウシーアも一人一人に挨拶を返した。こうして「まめ」な部分が際立つのが、彼女が慕われるところか。

 これも見慣れた光景だ。スウシーアも「堅苦しい挨拶はしなくていいよ」とは言うが、そんなわけにもいかないのが貴族社会というもの。



 ふいに、スウシーアがてくてくと歩いて近寄ってくる。


「あれ? リーシャ、浮かない顔してるけどどうしたの?」


「はい……最近、兄様が魔法院に姿を見せないのです……」


「家には行ったの?」


「それはまだ……うまく時間が見つかればどうにかなるのですが」


「うーん。確かにリーシャの立場じゃ難しいよね」



 そんな話をしていると、スウシーアは何かいいことでも思いついたと言うような表情を見せる。それは偉大な発見をした魔導師の顔か。それとも悪戯を思いついた子供の顔か。

 その表情を不思議そうに眺めていると、



「リーシャ、このあと講義は?」


「主要なものは終わっていますが……あと二つほど」


「それなら受けなくても構わないよね?」


「え……はい。それは、確かにそうですが」


「というわけで、いまから私がアークスの家に連れて行ってあげるよ!」


「よろしいのですか?」


「うん! 大丈夫だよ! 私がなんとかするから!」



 つまり、公爵家の権力を笠に着て、うまく図らってくれるというのだろう。

 そんな風に話がまとまった一方で、シャーロットが口を開く。

 その表情は、どこか澄ましたような風にも見えた。



「あら、スウシーア様? 講義にはきちんと出ないといけませんよ?」


「大丈夫。私も出なきゃいけない講義は全部出たから。それとも、シャーロットさんも行きたいの? それなら一緒に行く?」


「う……私はこのあと外せない講義がありますので」


「行けないかぁ。じゃあ仕方ないよねー」


「くっ、どうしてこのあとだったの……」



 シャーロットが「ぐぬぬ……」というような素振りを見せて、悔しそうに歯ぎしりする。

 その一方で、スウシーアはミリアの方を向いた。



「ミリアはどうする? 一緒に行く?」


「ミリアはやめておくわ。アークスにはくつろがせてもらってるって伝えておいて」



 ミリアはそんなことを言いながら、よくここに顔を出すセツラのように、テーブルに頬ずりしながら手を振っている。

 伝言の方は、彼女なりのあの人に対するお礼のようなものなのだろう。



 ふいに、スウシーアが笑みを見せる。



「リーシャに頼まれたら欠席も仕方ないよねー。ふふふー」


「…………」



 スウシーアの機嫌の良さそうな笑みに、ふと思う。

 もしかすれば自分はていのいいさぼりの口実にされてしまったのではないか、と。







「――ふはははははははは!! ふぅーははははははははは!!」



 王都にあるとある屋敷に、やけに興奮した哄笑が響き渡る。

 さながらそれは、狂気のマッドサイエンティストが響かせるが如き高笑いだった。

 もちろん、そんなことをしているのはアークス・レイセフト本人に他ならない。



「やった! やったぞ! ついにやった! 俺はやり遂げた!」



 アークスはそんなことを叫びながら、屋敷のリビングに飛び込んでくる。

 そんな嗜みのない行為にあからさまな苦言を呈したのは、当たり前だが執事のノアだ。



「アークスさま。室内で暴れるのはご遠慮願いたく。そうでなくても最近では貴族として嗜みを忘れがちだというのに」


「今日はいつになく興奮してるな。何かあったのかよ? キヒヒッ!」


「これが興奮せずにいられるか! ついに! ついに例のものが完成したんだぞ!」



 そう、たったいま工房から届いた部品を部屋で組み込み、やっと目的の装置が完成したのだ。これを喜ばずにいられるかという話。これでもまだ抑えているほうだった。



「お喜びになるのは理解できますが、先ほどのような狂魔導師のような振る舞いは本当にお控えになった方がいいですよ? 人に距離を取られます。現時点で私も少し距離を取ろうかと迷っているところですし」


「執事筆頭が迷うなし。っていうかなんだその狂科学者の親戚みたいな。むしろ魔導師がマッドとかそっちの方が怖いわ。世界が片手間に滅びそうだぞ? 俺をそんな物騒な括りに加入させるな」


