政府は今年末をめどに「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を改訂する。前回の改訂から5年。この間に北朝鮮は核・ミサイルの開発を大幅に前進させた。トランプ政権が誕生し、米国の安全保障政策は内向きの度合いを強める。
改訂に当たって我々は何を考えるべきなのか。防衛庁(当時)で運用局長を務めたのち、官房副長官補(安全保障・危機管理担当)として日本の安全保障の第一線に立った柳澤協二氏に聞いた。同氏は「現状は米国の拡大抑止に頼りすぎ。戦争は政治の力で回避すべき」と訴える。
(聞き手 森 永輔)
航空自衛隊が導入を始めたF-35A(写真=U.S. Air Force/アフロ)
今回、「防衛計画の大綱」*1と「中期防衛力整備計画」*2を改訂するに当たって、柳澤さんが重視するのはどんな点ですか。
*1:防衛力のあり方と保有すべき防衛力の水準を規定(おおむね10年程度の期間を念頭)(防衛白書 平成29年版)
*2:5年間の経費の総額と主要装備の整備数量を明示
柳澤:改訂される防衛大綱は、自衛隊と米軍との一体運用強化を一層強調するものになるでしょう。しかし、本当にそれでよいのでしょうか。米国とソ連が冷戦を展開していた時に比べて、日本の有事に米軍が来援する確度は低下していると思います。なので、日本は自らの政治力で戦争を回避することを考えるべきです。
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁に入庁し、運用局長、防衛研究所長などを歴任。2004~09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務める。現在は国際地政学研究所理事長(写真:加藤 康、以下同)
まずは、 自衛隊と米軍との一体運用の現状から教えてください。
柳澤:日本と米国は2015年4月に日米ガイドライン*3を改訂し、自衛隊と米軍を平時から一体運用する方向に大きく舵を切りました。例えば、自衛隊が平時でも米艦を防護できるようにするとし、日本は安全保障法制を定めその法的根拠を整えました。
*3:正式名称は「日米防衛協力のための指針」。自衛隊と米軍の役割分担を定める
ミサイル防衛システムの整備も一体運用の方針の下で進んでいます。装備は米国製、指揮通信システムも米軍のものが前提。CEC(共同交戦能力)を装備する新しいイージス艦も建造中です。
CECは哨戒機や衛星が搭載するレーダーとシューター*4をネットワーク化するソフトですね。技術的には、日本のミサイル防衛システムと米軍が運用する衛星やレーダー、イージス艦との間で情報を共有できます。
*4:弾道ミサイルを迎撃するミサイル群を指す。イージス艦が搭載するSM3や、陸上配備のPAC3など
柳澤:改訂される防衛大綱は、この一体運用を一層強調するものになるでしょう。安倍晋三首相は今年初めに行った施政方針演説で、米国の艦船と航空機を自衛隊が護衛したことに触れ、「日米同盟はかつてなく強固なものになった」と胸を張りました。北朝鮮の核・ミサイルや中国の台頭を、米国とともに力で抑止する方針を取る以上、これは必然です。
しかし、本当にそれでよいのでしょうか。日本が米国の戦争に巻き込まれるリスクが高まります。
米艦防護は米国から要請を受け、防衛相が承認して実行するものです。要請があるということは、米艦が襲われる危険があるということ。それを自衛隊が防護すれば、自衛隊も襲われ、戦争に巻き込まれるリスクが高まる。日米の一体運用は日本の平和を守るに当たって合理的な選択といえるでしょうか。
「米国とともに力で抑止する」以外の選択肢として、どんなものがありますか。
柳澤:政治の力で、相手国が軍事的な手段に訴える「意思」を抑えることです。
