政府は今年末をめどに「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を改訂する。前回の改訂から5年。この間に北朝鮮は核・ミサイルの開発を大幅に前進させた。トランプ政権が誕生し、米国の安全保障政策は内向きの度合いを強める。
改訂に当たって我々は何を考えるべきなのか。海上自衛隊で自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏に聞いた。同氏は、北朝鮮の核・ミサイルという目の前の危機だけに流されない中長期の防衛計画を考えるべき、と訴える。
(聞き手 森 永輔)
中国の爆撃機H-6K。有事に米軍の来援を阻む役割を果たすことが想定される(提供:新華社/アフロ)
今回、「防衛計画の大綱」*1と「中期防衛力整備計画」*2を改訂するに当たって、香田さんが重視するのはどんな点ですか。
*1:防衛力のあり方と保有すべき防衛力の水準を規定(おおむね10年程度の期間を念頭)(防衛白書 平成29年版)
*2:5年間の経費の総額と主要装備の整備数量を明示
香田:懸念するのは、尖閣諸島をはじめとする南西諸島防衛や、北朝鮮の核・ミサイルへの対応といった「目の前」の問題にとらわれるあまり、本質を見失ってしまうことです。これら目前の問題に合わせて防衛戦略を作ったり、防衛力を整備したりするのではなく、全体的な防衛戦略・防衛力の一部でこれらの問題に対処できるようにするのがあるべき姿です。
香田洋二(こうだ・ようじ)
海上自衛隊で自衛艦隊司令官(海将)を務めた。1949年生まれ。72年に防衛大学校を卒業し、海自に入隊。92年に米海軍大学指揮課程を修了。統合幕僚会議事務局長や佐世保地方総監などを歴任。著書に『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』など(写真:大槻純一 以下同)
確かに尖閣案件などは、日本が戦後初めて直面する大きな国家主権の危機です。焦点を当てることは、政治的には心地よいことなのですが……。
防衛大綱で名前を挙げるかどうかはともかく、中国とロシアの存在を考えなければなりません。今日の米国の脅威認識は「4プラス1」から「2プラス3」に舵を切って、両国をより重視しています。「4プラス1」の4は、ロシア、中国、イラン、北朝鮮。1はテロを実行する過激派組織です。「2プラス3」の場合、2はロシアと中国で、ほかの脅威とは別格としてとらえています。
日本の場合は、まず中国。副次的にロシアを考えるべきでしょう。
敵基地攻撃能力を備えるべきとの議論が高まっています。議論することは悪いことではありません。独立国として、これを持つ権利も持っています。しかし、論議が近視眼的なものになることを懸念しています。
まずは日米同盟をきちんと機能させることを考えるべきです。日米同盟では、日本が盾(日本の防衛)、米国が矛(相手国への反撃)という役割分担があります。その大原則に従うならば、自衛隊は敵の侵攻排除に徹し、敵の侵略を終わらせるために必要な敵国や基地(策源地)への戦略打撃は米国の任務とすることを再確認すべきです。それにより、日米同盟がきちんと機能するようにすることを考えることが重要です。
自民党が5月に発表した防衛大綱の見直しに向けた提言は、この点において我が国の事情についての論議のみが優先され、日米同盟をどのようにして最適に機能させるかという議論が十分でない印象を持ちました。提言では、一項目を割いて「米軍の来援を確実なものにする」としてはいますが。
また北朝鮮による弾道ミサイル攻撃への対応を想定して日本が整える敵基地攻撃能力が、本質的な潜在脅威国であるロシアや中国の弾道ミサイルに対する矛としても本当に有効なのでしょうか。この点もよく考える必要があります。
まずは盾の力を引き上げる
日本は矛の機能を論じる前に、いまだ十分でない盾の機能を高める必要があると考えます。まずは、日本の防衛作戦(盾)に米軍を巻き込まないですむようにすることです。巻き込めば、その分、米軍の打撃力を削ぐことになります。そうならないようにして、米軍には得意の打撃作戦(矛)で力を発揮してもらうようにするのです。その前提が、米軍の安全な来援を確実ならしめることであり、自衛隊は我が国の直截的な防衛に加え米軍来援を支援する力を養う必要もあります。
