XM3のトライアルが白陵基地で執り行われる数日前、11月11日、佐渡島ハイヴの存在しないこの世界線においては鉄原ハイヴからの侵攻が見受けられた。
先月に行われた間引き作戦が、G弾の無警告使用により満足な結果が得られなかったことによる、大規模飽和だという推測が既になされている。
G弾推進派としては少なからぬマイナス評価ではあるが、逆に言えばG弾の使い方がある程度判ったともいえる。
その迎撃不可能という性質から、対光線級の兵器として作戦最初期に投入されたが、これが間違いであったとされた。ハイヴの地表構造物や地下茎に対しても想定されていたよりも破壊能力が低く、核と同様に地表に出てきているBETAを排除することを主眼とすべきだという。まずは戦術機などでハイヴからBETAを一定数誘引し、前線が支え切れられなくなる限界でG弾を投下。可能な限りBETA集団を広範囲に巻き込むように使用するべきであろうと、報告されているらしい。
この11日の侵攻を受けて韓国政府及び国連軍は朝鮮半島の防衛放棄を正式に決定。大東亜連合の義勇軍も含め、順次撤退に入った。
このあたりはターニャが以前から勧告し続けている、損耗の抑制を第一義とした遅滞防御の方法論が国連軍のみならず各国でも確立されており、混乱は最小限に抑えられている。
弾薬や燃料などは無理に持ち出さず、現地で順次消費しながら後退を続け、11月中には半島からの完全撤退が完了する予定だ。そして撤退に際し、帝国大陸派遣軍の多くは戦線の後退を支援するため最後まで半島に残るという。
また重慶周辺の個体数の増加も確認されており、鉄原ハイヴへの増強如何によっては台湾か九州への渡海侵攻が予測されている。
もちろん武たちは他世界線での知識を元に、九州から山陰への防衛を重視しているが、残念ながら台湾進攻を完全に否定するほどには、状況的には確たる証拠が無い。
極東に展開している国連太平洋方面第11軍としても、九州防衛にだけ注力するわけにもいかず、台湾と九州、そして樺太方面へと戦力を分散する形となってしまっていた。
「昨日はお疲れ。想像以上の出来上がりだったぞ。疲労も残ってないよな?」
朝食のためにPXに集まった207Bの面々に、武はあらためて労いの言葉を掛ける。
実際のところ通常の教練よりも搭乗時間も短かったために、身体的な疲労はさほどないはずだ。ただXM3に関する質疑応答などにも参加させたために、緊張からくる精神的な負担は大きかったように見えた。
それも夕食の際には笑って話せる程度にはなっていたようで、今は普段と変わりない様子だ。
尊人にいたっては表に出すわけにもいかなかったために、裏方の軽い作業ばかりだったので、そもそもが休日のようなものだった。
一番疲れていそうなのは、数日に渡って文字通りの特訓を強いられていた冥夜だろうが、その武御雷による演舞の後は昼食もとらずに唯依ともども倒れこむように寝込んだらしい。そのおかげか、他の皆と同じく疲労の色は残っていない。
「しかし白銀。そなたこそ昨日から休んでおらぬのではないか?」
「だよね? タケルちゃん、なんか眼の下にクマ作ってない?」
「ん……ああ、まあ事後処理というかいろいろあってな。正直あまり寝てねぇ」
冥夜と純夏から指摘されるが、仕事があったと誤魔化してしまう。細々とした報告書の仕上げなど確かにするべき雑務はあったものの、武が寝不足なのは別の要因だ。
(この二人の顔見たら、また思い返しちまったな。まったく割り切れてねぇのはホント俺自身だよ)
XG-70が使えるかもしれないと聞き、喀什攻略への道標が立ったことを喜ぶよりも、何よりもまず困惑が大きかった。
同じ間違いを事を起すつもりもなければ、より良い方向へと少しずつは変化しているのではないかと感じる一方で、もう一度同じことが起きてしまうのではないかという不安は常に付きまとっている。
はっきりと言えば、もう一度冥夜をこの手で殺さなければならないのではないかという恐れだ。
「徹夜はダメだよタケルちゃん。衛士は身体が資本って言うし」
「身体もそうだが、精神的な疲れか? そなたには無理を掛けていることは知っていたが……許すが良い」
仕事と誤魔化してみたものの、二人ともにまた心配げに武の顔色を伺っている。その上、冥夜にいたっては自分の問題で負担を掛けたと思い込んでいるようだ。