北朝鮮の核・ミサイル問題を考えてみましょう。米国は2017年、北朝鮮に対して軍事的な圧力を高めました。しかし、この圧力がそもそも、北朝鮮が核開発を進める動機であるわけです。北朝鮮は米国からの軍事攻撃を抑止し、体制保証を求める手段として核・ミサイル開発に取り組み始めました。であるならば、米国が軍事的圧力を高めたのはむしろ逆効果と言えます。
次に、北朝鮮はなぜ日本に向けてミサイルを撃つ可能性があるのか。それは米軍への攻撃の一環としてです。狙うのはまずは米軍基地でしょう。米軍の基地を無傷のまま残し、他の施設を攻撃しても、米軍の報復攻撃に遭ってしまいます。そして、米軍とともに行動するであろう日本の軍事力に対する攻撃としてです。日米が一体化して北朝鮮への圧力を高めれば、北朝鮮が核・ミサイルで日本を攻撃する動機を高めてしまうのです。
武力で脅すよりも、北朝鮮のこうした意思を変える道を考えるべきではないでしょうか。北朝鮮が喜んで核を放棄する理由を与える、つまり利益誘導することです。今年6月までの動きを振り返れば、軍事的な圧力が手詰まりになっていたのを、利益誘導に切り替えることで、北朝鮮に核を放棄させる糸口が見えてきたということだと思います。もちろん、この先、何の問題もなく進むとは思いませんが……。
トランプに気づかされた武力以外の選択肢
トランプ流交渉術は事態を打開するのに役立ったのですね。
柳澤:この点に関してはそうですね。私はドナルド・トランプ米大統領が平和主義者とは思いません。しかし、相手が欲しいものを目の前にぶら下げ、こちらが欲しいものを獲得しようとするのは、「ディール(取引)」として理にかなっています。
6月の米朝首脳会談は、利益誘導という二つめの方法が存在することを思い出させてくれました。日本が北朝鮮の核・ミサイルを本当に恐れるならば、それを撃墜することではなく、飛んでこない状態を作ることに意を用いるべきではないでしょうか。ミサイル防衛システムで北朝鮮のミサイルを100%撃ち落とすことができないのは常識です。日本の国土に100%落ちないようにすることを望むならば、飛んでこないようにするのが確実なやりかたです。
地上配備型のミサイル迎撃システム「イージスアショア」が注目されています。確かにこれは攻撃力ではありません。しかし、北朝鮮が撃つミサイルを無力化することは、米軍の攻撃の効率を高める作用を持ちます。米軍が一方的に攻撃できる状態を作る。北朝鮮から見れば防御力ではなく脅威と映るのです。北朝鮮がこの脅威に耐えられなくなった時、戦争に踏み切る可能性が高まります。
北朝鮮に核・ミサイルを撃つ意思をなくさせる努力と、万が一、撃った場合にそれを防ぐ機能を整えること。どちらも必要だけど、今は後者、つまり力による抑止にバランスが偏りすぎているということですね。
柳澤:おっしゃる通りです。脅威と抑止は相互に作用し安全保障のジレンマを生みます。抑止とは、「相手が手を出せば、こちらもやり返す」という意思と能力をみせることです。こちらの意思と能力を認識した相手は、こちらの抑止力を上回る能力を持とうと対策を講じる。事態はどんどんエスカレートしていきます。
抑止力はきちんと整える必要があるとしても、「日米が一体化して抑止力が高まった」と政治的にアピールする必要はないでしょう。安倍政権の手法は上手なやり方とは思えません。
またミサイル防衛システムは非常に高価です。その価格対性能比をきちんと試算して進めるべき。導入する場合としない場合で、日本に着弾するミサイルをどれだけ減らすことができるのか。それにいくらかかるのか。試算の結果を聞いたことがありません。
イージスアショアは2基で総額6000億円超といわれていますね。
柳澤:新装備の導入は自衛隊にとって大きな負担になります。ヒトを張り付ける必要がある。メンテナンス用の点検ツールや部品もそろえなければいけない。既存の自衛隊の任務に支障をきたしかねません。一般装備の点検整備にひずみが生まれかねない。とても心配です。
