Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 47

 

[1999年8月5日 明星作戦戦闘地域 横浜ハイヴD層]

 

 陽動も補給も望めない敵の巣(ハイヴ)の中、頼りになるのは僚機だけ。他にも何もない。それ以外は全てが(BETA)だった。

 前を跳ぶ僚機は相変わらずの動きを魅せる。宣言通り、BETAと戦うことはしない。ただ奥へ奥へと進む、それだけのために動いていた。BETAよりも恐ろしいモノが空から降ってくるから、と。

 

「……これは!」

 

 その先の言葉は出ない。言ってはいけない。

 休むことなく機動制御を行う。言葉で言えば簡単かもしれないが、実際やっている作業はとてつもないものだった。入力したコマンドを履行する機体の状態、常に変化する周囲の環境を考慮して先行入力とキャンセルを次々と入力していく。唯一、コンボ機能がよく使う動きを簡単に再現してくれるということもあって、いくらか楽になっていた。

 突撃級の甲殻を足場に飛び上がり、要撃級の頭部のようなものを踏みつけ、横坑の天井から降ってくるBETAを蹴り飛ばし踏み潰しながらの強行軍だ。残弾を気にするほど射撃もすることなく、ただただ一刻も早く奥へと進軍するだけ。

 

『次の広間を出たらE層です!』

 

 コールサインを言うことなく、白銀少尉はそうオープン通信で言った。

 もうどれほどのBETAを見逃し、踏みつけただろうか。大きな広間を抜けると、そこは何度目かの縦坑(シャフト)に突き当たる。

 

第1種光線属種警報(コード991)! 白銀少尉!」

 

『36mmバースト3回!』

 

 縦坑に飛び出した瞬間、最下部にレーダーが敵影を確認する。機体はすぐさまそれが光線属種だと判断した。データリンクに表示されている個体数は9体。多くはないが、レーザーを使われたら逃げる場所がなかった。

白銀少尉は光線級に対しての攻撃を指示してくる。使用弾数まで指定してきた。それを無視することはなく、私は応えて見せた。

 両腕に構える突撃砲の36mmチェーンガンが5発バーストで3回発砲される。私の2門と白銀少尉の1門の突撃砲によって、光線級は一瞬で肉塊へ姿を変えた。

 

『姿勢制御3回! 縦坑底部でクランク1回! 逆噴射で減速してE層の第1広間に突入します!』

 

「了解!」

 

 またもや難易度の高い指示が出される。しかし、やらない訳にはいかない。刻一刻と迫る米国の新型兵器の効果圏内から逃げるためには。

 

※※※

 

 D層まではBETAの数もそこそこおり、ヴォールクデータでやったような異常な個体数に囲まれることもなかった。接敵した殆どが中隊規模以下であり、大きい群団に当たることはほとんどなかった。

 E層とF層を繋ぐ縦坑前の横坑と最終広間には、これまで以上の個体数に遭遇したものの、結局その大半を無視して縦坑へと飛び込んだ。

 生きた心地はしないが、意外と落ち着けている。私が落ち着いていられるのは、きっとXM3の慣熟訓練のおかげだろう。嫌というほどヴォールクデータの高難易度を何度も何度もやらされたからだ。軍籍を置いて割と長いと自負しているが、あの時ほど自身の訓練兵時代を思い出したことはなかった。

 

『神宮司大尉』

 

「なに?」

 

『E層までが恐らくG弾の効果範囲だと思います』

 

 ほとんどBETAのいないF層第1広間で小休憩を取りながら、今後の行動を話し合う。

 従軍経験の少ない白銀少尉と、従軍経験が豊富である私。しかし、今のような特殊な状況下では、私よりも白銀少尉の方が経験値は高いように思える。ハイヴ内での戦闘は地上戦と全く違う。それはシミュレータで理解しているつもりだったが、実戦となると思い通りに事が運ばないのは当然であり、いつも想定外のことが起きる。ヴォールクデータの難易度なんて当てにならない。現実はもっと非情で残酷なのだから。

 そう考えると、白銀少尉に焦点が当たる。何故、従軍経験の浅い白銀少尉は、これほどまでにハイヴでの戦闘経験が豊富なように思えるのだろうか。何故、迷うことなく次の行動が決定できたのか。

私には分からない。

 

『管制ユニット内の空気を入れ替えたいところですが、ハイヴの中でそうもいかないですね』

 

