Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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黒白の磨光 01/11/24

 どうしてこうなった、とはさすがに武としても口にはしない。それ以前にどうせこうなるという予測もあった。だが、さすがに今の眼前の状況ほどに、無理がある想定はしていなかっただけだ。

 

(というか事務次官補、こうなることを想定して煽ってたんだな。まったく……気付けよ、俺も)

 

 

 

 普段より少しばかり早く朝の支度を整えた後、真那たち第19独立警護小隊の四名に先導され白陵基地を出たところまでは、任務地が変わるとはいえ通常の範疇だと思っていた。

 今日から一週間を予定している斯衛との合同訓練においては、第19独立警護小隊も元の所属である第16大隊に復帰して参加する。護衛対象たる冥夜が移動するのだから、それは当然の措置だ。

 

 そして移動中の車内でターニャから指示された、降車後の並びに少し違和感を感じたが、斯衛の基地に不慣れな自分たちであればおかしくはないかと、意識から外してしまっていた。

 

 

 

 先導する真那の次にまりもと武そして冥夜と続き、ターニャと純夏、最後にわずかに距離を取って神代たち白の三人とという、その命令。

 

 おそらくは真那たちはターニャの意図を察して指示を受け入れていたのだろう。が、その並びが斯衛という組織とそこに属する者たちからすれば、どういう意味を持つのかということに、そのときの武はあまり深く考えていなかったといえる。

 

 その指示を聞いたときの冥夜のいつにも増して緊張した返答、そして何かを受け入れるかのように深く眼を閉じたことを、いま少し考えておくべきだったのだ。

 

 赤の月詠を先頭にしているとはいえ、白の三人よりも前に在日国連軍が「御剣冥夜」の前を護っているという形なのだ。「御剣冥夜」が対外的には国連軍所属の少尉であるとはいえ、実情を知らぬ斯衛の兵たちにとっては受け入れることが難しい。

 

 特に武はその中でも唯一の男性である。

 結果、武に向けられる視線は羨望と憎しみの合い混ざった複雑なものとなっていた。

 

 

 

 それでも予定が詰まっているためと、着任の挨拶などの前に強化装備への着替えが指示されたときにはまだ、周囲からの視線を斯衛衛士特有の権威主義的な敵意かと軽く流してしまっていた。

 

 まりもが本日以降の予定確認のために離れたことも、ターニャがシミュレータのセッティングに向かったことも、どうやらある程度は想定のうちだったのだろう。

 

(相手側のガス抜きに使うなら、最初からそう言ってくれれば良いものを)

 

 武とて、かつての自分がどれほど周囲の思惑を読み取れていなかったかということは、自覚しつつある。が、それでも今この世界で眼が覚めてからは、人並み程度には空気を読んでるつもりなのだ。

 斯衛の衛士たちが憤っていることくらいは理解もしている。

 その不満を合同訓練の前に晴らすためのサンドバッグになる程度、二つ返事で引き受けるくらいの度量はあるつもりだ。

 

 とはいうものの半ば騙されたかのような形で、しかも朝も早くから帝国斯衛のシミュレータルームにてコクピットに座っていると言う現状に、諦め気味に溜息の一つも漏らしてしまいそうだった。

 

 

 

『さて。正規の訓練前の、そうだな、ちょっとした準備運動のようなものだ。各自、無理はするなよ?』

 

 武のその姿を見ていたのではないだろうが、無線越しに軽く笑いを含んだ斑鳩崇継の声が聞こえる。

 

 崇継は五摂家の一つである斑鳩の当主であり、今この場における立場としては帝国斯衛軍の最強と謳われる第16大隊の指揮官だ。今の政威大将軍たる煌武院悠陽よりも崇継をという声もあったと言われる程には、文武ともに実績もある。そして部隊の内外への人望ももちろん大きい。

 

『各機、通話はオープンチャンネルとしておく。気になった部分は笑い話程度に指摘しあえ』

『了解ッ!!』

「……了解」

 

 そんな崇継の言葉だったが、それに同意して笑えるほどに余裕ある者は居ない。

 相対する一個小隊、四名の声が気合十分な上に綺麗に揃うのに対し、武の返答は力なく遅れる。

 

(文句があるのも判るけど、BETAの九州上陸が眼前に迫ってるってのは知ってるんだろうに。頭で理解してるだけで実感ができてないのかよ……)

 

 AL世界線でのことだったか? こんなことをしている余裕なんてないだろうと喚いた「シロガネタケル」の、自分でも空回っていたと思える事例を思い出し、強引に意識を落ち着かせる。

