もろみが出来上がったら、次は「上槽」(じょうそう)という工程をおこないます。
「上槽」とは
上槽とは、アルコール発酵が終わり完成したもろみから、液体部分を搾り出す作業のことを言います。搾り出された液体が原酒となり、残った固形物が酒粕となります。
最終段階のもろみは、白濁した状態になっています。このままでは、法律上、日本酒とは認められません。酒税法上、日本酒は「清酒」と呼称されています。
実は、清酒を名乗るためには、いくつかの条件を満たさなければなりません。
その条件とは、
① 必ず米と米麹を用いること
② 必ず濾すこと
③ アルコール度数が22度未満であること
この3点をクリアして、初めて日本酒が誕生するのです。
②の「濾す」という条件を満たすために必要なのが、ここでご説明する「上槽」というプロセスです。上槽のことは、「搾り」と呼んでいる酒蔵も多いようです。
上槽のタイミングの見極めは、杜氏の腕にかかっている
この上槽をいつおこなうか、というタイミングを決めるのは製造責任者である杜氏です。酒質に多大な影響を与える、きわめて重要な工程だからです。
杜氏は、日々変化していくもろみの状態を確認するために、視覚的なチェックとともに、酒質検査を毎日おこないます。
酒質検査では、日本酒度とアミノ酸度を計測します。この計測の目的は、アルコール発酵の進み具合を確認するためです。
アミノ酸度は、言わば酵母の元気度を知るバロメーター的な存在。アミノ酸度の数値が高い=酵母が弱っていることを表します。
杜氏は、これらアミノ酸度と日本酒度、そして泡の状態を目で確認しながら、目的の酒質に仕上げるためにベストな上槽のタイミングを見極める技量が求められます。まさに、杜氏の腕の見せ所、面目躍如ですね。
上槽の一般的な方法
上槽はどのタイミングでおこなうかも重要だと先ほど述べましたが、どの上槽方法を選ぶかもとっても大切なポイントです。日本酒の味わいは、上槽方法によって変わってくるからです。
上槽のやり方には、さまざまなものが存在します。ここでは、代表的なもの3種類についてご紹介します。
① 自動圧搾機による搾り
全国の酒蔵でおこなわれている、もっとも一般的な方法が、自動圧搾機を用いるやり方です。
この自動圧搾機は、通称「ヤブタ」と呼ばれる、布をかぶせた板が何層にもなっている機械を用いることが多いです。巨大なアコーディオンカーテンのようなものをイメージするとわかりやすいでしょう。
私も、これまでにいろいろな酒蔵を見学させていただいていますが、ほぼどこの酒蔵にも必ずと言っていいほどヤブタがありました。ちなみに、自動圧搾機がヤブタと呼ばれる所以は、藪田産業というメーカーで製造されたものが多く使われているからです。
ヤブタの使い方ですが、まず上部からもろみを注入します。それを横方向から空気圧をかけていくと、板が押されて、前方の槽口(ふなくち)と呼ばれるところからお酒が搾り出されるという仕組みです。
大量のお酒を効率良く絞ることができ、また、時間も短くてすむことから酸化を防止できる点が大きな利点とされています。
ところで、近年では冬だけでなく、一年を通してお酒造りをおこなう酒蔵が増えています。そして、地球温暖化の影響もあって、秋や春の気温が高くなる傾向にあります。
暖かくなると、こわいのはカビや雑菌の発生の増加です。特に長期にわたって使うヤブタはカビの温床になりやすいため、真冬と同じくらいの寒い状況を作ってあげることが必要になります。
そのため、ヤブタを0℃~3℃くらいの冷蔵庫に収納し、秋でも春でも真冬と同じくらいの気温に置いておくなどの工夫をしている酒蔵も多いようです。
② 槽(ふね)による搾り
もっとも伝統的な昔ながらの上槽の方法が、この「槽」を用いるやり方です。槽とは、舟の形をした木製の容器です。
ここに、もろみを3リットルくらい詰めた酒袋を並べて、横にして積み重ね、初めは自重で、その後ゆるやかに上から圧力を加えて搾っていきます。
槽を用いると、かかる圧力がヤブタほど強くないため、大吟醸酒のようなデリケートなお酒を搾るのに適しています。
ただ、ヤブタのように大量のお酒を素早く搾ることはできません。また、酒袋を重ねていくには職人の技術が必要になります。
