Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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防人の詭計 01/12/04

 冬の海は荒れるとはよく言われているが、12月初頭とはいえ東シナ海は穏やかだった。

 

(日本海側だと、もうちょっと荒れてるのかな。いやさすがは大和級、ということか?)

 

 いま武は、帝国海軍第六艦隊旗艦たる改大和級戦艦出雲に搭乗していた。

 水上艦に乗った経験など、薄れている幾度の世界線の記憶を紐解いても数えるほどだ。が、それでもこの艦が思っていた以上に安定していることに、少しばかり感動していた。

 

 元々出雲は改大和級として、船体後部三番砲塔を撤去して飛行甲板と格納庫を備えた航空戦艦として設計されている。BETA大戦勃発後は、他の戦艦と同様にVLSの搭載や対レーザー構造と耐熱対弾装甲への換装などの対BETA戦改装に加え、航空機ではなく戦術機を運用できるようにも改修された。

 竣工からすでに半世紀近く経っているが、その改修のお陰と元来の巨大さから艦内は新鋭艦と遜色のない設備と居住性とを獲得している。

 

 目前に迫っている北九州防衛において、帝国海軍はこの出雲を旗艦とする第六艦隊を主戦力として対馬南方に展開させていた。

 

 

 

(しかし……他部隊へのXM3教導が重要だとは判ってたんだが、中隊での合同訓練の時間が取れなかったのは問題だよなぁ)

 

 A-01の第一中隊が再編されて以来、まともに中隊全体で訓練をしたことなど、最初の三日くらいのものだ。

 それ以後は、武たち第一小隊が斯衛での合同訓練に参加していたときは、残りの第二第三小隊は富士教導隊との訓練だった。その後はわずかな事後報告と今後の教導方針の打ち合わせだけで、ふたたび別行動となる予定だったのだ。

 

 そもそも中隊全体での訓練どころか、富士教導隊と斯衛から挙げられた問題点などの洗い出しなどで、その後も訓練項目の見直しや、他小隊長との打ち合わせに時間を取られ、冥夜だけでなく他の中隊の新人組とはゆっくりと言葉を交わす間さえなかった。

 

 そして想定されていた以上にBETAの九州侵攻が早く、二度目の教導任務に就く前にこの第六艦隊に間借りするような形で配属された。

 

 

 

 A-01全隊が九州防衛に参加すると決定されて移動が始まったのは数日前だが、他の中隊は陸路で九州に入っているという。ターニャであればその展開先も知らされているかもしれないが、武もまりもも詳細は伝えられていない。

 

 A-01は国連軍の太平洋方面第11軍に属するが、命令系統は完全に独立しており、第四計画推進のためであれば夕呼の一存で運用できる。補給や整備に関してもかなりの部分が部隊内で完結しており、ある意味では夕呼の好き勝手に戦場を選ぶことも可能だ。

 

 だが武たちの第一中隊だけは、XM3のデモ部隊としてさらに特異な立ち位置となる。

 先日の教導任務もそうだが、第一中隊は帝国軍など外部との連携を目的に編成・運用されている。それもあって武と冥夜以外の中隊員は、横須賀から自身の戦術機と共に帝国海軍所属の戦術機母艦に乗り込んで、海路でこの北九州まで来ている。

 またそちらには第19独立警護小隊の三人も同乗していた。

 

 

 

 この出雲に乗艦したのは、A-01からは武と冥夜そしてターニャの三人、斯衛からは真那の一人だけである。

 

 対外的に公表しにくい冥夜の立場もあり、帝都を出たのは今朝だ。

 移動にかける時間も実際のところギリギリだった。北九州までは武御雷とともに輸送機で、その後簡単なチェックのみで発進、つい先ほど冥夜と真那ともにこの出雲に着艦したところである。作戦開始までの居室として特例的に佐官同等の部屋が与えられたものの、使うのは今日一日くらいの予定だ。

 

 そして今もその居室で寛ぐ間もなく、強化装備から礼服に着替えた上で、司令長官公室へと案内されている。

 

 

 

 

 

 

「なんというか、いきなりでスマン」

 先導する海軍の下士官には聞こえない程度の小声で、武は横を歩く冥夜に詫びた。

 とは言うものの今から予定されている会食にしても、気が引けているのは武だけのようで、ターニャは当然として冥夜も落ち着いたものだ。

 

「ふふ、いきなりではなかろう? こういう『役割』が与えられるということは、予測していたことだ」

 すまなさそうに身を屈める武に対し、冥夜のほうは薄く笑いを浮かべたままに答える。

 