 そんな呑気なことを言う始末。

 ヴォールクデータの元になっている、スワラージ作戦に参加したソ連軍 ヴォールク連隊は混成機械化戦術機甲連隊(混成自動車化戦術機甲連隊)だったという。戦術機と戦車、装甲車、歩兵、砲兵で構成されたその部隊の成し得た偉業は学んでいたとしても、どういった環境下にあったかなんてことを学ぶことはない。だからこそ、ハイヴ内がどういう状況なのかというのは、視覚的立体的情報しか手に入れることができなかったのだ。

 

「ハイヴ攻略で生き残った兵士の記録だと、ハイヴ内は場所によって息のできるところとそうでないところが分かれているらしいわね」

 

『あー……確かにそうかもしれないですね』

 

 ふと思い出したことを雑談がてら口に出してみたら、白銀少尉から思ってもない相槌が返ってきた。

その受け答えは、何かを知っていると言っているようなもの。しかし今言及したところで、やる意味もなければ時間の無駄だ。

 

『ここから先は接敵数も減るかもしれないですね』

 

 白銀少尉がふとこぼした言葉に、再び引っかかりを感じる。

 

「何故?」

 

『上から降ってきている"アレ"が理由ですよ。移動すれば分かります』

 

 そう言われて、行軍を再開する。E層第1広間を出て最深部を目指す。今回は例のブツの効果範囲から逃げるのが主な理由だが、別に反応炉まで行ってしまっても問題ないはずだ。何の因果か、私と白銀少尉の不知火にはS-11が搭載されている。反応炉を破壊するには少々心許ないかもしれないが、実際に反応炉に対して使用した実例はない。「恐らく破壊できるだろう」という希望的観測が勝手に尾ひれを付けながら独り歩きしたものなのだ。戦術核での破壊実績はあるが、戦術核に匹敵する威力のある通常爆弾であるS-11は、あくまで通常爆弾に過ぎないのだから。

 白銀少尉の言う通り横坑に出て、いくつも広間を通り過ぎたが、BETAに接敵することがほとんどない。否。一度も接敵していないのだ。気は抜けないが、最速で移動を続けていると、これまで以上に速くF層へ降りる縦坑に到達。中を確認しても、BETAはほとんどいない。精々、兵士級や闘士級が彷徨いている程度。戦術機相手には手も足も出ない相手だ。わざわざ弾薬を使って倒す必要もない相手だ。

 白銀少尉はそんな小型種を無視しながらF層の広間に突入する。

 

「おぉ……」

 

 F層の広間は、これまでのものとは全く違っていた。一言で言えば、他の上層よりも広い。縦坑から横坑に入ってからは距離はあったものの、到達した広間はそれ以外のものよりも明らかに広かった。

 

「これは……」

 

 思わず感嘆の声が出てしまう。表層からここまでいくつも広間を通過してきたが、ここまで広い場所は初めてだった。突入する際に起動した走査レーダやソナーの反応も皆無で、動いているモノは私たち以外にはいない。

 警戒を解かず、しかし、少し浮かれた気分で広間を見渡す。青白く光る壁面に、理解できない形状をした物体が地面や壁にある。それは他の広間と変わることはないが、特別広いこの空間は、何処か魅了されてしまうような感覚があった。まるで幼い頃に入った城の中のような。

 そんな中、白銀少尉の呟く言葉だけが妙に耳に入ってきた。

 

『何だここ……』

 

 最初はその一言だった。しかしすぐに気になる言葉へと変わっていく。

 

『どうして……』

 

『何で、何でここ……』

 

『どうしてだよ……どうして……』

 

 気付けば白銀少尉の機体は動くのを止め、ただ一点を見つめていた。

 

「白銀少尉、どうしたの?」

 

『わから、ないです……なんで……』

 

「少尉?」

 

『おれは、おれたちは……ここに……』

 

 意味が分からない。映し出されるバストアップウィンドウの映像からも、白銀少尉が正常でないことは分かる。バイタルを確認すれば一目瞭然だ。どう考えたって精神的に普通じゃない。

 彼の見ている方向を見ると、そこは広間の天井付近。そこには青白く光る壁に紛れて、"何か"が見えた。カメラをズームしてそれを見てみると、そこには信じられないモノがあった。

 

「の、脳?」

 

