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悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします 作者:浜千鳥
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再び廊下にて

週明け、魔法学園。

この日もエカテリーナとフローラは、昼食を作ってアレクセイの執務室へ持っていこうとしている。



廊下を曲がったところで、既視感を覚えるほどいつぞやと同じようなタイミングで、小さなバスケットを手にしたリーディヤと行き合った。


「まあ、リーディヤ様」

「エカテリーナ様、ご機嫌宜しゅう」


声をかけると、リーディヤは微笑んだ。そして小さく咳払いをしたのち、エカテリーナの隣へ目を向ける。


「フ、フローラ様も、ご機嫌宜しゅう」

「恐れ入ります」


大人なフローラは、穏やかに微笑んだ。


今回もあからさまにぎこちないな……ま、身分秩序に厳しいセレズノア家で英才教育を受けて育ったリーディヤちゃんが、元庶民の男爵令嬢フローラちゃんに挨拶するようになっただけでも大きな変化だから、いいけどね。前は絶対無視してたもんな。

アームストロング船長風に言えば、人類にとっては小さな一歩だが彼女にとっては大きな一歩、て感じ?


そう思うとリーディヤのぎこちなさも可愛く思えて、にこにこするエカテリーナである。




先帝陛下の離宮で音楽神の降臨に立ち会ったあの日以後、リーディヤとは何度か会っている。こんな風に、学園の廊下などで行き合うのだ。

そういう遭遇は、ユールノヴァ家とセレズノア家との間で、手打ちというか友好条約というかが交わされたらしい後から始まった。


アレクセイが詳しくは教えてくれなかったため、エカテリーナには両家の間でどんなやりとりがあったのか、詳細はわからない。が、ユールノヴァ家が贈ったものにセレズノア家から返礼の品が贈られてきて、それで事実上、ユールノヴァ家とセレズノア家が手を結んだという図が成立したらしい。


「お兄様は、セレズノア家に何をお贈りになりましたの?」

「ワインだよ、エカテリーナ」


ワインは確かにユールノヴァが誇る特産品だが、機嫌の良さそうなアレクセイの笑みはどこか黒い。

こういう魔王みのあるお兄様も素敵、とだけ思ったエカテリーナであった。


セレズノア家から贈られてきた返礼の品は、角笛だったそうだ。真珠がびっしりと埋め込まれた、宝飾品と言うべきもの。

領内に大きな湖を有するセレズノアは、淡水真珠が特産品で、真珠の養殖技術が確立されていないこの世界では、前世とは比較にならないほど高価なものらしい。そしてセレズノア侯爵家の初代はピョートル大帝の角笛の奏者であったから、角笛を贈る意味が大きく重いことは、容易に想像できた。


アレクセイが贈ったのがどれほどの高級ワインであろうと、その返礼にはその角笛は高価に過ぎる。おそらくはそのアンバランスに、両家の力関係が表れているのだろう。

手を結んだと言いつつ、事実上、セレズノア家はユールノヴァ家の傘下に入ったのだ。


皇太后のピアノをエカテリーナが救った、と言って過言ではなかろう件が大きく影響しているに違いないが、そもそもユールノヴァ家にとってセレズノア家は敵ではない。セレズノアは賢明な判断をしたと言えるだろう。


「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」


……って、孫子の兵法にありましたよ。相手に、こいつには勝てん!と思わせるのが一番、ってことですね。何らか争えば強者のほうも多少は疲弊するわけだから、戦わずして勝つのが、そりゃ最上ですよ。

ふふふ、孫子にお兄様を自慢したい!


アホな衝動に駆られるエカテリーナであった。


ともあれそうやって家同士の関係がはっきりしたタイミングを見計らったように、リーディヤは姿を見せるようになったのだ。




で、姿を見せて何をやっているかというと。


「エカテリーナ様、先日は、楽譜をありがとう存じました。驚きましたわ」

「話題に出ましたので、貴女様なら歌いこなせることと思いましたのよ」


エカテリーナの言葉は嘘というか、社交辞令である。

離宮でオリガが歌った木星な歌は、話題に出ただけと言えばだけだったが、リーディヤが「チラッチラッ」とかなりの圧を出していたのだ。歌ってみたい!と。

それでエカテリーナは、その日寮に戻ってからミナに頼んで、楽譜をリーディヤのもとへ届けてもらったのだった。


ついでに言うなら、お互い名前で呼び合うようになったのも、エカテリーナとフローラが名前で呼び合うのをリーディヤが「チラッチラッ」していたからだ。

それでエカテリーナが「フローラも名前で呼んで友達として接するなら」を令嬢オブラートに包んで申し出たところ、『そちら様がそうお望みならやぶさかではありませんわ!』と飛びついてきたのだった。



