上田 正勝
税務大学校
研究部教育官
一時所得は一時的かつ偶発的に生じた所得である点にその特色があり、一定の所得源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく、逆にそのような所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当であることから、競馬の馬券の払戻金については一時所得と解されてきたところ、最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決において、競馬の馬券の払戻金はその払戻金を受けた者の馬券購入行為の態様や規模等によっては、一時所得ではなく、雑所得に該当する場合がある旨の判示がなされた。
しかし、当該判決における判示だけでは、一時所得と雑所得を区分するための基準としては不明確な部分もあり、実務において混乱を招くことが予想される。
そこで、最高裁によって判示された要件をより的確に解釈するために、購入行為の態様がどのような場合に馬券の払戻金による所得が「一時所得」ではなく「雑所得」となるのかを理論的に明らかにする研究を行うこととした。
(1)最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決の概要
イ 事案の概要
馬券を自動的に購入できるソフトを使用してインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を上げていた納税者が、その所得につき正当な理由なく確定申告書を期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案であり、当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得に当たるか雑所得に当たるか、
外れ馬券の購入代金が所得税法上の必要経費に当たるか否か、が争点となった事案である。
ロ 判示
以下の通り、本件の態様における馬券収入は雑所得に当たると判示された。
「所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当」であり、「被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では、払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たる」。
またそれにともない、外れ馬券の必要経費性についても以下の通り必要経費に当たる旨判示された。
「本件においては、外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから、当たり馬券の購入代金の費用だけでなく、外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ、本件外れ馬券の購入代金は同法第37 条第1項の必要経費に当たる。」
(2)一時所得と雑所得の概要
イ 補充的所得分類
現行のわが国の所得税法は、所得をその源泉ないし性質によって10種類(利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得)に分類しているところ、利子所得から譲渡所得までの8種類の所得類型に該当しない所得という点については、一時所得及び雑所得の規定は共通しており、一時所得と雑所得が補充的所得分類として規定されていることが分かる。
ロ 営利を目的とする継続的行為から生じた所得
所得税法34条の「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」との規定から、補充的所得分類の中で「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かが一時所得と雑所得を分ける要件の一つであることが分かる。
ハ 対価性
所得税法34条の「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう」との規定から、補充的所得分類である一時所得と雑所得を分ける一つの要件が対価性の有無であることが分かる。
(3)一時所得の沿革
一時所得の規定は以下の通り、所得源泉説に基づく制限的所得概念を反映した非課税所得として出発している。
イ 明治20年:非課税所得
「営利ノ事業ニ属セサル一時ノ所得」。
所得税導入時の規定。
ロ 昭和15年:非課税所得
「営利ヲ目的トスル継続的行為ヨリ生ジタルニ非ザル一時ノ所得」。
非課税所得の内容を変更するためではなく、「営利ノ事業」の「事業」の文言に捉われ、非課税所得の範囲が狭く捉えられがちであったことを正すための改正。
ハ 昭和22年3月:非課税所得