 

 

 

 斯衛でのXM3換装に伴う、白陵基地所属の特殊任務部隊A-01部隊との合同訓練。それが名目上のものであり、実質的には武たちによる教導となることは参加する誰もが知っている。それに不満が上がるのは想定の内だ。

 なによりも今から相対することになる四人以外にも、数多くの斯衛軍衛士が武たち国連白陵基地に言葉にしがたい思いを抱えていることも、感情としては理解もできるのだ。

 

 武の経験してきた世界線と異なり、この日本帝国では斯衛の海外派兵も数年前から実施されている。いま武の眼前で息巻いている者たちも「死の八分」を潜り抜けてきた者たちだ。

 そんな彼らが、大陸の、そして対BETA戦の現状が判っていないはずがない。

 

 それで居ながら国連軍、いや武たちA-01に対し風当たりが強いのは、つまるところ悠陽が主導したはずのXM3の開発が、国連という外部に逃げた者たちによって成されたという「事実」に対する憤りだ。

 特に不満げな様子を見せていた者たちが武の相手として選ばれたが、シミュレータでの彼らの黒の武御雷を駆る様子から見て、武家出身者でなくその腕を見込まれて斯衛に入った者のようだ。

 であればなお一層、自分たちの腕を低く見られたと捉えたとしてもおかしくはない。

 結果、腕を見せろと言う話になり、対人演習と言うことに行き着く。

 

 

 

 そこまでであれば武としても予想はしていた。

 以前XM3の「売り込み」に訪れた時も、ターニャの切り替えしがあったから実現はしなかったが、武もあの時点で一度くらいは対人での模擬戦をなさねばならないだろうとは考えていたのだ。

 

(周りが煽るから、余計に話がややこしくなるんだ)

 

 ターニャの指示での、まるで国連軍こそが「御剣冥夜」を護っているかのような振る舞いだけであれば、「御剣冥夜」の偽装強化と言う意味で納得もされたかもしれない。

 それを見て面白がった崇継が、XM3の開発衛士として武を持ち上げるかのような発言をわざと漏らしたのが決定的だった。

 

 どちらかだけであれば、腕前を見せると言う程度で、訓練開始の最初に簡単な立会いだけで済んだかもしれない。

 

 

 

(まあ「御剣冥夜」を偽装するという目論見は、間違いなく成功しているんだ。前向きに考えるか)

 

 冥夜の緊張を思い図れなかったという負い目はできてしまったが、それを差し引いても先ほどからの斯衛の者たちの反応を見れば、偽装工作は達成されている。この場にいるものたちは誰しもが、本土が戦火に見舞われれば煌武院悠陽自らが武御雷を駆るという可能性を、間違いなく肌で感じているはずだ。

 

 崇継とその側近あたりであれば武たちの思惑を読み取っているだろうが、面白がりこそすれ、それをわざわざ口にすることはないはずだ。

 

 

 

(とりあえず一個中隊相手にしろという話が流れただけでも良しとするか。それに斯衛の衛士がどれだけXM3に習熟してるのか早めに判るという意味では無駄にはならねぇ、よな?)

 

 XM3対応型のCPUやシミュレータは、在日国連軍のA-01連隊と帝国本土防衛軍の富士教導隊、そして事前の交渉どおりに斯衛に優先して配備が進められている。

 A-01には先日のトライアルの前には予備も含め行き渡っており、斯衛と富士教導隊のほうにも十分な数が渡っているという。

 

 実際、武御雷だけで構成される第16大隊では、武たちが教導用の資料を製作していたこの一週間の間に、独自に訓練を進めていたと聞く。帝国最強とまで噂される第16大隊の衛士たちがどのようにXM3を用いているのかということには武とて純粋に興味があった。

 

 そしてなによりも、いくつか不満に思う点はあるものの、武とて今から教導する相手の腕は見ておきたい。

 

 

 

 少しずつ眼前の模擬戦に意思を集中させながら、コクピット周りのセッティングと装備選択を進める。

 

 相手方の技量を確認すると言う意味合いで、武は少しばかり変則的な装備を予定していた。

 利き腕たる右腕に、大型の盾である92式多目的追加装甲を。

 左腕に87式突撃砲を。こちらは銃剣として65式近接戦闘短刀を、そして増設された肩部ウインチワイヤーをスリングとして懸架している改修仕様だ。

 