「でもよ、メガスなんかはそんな感じだったんじゃねぇか?」


「メガスねえ……そうかもな」



 カズィとそんな話をして多少冷静になった折、ノアが穏やかな微笑みを向けてくる。



「ともあれ、アークスさま。装置の完成おめでとうございます」


「ありがとう。それもこれもこれまで献身的に協力してくれた諸君らのおかげだ。ふふふ」


「これが歌劇でしたら、そのあとに続くセリフは『お前たちはもう用済みだ。死んでもらおう』でしょうね」


「さしずめ俺たちは悪の親玉と知らずに手を貸した哀れな人間たちだな。キヒヒッ!」


「お前たちは俺をどんだけ悪者にしたいんだよ……」


「すでに善良な執事に無理難題を吹っ掛けたり、ひどい悪事を働いていると存じますが」


「それで悪事なら世のお貴族共は全員悪だわ。きちんと休みもあるし、その分労ってるだろ?」


「お気持ちはお給金で示してもらった方が嬉しくあります」


「俺は酒でもいいぜ?」


「どっちもよく言うわ」



 あくまでこちらをおちょくりたい二人に、そんな風に吐き捨てる。

 二人とも何かと楽しんで協力してくれているだろうに。



 そんなしょうもない話をしていた折のこと、屋敷に客人が訪れた。

 使用人に案内されて現れたのは、スウとリーシャだった。



「アークスー、顔見に来たよー」


「兄さま。お邪魔します」


「ちょうどいいところに来たな。おっ! リーシャも来てくれたか!」


「は、はい」


「よしよし」


 二人の到来に、アークスが機嫌よくしていると。



「あのさアークス」


「兄様。その、ちょうどいいとは一体……」


「まあ待ってくれ。まずは俺の要件からだ」



 二人はそれぞれ何か話したそうだったが、いまはそんな場合ではない。

 彼女たちの言葉を遮りつつ、こちらから話を切り出す。



「二人とも、これから行くところがあるから、まずは一緒に行こうじゃないか」


「なんか急だね。どこに行くの?」


「最近実験とかで使わせてもらってる空き地だ。そこで俺の世紀の大発明を存分に見ていくがいい」



 そんな大言を言い放つと、スウが胡散臭そうな視線を向けてくる。



「……あー、はいはい。世紀の発明世紀の発明」


「なんだよ! すでに一応それっぽい発明してるだろ!」


「それはそうだけど。自分で言うのはちょっとなんか……ね?」


「くっ……見てやがれ。アークス様! 素敵! 最高! って言わせてやるんだからな!」


「大丈夫ですよ。兄さまはいつも素敵です」


「うう……俺の味方はリーシャだけだ。ありがとう」



 無条件で褒めてくれるリーシャに感涙し、頭を撫でる。

 すると、リーシャは安堵の表情を見せた。



「兄様、お元気そうでよかったです」


「休んで心配かけてたか。ごめんな」


「いえ……」


「でも安心しろ! それも今日限りだ! 俺は今日から生まれ変わるんだ!」


「…………」



 リーシャは黙り込むと、なぜか無言で他の三人に視線を送った。

 なんのアイコンタクトをしているのかはわからないが、他方そんな三人はと言えば。



「……ねえ、今日のアークス、前よりひどくなってない?」


「……連日寝不足ですのでご容赦ください。睡眠を取れば治りますので」


「……ま、珍しい動物がしゃべってるとでも思っといてくれや」


「……そうだね」



 三人が離れて何かしらひそひそ話をしているが、どうせろくでもないことなのでこれは無視をする。リーシャはどうすればいいかわからなさそうだったが、あちら側の陣営に加えるとろくなことにはならないので、しっかりとガード。



 ともあれそんな四人を引き連れて、アークスは目的の場所へ移動する。

 そこは、以前にも実験で使った空き地だ。魔導師ギルドが所有する土地で、人目もなく使いやすい。



 そこにはすでに、二人の人物が駆けつけていた。

 事前に装置製作の連絡を入れてあるクレイブと、魔導師ギルドギルド長、ゴッドワルドだった。

 クレイブはいつもの軍服姿で、ゴッドワルドもこの日はジャケットに身を包んでいる。



「お? 来やがったか」


「連れは従者二人に妹と――む?」



 ふいにスウの姿を目に留めたギルド長が、突然その場に(ひざまず)いた。

 そして、ひどく畏まった様子で、スウに対して礼を執る。



「これは姫様。よい日柄にて、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」



 ゴッドワルドは、あまりにお堅いというか、古式ゆかしい挨拶を行う。いくらスウが公爵家の令嬢だとはいえ、ギルド長ほど権力を持つ人間がこうまで下手に出るものなのかと疑問に思うが――その一方でスウはと言えば、余所行きの穏やかな笑顔を見せ、それを普通のことのように受け入れる。



