本日2話目です。
西暦1937(昭和12)年5月4日 大日本帝国 帝都東京 赤坂
地球世界の極東と呼ばれている地域にある島国、日本。遥か古代より尊き血を紡ぐ天皇を元首とするその国は、この世界でイギリスやアメリカに並んで発展する国と言われている。
首都東京はその発展が目に見える場所であり、1923(大正12)年の関東大震災を機に再整備された中心街には鉄筋コンクリート造りのモダニズムなビルが立ち並び、道路上を幾つもの路面電車やトラックが走る。
歩道や商店街を行き交う人々の顔は笑顔に満ち溢れており、商店の棚には様々な品物が陳列されている。その多くは日本人ないしアジア系の人々であったが、中には犬や猫などの動物の特徴を持った者や、西洋系の顔立ちを有した者もいた。
そしてこの日、赤坂にある料亭では、十数人の男達が会合を開いていた。その陣容は旧日本海軍の軍人や、海軍装備の設計・開発を担う海軍艦政本部の官僚に技術者、そして日本本国や海外植民地に影響を持つ企業の重鎮で成り立っていた。
「中将、現在建造が進められているA140は、貴方がたが思っている様な絶対の不沈艦ではありません」
艦政本部の技術者である
「何、あのA140が…!?もしや、君達の設計が間違っていたというのかね?」
「いえ、設計は決して間違ってはおりませんし、むしろ私の最高傑作と言っても過言ではありません」
福田が豊田の疑念に対してそう答えると、彼の隣に座る
「確かに設計は我ら艦政本部にとって最高傑作と言っても過言ではないものとなっておりますし、もし完成したら、世界中のどの戦艦にも勝る、世界最強の軍艦に相応しい強さを誇るでしょう。ですが、文字通りの『不沈艦』というわけではないのです」
牧野はそう言ってから、説明に取り掛かる。
「まずA140は他国の戦艦を火力で圧倒するべく、世界最大の46サンチ砲を三連装で3基搭載します。しかしそれを搭載するために浮力と重量の兼ね合いから、軽量化のために集中防御方式を採用しました。しかしそれでは装甲は全長の53パーセント程にしか張る事が出来ず、残りの47パーセントに当たる艦首と艦尾部は無装甲となっているのです」
A140-F5案と呼ばれる設計案は、アメリカ海軍の標準型戦艦と呼ばれる、低速・大火力・重防御型の戦艦を速力・火力で凌駕するために設計された46cm砲搭載艦の決定案であるのだが、現在の日本の造船所の能力で達成させるためには、防御力の面で幾分か妥協せざるを得ず、イギリスやフランスの新型戦艦で採用されている、機関室や弾薬庫を集中的に装甲で覆って防御する集中防御方式を採用していた。
しかし船としての航行性能を確保するための軽量化として装甲帯を限定的なものとした結果、船としての航行性能に大きな影響を及ぼす場所である艦首や艦尾の防御力には妥協を求められ、用兵側にとって予想もしていない脆弱性が存在していたのだ。
「無論全く対策を取っていない訳ではなく、水密区画の細分化や排水設備の強化によって抗堪性を確保しておりますが、構造的な脆弱性を補うには未だ不足の感があります」
牧野の説明に続き、A140設計の際に活躍した軍令部作戦課所属の海軍軍人である
「元々A140の主砲のサイズは、ワシントン軍縮条約にて課された物理性劣勢を性能で補うために、この
松田の説明に、豊田は成程なと頷きながら、松田の隣に座る砲術学校戦術科長の
「…黛君、海軍きっての大砲屋として名高い君は確か、我が海軍の中でも数少ない、
「そうですな…特にスマートな艦首が一番危ないですな。私はそこを全て、浮力を増すための充填材で埋めてしまおうと提案したのですが、用兵側から『乗員の居住区はどうするんだ』と大目玉を食らってしまいましてですな…確かに応急処置には多くの人手も必要となりますし、痛し痒しといったところです」
「…成程、つまりA140の提案者と首席設計者から見て、今のA140には不満がある、という事か。だがそれだけでは、そこにいる者達の存在理由の説明にはならんだろう?」
豊田はそう言いながら、同席する数人の男達に目を向ける。その男達は陸軍の志那で戦闘を経験した事もある者や、この日本で急速な発展を遂げている大陸系新興財閥の面々で、1931(昭和6)年の満州事変によって誕生した満洲国や、租借地である遼東半島にて多大な利益を得ている事で知られていた。
そしてその中にいる一人である、極東産業コンツェルンの会長である
「実は今回の会合、我ら新興財閥も大いに関与しているのですよ。閣下、八洲機関をご存じでしょうか?」
「八洲機関…確か各国の産業や生産力を中心に調査・評価する情報機関であったな」
「はい、その八洲機関が産出したこの報告書をご覧下さい。これはアメリカともし開戦した場合のシミュレート内容です」
