「群青物語 〜青き追憶の呪い〜」「群青物語 〜青き追憶の呪い〜」

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07.八乙女光の呪い

目を覚ますと、そこはトンネルの入り口だった。
霧の濃い闇夜である。目の前には鬱蒼と生い茂る森。忘れられたようにぽつんと佇む公衆電話。先を進む道はない。
このトンネルの出口へと進まなければ、何処へも行けないのだろう。八乙女はぼんやりとそんな事を思う。
頼りないトンネルの光の中を、訝しみながら進む。静かすぎる空間に、自分の吐息だけがこだましている。何処からか規則的に、水がしたたる音が響く。
どれだけ歩いたのだろう、ようやく眼前に外の光が迫ってくる。出口だ。
「帰ってコーヒーでも飲もう」
そう思った矢先のことである。
八乙女はふと、その出口付近に転がる何かに目を止めた。
動物の骨だ。小動物ほどの大きさの骨。
「きもちわるぅ……」
ついそんな言葉が口から出る。その骨を避け、出口へと進む。
だが――、
「出口が……入り口だ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
しかし、それ以外に形容しようがない。生い茂る森を背にトンネルを進んだはずなのに、目の前には何故かまたその森が行く手を阻んでいるのだ。
「どゆこと? いつの間にかUターンしたっけ?」
何も判然とせぬまま、八乙女はまた『出口』へと歩を進める。
今度は間違わないように、いつの間にかUターンしていないように、何度も振り返りながら、『入り口』を確認しながら進む。耳鳴りがする。
そして――、ようやく辿り着いたその出口は、またしても入り口だった。
先刻とまったく同じ動物の骨。立ちはだかる森。公衆電話。
泣きそうになるのをこらえながら、八乙女は戻り、戻り続けた。
だがどこまで走っても、何処まで戻っても、同じ骨と同じ入口にたどり着いてしまう。
苛立ちを抑えきれず、何度見たか分からないその骨を勢いよくトンネルの壁へと蹴りつける。
またトンネルを進み、同じように出口へと歩く。だがやはり、どこまで進もうとも、出口は入り口であるばかり。
八乙女は、自分の中にある何かが失われていくのに気付いた。恐怖と不安は動揺を凌駕し、何を取り戻すためかも分からない笑いばかりに転化された。
八乙女の乾いた笑いだけが、トンネルにこだました。
その後に寂しく残る虚無。
投げやりに自分の足を前に運ぶ。もはや進む先が入り口なのか出口なのかも分からない。
だが景色は一変する。半円に切り取られたトンネルから見える闇夜の光の中に、人型の暗い影が落ちている。
誰か立っているのだろうか。
笑いも潰えた八乙女は、殊さらに訝しんでその人影に目を凝らす。
振り返った人影は、黒衣を纏った何とも面妖な、狐の面を被った中背の男。
突如として八乙女へと疾走し、あれよあれよという間に追い詰める。
追い詰められた八乙女は、成すすべもなく、抵抗もできず、ただ目を伏せるのに精一杯だった。
狐の手が八乙女に伸びる。
助けて――!

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