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」
内容を変えることなく口語体に改正。
ニ 昭和22年11月:一時所得
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」
非課税所得を規定してきた「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」が、「一時所得」として課税所得の一類型を規定するものとなった。
ホ 昭和27年:一時所得
一時所得の概念を偶発的な所得に限定する考え方から、「役務の対価たる性質」を有する所得はたとえ一時の所得であっても雑所得とすることとされた。
ヘ 昭和39年:一時所得
「資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」という限定が加えられたが、山林所得と譲渡所得の改正を受けて法文の技術的な整備のためになされたもので、これによって一時所得の範囲に変更が生じた訳ではない。
(4)所得概念との関係
イ 所得概念と一時所得及び雑所得の関係
所得税の対象となる所得の範囲をどのように構成するかについては、制限的所得概念と包括的所得概念の2つの考え方がある。制限的所得概念は、経済的利得のうち、利子・配当・地代・利潤・給与等、反復的・継続的に生ずる利得のみを所得として観念し、一時的・偶発的・恩恵的利得を所得の範囲から除外する考え方である。これに対して、包括的所得概念では、人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成することになり、反復的・継続的利得のみでなく、一時的・偶発的・恩恵的利得も所得に含まれることになる。これは純資産増加説とも呼ばれ、今日では一般的な支持を受けている。
わが国においても、第二次世界大戦前は、所得の範囲は制限的に構成されていたが、戦後は、アメリカ法の影響のもとに、その範囲は包括的に構成されている。すなわち、所得税法は、譲渡所得・山林所得・一時所得等の所得類型を設けて、一時的・偶発的利得を一般的に課税の対象とする一方、雑所得という類型を設けて、利子所得ないし一時所得に含まれない所得をすべて雑所得として課税の対象とする旨を定めている。これは、すべての所得を課税の対象とする趣旨を示すものである。
このように、一時所得と雑所得の規定と沿革には所得概念が深く関わっており、今日の一時所得に連なる規定は、非課税規定として課税対象の所得を所得源泉説に基づく制限的所得概念に限定するためにあったと考えられるし、今日の雑所得に連なる規定は、最終的に所得を包括的所得概念で捉えるためのバスケットカテゴリーであったといえるのである。
ロ 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と所得源泉説
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かが一時所得と雑所得を分ける要件の一つである。そして、この規定は所得概念、特に制限的所得概念=所得源泉説と深く関わっている。そのため、所得源泉説を理解することは、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」の内容を理解する上で重要であると考える。
(5)所得源泉説の概要
イ 基本的な考え方
所得概念を論ずる場合に、常に問題となるのは、「資本」と「所得」の区別である。一般には、資本はある時点に存在する富の蓄積(ストック)であり、これに対し所得は一定期間の間に生じストックに付加される利得の流れ(フロー)であると説明されている。所得の範囲については種々の学説があるが、それらに比較的共通なのは、このフローの内原資を維持してなお消費に向けることのできる部分だけが所得であるという考え方である。この原資の維持の要請は資本主義経済における拡大再生産の見地からは、当然の要請であるといえる。
そして、資本、ストック、原資といったものに所得税の課税を及ぼしてはならないという部分は、純資産増加説にせよ所得源泉説にせよ、実は同じであると考えられる。しかし、純資産増加説でいうところの原資は、貨幣によって測定されたものである。確かに今日においては、会計であれ税務であれ、全ては貨幣価値に基づいて計算することが当然であるが、市場経済が十分に発展する以前の、例えば経済の中心が主として農業であるような社会においては、「維持すべき資本を実物資本とし、それを維持したのちの財貨余剰をもって所得とする考え方」が取られていたと考えられている。
このような一定の実物資本を維持するという考え方は、さらに欧州諸国における世襲財産及び英法における信託に関連して発展した。世襲財産ないし信託財産はその処分が制限され、その財産に対する権利者はその財産からの収益のみが帰属した。このため収益(所得)と資本との区別についての法整備及び判例の蓄積がなされていた。
