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「親の権利」から「子の安全」へ〜共同養育を進めた国で起きている方針転換

「親権」をめぐる海外の経験に学ぶ

阿部 藹 琉球大学客員研究員

オーストラリアにおける変遷

共同養育へ、転換点となった2006年の法改正

 小川教授がまず例としてあげたのがオーストラリアだ。オーストラリアは諸外国の中でもいち早く包括的な家族法を制定した国である。1975年に連邦家族法が制定され、離婚のあり方やその後の子どもの養育に関する先進的な法制度を整えた。その後4回大きな法改正を行っているが、 離婚後の共同での養育、つまり子どもと“両方の親”との継続的な関わりを実現しようとした2006年の法改正が大きなターニングポイントとなったという。

拡大大阪経済法科大学・法学部 小川富之教授

 小川
 2006年の法改正では、2つの重要な変更がありました。
 一つは「養育時間分担(shared parental time)」という用語が使用されたことです。オーストラリアでは離婚数が増加し、さらに母親が子どもとの同居を認められるケースが増加したことを機に、「子どもとの面会交流が制限されている」という不満を持った父親が増加しました。その父親たちが権利団体を結成し、子どもとの面会交流を通じた共同養育の強化を求める全国的なキャンペーンを展開しました。このキャンペーンが世論を動かし、養育責任を両方の親が分かち合うという意味合いが強調された「養育時間分担」という用語が登場しました。この用語が「両親が均等な養育時間を確保する」ことを求めていると解釈され、面会交流を求める「親の権利性」が強化されました。これによって離婚後に同居していない親(多くの場合父親)と子の面会交流が強く推進されるようになりました。

 もう一つは「フレンドリーペアレント」という条項が新設されたことです。フレンドリーペアレント条項とは、面会交流をスムーズに行うために、他方の親との面会交流に寛容な親(つまり相手に対して友好的な親)の方に監護権を付与するというルールです。面会交流を通じた共同養育を目指すための条項ですが、これによって、例え「家庭内虐待があるので子どもを他方の親に会わせたくない」と思っても、それを主張するとフレンドリーではないと見做され、同居する親として子どもを養育することができなくなる可能性が高まることから、それを避けるために裁判で家庭内暴力や虐待を主張することが抑制されるようになりました。

子どもと同居親に起きた生命・身体の重大問題

 オーストラリアでは、この法改正が家族問題に与える影響を調査するための専門委員会が設立され、詳しい調査が行われた。その調査の結果様々な課題が明らかになったが、特筆すべきは子ども、そしてその子どもと同居する親の生命と身体に重大な問題が発生するケースが多発したことだという。その最も象徴的なケースがダーシー・フリーマン事件と言われるものだった。

 ダーシー・フリーマン事件とは、2009年の1月に当時4歳だったダーシーちゃんが、面会交流中だった父親のアーサー・フリーマンに橋の上から投げ落とされ、殺害された事件である。犯行はダーシーちゃんの二人の弟の目の前で行われた。その後の調査では、ダーシーちゃんの母親が以前から複数の医者に対して「元夫が暴力的で面会交流中の子どもの安全を心配している」と訴えていたにも関わらず、対処されないまま面会交流が続いていたことも判明した。

 小川
 この事件の取調べの中でアーサー・フリーマンは犯行の動機を問われ、「子どもは可愛いけれど、妻の苦しむ顔を見たかった」と答えています。この事件は家庭内暴力が背景にあったのですが、母親とは当時すでに別居しており接点がありませんでした。接点が持てない母親を攻撃する手段として、父親であるアーサー・フリーマンはダーシーちゃんを殺害したのです。この事件によって、2006年の改正法ではこのような危険なケースを検知し、適切に対処することができないということが明らかになりました。

2011年の再転換~面会交流に付された条件

 「養育時間分担」や「フレンドリーペアレント条項」が要因となったとも言えるこの事件を契機に、2006年の改正法の問題がクローズアップされ、その問題に対処するため、2011年にこれまでの方針を大きく転換する法改正が行われた。

 小川
 2011年の法改正ではまず、家庭内暴力や虐待がある場合にそれを主張しやすい環境を整えるため、フレンドリーペアレント条項を削除しました。その上で、親子の関わりにおける親の権利性を抑制し、「子どもの身体の安全」を最優先することを打ち出しました。つまり、子どもへの暴力の危険性がなく、子どもの健全な生育が実現できる場合に限って面会交流を継続させるという方向に方針を転換したのです。2019年に公表されたオーストラリア法改正委員会の調査報告書では、それでもなお面会交流が過度に重視されるなどの問題が残っているとして、改めて子どもの最善の利益のために、子どもを虐待や暴力から保護することが最も重要である、ということが一層強調されています。今後さらに「子の安全」を重視する方向に法律が改正されることが予測されています。

 つまりオーストラリアは、“両方の親”との継続的関わりに重きを置く制度――それはともすると親の権利性が強化される結果になる――から、離婚によって最も影響を受ける子どもを中心に据え、子どもの安全と健全な環境を重視する制度に変わろうとしていると言える。

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筆者

阿部 藹

阿部 藹(あべ あい) 琉球大学客員研究員

1978年生まれ。京都大学法学部卒業。2002年NHK入局。ディレクターとして大分放送局や国際放送局で番組制作を行う。夫の転勤を機に2013年にNHKを退局し、沖縄に転居。島ぐるみ会議国連部会のメンバーとして、2015年の翁長前知事の国連人権理事会での口頭声明の実現に尽力する。その後仲間と共に沖縄国際人権法研究会を立ち上げ、沖縄の諸問題を国際人権法の観点から分析し情報発信を行っている。2017年渡英。エセックス大学大学院にて国際人権法学修士課程を修了。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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