街の文化を子どもたちに引き継ぐために。築100年以上の古民家を改修して暮らす
能登半島の中心部に位置する石川県七尾市。「この街の風景と伝統文化を守りたい」と築100年以上の古民家を購入し、大規模改修した森山さん夫妻。家とともに町の文化も次の世代へ引き継ごうと考えています。
写真はLDKから見た、伝統行事「人形見」が行えるギャラリースペース。「人形見」の際には正面の窓を外すことができます。外部に直接面しているため、障子、サッシ、格子戸を組み合わせて寒さ対策をリノベーションの際に行いました。
100年前の商家を購入し、面影を残しつつ快適にリノベ
森山さんの家 石川県 家族構成/夫37歳 妻37歳 長男3歳 長女1歳
設計/岡田翔太郎建築デザイン事務所
この家のこだわりポイント
柱や梁、建具なども極力残して改修土蔵に残された道具をインテリアなどに再活用伝統の祭り仕様の間取りと面影を感じさせる外観エネルギー効率を考慮して、断熱性、気密性をアップひときわ存在感を放つ外観。外壁は鎧壁と漆喰で仕上げ、購入時にはなかった格子戸を入れました。この格子戸の内側の部屋に人形が飾られ、町の人々にお披露目されるそうです。
玄関を入ると開放的な吹き抜けが現れます。2階の床を抜き、2階の壁も腰高にしているので外部からの明るい光が階下まで差し込みます。
町の風景と伝統の祭りを守る、社会的にも意味のある家
「100年前に建てられた町家づくりの古民家ですから寒くて暗いし、そのまま住むには厳しい。現代の暮らしに合うような快適な家に改修したかった」と話すのはこの町で生まれ育った森山さん。
「この町に古くから伝わる祭りを存続していくきっかけにもなる家にしたかったんです」
この街には重要無形民俗文化財にも指定された、青柏祭(せいはくさい)という古くから続く祭りがあります。祭りでは「でか山」と呼ばれる大きな山車(だし)に人形を飾ります。その人形を山車に乗せる前に、道行く人にお披露目する「人形見」という行事があり、その家は「人形宿」と呼ばれます。
「だからこの家の改修は、人形宿をいずれ受け入れるような家にしたかったんです」
とはいえ、これから住み続けるためには住宅の質を向上させるのも重要なテーマ。そのため建物は骨組みの状態まで戻した、大規模な全面改修となりました。
大きな課題は、暑さ寒さを緩和しエネルギー消費を抑えることと、家の中心部に光や風を通すこと。断熱処理や吹き抜けをつくることでこれらを克服し、可能な限り既存のものを生かして、昔の面影を残しながら祭り仕様の家に仕立て直されました。
「人形宿ができる家になったうえ、住宅性能も上がったのでとても満足です」
この家では土蔵の中に残されていた古い道具が日常生活にも生かされています。そんな暮らしぶりからもわかるように、この家では現代の生活に古いものが自然なかたちで溶け込んでいるのです。
昔の面影を残しながら、住宅としての質は担保する
中庭に面したDKは2室の仕切りを取り払って広々とした空間に。構造材や天井はそのまま残しながら、壁を珪藻土クロスで仕上げています。家じゅうを漆喰塗りにすると予算が膨らむため、空間ごとに漆喰とクロスに分けてコストコントロール。キッチンは使いやすいL字のオープンタイプ。
玄関のたたきは床を10㎝ほど下げ既存の柱が露出した部分は、上に合わせて塗装し直しています。
ホール正面の味わいある薬タンスは隣家の元薬局からゆずってもらったもの。上には友人の描いた書が飾られ、古さとモダンがバランスよく同居。
住宅としての機能性を上げて、子どもの代まで暮らし継げる家に
この建物はかつて旅館、その後は下宿屋や住宅として使われていて、その時代の名残でさまざまな増改築が繰り返されていました。
昼でもうす暗い1階の部屋に、細かく仕切られた2階の個室。昔は独立していた土蔵には、増築された部屋が連結しているような状態です。
森山さんは、改修設計を依頼した建築家の岡田翔太郎さんや地元の施工者と綿密な打ち合わせを繰り返しながら、地域のシンボルにもなるような古民家の改修を進めていきました。東に面した玄関は2階の床を取り払い大きな吹き抜けにし、格段に明るくなりました。壁全面には断熱材を充填し、その上を漆喰やクロスで仕上げています。