このような考え方が中心的であった欧州諸国において所得税が導入されたのであるから、課税されるべき所得の範囲についても、前述と同様に、「維持すべき資本を期初に存在する一定の実物資本とし、それを維持したのちの財貨余剰をもって所得とする考え方」が採用され、その結果、相続・贈与・遺贈等による利得、富くじの当り、賭博利得等の一時的・偶発的利得、キャピタルゲインといった項目が、所得源泉説を取る全ての論者によって共通して所得の範囲から除外されたことは、当時の社会において相応の理由があったと考えられるのである。
ロ 所得源泉説
所得源泉説は、生産力説、反復説、継続的源泉説の3つに大別される。この内、反復説は、利得の規則的反覆性ないし回帰性のモメントを所得のメルクマールとする見解であるが、所得源泉説の中からも、反覆性の基準は不十分であり満足すべき結果をもたらさないと指摘され、反覆説に代わるものとして継続的源泉説が提起されたことから、以下、生産力説と継続的源泉説について検討する。
(イ) 生産力説
生産力説は、経済活動からの収入のみを所得と観念する見解である。生産力説の背後にあるのは、個人所得は国民所得の一部であり、したがって国民所得に含まれないものは個人所得にも含まれない、という発想である。
例えば、個別経済主体は、賭博や相続によっても新たに利得を得ることができる。しかし、それは既存の財貨が移転されたに過ぎないから、国民経済の内部において利得者以外の何人かがそれだけ貧しくなり、それだけ担税力を欠くに至るのである。投機・賭博・相続等がなされるのみで生産がなされない国においては、国家が租税を獲得する基礎は、既存の富を除いては失われてしまうというようにロッツは、生産に由来しないいわゆる移転的所得を課税所得に数えることはできない、さもなければ継続的な税源は破壊されるおそれがある、と論じている 。
このような理論的背景がある生産力説は、原資の維持の基準以外に他の基準を加えたというよりも、原資の維持という基準を、国民経済全体における原資の維持も必要であると、より厳しく捉えた所得概念といえ、生産に由来しないいわゆる移転的所得を課税所得に含めないことについて、理論的な正当性は十分にあったものと考えられる。
もちろん、移転的所得に課税したため税額が純国民所得を上回ってしまうというような場合を、通常の事態の下で想像することはできないし、そもそも「所得税は、所得に対する課税ではなく、それぞれの所得に即して人に課される租税なのである(サイモンズ)。」と捉えるのであれば、生産力説による所得の捉え方をしなければならない理由はないと批判することは十分に可能である。
しかし、少なくとも、贈与・富くじの当り・遺産等の生産に由来しないいわゆる移転的所得を非課税としていた所得源泉説に基づく所得税の趣旨を理解するのに生産力説はかなり有意義であると思われる。
(ロ) 継続的源泉説
継続的源泉説は、所得を「継続的収入源泉からの通常の規則的結果」と観念するものである。ここで「継続的収入源泉」とは具体的な所得の源泉ではなく、タイプとして考えられた所得の源泉である。これは、既に述べた利得の規則的反覆性ないし回帰性のモメントを所得のメルクマールとする反覆説が、景気の変動その他の各種の要因によって、人の収入の種類や数額は年によって変動するのが普通であって、決して同一ではありえないという意味で、反覆性の基準が所得概念を構成する上で決して適切なものとはいえないことから、反覆説に代わるものとして主張されたものである。
つまり、特定個人にとっての実際の利得が規則的に反覆することは所得の要件ではなくなり、投機家・商人・建築家・芸術家等の利得はもちろん、自由職業者の報酬も、それが反覆して生ずるかどうかを問わず、この基準の下ではすべて所得と考えられなければならない。それらは、いずれも継続的源泉のタイプから生じたものであるからである。前者においては取引が継続的源泉であり、後者においては実務を行うことが継続的源泉である。他方、富くじ・相続等による利得は継続的源泉とはいえないため所得の範囲から除外されることになる。
継続的源泉説に対しては、継続的源泉と非継続的源泉との区別の基準が明らかでなく、また真に継続的な源泉と呼ぶことのできるものがあるかどうかも問題であるとの批判がなされた。確かに特定の個人にとっての収入の源泉という観点から見れば、いずれはそれを失う危険は常に存在するわけであるから、厳密な意味での継続的源泉は存在しないかもしれないが、そのような個人を離れて類型として見れば、継続的に利益を生み出す源泉という観念は論理的に十分に成り立つ余地がある。もちろん、その場合にも継続的源泉と非継続的源泉を区別する基準は決して明確ではないが、立法上ある種の源泉を継続的な源泉として特定することは可能であり、あとに残るのはその特定の当否の問題であり、それは結局は政策判断の問題に帰するといえる。このように考えると、継続的源泉説は実際的価値も高いと考えられる。
