貸本漫画とは何ぞや?
昔は今と違い、一般的な家庭では、子供が漫画本を買えるほどの余裕はそうなかったので、貸本屋というのがありました。ちょうど今でもCDやビデオが高いのでレンタルで借りる人が多いのと同じです。
1960年代で漫画単行本一冊の値段が220-240円。当時の1円=現在の10円の価値と概算してみると、漫画本一冊が2000円台。
皆さんは、もしお気に入りの漫画本一冊がCDアルバム一枚と同じ定価だったら、どうしますか?
でも貸本屋だと、当時は一泊二日で10円とリーズナブル。
貸本屋は大繁盛しました。
貸本屋に多く置かれていたのが、貸本向けの書き下ろし漫画(これを「貸本漫画」と呼びます)。
これ専門の出版社や漫画家もたくさんありました。
しかし1960年代後半から70年代に入ると、日本も高度成長によって豊かになり、子供も漫画本を購入できる余裕ができてきました。
そのため貸本業界は急速に廃れてしまいました。
簡単に言えば、今で言うCDやビデオのレンタルに似たシステムです。
利用客は身分証明書を提示し入会金を払えば会員になれます。
会員は本を一冊につき一泊二日10円で借りることができました。
ところで、貸本屋は貸すための本をどこから仕入れてくるのでしょうか?
昔に貸本屋をやっていた方から、こんな面白い話を聞かせてもらいました。
漫画本は、まずは書店で市販もされたそうです(一冊220-240円程度)。
しかし、そのうちのかなりが返本で戻ってきてしまいます。
皆さんもご存じかと思いますが、それはそのままだと倉庫の肥やしですし、いずれはゴミになってしまいますね。
そこからが肝心です。
実は当時、このように返本になった本を、一貫目いくらで(つまり重量いくらで!)買い取る業者がいたそうです。
当時は御徒町に、そのようなルートで回ってきた古本を売る卸業者がたくさんいたそうです(今はゴルフ関連の店ばかりになってしまったが)。
そして貸本屋は、そこから一冊30円で本を仕入れます。
その本を店では一回10円で貸していたので、3回の貸し出しで元が取れたといいます。
人気のある本なら元が取れるだけでなく、がっぽり儲かるものもあれば、人気がないと全く元が取れないので、いかにして人気の高い本を仕入れるかが貸本屋の腕の見せ所だったようです。
また地方の零細貸本屋は、昔からやっている地元の貸本屋の在庫(例によって東京御徒町で仕入れたもの)のうち、余剰在庫で倉庫に眠っている本を、一冊30円でまとめて買い、貸本屋を開くこともあったようです。
貸本漫画を一度も見たことのない方でも、恐らくたいがいは野生の勘でわかります。(笑)
それは半分冗談として、幾つかのポイントを列記しておきます。
- 画用紙のような厚い紙に印刷されている。
- 普通の漫画はネーム(吹き出しの中の文字)の活字が[漢字:ゴシック体、カナ:アンチック体(太明朝体に似ている)]だが、貸本漫画はほとんどが漢字もカナも明朝体。
- コマ割りは3段くらいが普通(例外はある)で、ネームも大きい活字。普通の漫画は雑誌に4段くらいで載ったのを縮小して単行本に載せるので小さくなるが、書き下ろしの貸本漫画はそのままのサイズで載るので大きく描かれるのである。
- 現在ほとんど見かけない出版社。貸本系出版社で有名なのが、少女漫画は若木書房、チャンバラものはひばり書房、劇画はヒロ書房・第一文庫、東京トップ社など数々……
- 奥付に発行年月日が入っていないことが多いのも、貸本系出版社の特徴。
一説には税務所対策だったらしいが、貸本漫画研究は、これが悩みの種。
- 貸本漫画によっては、右図のように、漫画の最後に、こんな感じで読者コーナーが入っていて、似顔絵やサークル紹介などがある。
あるいは、「コーヒーブレイク」「ひとやすみ」などと称して、途中に読者コーナーが入っている。
普通の漫画で最後に作者からのメッセージが入っているのは珍しくないが、読者コーナーの付いている単行本は、ほとんど貸本系と見てよいだろう(それ以外で見たことは私もない)。
