【田中 世紀】実は日本人が、「他人を助けない不親切な国民」になっていた…! 世界で1番「人助けしない」人々?

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「日本人は、困っている人を助けるやさしい国民だ」――こういった主張はときどき聞こえてくるが、はたして本当なのだろうか? 新刊『やさしくない国ニッポンの政治経済学』から、様々なアンケート結果から見えた「日本人のやさしさ」について、一部編集のうえで紹介しよう。

日本人は他人を助けない?

海外に住んでもう10年以上経つので、外国人の知り合いから日本旅行のエピソードを聞かせてもらった経験がそれなりにある。概して日本はキレイで、現代と伝統のバランスがとれているなどと言われるから、こちらとしても誇らしい気分になる。

中でもよく耳にするのが、日本では落とした財布が返ってくる、というものだ。本当に財布を落としたのか、都市伝説的な噂話をこちらの気分をよくするために言っているのかは定かでないが、かなり多くの友人から聞いたことがある。

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他にも日本について美談を聞くことは多く、「アメリカと違って、震災や災害のあとに暴動や略奪が起きない」、「ボランティアが多く、人助けの精神が残っている」などは典型的なものだ。こうした話は、日本人の多くも耳にしたことがあるのではないだろうか。

だが、日本人の意識調査や行動動態の変遷を研究している私からすれば、こうした美談には違和感を覚えてしまう。本当に日本人は困っている人を助けるやさしい国民なのか?――残念ながら、答えは否だ。

例えば、先述した2019年の「世界人助け指数」によれば、「人助け」の項目で126ヵ国中、日本は最下位。「寄付」の項目では64位、「ボランティア」の項目では46位となっている。右のような美談に反して、こうした調査によれば、日本はどうやら「他人にやさしくない国」らしい。

こうした自分の信念とは違う話や事実を突きつけられると反論したくなるのが人の常で、天邪鬼の私もいろいろ反論を考えてみたくなる。例えば、考えられる一つの反論は、この調査団体の標本が一般的な日本人ではなく、たまたま「極端に他人にやさしくない日本人」を対象にした可能性があるのではないか、というものだろう。

しかし、残念ながら、こうした「他人にやさしくない日本」像は、他の多くの調査(異なる標本抽出法、異なる年次)でも一貫して見られるのだ。少し古いが、2007年のアメリカのピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の調査では、「政府は貧しい人々の面倒を見るべき」という項目に「同意する」と答えた日本人は、調査対象の47ヵ国中、最低の59%だった。

スペインが最高の96%で、ヨーロッパで日本とよく比較されるドイツでも、92%の人が「政府は貧しい人々の面倒を見るべき」だと答えている。日本人の4割は、自分自身が助けないだけでなく、政府も「他の困っている日本人を助けるべきではない」と考えているのだ。

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「見知らぬ人」にやさしくない

これでも納得しない人がいるかもしれない。例えば、日本人は「他の国と違う人助けをしている」可能性が考えられるだろう。日本特殊論者の私の母親が言いそうなセリフだが、日本人の人助けのやり方は他の国の人助けとは違うのだ、と。

確かに、「世界人助け指数」が元にしている質問の一つに「チャリティーに寄付したことがあるか」というものがあるが、チャリティーが盛んなアメリカなどと違って、多くの日本人はあまりチャリティーになじみがないかもしれない。

もう一つの質問に「困っている見知らぬ人、あるいはまったく知らない他人を助けたことがあるか」というものもあるが、もしかすると日本人は、見知らぬ人ではなく、家族や友人、地域の住民など、知り合いしか助けない「内輪にやさしい国民」なのかもしれない。

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だが、これも孤独死の増加や自己責任論の高まりなどから推測するに、そうとは言いきれない。

実際、地域の住民とのつながりに関して言えば、内閣府が2020年に行った「社会意識に関する世論調査」によると、10年前に比べて、地域の住民の間で「困った時に助け合うのが望ましい」と回答した人は8ポイント減少しており、逆に「世間話をする程度の付き合いが望ましい」と答えた人は14ポイント、「挨拶をする程度の付き合いが望ましい」も8ポイント増加している。

また、仮に日本が「内輪にやさしい国」だったとしても、日本人はなぜ他の国の人と比べて見知らぬ人にやさしくないのか、という疑問は残る。

「善きサマリア人の実験」から見えたもの

もちろん、他人を助けたがらないからといって、日本人が悪い人というわけではない。よい人でも人を助けないことはあるからだ。

社会心理学に有名な「善きサマリア人の実験」というものがある。プリンストン大学の心理学者ジョン・ダーリーとその学生のダニエル・バトソンが行った実験で、彼らは神学を学ぶ学生たちに新約聖書の一節(人助けのお話)についての説教を近くのビルに行って披露してくる、というミッションを与えた。

ただし、この2人の研究者は途中で人が倒れている、という設定も用意しておいたが、学生はそのことを事前に知らされていない。さあ、弱者救済を夢見て勉学に励んでいる神学生たちは、はたして困っている人を助けるのか? それとも、本末転倒にもミッションを優先してしまうのか?

この実験で分かったのは、急いでいる人は、どんなに徳が高い善人でも他人を助けないことがある、ということだ。実は、ダーリーとバトソンは一部の神学生に「あなたは遅刻している。会場で人が待っているから急いだほうがよい」と伝え、他の学生グループには「まだ時間はあるけれど、すぐ向かったほうがよい」と伝えていた。

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結果、まだ数分の余裕があったグループで立ち止まって人助けをしたのは63%だったが、急がないといけなかったグループで立ち止まったのは10%ほどでしかなかった。現代の日本人も、忙しすぎて、本当は助けたいのに助けないだけなのかもしれない。

しかし、残念ながら、そうではない。善人の日本人が他人を助けないことには、他の構造的な要因もある、というのが『やさしくない国ニッポンの政治経済学』の一つの主張である。

無条件で「やさしい国民だ」とは言い難い日本人。同時に『やさしくない国ニッポンの政治経済学』では、日本人に起こっている「もう一つの変化」についても指摘している。【後編】『日本人、「他人にやさしくない」うえに「貧乏」になってきていた…!』では、どんどん貧しくなっている日本人の実態について各種データを参照しつつ見ていきたい。