(ハ) 生産力説と継続的源泉説
継続的源泉の有無であるが、価値が新たに形成されるような生産に由来する利得に関しては通常であれば継続的源泉があると考えられるし、逆に、生産に由来しないいわゆる移転的所得から継続的源泉を見出すことができる場合とは、かなり例外的な状況と思われる。つまり、プロイセンの所得税法(ひいては戦前の日本の所得税法)に関係の深い継続的源泉説における継続的源泉について生産力説も参考にできるものと考える。
(6)日本における競馬の馬券の払戻金の概要
わが国の競馬に関する事項(馬券の種類、払戻額の決定方法、馬券の発売方法等)は競馬法に定められている。
イ 馬券の種類
馬券は正式には「勝馬投票券」という(競馬法6条)。
その種類は、勝馬投票法といい、単勝式、複勝式、連勝単式及び連勝複式並びに重勝式がある(競馬法7条)。
ロ 払戻額の決定方法
払戻額の詳細な計算方法は競馬法施行規則に規定されている。
「勝馬投票の的中者に対する払戻金は、付録第六で定める算式によつて算出した金額を当該勝馬に対する各勝馬投票券の券面金額に按(あん)分したものとする。」(競馬法施行規則9条1項)
競馬法施行規則付録第6の算式は以下の通り。
(W+D/P)×R
W:当該勝馬に対する勝馬投票券の総券面金額
D:出走した馬であって勝馬以外のものに対する勝馬投票券の総券面金額
P:勝馬の数
R:法第8条第1項の規定により競馬会(中略)が定める率(払戻率)
ここで、現在のRの率は、単勝・複勝80.0%、枠連・馬連・ワイド77.5%、馬単・3連複75.0%、3連単72.5%、WIN5 70.0%である。
このように、R(払戻率)によって、売得金総額から一定率の金額を控除し、残余の金額を的中投票券に分配する方式をパリミューチュアル方式といい、中央競馬の場合、控除した金額は国庫納付金及びJRAの運営費となる。
ハ 馬券の発売方法
日本中央競馬会は、券面金額十円の勝馬投票券を券面金額で発売することができ(競馬法6条1項)、前項の勝馬投票券十枚分以上を一枚をもつて代表する勝馬投票券を発売することができる(競馬法6条2項)と規定されており、通常は100円単位で発売されている。
ニ 馬券の購入方法
馬券の購入方法は、大きく分けて窓口等での購入とインターネット等での購入との2種類がある。
(イ) 窓口等での購入
窓口等での購入の場合、競馬場内の勝馬投票券発売所及び競馬法施行令2条1項の承認を受けた競馬場外の勝馬投票券発売所において、記入したマークシートカードを自動販売機に入れるか窓口に出すことによって購入することができる
(ロ) インターネット等での購入
インターネット等での購入とは、電話・インターネット投票があり、プッシュホン電話によるものはARS方式、インターネットによるものはIPAT方式という 。以下、現在主流となっているIPAT方式について主に説明する。
IPATは、JRAが提供する、即PAT、A-PATのいずれかの会員になることによって利用することができる。
IPATは、即PAT、A-PATとも、パソコン・スマートフォン・携帯電話を用いたインターネットによって、各レース発走時刻の1分前まで購入することができる。また、購入回数は節につき300回までであるが、利用限度額は無い(ただし一回に100万円を超えて勝馬投票券を購入することはできない)。
勝馬投票券購入資金については、会員種別及び利用している銀行に応じた日時までにJRA投票用口座に入金している資金をもって購入し、即PATの場合、各節の終了後に、当該節内の購入及び払戻等の精算を了した金額が会員のネット指定口座に出金される。
購入した勝馬投票券については、加入者は、この馬券の発売日から30日以内に限り、競馬会が指定した方法で閲覧することが可能と規定されている。
(7)馬券の払戻金の所得区分判定
前記の規定に基づいて得られる馬券の払戻金の所得区分判定について検討を行う。
イ 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」該当性
勝馬投票券が的中した場合の払戻金は、売得金総額から一定率の金額を控除し、残余の金額を的中投票券に分配するパリミューチュアル方式によって得られる。このような方法で得られる所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かを検討する。
競馬の場合、払戻率Rは勝馬投票法の種類により70~80%である。このことから馬券収入の期待値(賭け金に対し、手元に戻ってくる金額の平均(%))を計算する。