「ああ、気にするな。御剣に直接関することじゃないし、徹夜もしてないぞ? 階級に伴う責任ってヤツのひとつ、というほど格好いいもんでもないな。前から出されてる宿題を片付けようと、下手に考え込んでただけだな」
武にXG-70への蟠りがないとはいえない。もう一度乗れるのかと問われれば、間違いなく躊躇してしまう。
喀什攻略の戦力として、XG-70があれば心強い。
だが、いざ使えるかもしれないと聞かされると、どうしても忌避感を感じてしまう。
そんな自身の逃げるような思考を振り払うために、喀什の攻略計画を練っていたために、寝付けなかっただけだ。
「まあ、後で余裕をみて仮眠は取るさ」
味わいつつも、いつの間にか身に付いてしまっている早食いで朝食を片付け、合成玉露で一服する。
それに武の予定であれば、この後は少しばかり時間が空けられる。
「俺の寝不足はともかく、だ。今日の予定だが、通常の訓練はない。1000に制服で講堂に集合。以降の予定はおって指示がある」
「講堂?」
「白銀……またなにか企んでる?」
疑問の余地のない簡単な指示に対し、千鶴と慧とか問い詰めるような視線とともに言葉にするが、他の四人も訝しげな表情だ。
「何があるのか、白銀さんは知ってるんですよね?」
「まあ、な。時間はあるだろうから、ゆっくり準備してから集まってくれ」
普段の教練の開始時間よりも1時間は遅い。武の寝不足を解消する程度の余裕はある。
「気をつけ!!」
「小隊整れーつッ!」
予定時間より間かなり早くに207Bの皆は講堂に集まっていたものの、なにが始まるのかという漠然として緊張感から、雑談をするほど余裕がある者は居なかった。
国連軍の大尉が講堂の壇上に現れ、まりもと千鶴の号令が掛かった後のほうが、どこか気の緩みが感じられるほどだ。
「休めッ!」
「突然ではあるが、ただ今より、国連太平洋方面第11軍、白陵基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を執り行う」
見知らぬ国連軍大尉が宣言し、予想外のその言葉に皆の顔に驚きが走る。
歓喜よりも驚愕のほうが大きいようだ。
あと数瞬もすれば、喜びを感じられるのだろうが、残念ながらその時間は与えられなかった。
「あ~もうそういうの良いから。これでアンタたちは晴れて国連軍の少尉さんよ。おめでとう。はい、おしまい」
通常通りに格式ばった式の進行をしようとするその大尉に対し、夕呼はいつもの調子で遮るだけでなく、演台に立つまでもなく一気に終わらせてしまう。
武の記憶にある前回の任官の時は、国連軍横浜基地司令のラダビノッド准将からしっかりした挨拶を受けたが、夕呼にそういうことは期待するものではない。
(……そういえば、こっちの基地司令って俺会ったことねぇな)
昨日のトライアルでも見ることのなかった基地司令官だが、解隊式の今日も来ていない。夕呼と対立しているという話もなければ、そもそも愚痴としても話題にされなかった人物なだけに、第四に対しては不干渉の姿勢を貫いているのかもしれない。
式を進行している国連軍の大尉も会ったことのない人物なところを見ると、白陵基地の在日国連軍全体が第四に対して距離を取っているとも考えられる。
(俺が知ってる状況よりも、夕呼先生直轄のA-01の兵力が揃ってるんだから、無理に協力を仰いでいないってことかもな)
「香月副司令官に対し、敬礼ッ!」
「あ、衛士徽章だったっけ? 制服と一緒に置いてあるから、そっちで受け取ってね」
徽章授与さえ放棄して、じゃあねっと軽く手を振って出て行こうとする夕呼に、せめてもの抵抗なのか名を知らぬ国連軍大尉は、型通りの式進行で最後までやり遂げるつもりのようだ。
「以上を以て、国連太平洋方面第11軍・白陵基地衛士訓練学校・第207衛士訓練小隊解隊式を終わる」
そして夕呼が講堂から姿を消したことで、本当に式は終わってしまった。
(クーデターを阻止したわけでもないから悠陽殿下からのお言葉をいただくわけもなし。まあ夕呼先生にしてみれば式に顔出しただけでも義理は果たしたってことなんだろうな)
あるいはまりもをからかうネタを見に来ただけ、という可能性も否定できない。
「207衛士訓練小隊、解散ッ!」
「ありがとうございましたッ!!」
そのまりもは諦めたかのように最後の命令を下し、夕呼の後を追うように出て行く。