日本は「防衛の基本政策」において「専守防衛」を掲げています。このため、米軍が来援しなければ、外国から複数波の侵攻を受けるうち、いずれかの時点で我が国の命脈が尽きてしまいます。仮に、各侵攻排除作戦における自衛隊の損耗率を4割として計算してみましょう。第1波の攻撃を受けた後は、100%だった防衛力が侵攻撃退の代償として当初兵力の60%に減ります。第2波を受けた後は100×60%×60%で36%に。第3波を受けた後は22%しか残りません。これは、国際標準では全滅ということであり「かくして我が国の命脈は尽きたり」という、最悪の結果につながるのです。
日米同盟の基本は、自衛隊が敵の第1波の侵攻を食い止めている間に、米軍が侵攻国に対して反撃することで、敵国の物理的な侵攻能力や戦争継続活動に必要な工業施設などの戦略ターゲットを破壊して、敵の侵略の意図をくじくことです。それにより敵の侵略戦争を停戦・終戦にもっていくということです。要するに、米軍の来援、すなわち来援米軍による侵略国の策源地に対する戦略打撃がなければ戦争を終わらせることができないのです。
しかし、その基本となる、敵国の策源地を攻撃するために必須となる米軍の来援部隊を自衛隊がどのように支援するかについては、今日の我が国で深く議論されていません。そして、そのための十分な予算も装備も自衛隊には与えられていません。
日本が手を広げようとしている矛の役割とは例えば何でしょう。ミサイル防衛システムは盾ですね。
香田:そうですね。100%盾です。
ヘリ搭載空母「いずも」にF-35Bを載せ、米空母の来援を支援
ヘリ搭載型護衛艦(DDH)「いずも」などにF-35B*3を搭載する案が検討されています。これはどうでしょう。
*3:自衛隊がF4の後継として配備を進めるF35の垂直離着陸が可能なタイプ
香田:航空優勢は全ての軍事作戦において必須要件です。その観点から、「いずも」などにF35Bを搭載して航空優勢を獲得する発想は妥当といえますが、鍵となる点は、その用途及び他の代替案との関係です。それをよく考えてから取り組むべきだと思います。
今日の国際環境下の我が国防衛作戦において航空優勢を獲得することが求められる典型的な場面、すなわちヘリ搭載型護衛艦搭載のF-35Bの用途として、米軍来援支援機能確保と島嶼防衛の2つが考えられます。米軍来援支援機能確保に必要な機能として整備を進めることは、ほかに代替案がないので、進めるべきだと考えます。
つまり、次のようなケースが考えられるのです。米軍来援部隊の中核となる空母部隊が日本に向かっており、これを支援すべく、海上自衛隊の対潜水艦部隊が太平洋に向かうとします。これを阻止すべく、中国が爆撃機H-6Kを派遣して大量のクルーズミサイルで日本の対潜部隊を攻撃する場合を考えてみましょう。日本の対潜部隊がミサイル攻撃を受けた結果、その能力が低下するとすれば、米空母部隊を迎え撃つ中国の潜水艦部隊は、日本の対潜部隊の網をすり抜けて、主目標である米国の空母を攻撃して撃破することが可能となります。
こうしたケースでは海上自衛隊のイージス艦は飛来する大多数のクルーズミサイルは撃墜できますが、その母機であるH-6Kの対処はできません。このため、H-6Kは繰り返し出撃して海上自衛隊の対潜部隊を攻撃することができるため、対潜部隊側は、どうしても発生する少数の撃ち漏らしミサイル攻撃により生ずる累積被害により、最後は作戦の継続が不可能となります。
この「ドカ貧」状態を回避するためには、母機であるH-6Kを撃ち落とす(母機対処)ための装備が必要になります。太平洋に航空自衛隊の基地はありませんので、ヘリ搭載型護衛艦とF-35Bを組み合わせることにより、母機対処が可能となり、海上自衛隊の対潜部隊の生存率が向上することとなります。
そのことにより来援する米軍部隊の安全が確保される結果、米軍全体としての敵国策源地に対する戦略打撃機能の能力は向上し、より充実した盾と矛の関係が構築されるのです。
一方、島嶼防衛という場面を想定しますと、例えば、現在調達が進んでいるF35Aと空中給油機の増加による、島嶼地域の防空能力の強化という別のオプションもあります。それ以外にもいくつかの選択肢はあると思いますが、それらのうちの有力なものとヘリ搭載型護衛艦とF-35Bの組み合わせ案との精緻な比較検討が必要だと考えます。その結果を反映した防衛力整備を進めるやり方が求められるのではないでしょうか。
この件に関して防衛当局は、少なくとも国会できちんと説明できる論拠をそろえることが最低限必要でしょう。ただし、自衛隊の現状は、盾のための装備が慢性的に不十分な状態が続いています。なによりも、その前提となる防衛予算が足りないのですから。