競馬であれば、ある勝馬投票法に対する売得金総額に対する払戻金総額の割合によって計算することができ、馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値は、払戻率Rと同じ70~80%となることが分かる。
ここでさらに期待値の持つ意味を考える際に、大数の法則が重要となる。
大数の法則をわかりやすく表現すると「個々の事象の予測は無理(もしくはきわめて困難)であっても、充分に多くの試行がなされるなら、全体的な分布はかなり正確に予測しうる」ということであって、要するに試行数が大きくなればなるほど、理論上の分布(割合)に収束していくということである。
この大数の法則と馬券収入の期待値を組み合わせると、十分に多くの試行(馬券の購入)がなされるならば、馬券の購入金額に対する払戻金額の割合は、期待値R(%)に収束していく、つまり、投票法の種類に応じて、20~30%の赤字に収束していくということになる。
これに条文の文言をあてはめると、馬券を「継続的行為」として購入し続ける場合、大数の法則によって理論上の分布である期待値に応じた収入、即ち20~30%の赤字に収束するということになる。
そうであるならば、客観的に利益を上げることができないことが明らか(今回の場合は数学的手法によって証明される)な、「継続的行為」として馬券を購入することによる収入は、所得税法の適用に際し「営利を目的とする」ものとはいえないというべきである。
以上のことをまとめると、継続的行為として馬券による収入を得ることは、客観的な営利性があるとはいえないことから、一般的には、馬券による収入は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とはいえず、一時所得となる。
ロ 所得源泉説との整合性
勝馬投票券が的中した場合の払戻金は、売得金総額から一定率の金額を控除し、残余の金額を的中投票券に分配したものである。このような馬券収入はまさに、生産に由来しない移転的所得であって、生産力説において非課税所得(現在の一時所得)と考えられるものである。また、馬券収入が継続的源泉説における「継続的収入源泉からの通常の規則的結果」にあたるのかという点については、馬券収入の「通常の規則的結果」は、20~30%の赤字となるのであるから、ここに継続的源泉を見出すことはできず、継続的源泉説においても非課税所得(現在の一時所得)とされるべきものである。
このようにイにおける結論は、所得源泉説とも整合性があるものといえる。
ハ 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となる可能性
一般的には、馬券による収入は一時所得となると結論づけたが、他方、購入方法によっては、馬券による収入が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となる可能性はあるであろうか。
まず、所得源泉説からその可能性を考えると、生産力説の立場を採る場合、既述の通り馬券収入は生産に由来しない移転的所得であるので、所得源泉説における課税所得とはなりえない。しかし、継続的源泉説の立場を採る場合、馬券収入の「通常の規則的結果」つまり馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値を、何らかの方法で払戻率R(70~80%)ではなく100%を超えるものとすることができれば、そこに継続的源泉があるということができ、一時所得(過去における非課税所得)ではなく、雑所得となる余地があると考えられる。
次に、所得税法の条文の文理から解釈すると、「継続的行為」として馬券を購入することによる収入が客観的な営利性を持つといえる場合に、そのような馬券による収入は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となり、一時所得ではなく雑所得となると考えられる。そのような場合とは、馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値が100%を超えることが客観的に明らかとなるような購入方法を採った場合であると考えられる。
(8)統計学的手法からの検討
馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値が100%を超えることが客観的に明らかとなるような購入方法があるかということが焦点となったところ、そのような方法があるかにつき、統計学の手法を借りて検討を行うこととする。
イ 一着馬になる確率と単勝オッズの相関
ギャンブルにおける勝敗を考える際に確率論を切り離すことはできない。そしてそこで最初に重要なことは、ある事象が発生する確率を知ることである。
