凱旋の宴2
ジュリアス、絡まれる
ジュリアスの眼には、そのドレスの価値が見えていた。
ローズ商会を手掛けているため、自然と知識は増えて目利きもできるようになった。しかも、身近にデザイナー本人がいるので目が肥えた。
(宝石は付いていないが、リボンはまだ比較的新しい。流行りのコサージュやビジューはなく、あのレースは一昔前に流行ったモスリンレース。布地は悪くないが、柄や刺繍は古いな)
恐らく、親世代のドレスをアレンジしたのだろう。
確かこの令嬢の名前はアニーだかマギーだか、よくある凡庸な響きだった気がする。
しかし、名乗りもせず、碌なカーテシーもなくいきなり手を差し出してくるとは、随分と強気である。その手の意味は「わたくしをエスコートなさい」ということだろう。
ジュリアスが元使用人と知っていて、なめ腐っているのがその表情や態度から見て取れる。だが、チラチラとこちらを窺うあたり、顔が好みなのだろう。
実に軽薄で身勝手。
価値なし。
ジュリアスは一瞬でこれだけ計算した。
貴族は厳しい階級社会である。養子とはいえ、今のジュリアスはれっきとした上級貴族である。彼女はただの子爵令嬢だ。上下関係はジュリアスに軍配が上がる。
だが、にっこりと笑みを深め、自分の胸元に手をやり略式の挨拶をする。
「失礼、レディ。貴女はどちらの方でしょうか? もしくはお相手を勘違いなさっているのでは?」
ジュリアスの物腰が柔らかだが、明らかな拒絶にレンチェス子爵令嬢は顔を真っ赤にした。周囲から失笑が漏れるのは同時だった。
まだ「お名前をお聞きしても?」と聞かれるならよかっただろう。手を取っていたのなら、歩み寄りの気配がある。
しかしジュリアスの言ったことはダイレクト意訳すれば「誰だ、お前は。この勘違い娘」である。ジュリアスの言葉の裏には「この不良品の生産元はどこのどいつだ」という意味でもある。
一礼はしているが、手を取りたくないと胸元から動かさない。
そもそも、エスコートは基本男性から申し出るのが普通だ。既に婚約者や肉親である親しい間柄ならどちらからでもフランクに誘えるが、碌に名前を知らない同士がやるとなると、段取りや順序があるものだ。それが、礼儀だからだ。
しかも、今回はエスコートを求めた女性側がジュリアスよりかなり身分が低い。
ジュリアスが公爵家の令息でなくても、彼自身はもともとフラン子爵という身分がある。
基本、当主が一番であり、その次が夫人となる。令息、令嬢がその下となる。
つまり、レンチェス子爵令嬢のしたことは明らかな侮辱行為でもある。
そもそも、ジュリアスがレンチェス子爵令嬢を知っているのは、ラティッチェの従僕時代に何度も見たことあるからだ。
そのきつい性格もあってか、レナリアに年下の婚約者を奪われた。
レナリアにしてみれば数ある踏み台の一人の男爵子息だったが、結婚をすぐに控えた状態の破談となり、新しい婚約者を見つけられずギリギリしている女性である。
レンチェス子爵令嬢は一見は十代にも見えるが、既に二十代半ばに差し掛かりつつある。
サンディス貴族の基準から見れば、婚期は遅れ切っていると言っていい。大抵、婚約を数年間結んだ後、十八から二十歳を少し過ぎる間に婚姻を結ぶものだ。男性の場合もう少し遅れることもあるが、三十までには大抵身を固める。
恐らく、元は使用人であり、公爵子息とは言え養子であるジュリアスであれば、年齢も近いし丁度良いだろうと高をくくってきたのだろう。
随分甘い考えだ。少し考えれば、ジュリアスの衣装などを見れば扱いというものも分かるだろうに。
彼女は見誤った。都合の良い解釈でジュリアスに近づいた。
だが、思いの程に手酷く振られてわなわなと震えている。
すぐそばを給仕が通りかかると、トレーに並んでいたグラスを一つひったくる。
「この下賤な血が! 偉そうにしないで!」
ビシャリと思い切りグラスの中身をぶちまけられた。それは思い切りジュリアスに被る。
頭から額、顎と冷たく湿った感覚と、酒気が強く漂ってくる。
ぶちまけてから不味いと思ったのか、レンチェス子爵令嬢は真っ赤な顔が一気に真っ青になった。
ジュリアスだけでなく、周囲や後ろにいた人にも掛かっている。
それでも、ダントツに濡れているのはジュリアスだ。濡れた眼鏡をはずしていると、駆け寄ってきたウェイターが素早くハンカチを差し出したので、取りあえずそれで拭いた。
