「群青物語 〜青き追憶の呪い〜」「群青物語 〜青き追憶の呪い〜」

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09.子狐の呪い

思い出すは母の匂い。あのぬくもりだけは忘れられぬ。
だが、幾代も前にそのぬくもりを奪われ、我が魂が非業のうちに失したのだろうとは、朧気に思い出せる。
何故人間を呪うのか、何故人間が憎いのか、その仔細は思い出せぬ。
考えるだけ無駄なのかも知れぬ。
我が魂の宿命は、人間を呪い、そして孤独の世界に送り込むことだけ。
だが、それには「器」が必要である。
誰でも良い。その人間の器を乗っ取り入れ替わってしまえば、後の呪いは容易である。誰も我を警戒せず、素知らぬうちに孤独の世界に放逐する。

思ったとおり、知念とか言う器を手に入れた我は、容易く他の七人を呪うことが出来た。
だが、母のぬくもりは戻って来ぬ。
思案に明け暮れていた折に、ふと孤独の世界の境界が乱れていることに気づく。良からぬ匂い。良からぬ気配。
誰ぞ名も知れぬ者が、八人を救い出そうとしている?
その者の動向を追う。我が消していった人間の失踪地に赴き、「ぱそこん」やら「すまほ」などと云う発光する石版に向かって、何やら指先で叩いている。そして一通り「かめら」なるものでカシャカシャと不思議な音を出しながら、くまなく現場を調べたかと思うと、「なるほど、そういうことか」などと一人呟いている。
この者は何なのだ? 先刻もあの石版を耳にあて、「あ、どうもどうも、るぽらいたーです」などと独り言を言っていたし。
しかもその男、怪しき石版を使うだけではない。
あの忌まわしき村の匂いがするのだ。
……あの村はとうに滅びたはず。その匂いなどするわけがない。
だが……もしこの怪しき者がその村の末裔であったとしたら。あの村の村人は全て孤独の世界に送ったはず。だがもし、あの最後の生き残り……里へ下り我が呪いを辺りに知らしめた者の子孫だとすれば。この者がその「孤独の世界を自由に行き来できる」遺伝子を受け継いだ者なのだとしたら。
やはりこの男は危険だ。
この者も、あの七人と同じように、厳重に孤独に閉じ込めなければならぬ。 

思い出すは母の匂い。あのぬくもりを、我はもう一度手に入れなければ……。