 斯衛との合同訓練、その横で冥夜には悠陽と二人きりでの時間を過ごせるようにと、真那たちに手を回して貰っていた。

 

 ただ、武自身は他の斯衛との訓練もあり、二人がどれほどの時間を共に過ごし言葉を交わせていたのかは、実のところ判らない。それでも訓練期間が終わり白陵基地に戻る際には、冥夜が今まで身に纏っていた張り詰めいていた空気は、どこか薄らいではいたと武には感じられた。

 

「気にするでない。この身の使いようそなたに任すと、何度も申しておろう? 此度の件もその一環、いや今からこそが始まりなのだからな」

「だけど、なぁ……」

 

 冥夜は軽く笑ってはいるものの、いま武たち三人だけがこの出雲に乗り込んでいるのは、「御剣冥夜」という立場を用いるための、どこか謀略じみた行動なのだ。

 今からどころか、冥夜は今朝から実質的には「煌武院悠陽」として扱われてる。それもあって、普段以上に悠然とした立ち居振る舞いを心がけているのかもしれない。

 

 自分が言い出したことだとは言え、武にしてみればどうしても冥夜に対して負い目を感じてしまう。

 

 

 

 そして冥夜自身が改めて悠陽の影として生きることを選択し、それを実行し始めたことで、真那の武に対する警戒度も傍目から見ても判るほどに下がっていた。

 

 もちろん冥夜の警護として今なおその正体が不透明な武に対する緊張感は維持しているのだが、このところは武を第19独立警護小隊の三人同様に、冥夜の警護の一員として扱っている節があった。

 

 艦内を歩く今も、斯衛の中尉という階級にも関わらず真那はターニャと並び最後尾に付いている。

 冥夜の護衛という意味であれば、右後方に付くことは当然ともいえる位置ではある。そしてそれは同時に、冥夜の横、あるいは前方を武にならば任せられるという意思とも見て取れた。

 

 ただ喀什攻略に冥夜を参加させるという点においては、間違いなく反対しているのだろうが、さすがにそれを表に出すことはない。

 

 

 

 

 

 

 艦内の警備を最大限動員して、後部格納庫からこの部屋までの間、完全に人払いしていたのだろう。作戦開始前の艦内とは思えぬほどに、誰ともすれ違わないまま、司令長官公室に着いた。

 

『入っていただきたまえ』

 

 何も告げずノックだけで、室内からは返答があった。

 ここまで案内してくれた下士官も一切の口を挟まず、武たち四人が入った後に、静かに扉を閉じた。

 

「お待ちしておりました」

 部屋に居たのは壮年の海軍将官が二人に、あとはおそらく給仕役に残った下士官だけだ。

 

 

 

(って、これをどうすりゃいいんだよ……)

 

 だが、その第六艦隊司令長官たる山口提督と出雲艦長の二人から敬礼で向かい入れられ、尉官としての立場でしかない三人は揃って返礼するものの、手を下ろすタイミングを計りかねていた。

 

「お招きありがとうございます、山口提督。お久しぶり、と申すべきでしょうかな?」

 そんな中で、いつも通りとでも言うべきどこか軽い笑いを含んだ声でターニャが礼を崩し、ようやく誰もが手を下げることが出来た。

 

「覚えていただいていたとは光栄ですな。まずは皆様も席にお座りください」

 山口にしてみてもターニャの事情は理解していたようで、どう見ても10歳程度の少女に対するものではなく国連高官への対応と、そして悠陽に対する礼を持って迎えいれる。

 

 

 

 冥夜の件を無視したとしても、ターニャ本来の地位と第六艦隊司令長官として歓迎すべき山口の立場を考えれば、司令長官公室での会食は通常であればフルコースである。

 

 ただ武と冥夜は国連軍少尉であり、表向きはターニャにしても今は二人と同じく少尉でしかない。階級が最も高い真那にしても、武家としての序列はともかく、あくまで帝国斯衛軍の中尉だ。

 艦隊司令長官に会食に招待されるような地位ではない。

 

 しかしながら今回の場合は、事情が事情なので略式でと事前に伝えている。この場に招かれているのは一応は尉官のみという異例ずくめだ。関与する人員を極力少なくしているという面もあり、給仕は一人だけで、かつ料理もコースではなく、すでにコーヒーまで用意された簡易なものである。

 

 

 

 一般的な儀礼を排し、給仕担当の下士官が退出して、ようやく山口が口を開く。

 ただし相手はターニャだ。

 

「改めまして、此度の大役にこの出雲を選んでいただき、乗組員一同を代表して感謝いたします、事務次官補殿」

「いえ、こちらこそ無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます」

 