「ギルド長。いつもご苦労様です。貴殿がいらっしゃるということは、今日はアークスの発明をご観覧に?」


「は。おっしゃる通りにございます」


「様々、問題などはありませんか?」


「いえ、別儀なく」



 ゴッドワルドの「特別なことは何もない」という返事に、スウは静かに頷いた。

 ゆったりとした所作で、たおやかさが感じられる。まったくの良家のご令嬢の仕草だ。頭の上に猫のぬいぐるみの姿が霞んで仕方がない。



 すると、クレイブがゴッドワルドに声を掛けた。



「おっさんおっさん。あまり露骨な態度はよくないんじゃねえのか?」


「それはそうかもしれんが、お前はもう少し敬意というものをだな」


「だからそれがな……」



 と、何かお互い困った様子。というよりは、二人ともどうしていいかわからないというような素振りに見える。核心的な言葉を使わず、何かしらの相談をしているが、一体何なのか。



 すると、やはりスウはしとやかな令嬢の風を装って言葉をかけた。



「ギルド長、これで結構です。それに、溶鉄殿の忠節には私もよく助けられています」


「は。姫様がそうおっしゃるのであれば、その通りに」


「ご無礼、平にご容赦を」



 やはりクレイブも、そんな上位者に対する振る舞いをしている。

 以前の祝賀会と同じく、意味がわからない。

 怪訝そうにスウに視線を向けると、「なに見ているの」と言っているかのような半眼が返された。



「…………アークス、その目はなあに?」


「ほんとわからないよな。まあ家格とか立場を考えればあり得ない話じゃないんだけろうけど」



 公爵家の人間ならば、王家の血が入っていても別段不思議なことではない。それが関係しているのか。それにしては、国定魔導師が畏まりすぎだとは思うのだが。



「アークスはわからなくていいの。ほら、何かするんでしょ? そっちやろうよ?」


「姫様。その前に少々お時間を頂きたく」


「溶鉄殿?」


「は。失礼いたします」



 ふいに、クレイブが会話に割り込んできたかと思うと、そのまま人形のように持ち上げられて、そそくさと空き地の隅に連れて行かれる。

 そしてそこで、二人でこそこそと内緒話。



(……姫様はいいが、リーシャはいいのか?)


(……はい。口止めすれば問題ないかと。魔力計のときとは違いますし)



 クレイブの憂慮は、リーシャと言うよりはジョシュアについてだろう。

 確かにそれはもっともなことだが、リーシャなら黙って欲しいと言えば決して漏らさないだろうし、そもそもリーシャ自体こちらに協力的なのだ。発明した物がジョシュアに漏れることはない。

 それにすでに自身は工房を持っているし、後ろ盾も多い。

 たとえジョシュアの耳に入っても、すでに彼の力では邪魔もできない域にある。



(……何かあったらすぐに連絡を入れろ。俺も動けるようにしておく)


(……またご苦労をおかけします)


(……いい。その問題は俺の問題でもある)



 そんな風に結論を出して戻ると、カズィが口を開いた。



「まあ、お披露目はいいんだけどよ、この前のあれは大丈夫なのかよ? とんでもないことになったらことだぜ?」


「とんでもないことって、それ、なんの話?」


「ああ、実験中に魔物が現れそうになる兆候が出たんだ」


「ええっ!? ちょっ!? アークスそれは!?」


「大丈夫だ。安心しろ。どれくらいでそうなるのかはある程度把握できたし、解決策もばっちりだ」


「だ、だからってそれはマズいよ! 魔物だよ魔物!?」



 魔物という言葉が飛び出したからだろう。スウはひどく焦った様子を見せる。彼女が危惧を抱くのもわかるが、この件についてはすでに了解を取ってあるので問題はなかった。



 その許可を下した二人に、視線を向ける。

 そう、すでに大人二人には報告してあったのだ。



 その一人であるクレイブは。



「度合いによるでしょう。報告書に目を通した分なら、問題はなさそうです」



 魔物の出現は巻物(スクロール)を相当に使用しなければ発生しないことはすでに判明している。一度や二度程度使う分ならば問題はないということだ。



 もう一人、ゴッドワルドは。



「人為的に魔物が出るというのは危険ですが、ギルドではすでに呪詛(スソ)の研究に着手しております。おそらくは今回の発明もその研究に寄与するものでしょう」



 今回のことで、装置を使用すると呪詛(スソ)を発生するということが判明した。呪詛(スソ)の濃度がどれくらいになれば魔物が出現するのかというメカニズムもわかるようになるかもしれないため、許可が下りたというわけだ。