今後の防衛力整備においてまず必要なことは、自衛隊本来の任務を果たす「盾」の能力不足分の早急な回復であり、それが満足された後の課題として、ヘリ搭載型護衛艦とF-35Bの組み合わせや敵基地攻撃能力保有の検討を始めることが筋であると考えます。まして、「中国が空母『遼寧』の整備をすすめているから日本も空母を……」といった考えは論外です。
盾の機能の不足を補うために必要なのはどのような装備ですか。
香田:まずは、島を取られないようにしなければなりません。昨今の我が国の防衛論議では、防衛省の公刊資料も含め島嶼奪還作戦が注目を集めていますが、歴史、特に前大戦における我が国の苦い経験を振り返れば、一度取られた島を取り返せた例はありません。
島を取られない体制構築の第一要件が、敵が侵攻する兆候を早期に察知するための早期警戒能力の向上です。また、南西諸島の島嶼防衛に限らず、我が国防衛全体の立場からも、敵侵攻の際に最初に狙われるのは固定レーダーサイトです。その際の早期警戒能力損失を局限して補完する早期警戒機E-2Dなどの数を増やすことが重要です。
航空優勢を保つための縦深性を高めるために、滞空能力に優れる早期警戒管制機E-767の増強も必須です。同様に戦闘機、現状ではF-35Aでしょうか、空中給油機の数を増やすことも当然です。
陸上装備では、戦車や最近導入された戦闘車などの重車両は侵攻目標と考えられる島嶼に事前に配備しておくべきでしょう。中軽車両を迅速に航空輸送するための大型輸送ヘリもさらにそろえる必要があります。
空港を守れ!
米軍の来援を支援する役割のための装備はいかがですか。
香田:十分とは言えません。先に述べましたように、我が国に来援する米海軍部隊の脅威となるのは中国の潜水艦、爆撃機H-6K、対艦弾道ミサイルです。
これらの脅威のうち、少なくともハワイから西については日本が確実に対処できるようにすべきでしょう。潜水艦脅威をあるレベルまで減殺する。H-6Kは沖縄に至るまでに航空自衛隊の力で半分程度を撃墜できることが必要です。南西列島線をすり抜けた半分については、当面は、発射された巡航ミサイルを太平洋上で作戦するイージス艦で対応します*4。
新たな脅威である洋上における対艦弾道ミサイル防衛については、日米で整合させた対艦弾道弾開発と配備・運用両面での新たな取り組みが必要になると考えます。もし、虎の子の空母に被害が出るようなことがあれば、米国民の参戦意図は崩れ、日米同盟そのものが危機に陥ります。
*4:沖縄県の宮古島と石垣島に地対空・地対艦ミサイル部隊を配備することが決まっている。ただしこれは対侵攻兵力用の装備であり、高空を通過するH-6K級の大型爆撃機を対象としたものではない。
そうした想定を考えると、イージス艦は何隻あっても足りないですね。現在は2021年までに8隻が就役する予定ですが……。地上配備型の迎撃システム「イージスアショア」を2023年に配備する予定ですが、それまでイージス艦は日本海に張り付きになる可能性があります。
香田:8隻というのは、米軍来援支援と我が国生存のための海上物流確保のための作戦所要の最低限の数です。イージスアショアが配備された後でも、弾道ミサイル防衛システム(BMD)への加勢が必要な場合もありますので、頑張って増やしてほしいところです。
今後の海上自衛隊の護衛艦の建造は、沿岸での作戦を念頭に置いたFFM型を柱に据える方針が決まっているようです。FFMでは、今まで述べてきた、米軍来援を支援する西太平洋での対潜作戦、すなわち米国の空母の前程で中国の潜水艦脅威を低減する「太平洋の戦い」(バトル・オブ・パシフィック)」を戦うことはできない恐れが大です。
もちろん、「米軍の来援を支援する」という役割を我が国が担わないという方針の下でFFMを重点整備するのであれば、それはそれで構わないと思います。しかし、それはまさに日米同盟の骨幹にかかわる案件であることから、米軍来援確保に関する議論なく進めるのは順番が逆だと思います。
米軍の来援を支援するため、装備以外で整えるべきものはありますか。
香田:新たに整えることに加え、今持っている資産を守ることも必要です。例えば、我が国の官民の空港です。
空港が機能しないと、空からの米軍来援ができません。東日本大震災時のトモダチ作戦で米軍は、支援拠点として仙台空港の復旧を非常に重視していました。
香田:日本は80年代に「1県1空港」をスローガンに整備を進めた結果、ジェット機の離発着が可能な2000メートル以上の滑走路を有する飛行場(民間・自衛隊・米軍:滑走路数約90本)が全国に70近くあります。どのような軍事大国でも、通常兵器のみで広大な飛行場を一気に無力化することはできません。その数が70個90本もあれば、なおさらの話です。これをしっかり守ることは、米軍の空路による来援基盤の維持そのものなのです。仮に、敵の第一撃の後で約半分の40空港が使用できれば米軍の空からの来援は何とか確保できます。
