安全保障の最前線にありながら、劣化が目立つ日本の防衛産業。技術力やイノベーションの源泉にもなり得る同産業を復活させるにはどうすればいいのか。民主党政権で防衛相を務めた森本敏氏は、防衛産業を生き返らせるための3つの方策を示す。
(聞き手:森 永輔)
日本の防衛産業が抱える課題は何か。
森本敏・元防衛相(以下、森本氏):売り上げと利益を自衛隊からの受注に大きく依存していることだ。その受注額はせいぜい年に2兆円。利益は産業全体の数%にとどまる。そもそも規模が小さく、もうかる事業とは言えない。
海外移転や技術開発によって事業を盛り上げる策が考えられるが、プライム契約者となる大手企業でもその意思決定は難しい。それぞれの企業の事業ポートフォリオの中で防衛事業の割合は10%にも届かず、企業内で十分な発言権がないためだ。
森本 敏(もりもと・さとし)氏
1941年生まれ。防衛大学校を卒業した後、防衛庁(現・防衛省)に入庁。77年、外務省アメリカ局安全保障課に出向。79年に外務省に入省し情報調査安全保障政策室長などを歴任。2012年に民主党政権で防衛大臣。現在は拓殖大学顧問を務める。(写真:加藤 康、以下同)
こうした中で、最近は米国からFMS(注)で調達する装備が増え、国内の防衛産業への発注額が減っている。この産業の大半を占める中小企業では、技術者が辞めてしまったり、企業そのものが破綻の憂き目に遭ったりする状況が生じている。
(注):FMSは「Foreign Military Sales」の略で「対外有償軍事援助」と訳される。米政府が安全保障政策の一環として、武器輸出管理法に基づいて同盟国に装備品を有償で提供する仕組み。米政府と同盟国政府が契約の主体となる。
ただし、FMSにもメリットはある。非常に機密度の高い最高性能の装備が手に入る。国産で調達できなければ、FMSで調達するしかない。これは防衛力の根幹に関わる。
他の国の防衛産業も同様の苦境を経験してきた。これを企業統合によって乗り越えた。
かなわなかった、次期戦闘機をてこにした産業再編
統合は日本ではどのような状況か。
森本氏:進んでいない。艦船の分野だけは若干進んでいる。もともとは日本鋼管(現JFEホールディングス)、日立造船、IHI、住友重機械工業が営んでいた造船事業をまとめてジャパン マリンユナイテッド(JMU)に統合した。今はJMU、三菱重工業、川崎重工の3社体制に集約されている。
次期戦闘機「F-X」の開発のために特別目的会社(SPC)を設立する構想があったが、実現しなかった。いかに人を集めるか、開発が終わった後に集めた人をどう処遇するか、がネックとなった。この会社に発注を継続できる保証もない。航空機産業を再編する最後のチャンスだと思っていたので残念だ。
抗電磁波のゲームチェンジャー技術を開発せよ
政府や防衛産業が今すべきことは何でしょう。
森本:防衛産業を生き返らせる方策は大きく3つある。(1)技術開発の促進、(2)防衛装備移転三原則をめぐる戦略の再策定、(3)防衛産業の統合だ。
(1)の技術開発で重要なのは、ゲームチェンジャーとなる技術を開発することだ。戦闘の要素を変えるような技術。米国はここに力を入れている。日本が代替するものを持っていなければ、FMSによる装備調達が今後さらに増えることになる。
日本がゲームチェンジャーとなる技術を獲得していれば、諸外国と共同開発をする際に有利な立場を築くためのバーゲニングパワー(交渉力)にできる。例えば有望なのは抗電磁波の技術だ。北朝鮮や中国が電磁波攻撃の能力を高めており、日本の艦艇とか航空機の機能を一瞬にしてゼロにする力を身に付けつつある。これに対抗する技術を民間企業が開発し、諸外国との共同開発に取り組む際のバーゲニングパワーに結びつけることができれば理想的だ。
(2)の防衛装備の移転はどうすべきか。
森本:まず、戦略を再構築し、明らかにする必要がある。新戦略に盛り込むべき最も重要な要素は、アジア地域の平和と安定のために、日本がどのような装備や技術を移転することができ、それによってこの地域の国々がどのようなメリットを得られるか、を示すことだ。現在は、東南アジア諸国を回り、その要求を聞き、どの程度応じられるかを検討する段階にとどまる。これでは戦略的とは言えない。
日本発の戦車エンジン技術が中東紛争国に?