騒ぎに気付いたのか、ミカエリスや少し離れたところに居た場所のフォルトゥナ一家もこちらに足を向けている。
(赤ワインじゃなかっただけマシか)
レンチェス子爵令嬢の父親らしき中年男性が、平伏さんばかりに白と青のまだらな顔を汗で濡らしている。
不貞腐れた問題の娘は、むっすりとそっぽを向いていた。
その態度にジュリアスやフォルトゥナ一家より先に切れたのはレンチェス子爵と、その夫人だ。折角丹念に飾り付けた髪をリボンごと掴んで、強引に頭を下げさせた。
令嬢から出てはならぬほど甲高い悲鳴が漏れているが、それを見ても、ジュリアスの顔は相変わらず冷ややかだ。フォルトゥナ一家も当然の様に見ている。
身分が下の者がこうやって大袈裟な謝罪パフォーマンスにより、少しでも謝意と敵意がない事を伝えて、権力者からの叱責を免れようとするのはよくあることだ。
「私の愚かな娘が申し訳ありません……っ! なかなか婚姻が決まらず焦っていたようで……っ」
「ちょっとパパ! わたくしは結構モテるのよ!? 売れ残りみたいな言い方しないで!」
読んでいただきありがとうございました。
11月2日に書籍二巻発売となります。電子書籍は少し遅れてとなります。
また、ゼロサムオンラインにてコミカライズ連載中です。同日に更新予定です。
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
ななななんと!KADOKAWAブックスから書籍化決定です!! 一巻は令和元年九月十日に発売です。コミカライズも決定しました。これも応援してくださる皆様のおかげ//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさと後にした。 リーシェにとってこの婚//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
※アリアンローズから書籍版 1~7巻、コミックス4巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひっつ//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
❖オーバーラップノベルス様より書籍10巻まで発売中! 本編コミックは7巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は5巻まで発売中です!❖ 異世界召喚に巻き込まれた俺、//
【R3/7/12 コミックス4巻発売。R3/5/15 ノベル5巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していたフィ//
【R3/8/6 ノベル2巻が発売されました。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思い出した。この世界は、前//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
【本編完結済】 生死の境をさまよった3歳の時、コーデリアは自分が前世でプレイしたゲームに出てくる高飛車な令嬢に転生している事に気付いてしまう。王子に恋する令嬢に//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
【コミック2巻9/15発売】 ※こちらはWEB版です。回収しきれていない伏線などがあり、お話自体が大きく異なりますので書籍(2巻以降)とは別物とお考え下さい。//
【☆書籍化☆ 角川ビーンズ文庫より1〜4巻発売中、5巻12月1日発売予定。コミカライズ連載中、コミックス1巻12月3日発売予定。ありがとうございます!】 社畜//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1巻が好評発売中です。2巻も出ます。よろしくお願いします。(※詳細へは下のリンクから飛//
【KADOKAWA/エンターブレイン様から書籍版発売中】 【コミックウォーカー様にてコミカライズ連載中、2021年3巻発売中です】 「気付いたら銀髪貴族の幼女//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//