我々がやるべきは、米国の兵器産業を儲けさせることではなく、日本の安全を守ることです。であるならば、兵器ではなく外交に意を用いる。同じお金を使うにしても、核・ミサイルを開発する北朝鮮の意思を変えさせることに使うべきではないでしょうか。
枠組み合意がもたらした教訓は「騙されるな」ではない
北朝鮮の意思を変えさせるお金の使い方という視点から考えた時、枠組み合意は有効だったのでしょうか。米朝が1994年、北朝鮮が核開発を凍結する代わりに、米国が国際コンソーシアムを通じて軽水炉を提供することで合意しました。日本もこのコンソーシアム「朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)」に参加し、4億ドル超を出資した。外交で非核化を進め、北朝鮮が核・ミサイルを開発する意思を変えるようお金を使いました。
しかし、合意は破綻しました。
柳澤:当時、金正日(キム・ジョンイル)総書記は本気で核を放棄する意向だった。しかし、米国がクリントン政権からブッシュ(子)政権に代わり、やる気を失ってしまったという指摘があります。
現状は金正恩(キム・ジョンウン)委員長もトランプ大統領も本気だと評価しています。しかし、過去の経緯から、どちらも不信感をぬぐいされずにいる。これをどうマネジメントしていくかが今後の課題です。
枠組み合意から得られた教訓は、「北朝鮮に騙されるな」という単純なものではありません。本質は、米朝の間にある敵対関係と不信を解消する必要があるということです。北朝鮮に対しては「核・ミサイルを放棄すればこんな良いことがある」と理解させる。米国には、政権が交代しても方針を変えないよう訴える。この不信の解消に日本も力を尽くすべきです。それがミサイルの飛来を確実に防ぐことにつながる。その時にお金が必要ならば、出し惜しみすべきではないと考えます。
尖閣諸島は「自力」かつ「政治力」で守れ
ここまで北朝鮮の核・ミサイルについて伺ってきました。日本は北朝鮮に加えて、南西諸島において中国から脅威を受けています。こちらにも、抑止力ではなく政治力で対処できますか。
柳澤:中国脅威論には2つの側面があります。一つは尖閣諸島をめぐるもの。これは日中が戦争になってもおかしくない対立関係です。この意味で、米国がメインプレーヤーである北朝鮮問題とは異なります。日本と北朝鮮の間には、米国を挟まなければ、戦争になる直接の要因はありません。拉致問題や植民地支配の清算などの問題が存在しますが、戦争で解決する性格のものではありません。
では、尖閣諸島をどうするか。これは日本が独力で守るべきです。米国が守ってくれると当てにしてはなりません。さらに言えば、そもそも当てになりません。「日本の無人島のために米国の青年の血を流すわけにいかない」という固い米国世論が決して許さないでしょう。
では、いかに自分で守るかが問題です。ここでは軍事的に守る方法と政治的に守る方法の2つが考えられます。
軍事的に守るケースを、尖閣諸島に戦場をしぼって思考実験してみましょう。結果は、日中ともに得るものがなく消耗するだけで終わると思います。中国が取ったら、日本が取り返す。それを幾度も繰り返す。その間に双方の兵隊が死んでいき、船が沈んでいきます。この消耗に対してどちらが長く耐えられるかという無限の我慢比べになりかねません。これは決してやってはいけないこと。
これをやらずにすませるのが政治の役割です。政治のレトリックとしては、日中ともに尖閣諸島を譲ることはできません。しかし、力づくで取り合いをしなくても、政治がコントロールできると思います。ここにしか、答を見いだすことはできない。
視点を変えて考えてみましょう。日本と戦争してまで実現すべき政治的目的が、中国に本当にあるでしょうか。戦争になれば、中国の経済成長も大きく損なわれます。そうなれば、むしろ、国益を損なうことになるのではないでしょうか。