 すると、スウはしぶしぶながら承諾する。



「……まあ、二人が良いって言うなら、いいけど……」


「大丈夫。安全のためにいろいろ考えてある。それに、それもあるからこそ、ギルド長と伯父上がいるんだし」



 二人がいるのは、それもあってのことだ。国定魔導師二人がいれば、たとえ魔物が現れてもそうそう大事に至ることはない。



「アークスさま。やはり、例のものを作ると言うことで解決するのですね?」


「いや、もう解決した。これが急いで作った呪詛(スソ)計だ」



 アークスがそんなことを言いながらバッグから取り出したのは、携帯型のタブレットほどの大きさのある、メーターの付いた品だった。

 それは見た従者たちはと言えば、一度硬直し、またひそひそ話をし始める。



「……おい先輩執事、まーたなんか出てきたぞ? どうなってんだ?」


「……私に聞かれましても、アークスさまの行動は読めませんので」


「そこ、私語は慎みなさい。私語は」


「ねえアークス。それってもしかしなくてもだけど」


「うむ。名前の通り、これは周囲の呪詛(スソ)の量を測定する装置だ。ネーミングがまんまなのは気にするな。誰にでもわかりやすくするためだ」


「まあ、名前からよ」


「察することはできますが」


「に、兄様がまたすごいものをお作りに……」



 みな、呪詛(スソ)計の存在にかなり驚いているらしい。

 驚いて欲しいのはこれに対してではないのだが、まあそれも仕方がないことか。

 そちらはいいとして。



「おいアークスよ。伯父上はちょーっと聞きたいことがあるんだがな?」


「アークス・レイセフト。それはなんだ? そちらの品については、私はまったく聞いていないが?」



 気付くと、背後の大人たちが剣呑な気を放っていた。

 腕を組んで、陽炎のような揺らめきを背後に背負っている。

 特にギルド長の顔が怖い。



 あまりの圧力に息が止まりそうになるのをどうにか堪え、言い訳を並べ立てた。



「い、急いで作ったものなので! どうしても報告が前後になってしまったと言いますか!」


「だからと言って一言もないのはどうなのだ。工房を預かる身として気が緩んでいると言われても仕方ないぞ」


「も、申し訳ありません! ギルド長!」


「まあ、気が逸ってたのは仕方ないのかもしれないけどな。気を付けろよ、まったく……」



 二人から呆れのお小言をもらったあと、気を取り直して呪詛(スソ)計の説明に移る。



「ごほん。えーっとこれはな、魔力が通ると音が鳴る仕組みなんだが、周囲の呪詛(スソ)の濃度が濃ければ濃いほど、音が大きくなって針が振れるようになっている。で、この針が赤い部分まで触れると、カース値限界――俺が命名――が発生して、周囲が緋色に染まって、魔物が現れる前兆現象が起こる」



 そんな風に説明をしていると、スウがぷんぷんという擬音が付きそうな表情を見せる。



「アークス、まだ魔力計製作者の発表もまだなのに、こういうのぽんぽん作られたら困るよ」


「いやいやいくらなんでも早すぎて困ることはないだろ? なんで困るんだよ」


「それは……いろいろ対応が追いつかなくて困るの!」



 スウはぶつぶつと「新しい土地の開拓」「特にサファイアバーグの頭を押さえるにはいい材料になる」などよくわからない政治的なつぶやきを口にしている。

 その辺りのことは聞かなかったことにしつつ。



「同時にしれっと発表すればいいんだって。なんとかなるなんとかなる。なりますよね?」


「そんな適当にできるわけないでしょ」


「そもそもスウは困らないだろ?」


「影響大ありだよ」


「どんな?」


「い、いろいろだよ! いろいろ!」



 さっきからいろいろ、いろいろと言って何が困るのかまったくはっきりしないスウはともかく。

 他方、年長者たちの方に目を向けると、ゴッドワルドが遠い目をして空を眺めているのが見えた。



「……そうだな。これは見なかったことにしようか」


「ゴッドワルドのおっさん、陛下に丸投げするつもりだな?」


「陛下ならきっとうまく使ってくださるだろう。私はもう知らんぞ。今日は作ったものを見るためだけにきたのだ。仕事がこれ以上増えるなど考えたくもない。そうでなくても最近はいろいろと……」