 それに防衛に当たる艦隊を指定したわけではありません、と苦笑するかのようにターニャは続けた。

 

「たしかに。最初に戦術機三機を受け入れろとだけ斯衛から打診されたときは、何事かと思いましたよ」

 山口もそう笑って返す。

 

 対BETA戦において航空機の運用が困難となってはいるものの、まったく使われていないわけではない。UAVによる偵察などはその中でも重要な役割だ。

 航空戦艦というきわめて珍しいカテゴリの出雲が艦隊旗艦として抜擢されているのは、戦艦としての火力ではなくその防御力と航空機運用能力を並列できる指揮中枢として期待されてのことだ。

 艦隊旗艦としての出雲は、情報の集積と分析こそが実のところ主任務であり、艦後方の甲板を戦術機に回すような余裕は本来ならあるはずもないのだ。

 

 第一ターニャにしてもこの出雲に乗艦しているのも、表向きはA-01第一中隊CPのターシャ・ティクレティウス少尉としてであり、明日以降はその任に就くことになっている。

 

 

 

「まあそれに正直なところ、ブルー・リッジでは政治的問題以前に、写真栄えいたしませんからな」

 コーヒーカップ片手に、無表情でありながらもクツクツと笑う声を上げているところを見るに、一応は冗談のつもりらしい。

 

 その言葉に、真那がわずかに顔を強張らせる。

 だが、ブルー・リッジという名に覚えのない武には、今のどこに真那が怒りをおぼえるのかが判らない。

 

「ブルー・リッジ……とは何でしょうか、事務次官補?」

 

 上官同士の会話に口を挟むべきかどうか一瞬は躊躇ったものの、冥夜がふと何かを思い出そうとするかのように眼を細めたのを横で感じて、どうやら判っていないのは自分だけではないと思い、問う。

 

「ふむ? 白銀少尉は知らぬのか? 第七艦隊旗艦だぞ?」

「え……?」

「ブルー・リッジ級揚陸指揮艦のネームシップでもある。まあ今回の防衛戦には、まだ参加はしていないがな」

 

 場合によっては増援を引き連れて、遅れての参加になるだろうとターニャは続ける。

 

 

 

「ああ……なるほど、さすがにそれは、たしかに政治的に無理がありますが、見栄えが悪い、のですか?」

 

 この世界線では日本の対米感情はさほど悪くはないとは言え、さすがに紫の武御雷が第七艦隊旗艦にまともな随伴も連れずに乗り込むのは問題どころの話ではない。だが、ターニャや山口が苦笑しているのは、その艦の見た目のようだ。

 

「旗艦だから表敬訪問などにも使われてはいるのだが、機能美……と言ってしまえばそのとおりなのだろうが、正直に言って広告素材としては見栄えが良くない」

「一般の方には、判り辛い艦なのだよ。揚陸指揮艦というカテゴリどおりに、指揮通信能力だけに特化したような艦でね。前後共にフラットな甲板の上に最小限の艦橋部とあとは各種のアンテナだけが並ぶ形状なのだ」

「なるほど?」

 

 いまいち形が想像できないが、確かにその話だけ聞けば、明日予定されていることに使うには、少々殺風景にも思えてくる。

 

 

 

「残念ながらこの出雲は確かに年寄りで、先の改修をもってしてももはや戦闘能力としては二線級ですが、美しい船だとは自負しております」

 

 山口が誇るように口にする言葉通り、半世紀近く前に設計された複雑かつ巨大な艦橋構造物は、今主流となりつつあるミサイルフリゲート艦とは異なった、ある種の美しさが間違いなくある。

 

「失礼ながら、戦闘能力が低い、のでありますか?」

 ただ、武が気になったのは、戦力が低いという点だ。

 無知を晒すようではあるが戦術機衛士でしかない武には、たとえ戦艦といえどもどれほどの能力があるのかは正確には知りえない。

 先ほど口を挟んだ流れで、このまま問いを続けてしまう。

 

「白銀君。君はこの船の主兵装を何だと思う?」

「大和級といえば、やはり46センチ砲なのでしょうが……提督がそのように問われるということは、改修時に搭載されたVLSのほうでしょうか?」

 

 他の大和級などと同様に、この出雲も見た目での主兵装といえば間違いなく、第三砲塔がないとはいえ46センチ砲だろう。

 だが他の戦艦と同様に、対BETA戦が開始された後に改修されて組み込まれた兵装の中でも代表的なものが、128セルにも及ぶVLSだ。

 

 

 