同時に、日本の原則を明確に示すことも重要だ。
防衛装備移転三原則が定められる前のことだが、次のようなことがあった。2013年5月に安倍晋三首相(当時)とトルコのエルドアン首相(現大統領)が首脳会談し、トルコが開発する戦車向けのエンジンを共同開発する案件が浮上した。トルコはこの戦車を輸出する意向を示した。
これに対して日本は、同三原則でも国連安保理決議に基づく義務に違反する国や紛争当事国への移転を禁じており、第三国移転について事前の同意を相手国政府に義務付けることにしている。トルコ側はこの戦車を中東紛争当事国に輸出することも考えていたという。日本としては受け入れられないことだった。
移転の案件をオールジャパンで進める体制の整備も、新たな戦略に盛り込むべきだ。防衛装備の移転は企業の努力だけではなし得ないことが数多くある。例えば、オフセット要求への対応。防衛装備の取引では、購入する方の国が“埋め合わせ”の取引を要求するのが一般的だ。例えば工場の設置、インフラの開発などを求める。
防衛装備の取引に巨額の資金が必要となる場合は、ファイナンスの道を整える必要がある。例えば国際協力銀行(JBIC)との協議が必要になる。
装備の移転が決まれば、防衛装備の使用法をトレーニングするため自衛官を現地に派遣する、もしくは相手国の兵士が日本に派遣されることになるだろう。このための人員のアサインはもちろん、彼らの身分や権利を保障するための協定が必要になる。その前に日本として安全保障協力法のような根拠法が必要だ。
これらはいずれも政府でなければ対応できない。
(3)の事業の統合はどのように進めるのか。
森本:既存の防衛装備は難しいかもしれない。しかし、無人機や衛星コンステレーション(多数個の人工衛星を協調動作させるシステム)など新たな分野で、特別目的会社などを作ることは考えられる。衛星の打ち上げは、民間企業が個々に打ち上げるのでなく、官・財・学で協力する。政府がそれを資金面でバックアップする。
衛星コンステレーションは日米で共同運用できるようにするのが好ましい。国家として利益がある取り組みだからだ。
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42件のコメント
護民官ペトロニウス
猫
>別の弱みを握っていて、それで売ってくれなくなることは無いと言える何かを持ち続けられるなら、買うのはアリだと思う。
>しかし、日本にそんなものは無いように思う。
かつてはあったね、戦闘機用のアフターバーナ付低バイパス比ターボファンエンジン
。
...続きを読む昭和の末に行われたFS-X選定にあたり、本邦は国産案を提示した。
でも、エンジンがコメリカさんはGEのF404だったんだよねー。
で、巨額の対日貿易赤字を抱えていたコメリカさんから供与を拒否された。
「ざけんじゃねーよ、てめー。こっちから散々銭まきあげいるのに、国産機開発の上エンジンのライセンス生産だと、おとなしくコメリカ製の完成品生産の戦闘機を買えや、ゴルァ」(意訳)
で、政治的な妥協の産物として生まれたのが現在のコメリカさんとの共同開発のF-2戦闘機。
ただ、コメリカさんがそれで諦めたかといえばそうではなくてな。
「日米共同開発? 犬にやるソースコードはあってもおみゃーにやるソースコードはにゃーだで!」(意訳)という事態となった。
結果どうなったかといえば、「こんなこともあろうかと」と技本等が独自開発していたソースコードを搭載したF-2が進空しましたとさ。
マァ年寄りが知ってる昔話でございますよ。
護民官ペトロニウス
猫
>抗電磁波の技術開発を官民が協力していくべきですね。中国はそういう技術に対して迷わずに資金と人材を投入する国ですから、対抗していかないとバランスがどんどん悪くなってしまいます。
最近の総火演の動画とか見た事あります?
https://w
ww.youtube.com/watch?v=VFF7RliZUbI
...続きを読む後段演習で本邦の電子戦部隊が登場しますよ。
多分、2014年のロシア軍によるクリミア侵攻(ロシア軍の電子戦によりウクライナ軍が無力化されました)を切っ掛けに、本邦には備えがあるとアピールする必要があると陸自が判断したんじゃないかな?
2,3年前、いきなり登場してアレレと思ったものだ。
護民官ペトロニウス
猫
>でも、この連載記事で出ていた救難艇なんかは米軍には無いからダメですね。ま、そういう装備は諦めてもらうという方向で(^_^;)
装備は諦めて良いのかもしれないんだけどさ、なんで本邦が救難飛行艇なんてけったいな代物を装備しているかご理解され
ているのかな?
...続きを読む本邦は世界的にみても極めて広大な経済海域を保有している。海自の哨戒機はその経済海域を哨戒する必要があるのさ。
なぜに哨戒する必要があるかと言えば、まずは怪しげな艦艇、船舶が侵入していないかを文字通りの意味で「哨戒」する必要があるから。
次に「哨戒を行うという行為」により、「当該海域」が本邦が支配しているという"プレゼンスを誇示"するためだ。
さて、哨戒機には何人もの専門教育を受けた海上自衛官が搭乗している。
事故、あるいは敵対勢力からの攻撃(例えば、奄美沖で自爆した北朝鮮の工作船にはロシア製の携帯地対空ミサイルが搭載されいていた)で墜落した場合、「誰」が「どのように」海自の搭乗者を救助出来るんだい?
墜落した海自の哨戒機の搭乗員には親もいればパートナーや子供、曹の階級なら孫がいたっておかしくない。
救難飛行艇があれば搭乗員を救助し、彼ら/彼女らのもとに生存者を送り返す事が出来る。
諦めて良い問題なのかね?
ぱりんちょ
ここまで研究機関、研究者を痛めつけて、もう今後日本が技術で影響力を持てる可能性は限りなく低い。そんな夢物語はあきらめて、三等国日本の生き方を模索するほうが有意義だと思う。
護民官ペトロニウス
猫
>ここまで研究機関、研究者を痛めつけて、もう今後日本が技術で影響力を持てる可能性は限りなく低い。そんな夢物語はあきらめて、三等国日本の生き方を模索するほうが有意義だと思う。
2030年代には第6世代の戦闘機を自主開発できる国が三等国とかな
んの冗談だい?...続きを読む世の中には、第4.5世代戦闘機(本邦で言えば四半世紀前に制式化されたF-2に相当する機体)を2030年代に実用化しようって自称先進国サマがいらっしゃる。
そもそも戦闘機の自主開発が出来る国なんて西側の先進国でもごく限られた国だぞ。
本邦はその数少ない国の一つだ。
それが三等国だって?
寝言は寝てからいいなよ。
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