「こんばんにゃー」

　学力王決定戦が終わってから一日。

　わたしは企画明けということもあって雑談配信を取ることにした。

「え、こんばんにゃーって久々？　またまたご冗談を」

「えーマジか、もっと言ってると思ってた。まあ挨拶って面倒くさいから仕方ないよね」

　VTuberってよく自分の名前や語尾をもじって「こん〇〇」って挨拶をしたり、長々とした口上を述べたりするんだけど、活動にある程度慣れてくると一々言うのが煩わしくなるんだよね……。

　なんか羞恥心とは別の、わざわざ言わなくてもいいかという怠惰な心がそうさせてくるというか。

　見るとチャット欄は非難轟々の嵐だった。

　えぇ、そんなに「こんばんにゃー」って大事かな……。

「ご、ごめんって。次からはちゃんとこんばんにゃーって言うからほら、落ち着け」

　別に挨拶が必要な場ではちゃんと挨拶してるんだけど、どうやらVTuberの第一声気になる派閥がウチの配信には多いようだ。

「んで、まあ今日はね。学力王決定戦とかいうクソごほんごほん、素晴らしい企画が終了したということでみんなの感想でも聞こうかなって思ったわけよ」

「あ、あ、初見さんいらっしゃい！　ゆっくりしていってね！」

　やっぱりVTuberはリスナーひとりひとりに支えられて活動できているわけだし、こうやって他所から興味持って来てくれる初見さんは大事にしていかないとね！

「ごめえぇええん！！！　私が悪かった！！！！！」

　負けた腹いせにクソとか言って本当にごめん！

「うぅ、誠に申し訳ない……」

　こんな調子なのに今から感想雑談はじめて大丈夫なのか？

「と、とりあえず、みんなどうだった？　発表から二週間、色々あったけどまあまあいい成績残せたんじゃない？」

「うんうん、まずはお前ら私のこと褒めよっか？　あと謝れ？」

　始まるまではバカとかポンコツとか小学生レベルとか散々バカにしたくせに、終わってみればそこまででもという意見が多かった。

　いや、そもそもわたし現役高校生なんだからいくら学力低くても限度ってのがあるじゃん！

　あともっとおつかれーとかがんばったねーとか言ってちやほやしてほしい。

「天猫にゃんさんね。はいはい、まあ彼女も頑張ってましたね。いやでもあれでしょ、私にばっか難しい問題来てて簡単なのがあっちに行ったとかでしょ。つまり貢献度で言えば私が上ってわけ」

「やめろよそういうこと言うの！」

　ちょっとぐらい夢見させてくれても良いと思うんだが？

「個人さん多かったね今回。アスカちゃんもそうだしなぁちゃんもそうだし天猫もそうだし。というかアスカちゃんもなぁちゃんも私より先輩なんだよねよく考えたら……」

　VTuberのデビュー時期ってTwitter開設と動画投稿開始、最近では初配信と諸説あるから厳密にいつって判断しづらいんだけど、一応なぁちゃんは2017年12月から活動を始めていてアスカちゃんが2018年1月にデビューしているからふたりとも私どころか結構な数のVTuberの大先輩に当たる。

　そんなふたり相手に遠慮のない絡みをして貰ってるって、結構凄いことだなぁ。

「でっしょー。いや結構この界隈って企業しか見ないって人多いじゃん。まあその気持ちもね、分からなくもないよ。今の個人Vって結構数いるから選択肢が多すぎて誰見たら良いか分からないし。でもまだまだ埋もれてるだけで面白い人とかめっちゃいるんだよ個人って！　なんていうの？　チェーン店のハンバーガーもいいけど個人経営のハンバーガーもいいよねみたいな？」