 青白く光っているのは壁ではなく、地面から無数に伸び、天井まで届いている柱だった。

 その光景に言葉を失う。私の脳が許容を超え、警告を鳴らし始めた。"アレ"が何なのか理解できない。そもそも、"アレ"のことを私は正しく認識できているのだろうか。ぼんやりと辺りを照らす柱たちは、そのどれもに"内容物"を持っている。全て同じだ。全てだ。

 

『俺はここにいる、アイツもここにいる、』

 

「何を、言っているの?」

 

 白銀少尉の顔面がみるみる青白くなっていき、遂に突撃砲を構える両腕も下ろしてしまう。

 私の問にも答えなくなり、データリンクから共有されるバイタルが危険域に突入していた。症状は専門家ではないから分からないが、戦場に長いこと身を置いて教官職でもそれなりの経験を積んでいる私なら分かる。今の少尉の状態は、完全に戦意喪失してしまった状態だ。その上、混乱しており、緊張状態でもある。下手をすれば、今すぐにでも壊れてもおかしくはない。

 

『何でだ、何でだよ……』

 

 そううわ言のように呟く白銀少尉が異常なだけで、今私たちの置かれている状況が変わることはない。ここは敵の前線基地であり、今は戦闘中なのだ。

 機体のセンサが振動を感知し、BETAの接近を知らせる。

 

「白銀少尉! 敵が接近している!」

 

『……』

 

「少尉!!」

 

 遂に私の言葉にも反応しなくなってしまう。そんな状況にBETAは待ってくれる訳もない。中隊規模のBETAが続々と向かいの横坑から広間に突入してくる。恐らく、下層にいた個体群だ。

 虚ろな目になった白銀少尉は同じく機内で鳴っているアラートにピクリとも反応せず、機体を動かすことはない。このままではBETA群に飲み込まれて撃墜されてしまう。それはなんとしても阻止しなければならない。

 

「……あぁもう!」

 

 私はすぐさま機体をBETAの方に向ける。幾ら温存しているとはいえ、帰り道のことを考えれば、殲滅戦なんて選択肢はあまり選びたくなかった。しかし、ここで殲滅しなければ、白銀少尉を連れて帰ることはできない。

 中隊規模のBETAに単機で飛び込み、最低限の回避運動で敵を葬る。難しいことではないが、どうしても帰還することを考えてしまう。そして、すぐ近くで虚空を見つめる少年のことも。

すぐに殲滅し、機体の操作権を奪うなり、強引に機体から引きずり下ろすなりすればいいが、それもこれも時間を要する。

 焦りから無駄弾も多くなり、遂に突撃砲の残弾が尽きる。リロードしようにも、できる状況ではない。すぐさま突撃砲を投げ捨て、長刀を引き抜く。左手の突撃砲も残弾はそう多くもないが、長刀をメインにして戦えば問題ない。最低限、大型種は動きを止めてしまえばいいのだから。

 地表面噴射滑走をしながら、虫の息の突撃級の脇を縫うように動き回る。飛びかかる戦車級は横薙ぎで払い、要撃級は前腕衝角を切り落とすだけでいい。その他の小型種は放っておいていい。

縁日で見かける切れ味のいい包丁の実演販売で切られるトマトのように、戦車級が真っ二つになりながら落下していく。やがて屍体を積み上げた広間で残敵掃討を始めると、私は気付いた。

 

「白銀少尉!」

 

 白銀少尉の機体が擱座していることに。そして既に信号が確認できなくなっていることに。

 

※※※

 

 最後の敵を切り捨て、足元を蠢いていた兵士級を踏み潰した私は、気密兜を被って機体から降りる。アイドリング状態のままにし、最低限遠隔で射撃を行える設定のままだ

。見慣れることのない、先程までBETAだった肉塊に顔の筋肉を強張らせながら、何もない広間の片隅で擱座した不知火に取り付く。

 管制ユニットの収められている胸部には、メンテナンス用ハッチと緊急開放用爆砕ボルトが備わっている。メンテナンス用ハッチを開くと、隠れたところに爆砕ボルトに点火するボタンが仕込まれており、それを押すことで、管制ユニットの気密ハッチが吹き飛ばされる。

 極限まで削り取られて軽量化がなされているハッチが明後日の方向へ飛んでいき、もうもうと立ち込める粉塵を気にすることなく中を覗き込んだ。

 

「白銀少……」

 

 彼の様子に言葉を失う。

 年相応の無邪気な笑顔でも、年不相応の張り詰めた表情もそこにはなかった。ただ、そこには目尻に涙を溜めて震える少年がいるだけだった。

 