 帝国の戦術機は他国のものと違い、操作に変則的な部分がある。左右のコントロールスティックで、戦術機の左右それぞれの腕を個別に制御するというのが、最大の特徴だろう。長刀などを用いた近接戦闘時に対処しやすいようにと改装されたその仕様は、間違いなく目的を達している。

 ただ機体任せの挙動よりは格段に動きは良いとはいえ、利き腕での制御に比べればどうしても逆腕での制御は甘くなる。

 

 今から行われるのはどちらも帝国製のそれも近接能力に長けた武御雷だ。

 多対一という状況で、相手の技量を見ながら戦うとなれば、利き腕での防御に専念し左での射撃は牽制程度と、武は割り切ってしまうつもりだった。

 

 一瞬、両腕に追加装甲を纏い、背部の可動兵装担架システムに突撃砲を二門担ぐべきかとも考えたが、そこまでしてしまえば様子見の態度があからさま過ぎて、相手の怒りに油を注ぐだけだと思い至り、今の装備となった。

 

 そして一応は背部に74式近接戦闘長刀を二振り懸架しているが、抜くつもりはない。これをもって打ち合うようでは対BETA戦での技量を見るという意味はなくなり、対人類戦の演習となってしまう。

 

 

 

 さすがは斯衛の施設と言うべきか、シミュレータ自体も第四計画直轄のA-01と遜色ないほどに整備されており、着座調整などもスムーズに終わる。

 

 想定された戦場は、BETAの侵攻後の平原部。

 いくつか遮蔽物となるような地形がないわけでもないが、屈むのであればともかく、戦術機が全身を隠せるほどではない。

 

 地形的には各個撃破を狙いにくく、単機で一個小隊を相手にする武にとっては、かなり不利な状況だ。

 

(つまるところ、斯衛の平均以上の腕前があることを証明して見せろってことだろ?)

 

 相手の数が一個小隊四機なのは、かつて武御雷がまだその名を冠さず、試製98式とだけ呼ばれていたとき、崇継が単機で三機の相手取ったことに合わせてのことかもしれない。

 

 正直なところ小隊程度の包囲射撃であれば、たとえ全機が強襲掃討装備で各四門、合計一六門の突撃砲に一斉掃射されようとも、互角の射撃戦に引き込める程度の自信は武にもある。

 ただそれも、相手の技量を確かめてからのことだ。

 

 

 

 

 

 

『では状況を開始。各自の奮闘に期待する』

 崇継の簡単な言葉で模擬戦は開始された。

 

 純粋な技量の確認ということもあり、双方は荒れた平原を挟み5キロほどの距離を取っているだけだ。戦術機の機動力からすれば、接敵しているも同然である。

 

 普通に考えれば数的不利な武が取るべき行動は、距離を取りつつの後退射撃くらいしかありえない。もう少し距離があれば、追加装甲をドーザーブレードとして用いての簡易壕の作成なども考慮できるが、現状ではあまりに近い。

 

 逆に斯衛の小隊からすれば、数で追い立てての包囲射撃でケリが付く。

 

 

 

 ただどちらもそのような選択はせず、開始の合図があってからもしばらくは棒立ちのままだった。

 そして最初に動きを示したのは、斯衛の小隊長だった。

 

『尋常に立ち会っていただきたいものだな、白銀少尉?』

 

 相手方の小隊長機からの通信が流れるが、その言葉通りに背後に部下の三機を押し留め、ただ一騎で武との距離を歩いて詰めてくる。

 小隊長機らしき正面先頭の機体以外は、銃口をこちらに向けてさえいない

 

 

 

「いえ、せっかくですので小隊全機でお相手していただきたいのですが?」

 

 なにも心理戦を気取って煽っているのではない。

 唯依や第19独立警護小隊の三人の腕を見た上で、一般の斯衛衛士の技量であれば対処できると判断してのことだ。

 無様に負けるつもりもなければ、無闇に圧倒してこれからの教練に影響を残すつもりもなかった。

 

『貴様ッ!!』

 だが武の言葉を挑発と受け取ったのか、一番の若手らしき者が激昂して前に出ようとする。

 が、わずかに手を上げた小隊長によってその動きは制止された。このあたり、斯衛の規律は間違いなく一線級といえる。

 

 

 

「あ~失礼しました。では、こちらとしては好きに行かせて貰います、よ……っと」

『望むところではあるなッ』

 

 睨みあっていても仕方がないと割り切り、武は戦闘に意識を切り替える。

 その気配を感じ取ったらしく、相手の小隊長もどこか獰猛な笑いを見せた

 