「お歌いになりまして?」

「ええ、もちろんですわ。楽譜をお届けくださったということは、これで精進せよとのお気遣いと存じましたもの」


ふっ、と微笑むリーディヤ。

一見クールな笑みなのだが、やっぱりチラチラの圧は感じる。これ、どーやって出してるの?と気になるエカテリーナである。


「いつか、お聴かせいただきたいですわ」

「そちら様がお望みならやぶさかではございませんわ!エカテリーナ様にお聴かせできるまでになりましたら、披露させていただきましてよ!」


やっぱりしっかり飛びついてくるリーディヤ。すごく張り切っている。

チラチラの正体は、単純に、熱意というものなのかもしれない。


そう思った時、リーディヤはその……と口ごもった。


「わたくし……今までずっと、音楽神様に届くことだけを目指して歌っておりましたの。ですから、目の前にいる方へ向けて歌うのは、何か不思議な……胸が高鳴る心地がしておりますわ」


顔を赤らめているリーディヤに、エカテリーナはにっこり笑いかけた。


実はリーディヤと再会した時、こちらに対して複雑な感情があるはずなのにわざわざ話しかけてくるのは、周囲へのアピールのためかもしれない、なんて思ったのだ。

リーディヤが音楽神の庭に招かれることを目指してレッスンに励んでいたことは、同じクラスの生徒たちなら知っていることだろう。毎日レッスンをするために、学園に掛け合って放課後にピアノを使う許可をもらっていたりしたようだから。

けれどそのリーディヤではなく、セレズノア家の臣下の家の子であるオリガとレナートが音楽神に招かれた。リーディヤの面子が立たない事態だ。侯爵令嬢といえど、クラスでの立場がちょっと揺らいだかもしれない。


考えるといまだに腰が引けてしまうけれど、エカテリーナは公爵令嬢。親密さをアピールすることで、立場を補強できる存在ではある。

貴族のマウント合戦に長けたリーディヤは、自分の感情は横に置いて、面子を立て直しにかかったのかもしれない。

それならそれで、役立ててくれたらいいかな、と思った。


けれどリーディヤはどう見ても、本気でエカテリーナと仲良くなりたいと思ってくれたらしい。若干キャラ変する勢いで。


家を背負う貴族同士、これからの政情次第で、また関係性は変わっていくのかもしれない。

でも、お互い学生として同じ学園で学ぶ間は、いい友達になれたらいいな、と思うのだ。


そしてなんだか、リーディヤが歌い手として一皮剥けてくれそうな期待が、かなりの強さで湧いてきたのだった。


「リーディヤ様のクラスは、学園祭ではどのような?もし歌をご披露なさるのでしたら、舞台でのお声を拝聴できますわね」

「そ、そうですわね。クラスが何をするかはまだ決まってはおりませんけれど、講堂は音の響きがよろしゅうございますもの。歌ってお聴かせするのに、あの舞台はよいかもしれませんわ」


リーディヤは目を輝かせている。

エカテリーナもわくわくしてきた。


君の歌声は本物だもの。ぜひ皆の前で歌って、実力を知らしめてほしいよ。私もマジで聴きたいし。


「エカテリーナ様のクラスは、何をなさいますの?」

「こちらもまだ決まっておりませんの。近々決める予定ですわ」



ミハイルのクラスの手前でリーディヤとは別れたが、彼女は最後に、手にしていた小さなバスケットをエカテリーナに渡していった。皇太后陛下の好物だというセレズノア家の伝統菓子で、もう何度かもらっている。これが、とても美味しい。

卵白を泡立てて砂糖を加えオーブンで焼いた、要するに焼きメレンゲだった。


頑張ればこの時代でもマカロンとか作れるかもしれない、と、エカテリーナは野望を膨らませている。

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