窓のない部屋にはトップライトを新設。古いまま残された柱や梁、天井との統一感を持たせるように、床には古材のような風合いに加工されたクリのフローリングを。道に面した部屋の外壁には格子戸をはめ込み、人形見が行える部屋に変更しました。
「土蔵に残されていた家具などもインテリアや収納に再利用しました」(森山さん)
こうして築100年を経た家は、この先100年でも住み継げる家へと変貌をとげたのです。「私も古い家で暮らすことへの抵抗はありませんでした。むしろ自然なことかなと思います。親戚や友人知人など様々な人が集まるこの家で、子どもたちにもいろいろな経験をしてもらいたい」と隣県出身の妻。
森山さんの古民家改修は、自分たちが快適に住むためだけではなく、地域の持続性にも貢献したいという、熱い思いが実現した家なのです。
新しく施工した部分にも古い家の質感と一体感を持たせる
最新式のキッチンで調理する妻と長男。「やはりキッチンは新しくて使い勝手のいいもののほうが便利ですよね」(妻)。
ギャラリーとダイニングに挟まれた居間。正面の造作工事でつくられたようなテレビ台として使っているタンスは、土蔵の中で見つけたものをはめ込んだだけ。「不思議なことに高さと左右がぴったり合ったんです。でも奥行きがちょっと不ぞろいで、奥に落ちてしまったおもちゃは取り出せない」のだとか。
現在は子どもの遊び場として使われている「人形見」ができるギャラリースペース。壁に設置された面出し本棚以外は置き家具。
居間から玄関ホールを見たところ。新しい建具などは既存の柱や天井の質感に合わせて統一感を出しました。DK、居間、ギャラリーが1列につながった間取りになっています。
柱も梁も天井も昔のまま。古くて新しい家で、子どもものびのび
2階のホール。長い廊下へと続きます。この家では床も既存のように見えますが、古材のように加工された新しいクリ材を使い、柱や天井の色味に合わせています。
内窓やトップライトで電力消費を抑制する
将来的には2室に分割できる子ども部屋。現在は1室空間で家族全員の寝室として使っています。子ども部屋として使うことを考慮して、壁と天井を珪藻土クロスに貼り替えました。
2室に分けたときはどうしても窓のない部屋ができてしまうため、その部屋にはトップライトを設けて自然光を落とし込みます。
東の廊下側の室内窓。その外側は既存の廊下になっています。廊下が空気層になっているので、夏の暑さも冬の寒さも和らぎ、エネルギー消費も抑制できます。
不要とみなされた古い道具もインテリアや日常生活で命を与える
何度かの改修で室内から出入りできるようになっていた土蔵の入り口。ガラスで仕切られ、土蔵の壁に掛けられた書がまるで現代アートのギャラリーのような雰囲気。
土蔵の中。広いうえ防音性にも優れているので、音楽室やAVルームなど様々な使い方ができそうです。
構造柱が表しになった2階の廊下。日本建築に見られる昔ながらの真壁づくりがよく分かる空間です。これほど長い廊下なら、子どもが走り回るのにも最適。
ダイニングの上にある2階の和室は、大きな用途変更はせずそのまま残しました。細かい意匠が施された味わいのある建具はそのまま使いながら、壁は珪藻土クロスに貼り替えています。ここは中庭に面した明るい空間。
来客時などに使用する2階の予備室。この部屋にはもともと窓がなかったので、新たにハイサイドライトを設けました。
間取り
DATA
敷地面積/239.76㎡(72.65坪)
リノベーション面積/283.27㎡(85.84坪)
1階/154.52㎡(46.82坪)
2階/128.75㎡(39.02坪)
用途地域/近隣商業地域
建ぺい率/80%
容積率/300%
構造/木造軸組工法
リノベーション竣工/2017年10月
素材
[外部仕上げ]
屋根/瓦葺き
外壁/杉板、漆喰、ガルバリウム鋼板
[内部仕上げ]
1階 床/クリ
壁/漆喰、珪藻土クロス
天井/既存現し、スス竹半割張り、クロス
2階 床/クリフローリング
壁/漆喰、珪藻土クロス
天井/既存現し、クロス
設備
厨房機器:TOTO
衛生機器:TOTO
窓・サッシ:YKK AP
設計/岡田翔太郎(岡田翔太郎建築デザイン事務所)
撮影/松井 進 ※情報は「住まいの設計2021年10月号」取材時のものです