「残念ながら、そのどちらでもないのだよ」

 自虐的とまでは行かないが、山口の言葉には苦笑が混ざる。

 

「単純な射撃速度などは今なお戦艦の主砲群が優位ではあるが、艦隊での投射火力の主体は対馬級などによるMLRSに代わりつつある」

 MLRSは、カートリッジ式ともいえる装弾システムを採用しているために、ロケット兵器としては異例なほどに再装填が早い。さらに昨今では戦術機開発などからの技術転移もあり、ランチャーユニットの旋回速度の向上や、機械化歩兵を再装填に用いることで時間短縮を図っている。

 それに戦艦や巡洋艦の主砲塔の射程延長は非常に困難だ。対してMLRSなどに代表されるロケット砲であれば、極論推進剤を増やすだけで射程は伸びる。もちろんそれに合わせて弾頭の子弾の数は減るが、射程の長さは水平線という光線級に対する絶対の盾をもたらす。

 

 MLRSのロケット弾は確かに高い。が、兵器ユニット全体としてみれば、砲身寿命という問題がある艦砲もけして安い兵器ではない。将来的には弾頭単価も砲身単価も低い電磁投射砲が主流になっていくのだろうが、今はまだ実験試作レベルであり実戦配備はまだ先である。

 

「そしてVLSによるミサイル攻撃は、その搭載弾数という最大の問題がある」

 VLSから撃ち出される各種の対地ミサイルも強力かつ長射程ではあるものの、数が限られる。しかも再装填には港に戻る必要もあり、また時間もかかる。対BETA戦のような中長期にわたる防衛戦では使いにくい装備の一つだ。

 

 

 

「結局、この出雲においてさえも一番使い勝手がよい兵装は、主砲でも副砲でもなく、76mmなのだよ」

「……は?」

 

 どこか嗤うように告げられた言葉の意味が一瞬理解できず、武は上官への礼儀など忘れてしまい、呆けたような声を漏らしてしまった。

 

「あ、いや。失礼いたしました。76mmというと小型艦艇用の主砲塔だったと記憶しているのですが……」

 艦艇用の砲などには詳しくはないが、武の記憶にあるそれは戦艦などであれば副砲どころか、少し大きめの対空砲程度の認識だった。

 

「その76mmだ、BETA大戦が始まる前、イタリアのOTTが開発した砲でね」

 

 OTT 62口径76mm砲。

 BETA大戦の始まる以前から各国で採用されているこの砲は、発射速度は毎分85発、有効射程で15kmを超える。艦砲としては射程は短いが、それを補って余りある速度と命中性を持っており、対地攻撃兵装としては何よりも優秀なのだ。

 そしてOTTはイタリア陥落前には、アメリカに開発環境を移しており、現在では更なる射程延長とGPS・赤外線誘導を導入した誘導砲弾への対応を研究しているという。

 

 

 

「一番の敵は、そういう意味では天候、とくに台風ですな。海が荒れれば小型艦艇からの砲撃は精度が落ちますし、各種ロケット弾の弾道にも影響が出る。そういう意味では今なおこの出雲のような戦艦など、出番はあると言えばあるものなのですよ」

 

 逆に今なお世界最大級を誇る46センチ砲は、風雨の影響を比較的受けにくい。また光線級の上陸を許してしまった後には、やはり対レーザー装甲を持つ戦艦こそが重要だという。

 

「なるほど。それで二線級、ということですか」

「だが安心して欲しい。逆に言えばその76mmを主兵装とする小型艦艇が今回の防衛戦では多数展開している。BETAの上陸直後を狙っての、海岸線への掃討でその大多数を制圧可能だと、我々は判断している」

 

 それに陸の皆様も、似たような運営で各島嶼部に砲陣地を築くいているしね、と山口は続けた。

 

 

 

「つまりは、勝てるとお考えですかな、提督?」

 武と、そしてその先の冥夜への説明という意味が多分に含まれていた山口の話の区切りに、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたターニャが、そう切り込む。

 

「さて……その問いに対する答えといたしましては、今回の大規模侵攻に限って言えば、防衛は可能と言えましょう」

 問うたのはターニャだが、冥夜を見て山口はそう答える。

 

 山口を始め海軍には「国連軍衛士の御剣冥夜少尉」と話を通しているものの、おそらくは誰一人としてその話を信じては居ないようだ。

 間違いなく、冥夜を悠陽と捉えた上で、勝てると断言する。

 

 それは何も楽観論や自己保身のためではない。

 

 海を挟んだ対BETA防衛線の構築方法は、イギリス本土やアラビアそしてマレーのクラ海峡などですでに実績が積み上げられており、一度や二度の侵攻で食い破られることはないと海軍としては断言できるのだ。