本当です。
少年マガジン掲載作品が、貸本業界で有名な若木書房や曙出版から単行本化されています(例:ジョージ秋山「パットマンX」、赤塚不二夫「天才バカボン」など)。
また若木書房からは、りぼん、なかよし、マーガレット、少女フレンド、別冊少女フレンドなどに掲載された数々の作品も単行本化されました(わたなべまさこ「花の館」「サ・セ・パリ」、今村洋子「ハッスルゆうちゃん」など)。
漫画雑誌掲載作品とは、昔は雑誌だけで毎回読むものであり、単行本化されることは今と比べるとほとんどなかったようです。
また、貸本漫画の出版社は、もともとは書き下ろし漫画専門で出版していました。
しかし1960年代に入ると、先ほど説明した通り、貸本漫画業界は書き下ろし作品ばかりではなく、「少年マガジン」「りぼん」「少女フレンド」「マーガレット」などに掲載された作品の単行本化も手がけるようになります。
(曙出版の「AkeBono Comics」、若木書房の「コミックメイト」「名作漫画総集ブック」「ジュニアコミックス」「ティーンコミックス」などのシリーズがそう)
これは特に、貸本業界出身で後に大手漫画雑誌に移籍した漫画家の作品によく見られる傾向です。
例えば若木書房出身の少女漫画家で言うなら、私の知っている限りでは、わたなべまさこ(りぼん、マーガレット)、杉本啓子(少女フレンド)、巴里夫(りぼん)などがそうです。
これをきっかけとして、雑誌連載が本でまとめて読めるようになったのです。
また同じ時期あるいは貸本業界に遅れて、雑誌の出版者自身も「少年マガジンKC」「りぼんマスコットコミックス」「フレンドKC」「マーガレットコミックス」などとして、漫画の単行本化を行なうようになったのはご存じの通りです。
さて「貸本漫画」と言ってもピンとこない人の方が多いでしょう。
私も半年前くらいまではそうでした。
せいぜい、レンタルの漫画本というくらいしか知らず、どういう出版社からどういう感じの作品が出ていたのか、などに関してはほとんど知りませんでした。
しかしある日、私がこれまで足を踏み入れたことのなかった、ある古本屋に行ってみると、そこにはかなり古い漫画がたくさんあったのです。
1960年代くらいのもので、画用紙みたいな紙に印刷された漫画本。
珍しいので数冊買って読んでみました。
このようにして、貸本漫画の作品に出会う機会は突然やってきたのでした。
しかし、読んでいくうちに、いろんな疑問がわいてくるのでした。
一番知らなかったのは、貸本漫画にも少女むけジャンルがあったという事実。
そこで私は漫画通に話を聞こうと考えました。
漫画マニアと呼ばれる人は日本中にゴマンといます。
しかし、「ベルサイユのばら」や「キャンディ・キャンディ」の頃の少女漫画を知っている人は山ほどいても、若木書房の「ひまわりブック」という貸本少女漫画シリーズを知っている人は全然いませんでした。
インターネットで漫画マニアの集まる掲示板に書き込んでみても、反応はなし。
サーチエンジンを使い、「貸本漫画」というキーワードで検索しても、ほとんどが少年漫画に関することばかり。
そう、「貸本漫画」は人々の記憶から忘れ去られようとしていました。
また、少年向け貸本漫画に関しては探せば少しは資料があって望みもまだあるのですが、貸本少女漫画に関してはほとんど皆無。
しかも本自体もほとんど出回っていない状態、それに、少女漫画史でもとかく無視されがち。
でも本当は、貸本少年漫画は劇画の歴史を知る上で、また貸本少女漫画は少女漫画黎明期を知る上で貴重な資料。
ないページは作ってしまおうということで始めたのが、この「貸本漫画のページ」です。
(後に、他にもう一つ貸本漫画を扱ったページを発見した)
しかし資料がまだまだ足りない上、知らないことも結構多いものです。
是非ご教授いただければと思います。
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