中国脅威論のもう一つの側面は、中国が南シナ海で軍事支配をさらに強めるのではないか、というものですね。こちらは海洋の秩序をめぐる米中の覇権争いです。ベトナムやフィリピンにとっては領土をめぐる主権。いずれにせよ、日本の主権と直接つながる話ではありません。それに日本がいかに関わるかを考える必要があります。
仮に南シナ海をめぐって米中が戦争を始めれば、日本にある米軍基地が攻撃対象になります。日本が戦場になるのです。拠点をたたくのは軍事の基本ですから。
この時、「戦争をしてでも中国の覇権を許さない」という固い意志が日本にあるでしょうか。また、米国に「中国を力づくで駆逐する」意図があるでしょうか。それも明らかではありません。米国が南シナ海における中国の行動に明確なレッドラインを示したことはない。中国を力づくで駆逐する能力はあっても、意思があるとは思えません。なぜなら、覇権の問題ではあるものの、米国の主権の問題ではないからです。
この問題に関しては、日米と中国の間に認識の違いも存在します。中国にとって、南シナ海の軍事プレゼンスを高めるのは防衛の一環でしょう。この海域に米軍が入れば、中国本土が丸裸にされたも同然です。しかし、日米から見れば、中国が周辺国に対する脅威を高めていると映る。
中国が脅威として映る理由の一つは、脅威を構成する「意思」と「能力」のうち、意思のゴールが見えないことです。能力を拡大させているのは防衛費の伸びをみれば明らかです。これを脅威でなくすためには意思を抑える必要がある。しかし、中国の発言は「中華民族の偉大な復興」など抽象的で、どこまで手にすれば満足するのか分かりません。それゆえ、われわれは心配になるのです。
さらに、日本の場合、中国の脅威が大きく見えるのは、日中平和友好条約の締結から40年たち、両国の立場が逆転したことも作用しているでしょう。当時の日本は高度成長期にあり、“遅れた国”である中国を上から目線で見ていました。今は、中国が日本を見下している時代です。このことが中国の脅威を実際以上に大きく見せている面があると思います。
ことは、防衛のための情勢認識です。このようなバイアスを排除し、冷静かつ客観的に見る必要があるのではないでしょうか。中国の軍事力増強に合わせて日本の装備の質と量を高めようとすれば財政が破綻してしまいます。そこにはおのずと限界があるのです。では、防衛力が不足する分はどうするのか。やはり、政治力で補うべきだと考えます。
今の政治にはこの視点が欠けています。そして米国が提供する抑止力に過度に依存している。対北朝鮮、対中国ともに、構図は同じです。
振り返れば、1976年に防衛大綱を初めて定めた時には、政治が今よりも責任を負っていました。この時は「基盤的防衛力構想」を提起。核兵器による抑止が働いており、米ソが本格的な戦争を起こすことはない。したがって日本は、限定的・小規模な侵略に独力で一定期間耐える力を保持すればよい--という考えです。文字にはされていない背景を読めば、この限定的な防衛力で間に合わない状況は「政治が作らせない」としていたわけです。
自主防衛、政治、拡大抑止のバランスを取る
柳澤さんは、日米同盟は不要とお考えですか。
柳澤:そうではありません。米国に頼ることが難しい時代になったのを認識すべきだ、ということです。
冷戦時代は、事が起これば、米国とソ連は必ず戦争する--と想定できました。米ソ自身もともにそう認識していた。しかし今、米国と中国の間に同様の共通認識はないでしょう。だから米国はレッドラインを明確にできないのです。それは中国にとって、エスカレーションの方程式が見えないことを意味します。日本と戦争すれば、確実に米国と戦争することになるのか、が明確には分からない。これが、日本にとっていちばん大きな不安要因になっています。米中の関係は今、「フレネミー(friendでありenemyでもある)」と呼ばれますよね。
