迫害もされた!? 中国の恐竜研究のパイオニア

中国の研究者には政治力も必要
安田 峰俊 プロフィール

チンタオサウルスとマメンチサウルスを命名

中華人民共和国成立後の楊鐘健は、1951年からチンタオサウルスの発掘を指導(やがて1958年にチンタオサウルス・スピノリヌス(棘鼻青島龍:Tsintaosaurus spinorhinus)として報告)。さらに1954年にはマメンチサウルス・コンストルクトゥス(建設馬門渓龍:Mamenchisaurus constructus)を論文で報告するなど、中国恐竜の代名詞的な恐竜たちの研究を次々と進めていく。

いっぽうで政治面でもぬかりなく、1956年には中国共産党に入党した。1957年に成立した中国科学院古脊椎動物・古人類研究所(IVPP)の所長に就任し、1959年には北京自然博物館の館長も兼任、中国古生物学会理事長や中国地質学会理事といったアカデミックの世界の要職を歴任する。

1964年には新疆で見つかった翼竜の化石を論文で報告し、ズンガリプテルス・ウェイイ(魏氏准噶尔翼龙 :Dsungaripterus weii)と命名している。

【イラスト・写真】チンタオサウルスとズンガリプテルス・ウェイイチンタオサウルス(上)とズンガリプテルスのホロタイプ標本

文化大革命の迫害と研究継続

もっとも、研究業績を積み重ねて学会の重鎮となり平穏無事に晩年を迎える──。という理想的な人生をなかなか歩めなかったのが、この時期の中国の知識人だ。

1966年に文化大革命がはじまると、過去に留学歴を持ち往年国民党政権下でも要職を務めていた楊鐘健は「ブルジョア階級反動学術権威」として激しい批判の対象とされたのである。

当時70歳近かったにもかかわらず、楊鐘健は紅衛兵から批判大会に引っ張り出され、自宅を荒らされたうえ、通称「牛棚」と呼ばれた私的監獄に放り込まれて虐待された。だが、文革の嵐のなかでもなお著書を2冊書き上げ、新疆の翼竜などの研究を進めた。

やがて文革後の1978年には、高齢にもかかわらず地質調査や学会に参加して奇跡の復活を遂げたものの、翌1979年の元旦に胃の痛みを訴えて入院。同年1月15日に82歳で波乱の人生を閉じることとなった。生前は中国の伝統的な知識人らしく、理系の研究者にもかかわらず漢詩を得意としていたという。

政治力が必要な中国の研究者

辛亥革命に協力した父を持ち、五四運動、日中戦争、2度の国共内戦、文化大革命……と、中国近現代史のハードな事件を乗り越えて、業績をあげつつ最後まで生き残った楊鐘健の政治力と学問的センスはただものではない。ひょっとして研究対象の恐竜よりも、環境への適応能力が高いのではないかと思えてしまうほどだ。

黎明期の中国の恐竜研究は、ギリギリの環境のなかで育まれてきた。特に中国が対外開放する改革開放政策(1978年〜)の導入以前、海外の研究者が容易に入れないなかで、国内の工事現場などで見つかった貴重な化石に学術的検討を加えた功績は大きい。

政治的な締め付けも伝えられる近年の中国だが、それでも恐竜の研究環境は往年よりもずっとマシだ。まだしも、よい時代になったとは言えるかもしれない。

記事中の写真、イラスト

  • 楊鐘健の肖像:暁茵萬事通 http://siaoyin.com/InfoBig5/%E6%A5%8A%E9%90%98%E5%81%A5:340543
  • オメイサウルス 1枚めの画像:This work has been released into the public domain by its author, samwingkit at the Wikipedia project. This applies worldwide./2枚めの画像:In case this is not legally possible:samwingkit grants anyone the right to use this work for any purpose, without any conditions, unless such conditions are required by law.
  • ルーフェンゴサウルス:By BleachedRice - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=62991394
  • チンタオサウルス(イラスト):All illustrations on this site are copyrighted to Nobu Tamura. The low resolution versions of the images are licensed under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC BY-SA) license meaning that you are free to use them as long as you properly credit the author (© N. Tamura). High resolution versions are available upon request.
  • ズンガリプテルスのホロタイプ標本:By Jonathan Chen - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=80189106

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