 

 

『ふははっ、なるほど確かにこれは伊達ではなさそうだなっ!? 我ら四機がかりでも適わぬかも知れぬぞ、全機散開して射線を取れッ』

 だがその小隊長の笑いは、武が機動を開始した直後から、意味合いが変わった。そして即座に後方の三機を含め小隊としての連携を取り始める。

 

 まずは一対一の射撃戦からかと斯衛の誰もが思っていたであろうが、武はそれを許さなかった。

 わずかな地形の高低差を遮蔽物として利用しながら、地を這うように射線を躱す。

 射線が通りやすい上半身も、その右手に持つ追加装甲で庇いながらの移動だ。当然武からも射撃は困難だが、有効打が与えられそうにないと即座に判断できてしまう斯衛衛士のほうも撃つ機会を掴めないで居た。

 

 

 

(あ~実戦経験が逆に悪いほうに出てるのか? いや既存の戦術機機動としては間違いなく正しいんだけどな)

 

 地形を遮蔽として使うとはいえ、よくて10メートル程度に盛り上がっている程度だ。如何に前傾姿勢で走るとはいえ、場所によっては膝下くらいしか隠せないところも多い。

 その程度で回避が可能なのも、相手が跳ぼうとしないからだ。

 

 無理な発砲もなく、的確に武の機動先を予測しつつ包囲を崩さないところを見るに、間違いなく四人共に衛士としては優秀だ。

 ただ、なまじ斑鳩崇継という優秀な衛士を身近に見ているせいか、XM3の能力を既存の戦術機機動の最優をなぞるためにだけ使っているようにも思える。

 

 

 

「さてそろそろ手を出しますが、その前に少しお聞きしてもよろしいですか?」

 これ以上回避行動を続けていても時間が過ぎるだけだと判り、武は攻めに転じようとする。

 だがふと良い機会だと思い至り、問おうとする。

 

『なにかね、白銀少尉?』

 おそらくは市井出身だろうが、斯衛のそれも実戦経験済みで且つ最強と名高い第16大隊で小隊長を勤めているくらいだ。何らかの答えを持っているのではないかと期待してしまった。

 

 共に軽めに言葉を交わしてはいるものの、すでに彼我の距離は1キロを割り込み、踏み込みの速度によっては剣先さえ届くような距離だ。それを理解していながら、武と相対している小隊長とは、言葉を重ねるべく、射撃での牽制に留めあう。

 

「斯衛の方々……いえ、貴方自身は何のために、何をどうするために戦っておられるのですか?」

 そして、いつか冥夜たちに訊ねたのと同じような、それでいてより具体的な答えを求めた問いを、武は口にする。

 

 

 

『殿下を御護りし、ひいては日本というこの国を護ることこそ、我らが斯衛の使命と捉えているが?』

 教科書的な回答ではあるが、また心からそれを信じているという力強さは、小隊長の言葉から思いはかれる。

 

「ですから、その方法と、その後、を、とっ? 九州上陸を阻止できれば、日本を護ったことになるんですか? それとも京都ですか? あるいはこの帝都城だけかッ? そんな程度で殿下を御護りしてるって言うつもりかよッ!?」

 

 双方の距離はすでに剣の間合いに近く、武の回避にも余裕が失われていく。倒してしまうのであればいいのだが、今は切り結ぶのではなく、話の接ぎ穂が欲しい。

 だが余裕の無さから、苛立ちがこみ上げてくるのもたしかだ。

 

『殿下に仇なすような存在があれば、いかなるものであれ我らはこの刀を持って其れを誅するのみだ』

 殿下の盾であり矛である、それが斯衛だと、疑いもせずに謳いあげる。

 その言葉が、武から一切の躊躇いを押し流してしまった。

 

 

 

「……ああ、なるほど。そうやって結局は、人類同士で争うってことか」

 記憶にある、あの塩に焼かれた大地、

 わずかに残った生存可能な土地でさえ分かち合うことも、共に手を取り合うこともできずに、結局人類同士での戦いを始めてしまった。

 

 もはや薄れ行く記憶の中だが、バビロン災害の後に武の知る「殿下」が笑う様は一度たりともない。共に歩むとの誓いどおり、記憶の限りは最後まで傍に付き添ったはずだが、昨夜のようにただ楽しげに苦笑する顔さえ、見ることはなかったはずだ。

 

 

 