安倍政権は「日米同盟基軸は我が国安全保障の不変の原則」とまで言っています。しかし、日米同盟を“魔法の杖”、何でも解決できる道具であるかのように扱うのは間違いではないでしょうか。米国はお願いしてもやってくれないこともあるし、お願いしなくてもやることがあるのです。
お話を整理すると、①日本の自主防衛力、②日本の政治力、③米国が提供する拡大抑止の3つの要素が存在する。①は当然必要ではあるが、ヒトとカネの面で限りがある。その不足分は②日本の政治力で補うべき。現に日本は1976年当時、そのような意思を持っていた。しかし今は③米国が提供する拡大抑止に依存する部分が大きくなりすぎている。③は、米中2強時代に入り、米ソ冷戦時代に比べて頼れなくなってきている、ということですね。
柳澤:その通りです。
領域警備法はグレーをブラックにする
話を防衛大綱に戻します。①日本の自主防衛力が必要であるならば、その整備目標を大綱に書き込むべきと思います。どのような要素が重要ですか。
柳澤:自衛隊の役割を、政治が限定的に定義する文言をいれるべきと考えます。軍事的な脅威が何であるかを特定して、それに対処する能力を定め、その不足分を補う--というロジックで考えると、不足分が膨大すぎて書き尽くすことはできません。中国の防衛費の伸びは大きく、5年に一度、海上自衛隊を創設しているような規模です。一方の日本は、2~3隻の護衛艦を建造するのが手一杯の状況。
なので、「自衛隊の役割は〇〇まで。それを超える戦争が起きないよう、かつ起こさないよう、政治がコントロールする」--という文言を書き込むよう発想を改めるべきです。
その場合、防衛大綱ではなく「国家安全保障戦略」で定めるべきでしょうか。2013年12月に、国家安全保障に関する外交政策及び防衛政策に関する基本方針を定めるものとして、安倍政権が策定しました。
柳澤:本来ならそうあるべきでしょう。しかし、現行の国家安全保障戦略が自衛隊の役割を規定していない以上、防衛大綱で規定せざるを得ないと思います。
①日本の自主防衛力に関する質問を続けます。領域警備法の必要性について伺います。尖閣諸島を日本が自分で守るためには、グレーゾーン*5をなくし対応するための法整備が必要ではないですか。
*5:自衛隊が出動すべき有事とは言えないが、警察や海上保安庁の装備では対応しきれない事態
柳澤:私は必要とは思いません。尖閣諸島を「力で守る」のは不可能だと思います。仮に取られても、1回や2回は取り返せるでしょう。しかし、相手だって、3回、4回と繰り返し取りに来ます。いつまでも終わることのない不毛なやりとりを続けるしかありません。
警察権を行使する海上保安庁で対応できる部分(ホワイト)と、自衛隊が武力行使しなければ対応できない部分(ブラック)があり、この間に溝(グレー)がある。ここを自衛隊が遅滞なく対応できるようにする、つまりグレーをブラックにするのが領域警備法です。私はグレーゾーンをブラックにするのではなく、グレーをグレーのまま抑えることが大事だと考えます。それには、シームレスに対応するのではなく、政治が介入してシームをあえて作ることが必要です。
領域警備法に賛成する人々は「海上保安庁で対抗できないケースには、自衛隊がシームレスに対応します。だから安心です」と主張しますが、私には言わせれば「だから心配」なのです。本来は、政治の力で、グレーの度合いを薄め、ホワイトに近づけるべく努力をすべき。
そもそもの問題として、中国は尖閣諸島を領有しようと考えているでしょうか。私は彼らがそれを政治目的にしているとは思いません。事の起こりは、民主党政権が2012年に下手くそな国有化をして、中国のメンツをつぶしたことです。中国はつぶされたメンツを回復するため、日本の実効支配と同程度の実効支配を確立したいのでしょう。だから海上保安庁に相当する法執行機関である海警の艦船を派遣しているのです。「島を取り戻したい」というのとはちょっと異なると思います。
日本にステルス戦闘機は本当に必要か?