ところが、競馬における馬券の的中確率は、サイコロのような「同様に確からしい確率」として計算することはできない。いうなれば、目の数がどのように配分されているかわからないサイコロを、自分の見えないところで誰かに振られて、自分はその結果だけを知るといったような試行に相当するからである。ここで出てくるような不可知なサイコロの割り付け方に基づく確率を以後、「真の確率」と呼ぶ。
競馬において、この真の確率が分かっているならば、それぞれの確率にオッズをかけて、期待値が1を超えるような馬券をどんどん買っていけばよいのである。しかし、そのようなサイコロは我々に見えないばかりか、サイコロを振る側は、天候状態・距離・馬の能力・騎手などの要因によって、異なったサイコロを使い分けてくる。競馬のレースを確率的事象として見たときの難しさは、真の確率がわからないことに尽きるといっても過言ではないのである。
ただし、何らかの仮定を置くことによって馬券の的中確率を予測することは可能である。ここで、ある仮定に基づいて構築される統計モデルによって計算される確率を「モデルの確率」と呼ぶこととする。モデルの確率は真の確率とは異なるが、統計モデルが状況をよりよく反映しているのであれば、真の確率に近い確率を出力することが期待される。
統計モデルを構築する際に利用可能と思われる仮定の一つが、「単勝馬券の的中確率を単勝馬券の支持率に等しいとする仮定」である。この仮定の妥当性の検証は、複数の研究において行われており、単勝馬券の的中確率が単勝馬券の支持率に等しいとする仮定は第一次近似として採用可能なものであると考えられ、この仮定に従えば、単勝馬券の的中する確率は単勝馬券の支持率から計算可能な量となる。
ロ 大穴バイアス
競馬の馬券市場においては、「本命-大穴バイアス(favorite-longshot bias)」という良く知られた現象がある。これは当たる確率が極めて低い大穴馬券への過剰な人気を指すものである。
この大穴バイアスから考えれば、1着になる確率は低いが配当の高い大穴サイドの馬券は過剰に人気があり、一方、1着になる確率は高いが配当の低い本命サイドの馬券は、実際の客観確率よりも人気が低いということになる。このような歪みがある場合、裁定取引(アービトラージ)によって利益を得るチャンスがあると考えられる。
ハ モデルの確率と実際のオッズのかい離を利用した馬券購入法
高いオッズがでるほど大穴バイアスが発生し、裁定取引のチャンスが生じることから考えると、勝馬投票法の中でも最も高いオッズが生じる投票法のモデルの確率を検討することが適当であると考えられる。
JRA主催のレースにおいては、一つのレースの結果だけからは払戻額が確定しない重勝式(WIN5)を除けば、3連単(馬番号三連勝単式勝馬投票法)において最も高いオッズが発生する。そこで、3連単において統計モデルを構築して、真の確率に近いモデルの確率を得ることができた場合、実際のオッズと比較して、馬券の的中確率が購入者によって過小評価されている場合を統計学的に抽出できれば、割安な馬券と割高な馬券を分別することができ、回収率の向上を見込めるのである。
ニ 割安と評価できる買い目の網羅的購入
モデルの確率と実際のオッズから各馬券の期待値を求めることができたならば、少なくとも期待値100%以上の馬券を網羅的に購入することによって、継続的な馬券の購入が客観的営利性を持つことになる。
ホ 大数の法則が有効になるだけのレース数の購入
期待値100%以上の馬券を網羅的に購入したとしても、大数の法則によって実際の収益が期待値に収束していかなければ安定的な収入を得ることができる状態になっていないといわざるをえない。そこで、どの程度のレース数が必要かということになるが、大数の法則が有効になるために必要な試行回数というのは一概に言うことはできない。しかし、本稿で紹介した競馬を統計的に分析した論文における検証時に用いられたレース数は、どれだけのレース数を購入すれば大数の法則によって安定的な客観性のある収益になるかという点についての示唆を与えてくれるものと思われる。
ヘ 小括
これまでのことをまとめると、統計学の手法を用いて各馬券の当選確率を十分に高い精度で示すことができるモデルを構築し、そのモデルの確率と締め切り直前の実際のオッズとを用いて払戻金の期待値が100%以上となる馬券が選別でき、
各レースにおいて期待値が少なくとも100%以上となる馬券を過不足なく網羅的に購入し、
大数の法則が有効になるだけのレース数以上に購入を繰り返すということができた場合には、払戻金額の期待値が100%を超えるということが統計学によって客観的に明らかになるといえる。
(9)最高裁判決が判示した要件と統計学からの知見の比較