堀江はそう言いながら、豊田に一冊の冊子を渡す。それには以下の内容が書かれていた。
『開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に我が国の国力は耐えられない。戦争終末期にはラテニア帝国の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに前面戦争は不可能』
『もしアメリカに対して戦争で勝利する場合、必要最低限な戦力は75㎜野砲相当の火力とそれに耐えうる防御力を持った戦車1000両、A140及び天城型戦艦相当の性能を有した戦艦が各8隻、航空機及び搭乗員は最低1万機。現在の我が国の国力ではこれを達成する事はほぼ不可能』
「な…なんだ、これは!?戦車や航空機はともかく、A140が8隻も必要なのか!?現在2隻が建造中で、2隻の予算が決定したばかりであるというのに…!?」
その内容に、豊田は衝撃を受ける。しかし八洲機関がこの様な報告を上げたのには大きな理由があった。
「まず現在の我が海軍の戦力を振り返って下さい。まず主力艦たる戦艦は金剛型戦艦4隻に長門型戦艦2隻、日羅戦争にて喪失した扶桑型の代艦である甲斐型戦艦2隻に天城型戦艦2隻の計10隻で、空母は軽空母「鳳翔」に「龍驤」、戦艦改造空母の「加賀」と「土佐」、昭和元年度の計画にて建造された蒼龍型空母4隻の計8隻です。対してアメリカ海軍は空母こそ4隻と控えめですが、その半面戦艦は17隻保有しており、現在は我が国がワシントン条約から脱退した事を受けて新たに戦艦6隻と艦隊防空支援用の軽空母4隻、重巡洋艦以上の火力と防御力を持つ大型巡洋艦8隻を建造中であります。よって1941年時点ではアメリカは戦艦19隻と空母6隻を保有する事となり、我が国に対して優勢を得る事となるのです」
地球世界において最大規模の戦力を持つアメリカ海軍は、自国の旧式艦の殆どを新世界の独立国群に供与・売却し、それで得たカネや資源で近代化を押し進めている。しかも日本がワシントン海軍軍縮条約から脱退した事を受けて、イギリスやラテニア帝国と結んだ軍事条項であるエスカレータ条項に従い、新たに40サンチ砲搭載戦艦6隻の建造を開始。その第一弾となる2隻の戦艦は間もなく進水を迎えるという。
流石に大西洋方面に対する警戒のために全戦力を投じてくる事はないだろうが、もし残る4隻の戦艦と2隻の軽空母、そして8隻の大型巡洋艦も完成した場合、アメリカは現在の日本が有するのと同数の戦艦からなる大艦隊を太平洋に配備し、我が軍はこれと衝突しなければならなくなるのである。
しかも堀江が危惧しているのは、単にアメリカ1国と争うだけならばまだ戦略や戦術によって対抗可能なのが、それすら不可能な状況に陥る危険性が高い事であった。
「また近年ではイギリスやフランスとの関係が良好であり、こちらにイギリスやフランスの戦力も加われば、かつてのラテニア帝国が犯した愚行を、今度は我々が犯す可能性が出てきます。如何に新海道や八洲皇国があると言えども、我が国の国力と軍事力は列強国の中でも小さい方にあり、下手に敵を増やす様な事態は避けねばなりません。しかし陸軍が志那に対して進出を進めている事もあって、イギリスやフランスとの関係は微妙なものとなってきております。ですので、アメリカが英仏2か国と軍事同盟を結んだ暁には、敗戦はほぼ確実となります」
確かに、最近の日本は地球世界での経済圏の区分や、志那での権益問題にてアメリカのみならずイギリスやフランスとも関係が微妙になってきており、それらも敵に回すとなると、長期にわたる全面戦争にもつれ込んで惨敗を期す事になるのだろう。八洲機関の報告書はそれを暗示していた。
「それだけではありません。近年ラテニア帝国はアメリカとの経済的結びつきを強めており、それを裏付ける様に軍事力は急激に向上しております。例えば海軍戦力を取ってみても、現在は条約に則って戦艦12隻、空母6隻となっておりますが、我が国のワシントン条約脱退を受けて規制が緩和され、新たに戦艦4隻と空母6隻を建造しております。一方で八洲皇国が有する戦力は甲斐型戦艦の改良型を中心とした戦艦8隻に空母4隻であり、新海道駐屯艦隊も戦艦2隻が基本です。よってこれらの物理的な劣勢に対抗するべく、A140の量産が必要となるのです。そして我が極東産業コンツェルンは、旅順と敷島、出雲の三か所にてその準備を進めております」
堀江の言葉に、豊田は相手の言いたい事を察する。現在旅順と新海道敷島市、そして八洲皇国の出雲州にある出雲市では、極東産業コンツェルン傘下の企業である極東産業重工が造船所の建設を進めているのだ。
「今度、極産重工が建設しているという造船所か…!」
