きよねこ組@168_2432__585·9時間ヨガの『私』とは、体や思考ではなく意識。瞑想は思考を自制、コントロールするため。『性』も『年齢』も『社会的立場』も『私』ではない。なのに『私』と同一して『私』を通して怒り、悲しむが生まれる。 あらゆる対象が『わたし』から切り離されてしまえば、心に怒りや不安が起きる原因はなくなる11
きよねこ組@168_2432__585·9時間『思考』には必ず『対象』がある。『あの人が』『このひとが』『欲しい』など。その『対象』と『私』が切り離されたら、悲しむや怒りなどの原因がなくなる、誰も『私』に何もできない。何故なら『私』の対象など無いからだ。1
きよねこ組@168_2432__585·9時間人は様々な対象と自己を同一化している。職業、収入、容姿、恋人、家族、欲望、財産。そこから解放されることがヨガの考え。 瞑想とは心、思考を止めること。 心は作用されてしまう、自発的ではなく何かを言われたり見たら、それに影響される、心が自分の意志に関係なく動かされる。11
きよねこ組@168_2432__585·9時間心は勝手に動く。自我がまわりと私を同一化することが要因で心が作用されて苦しむことになる。 私たちの苦しみの原因は心にあり、心の働きそのものを制御することで私たちは苦しみから解放される。1
きよねこ組@168_2432__585·9時間思考や心を止めるには、一点に集中すること。瞑想なら呼吸に集中すること。その他なら家事、掃除なら他のことを考えずにそれのみに集中すること。これはヨガの思考に限らず仏教徒でも生活すなわち修行の考え方に似ている。11
きよねこ組@168_2432__585·9時間私の恋人だ!私の金だ! 私の成功だ!私の子供だ! それが苦しむの原因。 心を止めたら意識には伝わらない。 つまり繋がっている窓口である心を止めてしまえば意識すなわち私には何も起きていない、伝わらない。 見る者が(意識である私)と見られるものとの結合によってあらゆる苦しみが起きている1
きよねこ組@168_2432__585苦しみの原因である心や体や外の事象を私だと思い込んでいる。 ヨガの目的は「私と私でないもの」、それらの結びつきを切り離し、 意識が本来の状態に戻ること。 これがヨガの教典のひとつである『ヨーガ スートラ』の教え午後5:02 · 2021年10月29日·Twitter for Android