ただし、これは空輸できる人、装備の話で、重量ベースでみれば、来援米軍の全体の1~2%にとどまるでしょう。燃料や弾薬など重たい、あるいは体積の大きい装備は海上輸送しかありません。
米国によるFMS(有償対外軍事援助)は必ずしも悪くない
装備に関してはF-X(次期戦闘機)が注目されています。現行の支援戦闘機「F-2」の後継として、2030年をめどに導入する予定です。日本による独自開発、外国との共同開発、外国からの輸入の3つの選択肢が想定されています。
香田:これについては、戦闘機単体の飛行性能ではなく、任務達成のための武器や通信システム及び数十年にわたる運用期間を通じた部品調達・整備性などの後方支援、さらには米軍とのインターオペラビリティ(相互運用性)を含めた総合的な「戦闘システム」として考える必要があります。
例えば、航空自衛隊が導入を進めているF-35Aは、これまで使用していた国産ミサイルが搭載できません。これは、現有の空対空ミサイル開発段階においは、F-15Jの改修搭載を前提としており、F-35Aへの搭載は全く視野の外であったということで、今日の事態は避けられなかったといえます。
ただし、今次の空対空ミサイルを例にとれば、その開発時に搭載対象とした戦闘機が代変わりする場合、将来も同じ問題は起こり得るということです。もちろん、開発段階で我が国が参画していないF-35の運用要求に国産対空ミサイルとその火器管制システムの搭載を盛り込むことは、そもそも不可能であったことも現実です。
一方で、国産ミサイルの開発と採用は、我が国の国情に合ったシステムの導入という面の意義はありますが、全ての面で外国製品に優れるかというと必ずしもそうではありません。私が現役のころ、米軍は自国と同盟国を含め、SM1*5を年間500発程度撃っていました。初期段階では、このうち約100発が命中しないこともあったそうです。しかし、100発という多数の失敗原因を徹底的に追求して不具合を改善し、問題を解決することにより、改善型バージョン「マーク2」へと進化改善できたのです。そして、同様の改善を約30年間にわたり続けた結果、当時の脅威に対して想定し得るほぼすべての戦闘環境において、極めて高い成功率を有するSM1の究極の発展型の開発成功へとつながったのです。
*5:ミサイル防衛システムで利用する現行の迎撃ミサイルSM3の先行モデル
国産ミサイルの場合、航空自衛隊の現状は正確にはわかりませんが、実射できる数はせいぜい年間10~20発でしょう。また、国内開発ミサイルの改善型の開発や導入といったニュースも聞いたことはありません。これで実戦に耐え得る軍事装備になるでしょうか。航空自衛隊が採用する国産の中距離空対空ミサイルAAM-4(99式空対空誘導弾)やAAM-5(04式空対空誘導弾)は、その性能は優れたものといわれています。同時に、外国から引き合いがかからない背景には実戦経験、日本の場合は実射弾数の少なさ、特に失敗を通じて得られる実データの少なさからくる武器としての完成度、すなわち実戦に耐えうる空対空ミサイルとしての評価が各国空軍の間で定着していない面もあると思います。
赤外線誘導型の空対空ミサイルでは米国製サイドワインダーの究極発展型であるAIM9X、レーダー誘導型では同じくAIM7シリーズの世代交代型である米国製のAMRAAM(AIM120)が人気です。これはやはり潤沢な発射試験によるデータの蓄積を基にした高い完成度と、限られてはいますが実戦での使用実績により、「強い」とみられているからです。
ひょっとしたら日本製のAAM-4の方が性能で優れているかもしれません。しかし、相手が電子妨害をしている環境、あるいは雲や雨の中でも正確な誘導ができ、敵を撃墜できるのかという点での性能証明で、国産品は米国製に一歩譲るということでしょう。こうした点は実戦、あるいは実戦に近い環境下での数多い試験発射を経験しないと磨くことができません。
こうした事情を考えると、F-Xも日本だけでやる選択肢は適切ではないと考えます。日米同盟を前提として、装備武器や、C4ISR*6の相互運用性を考えれば米国から購入する、もしくは米国と共同開発するのが現実解でしょう。
共同開発するには、米国から評価される高い技術を日本が持っていることが前提になります。はたして、この点はどうでしょうか。日本が優れる独自技術を生かしながら、米国から学ぶことを重視して、共同開発するのが良いのではないでしょうか。これが日本にギリギリできることだと思います。