そして搾る時間がヤブタよりも長くかかるため、お酒が酸化しないように注意を払わなければなりません。
③ 袋吊り
もろみを詰めた酒袋を20~30袋くらいタンクの中に吊るし、圧力をかけることなく、自然の重力だけで滴り落ちてくる「雫」(しずく)の部分を採集する方法です。
非常に手間も時間もかかるため、主に鑑評会に出品するものや、限定の大吟醸酒など、最高級品の上槽に用いられるやり方です。
このきわめてデリケートな搾り方をすると、お酒として必要な成分のみが抽出され、不要な雑味などは一切お酒に出てきません。
香り、味わいともに本来のポテンシャルを存分に表現でき、透明感のあるクリアで繊細な味わいに仕上げることができます。ちなみに、搾りきれずに酒袋に残ってしまったもろみは、別のやり方を用いて搾られるそうです。
ところで、この上槽方法は、「袋吊り」以外にもさまざまな名称で呼ばれることがあります。
まずは「袋搾り」。酒袋を使って搾るからですね。そして、「雫酒」。滴り落ちる雫を採集することからこう呼ばれます。
また、「斗瓶囲い」や「斗瓶取り」と呼ばれることも。斗瓶(とびん)とは、18リットル、つまり一升瓶10本分が入る瓶のことを言います。タンクから出てきたお酒を入れる容器としてこの斗瓶を用いることから、このような呼ばれ方をします。
また、酒蔵では「首吊り」と呼ぶところも多いそうです。これは、酒袋の首部分を縛ってヒモで吊るすことからそう呼ばれるようになりました。ちょっと怖い表現ですが、もしかしたらこの呼び方がいちばんイメージしやすいかもしれませんね。
このように、同じ上槽方法であるにもかかわらず、どこの部分に着目するかでいろいろな名称が用いられています。慣れないうちは、ちょっと戸惑いますよね。
酒屋さんに行ってラベルを見ると、ここでご紹介したさまざまな呼び方のバリエーションが表記されているので、高級な日本酒を扱っているお店に行くことがあれば、是非チェックしてみてください。
「にごり酒」と「どぶろく」の違いとは?
近年、注目度が上がっている「にごり酒」。甘酒のような、ちょっとヨーグルトのような、とろっとしたビジュアルと舌触りが魅力なお酒ですね。固形部分が多めに残っているのは、目の粗い布などを用いて搾っているためです。
ところで、「にごり酒」と「どぶろく」の違いをご存知でしょうか?この2つを混同している人は多いようですが、実は似て非なるもの。
「にごり酒」は酒税法上で日本酒(清酒)として扱われますが、「どぶろく」は日本酒(清酒)ではなく、「その他の醸造酒」あるいは「濁酒」として扱われています。
その理由は、「どぶろく」は上槽をまったくおこなっていないから。そのため、先ほども述べた日本酒(清酒)と認められるために必要な「濾す」という条件を満たしていないとして、このように分類されるのです。
「にごり酒」の歴史は意外と浅く、日本で最初に造られたのは、1964(昭和39)年。増田徳兵衛商店(京都府京都市)が誕生させたものが、にごり酒の元祖と言われています。
もろみを濾す工程をクリアするために、上槽にどういった道具を使うかは試行錯誤の繰り返しだったそうです。
最終的にたどり着いた方法が、網目2ミリの竹かごをタンクに入れ、もろみを取り出すというやり方でした。国税局からのお墨付きも得られ、無事商品化に成功しました。
竹かごで作っていた網は現在では金属製にこそ変わりましたが、誕生より50年以上たった今もなお同様の製法で造り続けています。
ほかにもある、個性的な搾り方
~最新技術を駆使した「遠心分離機」搾り~
「遠心分離機」と言ってもピンとこないかもしれないかもしれませんが、イメージとしては洗濯機の脱水を連想するとわかりやすいかもしれません。1分間に約3,600回転という遠心力をかけて搾ることで、お酒と酒粕に分ける機械です。
もろみの上槽用の遠心分離機を製造するのは、世界で一社のみ。それが株式会社コクサン(東京都台東区)です。
秋田県総合食品研究センター・醸造試験場からの依頼を受けて共同開発し、2005(平成17)年に特許を取得しました。正式な製品名は「吟醸もろみ上槽システム」。
