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「手紙」に綴られた、父親から娘へのメッセージとは? そこで語られる事実とは?
麻矢へ
私が選択したことを君は恨んでると思うし、軽蔑しているかもしれないし、それは仕方のないことだと思っている。
ちょっと格好つけ過ぎてるな、いや、本当に私は最低の父親だと思う。
いまさら君に謝るなんてしないけど、申し訳ないことしかしてこなかった。
自分の部屋を滅多に掃除しない私が、何の拍子か徹底的に部屋の片付けをはじめてみたことが事の始まりだった。
いよいよベッド以外の部分で足の踏み場がなくなり、これは便利屋を呼んで片付けてもらおうとも考えたけど、要る物、要らない物の選別は私にしかわからないから、一人でやるしかなかった。
前の引っ越し以来、全く手をつけていない段ボールを開けることから始まった。
大体私の持ち物は本、CD、手紙くらいとは思っていたが、段ボールからはずっとしまったままの洋服やガラクタみたいな雑貨などが出てきて、その量は凄かった。20年くらい前に使っていたファクス機が出てきた時は笑ってしまった。
もう、とにかく捨てるしかなかった。
捨てる作業は、果てしない旅のようにも思えたけど始めてしまえば案外楽しく思えた。結構大事だなと思っていた物も容赦なく捨てる快楽を覚えた。
友人や親からの手紙、ローンで苦労して買った絵画、好きだった海外ミュージシャンのサインが入ったCDなんかも捨てた。家族写真も何の躊躇なく。
残った物は、どうでもいいキーホルダーや聴いたことないけどずっと気になっていたCD、小さかった頃の君と海で拾った貝殻が詰まった瓶、何冊か読み込んだ本くらい。すべて小さな段ボールに入っている。
自死なんて人間のする行為の中で、戦争の次に愚かなものだとは思う。卑怯極まりない行為で、酷く周りに迷惑をかけるだけで、まして、君はたった一人の親を失う。ひょっとしたら、悲しみや淋しさなんかなく、せいせいした気分になるのかもしれない。多分そうだろう。その方が私は良いと思っている。
誰にも理解出来ないと思うけれど、私は死ななくてはならない。理由は? と問われたら、わからない。
ただ、この数日間、部屋の片付けを殆ど済ませて、私は死ぬんだなという強い確信を持って過ごしていた。死ぬ為に荷物を処分したわけではないが、結果殆どそうなった。見えない何かの力に導かれてきた。
胡散臭いと君は思うだろう。私だって、おかしいと思う。特に理由もなく自死を決断して、この手紙を書き終えたら、何時間後かに私の命はなくなっているということ。
保険のこと、預金のこと、お金のことは別紙にまとめておいた。慎ましく暮らしていけば、君が死ぬまで生活に困らない程度のお金は残してある。
無論君もがむしゃらに働いてるから、私の残したお金が必要かどうかはわからない。使いたくなったら使えばいい。使いたくなかったらどこかに寄付してくれていい。
別紙には一人だけ、連絡先を書いてある人物がいる。
敢えて名前を出さなくてもわかるだろう。
彼女との関わりは、子供の時の君をひどく傷つけてしまった。
振り返ると自分でも恥ずかしく思う。突然、彼女に溺れてしまったこと。私は「仕事だから」と嘘をついて夕食を作ることを放棄し、お金だけ置いて君を一人にさせた夜が何日も続いた。
君の母親である妻を亡くして、君との生活に全てを捧げてきたが、どこかに無理があったのか、逃避願望があったのか、彼女の元に走った。自分が男というのを忘れていたのに、彼女の若い豊かな肢体に夢中になってしまった。
まだ幼い君には何も話してなかったが、君はすべてわかっているかのような目をしていた。
学校から君の異変を察知して、児童相談所に連絡が入り、私はすぐに父親失格というレッテルを貼られた。君が養護施設で過ごすことになった時は、初めは正直これで良かったと思った。
君はちゃんと安定した生活を送れて、私は私で存分に仕事して、彼女との愛欲に耽ることが出来る。
だが、一ヶ月も経つと私は君のいない生活に耐えられなくなってきた。何てことない朝の会話、君の着てる物を洗濯して干していたのが自分の物だけになり、買い物も自分だけ食べれば良いので弁当と酒くらいになる。殺伐感と寂寥感に襲われ、不眠症になった。
彼女と逢っていても君のことばかり思い出して、君の話ばかりして、彼女は段々遠ざかっていった。
私は児童相談所に何度も出向き、みっともないくらいに自身の精神的窮状を訴えて、ようやく君の帰宅が認められたのは君が施設に入所して、半年過ぎた頃だった。
彼女と別れることを君の前でも誓って、また、君との生活が始まった。
そして、それはまた、思いがけない険しい生活となった。君は戻ってきてくれたが、色々変わってしまった。これはもう誰も責めることは出来ない。すべて私の責任だ。
彼女と出会ってなければこんなことにはならなかったと思う。君の前で彼女と別れることを誓ったのに、私はまた彼女と逢うようになった。まるで破滅を自ら望むように。私は孤独だった。
あり得ないとは思うが、もし、君が私のことで知りたいことなどあれば、彼女に聞いて欲しい。彼女にだけは本当の自分を吐き出せていた。私という人間はもはや、彼女抜きでは語れない。
君にとっては、ただのくだらない父親だっただろうけど、君のことを誰よりも一番愛していたということを証明出来るのは彼女だけだ。
こうして書いていると、私は自分の愚かさや弱さ、恥ずかしさから、この世から去りたいと思うようになった気がしないでもない。
正直、それは違うのだが、ふと、風が吹いて道を決断したまでだ。そんなことがあるなんて、こんな日が来るなんて思わなかったが、運命なんだろうなと穏やかな気持ちで今はいる。
こんな父親で申し訳ない。
君に会えて良かった。
ここまで書いて、全てを済ませて、女は町を出て行った。
とよたみちのり
1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。
今年はCDとトートバッグ『春のレコード』、雑文と日記と未発表曲歌詞を集めたZINE『キッチンにて2』を自身のレーベル【25時】、アルバム『たくさん、ゆっくり、話したい』をデジタルとフィジカルでリリース。
ライブは、12月3日京都ネガポジ、12月10日名古屋KDハポン、12月29日大阪CONPASS、12月30日東京outbreakにて。
photo by 倉科直弘