「左様。その敷地の幾分かを海軍に工廠用として提供する事が出来ますし、何より戦争に必要なのは軍艦だけではありません」
堀江の言葉を引き継ぐ様に、隣に座る陸軍軍人が口を開く。
「それについては私より説明いたしましょう…どうも初めまして、閣下。陸軍参謀本部作戦課の
「ふむ…」
「まず、我が国は現在、条約脱退に基づいて信託統治領であるマリアナ諸島とパラオの軍事要塞化を進め、陸海軍の戦力を配備する事で西太平洋上に防衛線を築いております。しかしアメリカの我が国への侵攻を阻止せんとする場合、最低でもハワイ・フィリピン・グアム・アリューシャン列島の米軍戦力を撃破し、現地を占領。防衛線を東進させる必要性があります。しかしそれには陸軍の大部隊を輸送する事の出来る輸送船や、それを護衛する艦船を増やし、輸送路の安定した確保が必要となります。つまり従来の艦隊決戦による制海権の掌握は二の次になるか、拠点攻略時の序盤ないし終盤のみとなってしまうのです」
「…」
須本の説明に、豊田は無言で聞き入る。日露戦争後、日本海軍は艦隊決戦を海戦の華とし、陸軍への支援や海上補給路の維持・防衛は任務内容の地味さもあって左程重視されなかった。
しかし欧州大戦と日羅戦争にて、艦隊決戦のみで勝敗を決する事の困難さと、それ以前に敵を決戦の場に引きずり込むまでの過程の重要性、そして海軍主力艦隊のみで戦争が決するわけではないという常識を再認識する事となり、陸海軍ともに総力戦の何たるかを学び直す事となっていた。
「しかし補給路を万全に整えたとしても、損害は出るものです。何故ならこの太平洋は大西洋と違い、島嶼の位置関係上からアメリカ側が我が国に対して潜水艦による通商破壊を仕掛けやすいからです。そしてその損害に対応するためには、輸送船と護衛艦艇をより多く建造しなければなりません。そのための設備として、極産重工の造船所が活きてくるという事です」
「成程な…確かにアメリカと事を構えるにはより多くの艦船と、占領地の維持に適した戦術が必要となるか…だからこそA140を今の倍量産すべきだ、と言いたいのだな?」
豊田の問いに対し、堀江は頷く。
「その通りです。が、それは損害在りきの話となります。我が国は如何に新海道や八洲皇国を有していると言えども、生産力は米英に比べればかなり低いです。ですので海軍は絶対に沈む事のない真の意味での不沈艦を建造し、消耗戦の中においてそれを有効的に活用し、敵戦力を漸減していく…我が国が負けない様にするためには、それしか方法はないのです。だからこそA140は設計上不沈艦ではなく、そしてそれを解決するための答えを牧野さんがすでに用意しております」
堀江がそう言うと、牧野は豊田に一枚の紙を手渡す。それは現在艦政本部で設計されている艦艇のカタログスペックであり、計画案のタイトルには『A150戦艦設計案』と書かれていた。そしてそれに目を通した豊田は、その内容に驚愕する。
「なっ…こ、こんなものが造れるというのか…!?」
「はい、理論上は可能です。実際八八艦隊計画時に46サンチ砲搭載艦の建造が計画されていたぐらいなのです。今の我が国であったら、これも可能でしょう。そしてこの戦艦は先の八洲機関が立てたシミュレートの中にある必要最低限の戦力のうち、A140が2隻と天城型8隻分の戦力となります。よって相当な量の資材と人的資源を節約する事にも繋がるかと…」
「成程な…うむ、私もどうにかこれが通る様に提案してみるとしよう。だが航空主兵派が何と言ってくるのか…」
現在の海軍上層部は、従来の戦艦を主力とした大型水上艦部隊を決戦戦力とする艦隊決戦主義派閥と、技術発展著しい航空機を主戦力とする航空主兵主義派閥が対立しており、新たな戦艦建造の計画を航空主兵主義派閥に妨害される恐れがあった。
豊田の述べた懸念に、堀江はにやりと笑みを浮かべながら別の報告書を出してくる。それも八洲機関が制作したレポートであった。
「ああ、新進気鋭と名高い航空主兵派の皆さんですか…それでしたら問題はありません。この八洲機関が立てましたレポートをお使い下さい。それと牧野君も、航空主兵派が納得して下さる様な設計案を用意しております。少なくともこのA150を妨害してこようものなら、こちらも全力で立ち向かうのみですよ」
堀江の自信満々な物言いに、豊田は内心で『大言壮語にならなければいいが』と不安を呟くのだった。
いずれにせよ、航空機こそが次の海戦の主力であると考えている航空主兵派の発言力を削がなければ、真の不沈艦を建造する事は出来ない。豊田は何としてでも彼らの建てた計画を実現させねばならないと気を引き締め直したのだった。
次回は会議メイン。戦闘シーンまでの道が長い…
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