現在造っているのは、35リットル用の「H-132G1H(S)」と60リットル用の「H-132I1H(S)」の2種類です。導入している蔵元は全国で10社程度とのこと。ちなみに価格はと言えば、数千万円レベルだそうです。
遠心分離機を使うと、圧力ではなく遠心力で搾るため、もろみにストレスがかからず劣化や酸化を防ぐことができます。ステンレス製のため酒袋など布本来のにおいも付きません。
また、上槽にかかる時間も短くてすみ、密閉空間で搾るため、吟醸香を飛ばさずお酒の中に残すことが可能となります。そのため、現在考えられうる中でいちばん理想的な搾り方とも言われています。
もっとも、このようなさまざまなメリットがある一方で、デメリットも少なくありません。それは、まず価格の高さです。
一台数千万円もするために、特に小さな規模の酒蔵ではなかなか手が出せないでしょう。導入した場合は、イニシャルコストがお酒の価格に反映されるので、必然的に商品価格は高額になってしまいます。
また、一回につき搾れる量も少ないという難点もあります。さらには、酒粕がのり状になってしまうために、機械のメンテナンスに手間がかかるという点も挙げられます。
このような事情があることから、高品質のお酒を搾るための究極の機械とわかってはいても、導入に踏み切る酒蔵はまだなかなか増えていないようです。
この遠心分離機を、日本で初めて商業ベースで導入したのは、あの旭酒造(山口県岩国市)です。「獺祭」ブランドでおなじみの超有名蔵ですね。フランスやアメリカなど海外にも積極的に進出しているので、外国人にもよく知られています。
また、遠心分離機を導入している酒蔵が全国的にも少ない中、酒どころの新潟県ではいくつもの酒蔵が積極的に導入しています。
新潟県の中でもっとも早く導入したのは、千代の光酒造(新潟県妙高市)です。「千代の光 純米吟醸KENICHIRO 遠心分離にごり酒」は、遠心分離機の回転数を一分間1,800回転とおよそ半分に抑えることによって、にごりの粒子を含ませるようにしてあるそうです。春の淡雪を思わせる上品な果実香とクリーミーな味わいが人気を集めています。
ちなみに、この「KENICHIRO」は、2015年に誕生した新ブランドで、通称「K」シリーズと呼ばれています。手がけるのは次期蔵元の常務取締役・池田剣一郞さんです。銘柄に自分の名前を冠するあたり、強い意気込みが感じられますね。
また、北雪酒造(新潟県佐渡市)も、遠心分離機を用いて搾ったさまざまな日本酒を世に送り出しています。「北雪(ほくせつ)大吟醸 遠心分離」は、もろみの持つ旨味をそのままに抽出しており、大吟醸ならではのフレッシュな芳香と繊細な味わいが秀逸です。
~伝統にこだわり続ける「撥ね木搾り」(はねぎしぼり)~
最先端のテクノロジーを駆使した遠心分離機とは反対に、いくつかの酒蔵がこだわり続けている伝統的かつ個性的な上槽方法があります。それは、「撥ね木搾り」と呼ばれる手法です。
この撥ね木搾りをおこなっている酒蔵は、吉田屋(長崎県南島原市)や白糸酒造(福岡県糸島市)など、今ではわずかしか残っていないそうです。
撥ね木搾りとは、てこの原理を応用した圧搾による上槽の手法です。約8メートルもの巨大な一本の木を天井から吊るし、その重みとてこの原理を利用して微妙な圧力をかけて、ゆっくりと丁寧に搾り上げていきます。
具体的には、まず酒袋にもろみを詰めて、槽の中に並べます。その上から蓋をし、撥ね木を用いて圧力をかけて搾り出します。その後、さらに500キロ~1トンもの重石を乗せ、じっくりと搾り上げるというやり方です。
機械による搾りでは出せない、とってもまろやかで、独特なふくよかさを持った味わいのお酒に仕上がるのが、この撥ね木搾りの魅力。まさに、惜しまぬ手間と深い愛情によって結実した、「魂の一滴」とも言うべきものでしょう。
吉田屋のホームページ(http://www.bansho.info/hanegi/index.html)では、撥ね木搾りが具体的にどのようにおこなわれているのかを映像で公開しています。もっと詳しく知りたい、実際に見て確認してみたい、という方は是非チェックしてみてください。
上槽の段階で変わる呼び方