 

 なんといってもBETAは水中では攻撃的挙動を取らない。海であれ河川であれ、BETAはその種を問わず地上に上がらない限りは、ただ闇雲に前進するだけだ。

 

 水上艦艇からしてみれば、海岸に並ぶBETAを背後から文字通りに釣瓶打ちするだけでよいのである。天候にさえ問題なければ、ミサイル艇や魚雷艇などの小型艦艇からの砲撃で、対処できる。

 もちろん光線級が上陸しさらに高所を取られてしまえば、そのような小型艦艇は立場が逆転しよい的となるが、それまでは一方的に安全な位置から攻撃が可能だ。

 

 BETA支配地域への侵攻であれば話は変わるが、防衛だけであればよほどのことがない限りは戦線を維持できるといえる。

 

 

 

「ただし、それはあくまで今回に限り、ということです。今後もBETAの侵攻は続くでしょう。そして何よりも今回は天候に恵まれております」

「……やはり台風などが厳しい、ということでしょうか?」

 

 他世界線における1998年の大規模侵攻らの本土壊滅の歴史を知る武としては、どうしてもそう聞いてしまう。

 武自身は直接参加したわけではないが、後々その戦闘記録などを見返す機会は何度かあった。そういった記録から読み取れたのは、九州への上陸を許した後の混乱はともかく、最初の海上防衛に失敗したのは間違いなく天候のせいだったということだ。

 

「白銀君の懸念するとおりだ。先の補給の話もそうなのだが、我ら海軍というのはなかなかに十全の能力を発揮することが困難なのですよ。いや陸の方もそうでしょうが、雨風というのは我ら人類にとって今なお最大の敵でありますな」

 

「対してBETAは、さすがは宇宙土木機械といいますか、全天候対応ですからな」

 ターニャがそう吐き捨てるように言う。

 海や河川などで移動速度を落とすとはいえ、台風程度ではBETAの陸上侵攻は停滞しない。もちろん大規模な洪水でもあれば遅滞するが、そこまでいけば人類側も当然適切な迎撃行動など取りようがない。

 

「そうですな。今回は12月とは思えぬほどに好天に恵まれております。ですが年を明けてもこれが続くとは楽観できません」

 

 何かの綻びがあれば、九州への上陸を許してしまう。そしてその綻びとなりうるのは、天候という人類が制御できない要因だ。

 

 なにも海軍だけが戦っていくわけではない。ただ海軍の支援がなければ、陸は泥沼の撤退戦を行う以外に対処しようがない。

 この世界線では市民の疎開も進んでおり、最悪は九州全土を使った焦土戦が展開できる。だがそれは市民の被害が少ないとはいえ、帝国陸軍をすりつぶしていく、文字通りの消耗戦だ。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補殿。率直に申し上げますが……」

 

 それまで温和な、どこか好々爺とでも言うべき山口であったが、今は射殺さんばかりにターニャを睨みつけている。

 

「我々帝国軍人……いや日本に生まれ育った者の一人として、BELKA計画は決して受け入れることが出来ません」

 

 

 

 ――秘匿呼称、Be extremely larger k arrangement. (BELKA)。

 

 ――数的飽和限界を超えた、敵地上部隊の大規模侵攻に対する一つの行着く末。

 ――一つの解答としてJASRAがNATO軍の対WTOドクトリンを応用し紅旗作戦以来の実戦教訓を加味して提案した其れ。

 

 ――『平和的』な科学の力でもって『人類に敵対的な地球外起源種』に対する『防衛的』陣地急造計画。

 

 

 

 帝国海軍が海上防衛に失敗した場合の救済案としてJASRAが提示したのは、かつてユーロでパレオロゴス作戦が「失敗した場合における予備案」として提案し、それでありながら統合参謀本部の激烈なまでの反対により頓挫、棄却された計画だった。

 

 

 

 

 

 




斯衛での教導バトルを書こうかと思いつつ、それだと話進まないなぁとざくっと飛んで九州防衛の直前です。といいますか冥夜の演説?まで入れる予定が字数増えすぎて妙なところでちょっと切ってます。おかげで?多分次はもうちょっと早く続きが上げられる、はずだといいなぁ……

山口提督はTEのアニメ版に出ていますが、出雲自体はいまいち細かな艤装が判らないので紀伊級のを参考にしてます。

で、よーやくBELKA計画ですが、ホントにやったら原作マブラヴの反米感情レベルじゃなくて国連脱退レベルな気がしてきた?

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