『それが殿下のためであれば、我らは人すら、いや同胞たる日本人さえ斬る』

 斯衛が敵視しているのは、なにもBETAだけではない。周辺諸国はすべからく仮想敵なのだ。そして何よりも、今の将軍職の権限を押さえ込もうとする者たちに対しても、敵として認識しているのだ。

 

「ああ、そうだったよな。判った、良く判りましたよ……それじゃあ、確かに笑って貰えないよな」

 呟くように、相手の小隊長の言葉に同意する。

 あれはいつどのような形だったのか。細部は思い出せないが、武自身も確かに「殿下のため」と、まりもに銃を向けたことがあったのだ。

 

 そんなことを積み重ねている者が隣に居て、あの「殿下」が自責の念を持たないはずがない。

 

 

 

 脚を止めることなく、右の追加装甲も、左の突撃砲も、投棄する。

 少なくとも、この眼前の者たちがこのままでは、いまの殿下にも笑っていただけそうにない。冷めた心で、武はそう判断してしまった。

 

『貴様ァ、逆手で二刀だとッ!? 舐めるのも大概にしておけッ!!』

 

 先ほどから細々と射撃を回避されていることに苛立ったのか、あるいは武が逆手の二刀などというふざけているとしか思えない構えを取ったからか、一番の若手らしき衛士が同じく長刀を抜き、挑みかかってくる。

 両手で上段に構え踏み込みつつ、さらに跳躍ユニット使い距離を詰める。

 

 だがその長刀が振り下ろされる間もなく、二機の黒の武御雷が交差した瞬間、いきなりC型の胸部に刀身が生えたかのように見えた。

 

『…え?』

 背後から逆手での突きがコクピットブロックを貫通しその映像が投影された直後に、C型の頭部が音も無く、ズレた。

 

 振りかぶりからの斬り下しが遅かったわけではない。また斯衛たちが駆るC型より武の乗るF型のほうが推力が高い、というそれだけでは説明のできない速度だった。

 

 

 

『散開するなッ!! 密集しつつ後退射撃だッ』

 驚くべき速度で一機が斬り捨てられたが、それに注意を奪われたのも一瞬だけで、斯衛の小隊長は指示を飛ばす。バックブーストで距離を取りつつ、三機が連携することで射撃密度を上げようとしたのだ。作戦としては間違っていない、

 

 かつての記憶にあるフランス軍など、IFFの作動もあり武が懐に入った瞬間に小隊としての連携を崩し即座に壊滅した。それに比べれば間違いなくこの者たちは優秀だ。

 

『ヤツは挙動の繋ぎが上手いッ! 眼で見てからでは、っクソ』

 

 だが、バックブーストでしかも牽制射撃を加えながらでは、武の速さを振り切れなかった。

 先ほどから距離を詰めていたことも仇となり、退避する間もなく残りの二機も、そのコクピットに刃を立てられる。

 

 唯一残った小隊長も長刀を抜いたが、その刃が武の機体に触れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

『……状況終了。各衛士はシミュレータを離れたまえ』

 

 斯衛の武御雷四機が破壊された後、誰もが言葉を失っていた。

 が、指揮管制室からの崇継の言葉に、深く息を吐くような意味のない呟きが四方から漏れた。

 

「ッたく!!」

 武にしても、短時間での戦闘機動だったので肉体的な疲労はないに等しいが、記憶のフラッシュバックもあり精神的には疲れ果てている。

 

 四機の武御雷をまったくの無傷で下したというのに、何の達成感もない。

 意味のない音を口から漏らし、表情を取り繕う余裕もなく、武も崇継の言葉を受けて這い出るようにシミュレータから離れた。

 

 

 

 今まさに見せ付けられた圧倒的なまでの武の技量と、シミュレータから降りた武の相貌とに、斯衛の者たちは誰もが押し黙り、シミュレータ室には、緊張を孕んだ沈黙だけが満ちていた。

 

「ふむ? 何を騒いでおられるのかと見に参りましたが」

 そんな中、平素の様子で武に近付いたのは、管制室から出てきたターニャだった。

 

 紹介はされていたものの、どう見ても初等科の生徒にしか思えないその立ち姿と、場違いなまでのターニャの落ち着き具合に、斯衛たちの緊張は緩んだものの不信感はいっそう高まっていた。

 

 そんな周囲からの視線などには一切注意を払う素振りを見せず、ターニャはカツカツと靴音を一定のリズムで響かせ、武の前に立つ。

 

「白銀少尉……こちらが機材のセッティングで時間を取られている間に、何をやっているのかと思えば」

 

