脳の機能を機械の身体に移植して、永遠の命を得る――サイエンス・フィクションの世界で夢見られてきたような未来が今、徐々に現実味を帯びつつある。
ライフサイエンス分野の事業に取り組む、LINK-Jは9月27日、「脳は人工的につくれるのか?〜脳の情報処理のフロンティアに挑む」と題したトークイベントをオンラインで開催。東京大学から気鋭の科学者2人が参加し、最先端の脳研究を披露した。
登壇者は東京大学大学院工学系研究科の渡辺正峰准教授と、東京大学生産技術研究所の池内与志穂准教授。渡辺氏は情報工学、池内氏は生物学の視点から脳の機能の解明を進めている。
神話の時代から多くの物語に描かれてきた「考える機械」は実現しうるのか。現代科学は、まさにその答えに手が届く位置にある。
脳神経科学者として“人工意識”をテーマに研究を進める渡辺氏。「意識を機械にアップロードする技術」の実用化を目指すスタートアップ、MinD in a Device社の技術顧問も務めている。
その渡辺氏は「多くの科学者は『脳は人工的に作れる』と考えている」と話す。脳を作るとはどういうことなのか。渡辺氏いわく、それは「意識」の再現であるという。
人間の脳は、ニューロンと呼ばれる千数百億個もの神経細胞から構成されたネットワークだと考えられている。
数千億個のニューロンが相互に作用する通信の全貌は、現代のコンピューティング技術ではとても再現できない規模に及ぶ。しかし渡辺氏は「ニューロンの構造は多くが解析できていて、実のところ電気回路にすぎない」として、現代の技術の延長線上で模倣できるようになると予測する。
その予測の上で、渡辺氏は「果たして人工的に作った脳に意識が宿るのか」という疑問を持つ。この問いの答えは意識の定義にも依存するが、渡辺氏は「イエス」と予測している。
意識を脳の情報処理の観点で捉えると、「何かを知覚したとき、脳内のニューロン間で電気が走った結果、主観的に得られる感覚(クオリア)」と考えられるという。これはすなわち、脳に走る電気信号を観測し、適切な電気信号を書き込める機械が存在すれば、それは「意識を読み書きできる機械」ということになる。
ただし、仮に脳の電気信号を読み書きできる機械が作成できたとしても、それが確実に「意識を読み書きできる機械」である保証はない。機械が意識を読み書きしていると確証するには、自分の身体に機械を差し込んで、実際に意識を感じるか実験してみるしかないからだ。
その検証を試みるのが、渡辺氏の研究の目標であり、同氏が関わるMinD in a Device社の目標であり、具体的には「20年後に意識をアップロードするサービス」を提供することを目指している。ヒトの脳の意識をアップロードして、肉体が果てても機械の身体で生き続けることができる、そんなサービスの開発を進めているという。
そのカギとなる脳に接続する機械「BMI(Brain Machine Interface)」のコンセプトは、すでに東京大学から特許が出願されている。これは右脳と左脳をつなぐ脳梁(のうりょう)という部位にCMOSセンサーを差し込んで接続するアイデアで、原理的には脳梁の断面部にある全てのニューロンの情報を読み取れるという。さらにiPS細胞を接続インタフェースとして利用し、狙ったニューロンを刺激して情報を書き込む(発火させる)ことも可能としている。
MinD in a Device社ではロードマップを描き、3段階のステップで実現を目指す。第1段階では、深層学習AIで生体脳のデジタルツインの作成を試み、てんかんなどの中枢神経系創薬のために活用する。第2段階では、中枢神経系疾患の症状進行を緩和する非侵襲性BMIデバイスを開発。第3段階ではAIによってヒトの脳の一部の機能の代替を目指す。
最終目標の「意識のアップロード」に至ると、AIによって生体脳の機能を全て置き換えることが可能であるという。実現すると、脳内の記憶を全て伝送し、肉体が不要で生き続けることが可能になる。
意識がアップデートされた人間はどうなるのか。渡辺氏は「記憶の転送が済んだら、死というものを経ることなく、全くシームレスに意識を機械の身体に移行することができる」と予測している。
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