*6:C4は指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、コンピューター(Computer)。ISRはそれぞれ情報(Intelligence)、監視(Surveillance)、偵察(Reconnaissance)のこと
これまでにうかがった現状を考えると、今後もFMS(有償対外軍事援助)*7を受け入れざるを得ないケースが多くなりそうです。
*7:Foreign Military Salesの略。米国が採用する武器輸出管理制度の1つで、武器輸出管理法に基づく。購入する国の政府と米国政府が直接契約を結ぶ。米国が主導権を取るのが特徴。価格や納期は米政府が決める、米国の都合で納期が遅れることも多い。最新の装備品などは、FMSによる取引しか認めない場合がほとんどだ。
香田:多くの方がFMSを悪く言いますが、必ずしも悪いことばかりではありません。まず、米軍の制式装備の多くは実戦での使用実績のある装備であり、その面では他の追従を許しません。単純に我が国の防衛という自衛隊の任務から観れば、極端な言い方ですが米軍装備に勝るものはないはずです。これは感情的にならずに冷静に受け入れるべき強点です。
次に、米軍の後方支援システムが提供する利点があります。例えば自衛隊がFMSで購入した装備が故障し、部品の交換が必要になったとします。しかし自衛隊には在庫がない場合もあります。予算の制約で、自衛隊のストックが米軍より少ないことは時々ありますが、こんな時でも米軍に緊急請求すれば、短時間で入手できます。私が現役の時に経験したケースだと、スペインのロタという基地から2日で届きました。多数の同じ装備を全世界で使う強みがあるわけですね。これが、本当に戦う軍のロジスティクスと実感させられたものです。
逆のケースもあります。国産の装備を導入しても、コア部品が外国製というケースです。私が経験したケースでは、重要な任務の中核となる国産電子機器の重要部品が壊れ、システムダウンとなりました。ところが、その国産装備の要であった壊れた部品は外国製で、しかもFMSではない通常調達だったことから、緊急発注を行いましたが補充に1年以上待たされたのです。
米軍は世界中に展開しています。しかも、いつ実戦に突入するか分からないことから、常に稼働率を最高に保つことをロジスティクスの目標としています。その米軍の後方支援システムに乗ることの意義は大きいのです。特に、任務達成という観点からは、FMSが持つロジスティクス分野の意義や価値も、正当に評価する必要があると体験的には考えています。
F-35のような多国間共同開発に乗るのはいかがでしょうか。
香田:スキームによります。例えば、多国共同開発品を我が国の作戦環境に合うように独自の改良をする時に、参加国すべての了承を取る必要があるスキームの場合、手続きが面倒になります。海上自衛隊が使用している艦対空誘導弾シースパロー短SAMはNATO(北大西洋条約機構)が共同で開発したのを導入しました。いろいろな面で、NATO加盟国の了解を取る手続きがけっこう複雑でした。
防衛装備の海外移転はサプライチェーンが肝
政府は防衛装備移転三原則を2014年4月に閣議決定し、防衛装備を輸出する道を開きました。日本に実戦経験がないことを踏まえると、輸出の対象は海難救助艇US2など、武器ではないものが中心になりそうですね。
香田:そうですね。US-2は世界水準の性能を持っていると思います。
海上自衛隊が使用する国産哨戒機のP-1*8も注目され始めました。
*8:開発は防衛省技術研究本部と川崎重工業
香田:P-1は米ボーイングのサプライチェーンに乗らない点がハンデとなります。ライバルである米国のP-8はボーイング737をベースに開発されました。そのために、世界規模で広がった同社の部品供給網などを利用できます。P-1とはこの点が異なります。P-1の各国での運用を考慮した場合、我が国、特に航空宇宙産業界を挙げた世界規模のロジスティクス体制を組めるかどうかが、海上自衛隊P-1の海外展開あるいは各国への販売ビジネス成功の鍵となります。
ただし、日米でP-1とP-8Aを併用しているのは悪いことではありません。ロシアや中国の潜水艦は戦術思想の異なる2種類の哨戒機に対応しなければならないからです。その分、彼らの運用上の負担が大きく増加します。
まだコメントはありません
コメント機能はリゾーム登録いただいた日経ビジネス電子版会員の方のみお使いいただけます詳細日経ビジネス電子版の会員登録
Powered by リゾーム?