自主防衛力強化の一環として敵基地攻撃能力*6が議論の俎上に載る機会が増えてきました。柳澤さんは、これについてどう考えますか。
*6:北朝鮮が発射を意図する弾道ミサイルを最も高い確率で迎撃できるのは、発射台に設置されたとき、もしくは発射直後で飛行速度が遅い段階。このタイミングを突いて攻撃する能力のこと
柳澤:導入することになる長距離射程の巡航ミサイルは、化学兵器使用疑惑が生じた時にトランプ政権がシリアを攻撃した“あのミサイル”です。言葉どおりの「攻撃能力」。これを配備すれば、周辺国に脅威を与えることになってしまうのではないでしょうか。それは、相手に先制攻撃の口実を与えることにもなりかねない。
敵基地攻撃能力を備えることで、日本を攻撃するミサイルを100%防ぐ効果があるならば議論する価値もあるでしょう。しかし、日本は相手のミサイル基地を探し出す能力を持っていません。価格対効果比で見てペイしません。
けっきょく、気休めにしかならないのだと思います。繰り返しになりますが、相手がそうしたミサイルを使いたくなる動機を作らないことがより重要だと考えます。
同様に、F-X(次期戦闘機)はどのように進めるべきでしょう。現行の支援戦闘機「F2」の後継として、2030年をめどに導入することになっています。
柳澤:最新鋭のものを導入したいという現場の気持ちはわかりますが、やはり価格対効果比を考える必要があります。航空自衛隊の役割は日本の防空です。それを考えた時、最新のステルス性能が必要でしょうか。領空侵犯する意図を起こさせないためには、ステルス性がない飛行機で、こちらの存在を明示したほうが有効と考えることもできます。
そのように考えると、高いステルス性を持ち、敵地に侵入して攻撃できる特性を有するF-35*7が本当に必要だったのでしょうか。日本の防衛産業の技術力を維持・向上させるべく日本企業の参画可能性を考えあわせれば、ユーロファイター・タイフーン*8の方が適していたかもしれません。
*7:米ロッキード・マーチンが開発したステルス戦闘機。航空自衛隊がF-4の後継として42機を導入する計画が決まっている。最初の4機を除く、38機が日本の工場で組み立てられる
*8:ユーロファイター社が開発した戦闘機。F-35、米ボーイングが開発したF/A-18Eとともに、F-4後継の候補に上った
また防空という日本の用途に特化したものを作る前提であれば、日本が独自に開発する選択肢もあってよいと思います。
F-35を導入するのではなく、F-4を使い続ける選択肢もあったのでしょうか。
柳澤:それはさすがにないでしょう。F-4は60年代に登場したもの。いかんせん古すぎます。
日本製防衛装備に競争力はない
最後に防衛装備の海外移転についてお伺いします。政府は2013年12月に防衛装備移転三原則を策定し、一定の条件を満たせば防衛装備の海外移転が可能になりました。
柳澤:まず、安倍首相は大国外交を指向しているように見えます。新幹線、原発、そして兵器を外国に提供し、その国の根幹に関わるインフラを抑えることで日本の影響力を高めようとしている。しかし日本は大国ではありません。国民も大国指向を支持するでしょうか。私は、あまり大国ぶらないほうが良いと考えます。
防衛装備の海外移転は、防衛産業を振興する産業政策としても効果があるとは思えません。日本が開発する防衛装備にそもそも競争力があるでしょうか。まず、価格が高い。それに見合う性能があるか。さらに、「実戦での使いやすさ」「戦場での壊れづらさ」が提供できません。「売れるモノ」にはなっていないと思います。
日本は戦後、戦争したことがないからですね。
柳澤:その通りです。日本と同じ境遇なり、同様の防衛構想を持つ国が、日本製装備を必要とするケースはあり得ると思いますが……。その市場は決して大きくなく、防衛産業の振興にもたいして役に立たないでしょう。民生品と異なり、中国に部品の製造を発注しコストを下げることもできません。
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