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正高信男『ニューロダイバーシティと発達障害』(北王子書房) 発達障害、特に自閉症、注意欠陥障害、学習障害の三タイプを取り上げ、歴史上の有名人の事例に即して、これらの「障害」がむしろニューロダイバシティ、つまり神経学的な多様性と捉えた方が適切なのではないかと考察する。
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返信先: さん
例えば自閉症。どんな子どもも自閉傾向はもつ。その自閉傾向を診断するテストで、その指数がある基準以上になるといわゆる自閉症と診断される。例えば子どもにお絵かきをさせると、その値を境にして、違う内容を書くようになる。
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あるイベントの絵を描かせると、一般的に子どもは、そのイベントに参加した人物を中心に絵を描く。ところが自閉症指数が75以上の子どもは、人より物を中心に絵を描くのである。自閉症児とそうでない子どもは同じ体験をしても、興味を向ける矛先が違っていることが分かる。
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人は、生得的に、人間の顔に特別な感受性をもつように生まれついている。それは、他者とのコミュニケーションを円滑に密に取ることを目的としている。だが、自閉症と診断される子どもの場合、この遺伝的な認知システムに欠けるものがある。
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だが、他者に選択的に注意や関心が向くということは、ほかの領域への関心を犠牲にして初めて成立することを失念してはならない。要は脳のリソースを何に振り向けるかということだ。一般的に、人は人にリソースを向けるようになっているが、あるパーセンテージでそうではない人が現れるということだ。
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ー具体的に世界の構成要件を人と自然に二分するならば、NT(健常者)は自然を犠牲にして人に注意を払っている一方、自閉症者は人というものにとらわれることなく自然を認識することができるということなのだ。(38)
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人にとらわれることなく自然を認識するーこうした自然認識は、人類全体にとって極めて重要な意義を持ってきたし、今も持ち続けている。著者は、ラスコーをはじめとする壁画の動物への詳細で生き生きとした描写と、一方での人物の略し方から、洞窟画の作者は今でいう自閉症だったのだろうと推察する。
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そもそも自閉症は、その発現率が異常に高い。少なく見積もって人口の1~2%、多い推定値では4~5%が自閉症だ。この数値の高さは、それが単に生に不利な欠陥ーすなわち進化論的な淘汰の対象ではなく、いわゆる健常者と「相補的」な意義を持っていたことの証左ではないか。
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つまり、いわゆる健常者と自閉症者、双方のものの見方が互いに相補い合って初めて、私たちは今日あるような社会を形成することが可能であった。これがニューロバイバーシティの基本的な考え方である。
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例えば注意欠陥障害。 注意欠陥障害とは、どんな症状だろうか。それは「注意ができない」ということではなく、「注意の適切な移動ができない」ということである。 注意の方向を変換させるには、まずそれまで向けていた注意を、対象から切り離す作業をしなくはならないが、それが困難なのである。
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注意欠陥障害の子どもは、傍目に「ボゥーっとしている」ように映るが、これは、何にも注意が働いていない状態ではない。彼らは、いったんある方向へ向くと、そこに吸いつけられたようになったままになるのである。ある対象に魅惑されたまま、そこから我に返ることができなくなっているのだ。
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エジソンはおそらく注意欠陥障害だったのではないか、と著者は推察する。ある対象に魅惑されたまま、そこから我に返ることができない。これは確かに不便だが、考えようによっては、人並外れた集中力を発揮する素地を提供にすることにもつながる。
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エジソンの伝記には「一つの目標を立てると、あくまでへたれず、がんばり通し」「働きに働き通し」、それでいて「ちっともくよくよせず」にいたとある。それが彼が背負っていた注意欠陥障害の「光の部分」である。
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自閉症の例で見たように、脳のリソースは、何かに選択的に注意を向けることで、ほかの何かの能力を阻害している。 例えば、将棋のプロが対局しているとき、視覚野に隣接した楔前部という脳領域が主に使われている。アマチュアは視覚野からかなり離れた言語中枢が強く働くのだという。↓
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盤面を見ている時に、まず網膜からの入力が視覚野に送られるのは、もちろんのことプロでもアマでも変わらない。しかし、その後の情報の行方は両者で全く異なるのである。脳機能分析に即して言えば、将棋を熟達するには、言語を媒介して思考することを止めなければならないということになる。
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つまり、将棋の世界は、いわゆる健常者の一般的な「頭の使い方」をしていては、あるレベルで頭打ちになってしまう。プロにはなれない。ニューロダイバシティという考え方からすると、将棋の世界はまさしくその好例だと言えるだろう。
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例えば、著者の所属する京大の生物学には、しばしば天体物理からの転向組がいるというのだが、天体物理の世界では「できる奴」は初めから「できる」、できない人がいくら努力して勉強しようと、はじめからできる奴にはけっして届かないのだという。生物学の分野ではそんなことはない。
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天体物理では、ただ数学ができたり、物理学が特異であっただけでは不十分で、「無味乾燥とも言える数式を天体の四次元像と結びつける能力」が要求されるのだという。私たちが現在、CGによってかろうじて可視化できるイメージを、そんな道具立てなしに「見え」なくては務まらない。
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将棋や天体物理の世界では、いわゆる健常者では逆に務まらない分野なのである。 人類の社会には、古来、そうした「オルタナティブな頭の使い方」をしなければ対処できないような領域が、数多くセットされてきたということだろう。
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著者自身は軽い多動傾向があるという。そして、研究者としてはそれが有利に働いているようだという。 研究に必須の創造性には、普段意識に上ってこない自明性、その前提を露わにし、改めてそれを問い返すことが求められる。
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ー私には、多動の人間には、これに長けている者が相対的に多いように思えてならない。つまり、非ジョーシキなのだ。好奇心も強い。世の中をもの珍しく感ずることが多い。キョロキョロして生活しているので、常識人なら「当たり前」のことも、当たり前でなくなる。それで新たな発見につながる...(201)
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多動の人間は、過去を振り返らない。悪く言うと反省しない。だが、研究に反省が必要だろうか。著者は、「むろん過去の反省に立って、将来は見通される者には違いない」と書き、すぐに「けれども、理屈上のことに過ぎないという感を強く持っている」と否定する。(この文体も多動っぽいのだが…)
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ー今までほかの人が誰も考えつかなかったことを考え出すのに、今までなされてきたことは本質的に役に立たない。(202) ところで、私は研究者ではないが、明らかに多動傾向がある。多動傾向のある人のこだわりのなさ、未来への熱中には、深く通じるものを感じる。
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アメリカの多動性・衝動性の子どもについての判断基準は以下の通りだ。この9項目で6つ以上の基準を満たすと多動性と判断される。 1.手足をせわしなく動かしたり、座っている時にももじもじする。 2.教室内で席を離れたり、座っていなくてはならない状況下で席を立つ。↓
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3.不適切な状況で走り回ったり、よじ上ったりする。 4.休みの時間を、静かに遊んで過ごすことができない。 5.たえず活動しており、まるで「動力に駆られる」ようにふるまう。 6.過度に話す。 7.質問が終わる前に、だしぬけにしゃべる。 8.順番を待つことができない。 9.他人の邪魔をする。
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ところで、この多動性指標をほとんどすべて満たすキャラクターがミッキーマウスである。著者はディズニーもまた多動であったのだろうと推察する。
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