「純夏……純夏……」

 

 あの少女の名前をうわ言のように呟きながら、ただただ身体を震わせながらも、必死に機体を動かそうと機動コマンドを入力しているのだ。だが、機体はそのコマンドを受け付けない。損壊レベルは大破。両脚の駆動系は腿から下はなく、腕も吹き飛んでいる。辛うじて胸部と頭部だけを残している姿なのだ。

 呆気に取られた私はすぐに状況を思い出し、彼を機体から引っ張り出そうとする。しかし上手くいかない。白銀少尉はキツくハーネスを装着していたのだ。

 

「どうしてこんな時に……?!」

 

 機体に常設されているサバイバルキットの中にはバヨネットが入っていた筈だ。機内の所定位置を探してみるものの、サバイバルキットは発見できてもナイフは見つからない。固定できないから、高機動戦闘中に脱落して機内を跳ね回る凶器になるというのは有名な話だ。

白銀少尉もそれを知って、サバイバルキットから抜き取っているのだろう。こんな時に限って、精鋭顔負けの少年衛士であることが恨めしい。

 シートに身体を滑り込ませてハーネスの固定具をまさぐるが、思ったように見つけられない。そうこうしていると、私の機体から送られてくる映像に見たくもない姿を捉えた。

 

「もう時間切れ、なの?!」

 

 赤い津波(戦車級)が押し寄せてきている。詳しい個体数は分からないが、単機ではまず相手にしない数だ。

 すぐ後ろを振り返る。そこにはまだ白銀少尉がいる。機体も大破し、原因不明で精神的に限界を迎えている彼は、まだそこで生きているのだ。

見捨てたくない。なんとしても連れて帰りたい。理由は数え切れないほどある。

 

「だけど、だけど……っ!!」

 

 ここで2人共死んでしまえば、それこそ意味がない。私は分からないが、白銀少尉の損失は、人類にとって大きな痛手になることは確かだった。確信は得られていないが、そのような気がしてならない。

 血の味が口全体に広がる。いつの間にか握っていた拳が震える。自分の無気力が心底嫌になる。何故、私には力がないのか。そう考えながら、自分の不知火に乗り込む。

 

「……っ!」

 

 白銀機の残骸に目を向けると、そこにはまだ変わらぬ様子の白銀少尉が管制ユニット内に残っている。

頭部と肩部装甲ブロックを切り飛ばしてしまうか、なんて考える。しかし、BETAは待ってくれない。もう先頭集団が15秒もしない内に接近する距離にまで近づいていた。

 ならばひと思いに、と突撃砲の砲口を彼に向ける。だが、どうしても脳裏にチラつくのだ。無邪気に"あの少女"と笑う姿が。振り払って介錯することもできない。それは強烈に私の記憶に刷り込まれている。

何故、どうして。いつもなら迷わず引き金が引けたというのに。自問するも答えは返って来ず、ただもう目前にBETAは迫っていた。

 

「……うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 咆哮する。砲口は白銀少尉から外れ、BETAの方に向けていた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 声をあげる。

 

「あ”あ”あ”ァァァァァ!!!!」

 

 記憶の遥か彼方から、懐かしい記憶が蘇る。新兵だった頃、何もできないまま次々と仲間が死んでいく様を。混乱してみっともない指揮をする私を、最期まで仲間たちは信じてくれた。そして、その信頼に私は答えられなかった。

 一度も止まることなくハイヴの中を跳び回り、気付けば地表に飛び出そうとしていた。

 

「っ!?」

 

 もう声も出ない。息もあがり、ただただ機体を安定させながら一直線に飛ばすだけ。

 

『CPよりハイヴより脱出した戦術機。応答せよ、国連軍機!』

 

 CPからも通信が入っているが、答える気はさらさらない。BETAもそのほとんどが確認できない周囲を見て、機体を自動移動モードに切り替えた。行き先は国連軍久留里基地。

 

『応答せよ、国連軍機! Type-94に搭乗する衛士! 生きているのなら返事を!』

 

 大きく溜息を吐き、目を閉じた。まぶたの裏に映るのは、何故か彼の姿だった。長い時間を共にした回数は決して多くはないものの、私の記憶に刻み込まれてしまったその面影。

 そのままフラフラと飛び続ける不知火に後を任せ、私は機体にログを残す。「第403任務部隊(TF-403) 白銀 武 少尉 横浜ハイヴ突入後、第F層にてKIA(戦死)」と。

 


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