基源:リンドウ科(Gentianaceae)の Gentiana lutea Linne の根及び根茎

 ゲンチアナはヨーロッパ生薬で,原植物のGentiana luteaはリンドウ科の植物です。苦味健胃薬として知られる日本民間薬のセンブリや,中国医学のリュウタンもリンドウ科植物で,これらはすべて苦味成分としてセコイリドイド配糖体を含有しています。

 リンドウ属植物(Gentiana)というと,リンドウG. scabraに代表されるように可憐な姿で花の色は青紫あるいは白のものをよくみかけます。一方,G. luteaは大きく堂々とした植物で,一般的な高さは50〜120㎝,大きいものでは人の背丈を超えるほどになります。茎は直立して分枝せず,葉は長さ20〜30㎝,花が濃い黄色というのも特徴的です。ピレネー山脈,アルプス山脈,アペニン山脈およびカルパチア山脈から小アジアのタウルス山系にいたる広大な地域にわたって分布しています。生育地では多数の個体がまとまり,草丈の低い植物たちの間に大きな G. lutea の株が点々と広がっている様は壮観です。

 薬用部位である根及び根茎は夏期に採取し,一定期間自然発酵させた後に日干しします。すると,発酵によって特異な芳香が生じ,外面がやや赤褐色を帯びるようになります。生薬の形状は,根茎は短く細かい横皺があり,その上端には芽および葉の残基を付けることがあります。根は深い縦皺があり,ややねじれています。味は初め甘く,後に苦さが残ります。苦味成分の主要なものとして,ゲンチオピクロシドやアマロゲンチン,ゲンチオピクリンなどが知られています。栽培種ではアマロゲンチンの含量が野生種に比べて多いことも知られています。

 ゲンチアナは,ヨーロッパで古くから知られていました。紀元前2世紀ごろのイリリア国(アドリア海沿岸地方)の王ゲンティウス(Gentius)が薬効を発見したと伝えられ,その故事からGentianaという属名が生まれたともいわれています。『ディオスコリデスの薬物誌』には「その根は温性で収斂作用がある。搾り汁は脇腹の痛み,高い所からの転落による障害,痙攣に効果がある。水とともに服用すれば肝臓や胃病の患者を救う。創傷治療薬として外用する。搾り汁は深く浸蝕した潰瘍の薬になる。また炎症を起こした眼を治療する軟膏にもなる。根は白斑をきれいにする作用がある」と薬としての用途が記されています。

 現在のヨーロッパでは食欲増進や消化不良,胃痛,胸やけ,胃炎,下痢,吐き気などの治療に内服するほか,外傷の治療に用いられています。市場には乾燥した根や根茎のまま,あるいはエキスやチンキ剤として出回ります。エキスは強壮剤として使用するほかに,禁煙の薬としても用いられます。また健康食品やハーブティーとしても利用されています。

 フランス製のリキュール「スーズ(SUZE)」はゲンチアナを主な原料としたお酒で,1889年に考案され,画家ピカソが好んで飲んでいたと伝わっています。リキュールは現在ではカクテルを作るのに用いるお酒と認識されることが多いのですが,元は蒸留酒に薬草や香辛料を加えた薬用酒がはじまりです。後に,蒸留酒に香味成分として果実やナッツ類を加えたものも造られるようになり,リキュールは味,色ともに様々で,種類は豊富に存在します。

 日本では,ゲンチアナは主に胃腸薬の配合剤として用いられています。日本薬局方にはゲンチアナとともにゲンチアナ末が収載され,さらにゲンチアナ末を配合するゲンチアナ・重曹散,複方ジアスターゼ・重曹散,複方ロートエキス・ジアスターゼ散も収載されています。ゲンチアナ・重曹散は苦味健胃薬であるゲンチアナ末と炭酸水素ナトリウムとを3対7の割合で配合したもので,味は苦く,健胃薬の基本的な処方です。現在わが国で流通しているものはほとんどスペイン産の野生品です。

 なお,漢方処方に配合して用いられるリュウタンは,ゲンチアナとは根の大きさや形が全く異なるので原形生薬では明らかに見分けがつきますが,粉末にすると区別することが困難になります。そのような場合には顕微鏡下で観察すると,導管の径がゲンチアナ末では20〜80μm,リュウタン末では20〜30μmと,ゲンチアナの方がはるかに大きいことで区別することができます。

 

(神農子 記)