 力なく立つ武を前にして、下から半眼で睨みつけるような姿勢で、胸元あたりにある頭から、はぁ……とわざとらしく溜息を漏らしてみせる。

 

 そして武の返答を待たずにスッと身を屈めた。

 

 

 

「え、……ぐァっ!?」

「……え?」

 武の呻き声に続き、誰が漏らした言葉か判らないが、それはほぼ室内全員が抱いた驚きからの声だ。

 

 ターニャがその小さな身体をさらに屈めたと見えた直後にはくるりと身を廻し、武の腹にはそのブーツの踵が綺麗にめり込んでいた。

 それどころか、どういう力具合なのか男性としてもそれなりの長身である武が、軽々とシミュレータ・ユニットの壁面に叩きつけられる。

 

 強化装備越しだというのにありえないほどの衝撃に、衛士として鍛えていた身体も耐え切れず、蹲ってしまう。

 だが、それを許容するようなターニャではない。

 

 

 

「なにを寝ている、白銀武? 立て」

 

 珍しくターニャの声が上から響くが、身体の痛みよりも何よりも、武は驚きで動けない。

 

「立てぬのか? まあ良い。さて白銀武、貴様は何者だ?」

「っう……は?」

 

 強化装備を着用していたため、壁面に叩きつけられた衝撃は少ない。だがどういうわけか蹴り上げられた腹は、一切の防壁などなかったかのように、痛みを訴え続けている。

 満足に呼吸することさえ覚束ない。

 

「耳まで壊れたか? 貴様は何者だと聞いている」

「は……はっ、国連太平洋方面第11軍・白陵基地、特殊任務部隊A-01第一大隊第一中隊所属の、白銀武少尉でありますっ!!」

 

 問われている意味は判らないが、今にももう一撃蹴り上げてきそうなターニャの圧力に、軍人として鍛え上げられてきた経験から、官姓名を応えてしまう。

 

 

 

「では白銀少尉。貴様の任務と目的は何だ?」

 一応は合格ということなのか、武の名乗りには文句を挟まず、ターニャがさらに問いかける。

 

(任務? 目的? 俺は何をしたいんだ?)

 このところ頭の片隅に居座り続ける問題意識。

 喀什の攻略方法や、BETA大戦後の世界想定といった、白銀武の身の丈を超えているとしか思えない問題が浮かぶ。

 だがそれらは問題であって目的ではない。

 

「俺の任務はBETAをこの星から駆逐することでありますッ!! そして俺の目的は、人類を護る、皆の未来を護ることでありますッ!!」

 腹の痛みも合わせて纏めて吐き出すかのように、声を出す。

 結局、言葉にしてようやく判る。

 昨夜の冥夜や純夏との話どおりだ。周りの者たちには先のことを笑って話し合えるようになって欲しいのだ。

 

 斯衛の者たちから、殿下と日本とを護るという言葉を聴いておきながら、苛立ちを感じたのは、結局のところ自分でその道筋が想像できないからだ。

 

 BETAからいかに人類を、この星を護るかという方法はまだ形にできてはいない。さらにその後の人類同士の力関係など、まだまだ思いもよらない部分もある。だが、最終的な目的が決まっているのならばあとはその目標に向かって模索するだけだ。

 

 

 

「……ふむ? まあギリギリ及第点、と言うところか。よろしい。それが理解できているなら、先ほどのようなバカな真似は二度と繰り返すな」

 そう言い捨てて、ターニャは武から視線を外し、周囲の斯衛の衛士に向き直る。

 いまだ沈黙の続く室内を一瞥し、無表情に言葉を続けていく。

 

「ああ、我らが隊の新人がお騒がせいたしましたな。大隊長に代わり、お詫び申し上げます」

 一応は頭を下げた形ではあるが、誠意も謝罪の意図もまったく感じられない声音だ。

 

 これから一週間よろしくお願いしますという言葉が続くものの、新しい獲物を見つけたかのような視線で、ターニャはとくひりと嗤った。

 

 

 

 

 

 

 




なんとかギリギリ2月中に投稿です。MHW世界線でG弾の逐次大規模運用とかがなにもかもの原因な気がしております。

というのはともかく、この回で冥夜と殿下の話し合いとか、斯衛と今後の防衛線からカシュガルまでの概略相談とか入れようとしていたプロットに問題があった気がしてます。というわけで多分この第三章第一節斯衛編?はあと1~2回くらいは必要そうです。次こそ早めに更新したい……

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