「午後のスケジュールを伝える。新任少尉は1300に第7ブリーフィングルームへ集合。配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が行われる予定である。以上」
「敬礼!」
207Bの皆も噂は聞いていたかもしれないが、あまりに自由に振舞う夕呼に付いていけなかったようだった。むしろ大尉の格式ばった対応に合わせる方が気が楽なのか、ようやくいつも通りの調子で答礼した。
「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」
だが平素の様子を保てたのは、一瞬だ。講堂を出て、出迎えてくれたまりもの姿を眼にして、慧ですら涙を浮かべてしまっている。
まりもから初めて敬語で接され、正式に国連軍少尉に任官したことを実感したのだろう。
壬姫や純夏など、泣きじゃくってしまい、言葉も出せないようだ。
(いかん……前回は本気で泣きかけていたはずなんだが、午後からの予定を知っていると、なんというかヘンな罪悪感が沸くな)
任官した達成感とまりもとの別れで涙ぐんでいる皆の姿を見ると、かつてのEX世界線でちょっとした悪戯を仕掛けているような気持ちになってしまい、苦笑が漏れそうになる。
(EX世界線に帰った俺、いやシロガネタケル、か。あいつはちゃんと「まりもちゃん」に卒業式で別れを告げられたのか……いや、こんなことを考えてるってのは、なんだかんだと俺も緊張してるってことか。「神宮寺教官」との別れを)
ふと誤魔化すかのように意識が逸れる。が、その理由に自分で気が付いてしまう。
この儀式が終わってしまえば、武は正式にはまりもの教えを受ける立場ではなくなる。
教師と生徒という立場ではそもそもがなかったが、この世界線において再びまりもから指導を受けられたことは、間違いなく今の武にとっても意味のあることだったのだ。
それでも最後が武の番だ。
どう言葉にするべきか定まらぬままに、まりもに向かい合う。
「神宮司軍曹、短い間でした、だったが、ありがとう」
「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」
判っていても、どうしても今の武はまりもを前にすると敬語になってしまう。途中で何とか口調を整える。
次に告げる言葉は、武としては二度目となってしまう。それに決して同じ人物ではないと意識はするが、そうであってもやはりあらためて伝えておきたいと思い、口にする。
「軍曹の錬成を受けた事を生涯、いや生まれ変わることがあったとしても、誇りに思い続ける。今……今俺がこうしているのも、軍曹のおかげだ」
「そこまでおっしゃっていただけるとは光栄です少尉殿。ですが、少尉殿は元より傑物でした。私は何も益しておりません」
わずかな微笑みと共に返される言葉も以前に聞いた通りだったが、ここでもそう思っていてくれたことに安堵する。
以前よりも隠し事が多いのだ。夕呼のことを知るまりもからしてみれば、一層警戒されていたとしてもおかしくはない立場だったはずだ。
「その上で、白銀少尉には一言申し上げたいことが残っております。よろしいでしょうか?」
「ん? ああ、なんだ軍曹?」
武とまりもとは、一般的な訓練兵と教官という立場からは程遠い立ち位置だった。
けっして今生の別れではないことも、二人ともに理解している。今この場でわざわざあらたまって告げられるような言葉を、武は想像できなかった。
「周りの者を頼ってください。話せぬこと、言葉にできぬことは数多くおありでしょうが、少尉の周囲には力強き仲間たちが常に居ります」
「……ありがとう軍曹。心に留めておこう」
言葉とともに、いつも通りのまさに教本どおりの敬礼を、はじめてまりもから受ける。
それに対し武は、わざと少しばかり崩した敬礼で応えた。
朝から解隊式で午後からブリーフィングに集合などというと余裕があるように感じられるが、そんなことはない。
先のAL世界線と異なり、今回の任官は207Bには知らされていなかったものの、上からすれば予定通りのことだ。皆の国連軍C型軍装が間に合っていないということもない。一応は試着して服のサイズを確認したうえで、ひたすらに受け取りのサインをし続け、受領していく。
武自身も、国連軍C型軍装にも着替えておかねばならない。が、着慣れた制服でもあり手間取るということもない。
「ずーるーいーっ! タケルちゃんだけなんでそんなに余裕あるのさっ!?」