「べ、別にオタクじゃないし……」

　企業VTuberが企業VTuberを語ると色々と文句を言う人が多いせいで、思わず個人VTuberについて熱の入った言葉を発してしまった。

　でもなぁ、もっとみんなには色んな人を見て欲しいよ。企業とか個人とかそういう偏見を抜きにして。

「キミたちホントに褒めてる？　褒めてる？？　さり気なく貶してない？？？」

　いや確かに一年前から考えたらコミュ障改善とか言ってデビューした自分が、見知らぬ他企業のVTuberとコラボするなんて凄い成長だけど！

　幾らなんでもNGとか出てないし謎の炎上もないし延焼もないし、てか尖ってるほうが魅力的ってそれ完全に見世物として面白がってるだろ！

「ま、まあ、私は優しいから許すよ。うん、やっぱリスナーあってこそのVTuberだからね。ウチの配信見に来てくれてるわけだからここにいる間は何しても許すよ」

「やっぱ前言撤回、私がルールだ」

　カチカチと一つずつ目に付いたチャットを消していく。

　流石にタイムアウト──しばらく書き込めなくするのは可哀想なので削除するだけだ。

「うるさいうるさいうるさーい！　ほら、本題戻るぞ！」

「学力王の感想だけど！？」

　ちゃんと配信タイトル見て来いよ！

「そう！　それなんだよ本当に。道徳って点数付けるもんじゃないでしょ普通！　だから負けたのは私がゼロ点取ったのが悪いんじゃなくて、道徳なんて出題した運営側に問題あると思うんだよね」

「た、ただの感想だから。ほら、出場者として忌憚のない率直な感想ってやっぱ大事だからね」

　やっぱり変に気を使って上っ面の感想を述べるより、悪いところは悪いと言って次回改善してもらうのがベストっていうか、ね。

　決して、決して負けた腹いせに文句を言っているわけではない。ホントだよ？

「お前らの方が散々なこと言ってるって自覚あるか？？？」

「他所で言わなくてもここ見てるやつが見たら黒猫のリスナーってゴミなんだなぁって印象抱くんだよなぁ」

　配信ってのはファンだけが見るわけじゃないからね。

　ウチのノリを他所で出さないからセーフ、と思われるかもしれないけど第三者や悪意を持った人間がチャットの発言を外部に持ち出して「黒猫リスナーはさぁ…」とか「あそこは民度最悪」って言ったりするんだよ。

　まあ、そんなこと一々気にしてたらキリがないけど！

「ちょっと？　悪意ある切り抜き招こうとしてない？？？」

　あくまで外から見た印象なんだけど。

「チームバランスは良かったね。ウチのとこ以外。てか私とレウェニアさんが同じチームだったらそれはそれで色々問題が、ね……」

「うわ、ありそう……」

　レウェニアさんは特に気にしてないのにファンが燃やしたがるとか、マジでありそうじゃん。

「まあ、そういう意味では天猫がチームでよかったね」

「やってもないことで文句言われるの理不尽すぎない？？」

　最近、やってないのにまるでやったみたいな幻覚を見ている人が多いと思う。

　VTuberオタクって強めの幻覚見がちだから仕方ないのかもしれないけど。

「あー、コラボね。なんか機会があったらやってもいいかもね。ただ、ほら、私から誘うとか出来ないから……」

　オタクって人と遊びたいくせに誘われ待ちが多いよね。

　なんかチラッチラッってアピールはするくせに、自分から声を掛ける勇気はないというか……うっ。

「あ、でもアスカちゃんとは近いうちになんかやりたいねーって話はしたよ。何するか未定だけど」

「その辺は追々って感じかな。あと、なぁちゃんは今度どっか遊びに行こって誘われたけど配信の予定とかはないかな」

　最初はもしかしたら社交辞令って可能性もあるし、あんまり期待しないで待っていようと思ったんだけど、ついさっきDMにDiscordのIDが送られてきて週末にでも秋葉原で遊ぼうって話になった。

　オフコラボとか抜きの完全にプライベートなお誘いだけど、こういうのもたまにはいいかもなぁって思ったり。

「天猫は……、うん。機会があればね機会があれば」

　デビューしてまだ二ヶ月の個人VTuberだからどう扱っていいのか、わたし自身まだ判断つかないし。

「とりあえず今からすることは、」

「はぁ！？　やなんだけどぉ……」

　一応、雑談配信のネタに使っていいということで当日用意された問題は一通り貰っている。

　それこそ時間の都合でカットされた問題も収められているのだが、せっかく二週間に渡る勉強地獄から抜け出したのにまた今から復習の時間が始まるのはあまりにも無限地獄過ぎないか？

「えっと、えっと、ほら、学力王の話はこの辺にしてこっからは個人VTuber語る配信とかにしない？　最近見つけた推しとか教えてくれると嬉しいなーって」

「耐久はやらないよ！！！！！」