まずは長崎、福岡、佐賀、松山と可能性がある各地を歩いて、地元博物館の学芸員らと議論することから始めたのだが、やがて日本よりも先に生きたドードーを受け取ったとされるチェコ、オランダ、イギリスを訪ねて残されているわずかな標本と対面したり、さらにはモーリシャス島での発掘作業に加わるところまで関心がエスカレートしてしまった。
その経緯に関心のある方は、ぜひ11月刊行の拙著『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』をご覧いただきたい。
そんな背景を持つ自分だからこそ見えた『インド洋』の魅力を、ここではお伝えしたいというのが、本稿の目的だ。
まず、地図を見てみよう。
インド洋は、太平洋と大西洋とは違い、北側をユーラシア大陸によってふさがれた、北極海との連絡がない海だ。ユーラシア大陸から出っ張ったインド大陸(亜大陸ともよく呼ばれる)の左右に、アラビア海とベンガル湾を持つ。海底地形を描いた図では、これら2つの湾が、インド洋を見下ろす2つの目のようだ。
北側を陸にふさがれて、海と陸が南北に配置されていることから不思議な現象が起きる。夏と冬で東西に風向きがまったく逆になる季節風(モンスーン)が生まれるのである。
この季節風を、有史以来、ヒトが東西の往来に利用してきた。中国明代の鄭和(ていわ)の大航海も、16世紀以降にインド洋を行き来するようになった欧州各国の帆船も、この季節風があったがゆえに往還できた。
そして、ドードー類についてつねに頭に置いているぼくは、17世紀に日本に来たドードーも、この季節風に乗ってきた「インド洋からの使者」だったのだと思いを新たにするのだった。いや、それだけでなく、モーリシャス島からヨーロッパ各地、さらにはインドにもたらされた17世紀のドードーたちは、まさにこの特有のモンスーンに導かれたものだった。
そして、本書『インド洋』によると、21世紀の今、インド洋からの巨大な使者を、我々がかなりの頻度で受けていることがわかってきているという。「ダイポールモード現象」と呼ばれる、海洋気象現象のことだ。
もとはといえば東京大学の研究グループが、日本における夏の異常高温の原因をさぐるうちに見出したものが、今では世界的な注目を集めている。インド洋の熱帯海域における表面水温が、西側で異常に高く、東側で低くなり、それにともなって西側で多量の降雨、東側で少雨というような、対象的な気象が横並びになることから「2つの極」を意味する「ダイポール」と名付けられたという。
この現象は数年ごとにあらわれ、そのつど、日本は高温の夏としばしば暖冬に見舞われる。遠いインド洋の出来事がなぜ、日本にかくも影響するのか不思議だが、遠隔地域の密接な関係(テレコネクション)のしくみとして、インド洋から東南アジアを介して日本へいたる直接影響のルートと、ヨーロッパを介して偏西風によるエネルギー伝達が影響するルートなどが特定されつつあるという(日本に直接ドードーが来ただけでなく、ヨーロッパからは『不思議の国のアリス』を起爆剤にした文化的エネルギー伝達が……みたいな連想をしてしまうぼくは十分にヘンなやつだと自覚している)。
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