 若干現実逃避気味なギルド長に、クレイブが気持ちはわかると言うように肩に手を置いた。

 やはりこの前の不審者の件もあって、煩雑な仕事が増えているのだろう。



「ほら、リーシャ」


「はい。これはどうやって使うのですか?」


「魔力を流すんだ。大量じゃないぞ。少しずつ持続的にだ」



 呪詛(スソ)計をリーシャに渡すと、全員がそれを覗き込んだ。

 リーシャが魔力を流すと、呪詛(スソ)計はわずかにだがノイズを発し始める。



「音が鳴って、針が動いています。この赤く塗られた部分が危険な量なのでしょうか?」


「うむ、その通りだよリーシャ君。その赤い部分に行くと、魔物が発生する兆候が表れる。そして、話の通りならその状態が続くと魔物が現れるわけだ」



 リーシャに使い方の説明をしていると、ゴッドワルドが覗き込んでくる。



「これはどういう原理で動いているのだ? 魔力計とは違うようだが?」


「これはそのまま、呪詛(スソ)を利用している仕組みなんです」


呪詛(スソ)を?」



 言葉だけでは伝えきれないので、棒で地面に絵や文字を書きながらの説明に移る。



「はい。私も最近魔法院で習って知ったんですが、呪詛(スソ)は魔力を通しやすい性質を持っているでしょう?」


「そうだな」


「ですので、ガラス管内を意図的に呪詛(スソ)が溜まりやすいよう加工して、両端に魔法銀を仕込んでおいたんです。呪詛(スソ)が少ないところでは魔力が空気を伝播して伝わるから、音が鳴るまで出力が上がりませんが、中に呪詛(スソ)が入り込めば入り込むほど魔力が伝わりやすくなるから、微量の魔力でもこうして音が大きくなる……」


「……う、うむ。確かにそうだな。呪詛(スソ)をそういう風に利用するわけか」


「ほう、なるほどな。お前もまあよく考えるもんだ」


「これももっと調整は必要ですが、王都や他の場所を巡って一応形にはなりました」



 ゴッドワルドとクレイブが感心している一方で、従者たち及びスウが、



「……アークスさま、正直私はこちらの発明の方がすごいと思いますが」


「俺もそう思うわ。つまりこれがあれば魔物が出てくる場所がわかるってことだろ? 都市部の呪詛対策もできるしよ。そんなとんでもないもんついで扱いでぽんっと作るなって」


「ねーアークス、どうしてこんなものがすでに実用段階で存在してるのかな? 関係各所への報告はどうしたの? これ怠慢だよ怠慢。しょ く む た い ま ん!」


「ちょっと君たちうるさいですよ! 今日の目玉はこっちなんだ! こっち!」


「…………」


「…………」



 スウや従者たちは、まるで示し合わせたようにピッタリのタイミングでため息を吐き出した。まるで話が通じない相手と話をしているかのような態度だ。まったく失礼極まりない。



 大人たちは大人たちで、リーシャから呪詛(スソ)計を受け取って、その具合を確かめている。国定魔導師たちはいちいち文句を言うよりも、作った物品の方に興味があるらしい。



「言われてみれば確かにそうだ。こんな簡単な構造をこれまで思いつけなかったとは……」


「たいていの奴は測定したいものに影響されて変化する物をまず考えるからな。考え方が俺たちより柔軟だ」


「お前はこれをどう思う?」


「サファイアバーグはまず欲しがるだろうな。現状の問題だけでなく、未開地域の領土拡大が可能になるだろうからな」


「お前には苦労を掛けるかもしれん」


「大公家からせっ突かれるだろうなぁ」



 そんな会話が聞こえてくる。そのうち今度は呪詛(スソ)を除去する装置を開発しろとか言われそうな気がするが、それは考えないことにした。



 ふと、スウが思い出したように訊ねてくる。



「ねえアークス、そもそも今日は何を作ったの?」


「あ――」



 ――そう言えば、その話をしていなかったのを今更ながらに気付いた。





  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想は受け付けておりません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。