統計学の手法により、馬券による収入が客観的営利性を持つ可能性があることを示すことができた。そこで、統計学から得られた条件と最高裁判決によって判示された雑所得となる場合の要件とを比較することによって、最高裁判決が判示した要件を解釈する際の参考となる知見が得られるか検討する。
比較したものが以下の表である。
最高裁判決の判示 | 統計学からみた判定要素 | |
---|---|---|
要件 | 独自の条件設定と計算式に基づいて | 統計学的に資金回収率の期待値が100%以上となる馬券を選別できるモデルを構築 |
長期間にわたり多数回かつ頻繁に | 大数の法則によって計算上の期待値に安定的に収束するに足りる十分多数のレースで馬券を購入 | |
個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入 | モデルが必要とする買い目の全てを網羅的に購入 | |
結果 | 利益を恒常的に上げ | 統計学的に期待値(100%以上)に収束する |
結論 | 一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する | 全購入金額に対する払戻金の期待値と大数の法則を用いた購入 多くの外れ馬券が出ることも含めて反復継続することによって全体としての利益を出す手法 |
イ 必要な要件
(イ) 有効なモデルの存在
最高裁による「独自の条件設定と計算式に基づいて」との判示は、統計学的には、資金回収率の期待値が100%以上となる馬券を選別できるモデルが存在することと対応していると考えられ、そこから考えると、ここでいう「独自の条件設定と計算式」というのはどのような条件設定や計算式であってもいいのではなく、有効に資金回収率の期待値が100%以上となる馬券を選別できるモデルであることが必要であると解釈することが合理的と考えられる。
(ロ) 網羅的な購入
最高裁による「個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入」との判示は、統計学的には、(イ)のモデルに基づく期待値100%以上となる買い目の全てを網羅的に購入することを指すと解釈できる。つまり、ここでいう「網羅性」とは、あるレースにおける買い目に関する網羅性であることが分かる。
(ハ) 多数回かつ頻繁
最高裁による「長期間にわたり多数回かつ頻繁に」との判示は、統計学的には、大数の法則が有効になる程度の多数回のレースで購入することを指すと理解できる。
ロ 外形的事実の活用
馬券による収入が客観的営利性を持つ場合とは上記3要件を全て満たしている場合であると考えるが、要件を満たしているかどうかを判定するに際して実務上有用と思われる外形的事実を今回の最高裁判決の事例から見出すことができる。
(イ) 恒常的な利益
最高裁が判示する「利益を恒常的に上げ」ているという結果としての事実は、上記の3要件が揃っている場合に達成されるものである。ここから逆に考えて、十分な期間コンスタントに利益が上がっているという事実を、資金回収率の期待値が100%以上となるモデルを用いているか否かの判定に際しての間接的な事実の一つと捉えることも課税実務上有用と考える。ただしこれは、通年で黒字であったらよいというような単純な話ではなく、各ゲーム、各節、各月、複数年の比較等によって「利益を恒常的に上げ」たといえるかについての事実認定が必要となることは言うまでもない。
(ロ) PCソフトによる自動購入
PCソフトを用いて一定の条件に合った馬券を完全に網羅する形で自動購入している場合、少なくとも購入の最終段階で購入者の恣意が介在していないと考えることができ、モデルに基づく買い目を過不足なく網羅的に購入しているとの要件を満たしているか否かの判定に際しての間接的な事実として活用できるものと考えられる。
ハ 雑所得該当性と外れ馬券の必要経費性
馬券の払戻金による収入が雑所得となる場合についての最高裁の判示を統計学から得られた結果を参考として解釈すれば、最高裁が判示した要件(独自の条件設定、網羅的購入、多数回かつ頻繁な購入)は全てが揃っていることが必要であると考えられる。
また、外れ馬券を含む全購入金額に対する払戻金額という要素で計算する期待値とその期待値を実現するための大数の法則という統計学的な手法を用いて馬券を購入していることを前提とするのであれば、統計学的な一体性からも「一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する」といえ、外れ馬券の購入代金が払戻金と対応関係を持つことになると考えられる。
通常の購入方法であれば、馬券収入は客観的営利性があるとは言えないため、一時所得となるというのが通常の所得区分判定である。
ただし、統計学の手法により見出された特定の条件が満たされれば、馬券購入を反復継続することが利益をもたらし得ることを客観的に示すことができた。