槽や袋吊りの手法で搾った日本酒は、上槽のどの段階で出てきたかによって、呼び方が変わってきます。また、同じタンクから搾ったにもかかわらず、味わいにも差が表れます。
ここでは、出てきた順番に沿って、ご説明していきます。
① あらばしり
搾りの初めのうち、圧力をかける前に出てくる部分を「あらばしり」と呼びます。名前の由来はその「荒々しさ」から。
薄くにごっており、アルコール度数は若干低めです。ワイルドでフレッシュな味わいと、華やかな香りが魅力です。
② 中取り(なかどり)
あらばしりの後、少しずつ圧力を加えていくと、次第に透明な液体が出てきます。この透明な部分を「中取り」と言います。
香味のバランスにすぐれており、もっとも良い部分とされています。鑑評会には、この部分だけを取り出して出品することも多いようです。
「中汲み」(なかぐみ)、「中垂れ」(なかだれ)などとも呼ばれます。キレイな味わいを重視するなら、この「中取り」がおススメです。
③ 責め
中取りが出終わると、次に圧力を強めて搾っていきます。こうして出てくるお酒の部分を、「責め」と呼びます。この部分は、大吟醸などの高級酒にはあまり使われていないようです。
「あらばしり」や「中取り」に比べると、雑味が多いのですが、濃厚で力強い味わいが楽しめます。また、3つの中でもっとも高いアルコール分を含んでいます。
「あらばしり」はその個性ゆえに、ディープでコアなファンも少なからず存在します。そういったマニア垂涎の、責めの部分だけをブレンドした日本酒を造っている酒蔵もあります。
飯沼銘醸(栃木県栃木市)の「責めブレンド/うしろ姿 無濾過生原酒」や、三芳菊酒造(徳島県三好市)の「残骸 責めブレンド 無濾過生酒 純米吟醸」などが代表格。なかなかお目にかかることの少ないレアものなので、もし見つけたらトライしてみると楽しいと思いますよ、
ちなみに、たいていの日本酒は、「あらばしり」「中取り」「責め」が混ざり合っています。また、厳密な規定はないため、どこまでを「あらばしり」と呼ぶかなどは、酒蔵によって微妙に異なるようです。
酒粕のあれこれ
上槽の後に残るのが酒粕です。栄養分が豊富で美容効果も期待できるとあって、ここ数年、女性を中心に「酒粕ブーム」なる現象も起きています。
酒粕をお料理にちょっと足したり、酒粕パックにしたりと、活用方法はさまざま。また、酒粕をお湯に溶かして甘味を足せば、飲む点滴とも言われる甘酒を簡単に作ることもできます。
酒粕とひとくちに言っても、実は形状や製法によって種類はいくつもあります。ここでは、代表的なものをご紹介しますね。
① 板粕
スーパーでよく売られている、四角い板状の酒粕を「板粕」と言います。いちばん一般的なものですね。
上槽の際に自動圧搾機を使うと酒粕が板状となって残るのですが、これをヘラではがし、カットして商品にしたものです。そのままでは固いため、水でふやかしたりして使用します。
② ばら粕
吟醸酒の搾りかすや、自動圧搾機からこぼれたものなど、柔らかすぎて板状にならなかった酒粕を集めたのが「ばら粕」です。
品質としては板粕と変わりませんが、板粕よりも柔らかく溶けやすいのが特徴です。
③ 練り粕
酒粕を練り合わせて、柔らかいペースト状に加工したものを「練り粕」と言います。
ばら粕よりもさらに溶けやすいため、野菜や魚を漬けたりなどお料理用によく使われます。
④ 踏込粕
酒粕を半年ほど熟成させたものを「踏込粕」と呼びます。長靴などで踏み込んで空気を抜いていたことから、このような名前が付けられました。
地方によっては、「踏込粕」、「土用粕」、「押し粕」などと呼び名が変わるようです。
茶色あるいは黄金色をしており、甘味やコクが強いのが特徴です。奈良漬けなどの漬け物によく使われます。スーパーで「漬物用」として売られている茶色い酒粕を見かけたら、それは踏込粕です。
酒粕は一年中売られていますが、ベストは新酒が出回りはじめるシーズンです。1月~4月の間に出回る酒粕は、フレッシュで栄養価も高いのが嬉しいところです。
酒粕はスーパーや酒屋さんでも買えますが、酒蔵から直接購入すればなお良いでしょう。さらに鮮度の良いものを手に入れることができるので、おススメです。