そして、その統計学から導かれた条件は最高裁判決が判示した要件と一致しており、最高裁が示した各要件を解釈する際に有効と考えられる。
その結果、本質的に必要な3要件(有効なモデルの存在
網羅的購入
多数回の購入)の全てが満たされる場合に「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として雑所得となるということができる。また、その判定に際しては、実際に恒常的に利益が得られていることやPCによる完全に網羅的な自動購入が行われているといった外形的事実を活用することも一部可能であると考えられ、課税実務上、納税者及び税務当局の納税コストの削減に有効であると考えられる。
最高裁判決の原審において、記録が存在することも雑所得と認定するに際して指摘されていたところ、馬券収入の所得区分判定における記録の有無という論点も存在する。
本稿の結論において、馬券収入は資金回収率の期待値が100%を切っているため、通常であれば一時所得となるが、雑所得となるための要件が全て満たされている場合にのみ雑所得となることが明らかになった。
この関係が前提にあるため、雑所得となるための要件を満たしていることを明らかにできる記録が存在しない場合、課税庁及び納税者の両者ともに雑所得となるための要件の存在を証明できないこととなる。先述の通り、馬券収入の所得区分判定においては、一定の要件を満たさなければ当然に一時所得となるべき性質のものであることから、記録が存在しないために雑所得となるための要件の存在が誰によっても証明できないのであれば、原則通りに一時所得と判定する以外になくなるものと考えられる。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 202 |
第1章 最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決の概要 | 203 |
第1節 事案の概要 | 203 |
1 事案の概要 | 203 |
2 事実関係 | 203 |
3 争点 | 204 |
第2節 判示 | 204 |
1 本件払戻金の所得区分 | 204 |
2 本件外れ馬券の購入代金の必要経費性 | 205 |
第2章 一時所得と雑所得の概要 | 207 |
第1節 条文の比較 | 207 |
1 条文の規定 | 207 |
2 一時所得と雑所得の規定の比較 | 207 |
第2節 一時所得と雑所得の沿革 | 208 |
1 一時所得の沿革 | 209 |
2 雑所得の沿革 | 210 |
第3節 所得概念との関係 | 212 |
1 一時所得と雑所得の沿革と所得概念との関係 | 212 |
2 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と所得源泉説 | 213 |
第4節 所得源泉説の概要 | 213 |
1 基本的な考え方 | 213 |
2 所得源泉説 | 215 |
第3章 日本における競馬の馬券の払戻金の概要 | 220 |
第1節 競馬法の規定 | 220 |
1 馬券の種類 | 220 |
2 払戻額の決定方法 | 222 |
3 馬券の発売方法 | 223 |
第2節 馬券の購入方法 | 224 |
1 窓口等での購入 | 224 |
2 インターネット等での購入 | 224 |
第4章 馬券の払戻金の所得区分判定 | 226 |
第1節 通常の購入方法の場合 | 226 |
1 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」該当性 | 226 |
2 所得源泉説との整合性 | 228 |
第2節 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となる可能性 | 229 |
第5章 統計学的手法からの検討 | 231 |
第1節 競馬に関して統計学的に知られている事項 | 231 |
1 一着馬になる確率と単勝オッズの相関 | 231 |
2 大穴バイアス | 233 |
第2節 モデルの確率と実際のオッズのかい離を利用した馬券購入法 | 233 |
1 3連単の当選確率の予測モデルの構築 | 233 |
2 割安と評価できる買い目の網羅的購入 | 235 |
3 大数の法則が有効になるだけのレース数の購入 | 235 |
4 小括 | 236 |
第6章 最高裁判決が判示した要件と統計学からの知見の比較 | 238 |
1 必要な要件 | 238 |
2 外形的事実の活用 | 239 |
3 雑所得該当性と外れ馬券の必要経費性 | 240 |
結論 | 242 |
補論(「記録」について) | 243 |
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