「鑑さんの言うとおりだよ、タケル。さらっと着替え終わってるし」
周囲から文句が出てくるが、さすがにこれは武のせいではない。特務少尉としての地位が与えられていたこともあり、武はすでにC型軍装も強化装備も揃っているのだ。自室に関してもそのまま使用するため、荷造りさえ不要だ。
強化装備に関しては後日あたらめて零式を受け取る予定ではある。そもそも零式衛士強化装備は実質的に武御雷専用ともいえる機材であり、斯衛の管理下にある。国連軍が保有しているわけではないので、今日どうこうすることもではない
少尉としての地位に伴う手配などは、武に関してのみほぼすべて完了していると言ってもいい。
いくつかは自費で購入しなければならない物もあるが、短い期間ながらも手当ても出ていたこともあり、新任少尉特有の貧乏生活になることはなさそうだ。そのことを話すとまたやっかまれそうなので、口には出さない。
「白銀が何かと動いていたのは皆も知っておろう。いま準備が整っているということは、以前に時間を作って処理していたということであろう」
恨み言まで口に出したのは純夏と尊人だけだったが、他の者たちも恨めしげに見ている様子に、冥夜がさすがに呆れたようで口を挟む。
ただ、そう言う冥夜にしても、昨日のトライアルのために強化装備だけは先に受け取っているので、こちらも準備が早い。冥夜は制服のほうは国連軍のものだが、強化装備に関しては武御雷に合わせることと偽装の意味合いも篭めて、紫の零式を使い続ける事となっている。
「まあそう言われれば、あの訓練の期間の最中に任官後の準備をしている余裕なんて私たちにはなかったわね」
武ではなく冥夜の準備が自分たちよりも幾ばかりと進んでいるのを見て、千鶴は事前にどれだけ無理をしていたのかを理解したようだ。そもそもがまだ任官できるほどに技術が身に付いたとは思ってないのかもしれない。
「軍曹、どうやら皆は俺に文句を言えるくらいには余裕があるらしい。次の予定を告げて貰えないか?」
そろそろネタばらしの時間だなと、武はまりもに振り向く。
視線を合わせてから、二人ともににやりと笑う。
「皆さんは明日11月17日午前0時を以て、白陵基地司令部直轄の特殊任務部隊A-01部隊に配属となります」
「……え?」
「え? 白陵基地ってここだよね?」
「司令部直轄って……それも特殊任務部隊って」
まりもの説明に対し、誰もが驚きつつもどう反応していいのか判らないようだ。さすがに皆呆けたような表情を浮かべている。配属先が全員同じ、それもこの基地のままということは予想できるはずもないので仕方がないとは言える。
続けて説明された、自室に関しても以前使っていた個室に戻るだけ、というのも拍子抜けしている要因の一つかもしれない。
「ただ……正式には今お伝えしたように配属は明日からなのですが、すでに所属予定の中隊の方々が集まっておられますので、準備でき次第移動をお願いいたします」
「っ!! みんな急いでっ、先任の方々をお待たせするわけには行かないわっ!」
備品の受け取りも終わり、移動の準備もできているので、今更慌てることもないのだが、先任が待っていると言われては、真面目な千鶴としては急かしたくもなる。
(榊は慌ててるが、まあ急ぐこともないんだがな。少しばかり遅れても文句言いそうなのは……一人くらいか)
隊の編成を知っている武は、手続きの少なさもあって落ち着いたものだ。バタバタと準備して部屋を出て行こうとする皆の様子を、後ろから観察する程度には余裕もあった。
「ああ、そうだ。ちょっといいか?」
「なに白銀? 急がないと……」
振り向いて今にも怒鳴りだしそうな千鶴の様子に苦笑してしまうが、他の皆もあせってはいるようだ。これは手短に済ませなければ、と思い直す。
「いや、そんな時間をとるようなもんじゃないんだけどな」
どう言うべきかと一瞬悩むが、考えるまでもない。
少しばかり姿勢を正し、元207Bの全員を軽く見渡し、言葉を告げる。
「みんな、任官おめでとう。教官補佐としてはあまり力になれなかったかもしれないが、これからは同期ってことであらためてよろしく頼む」
軍人としての敬礼ではなく、今からともに歩んでいくべき仲間に対するものとして、武は頭を下げた。
部隊着任で第二章完結ッ……の予定でしたが、さくっと夕呼先生が解隊式を終わらしてくれたのにそこまでいけず。
オルタ同様に何か悠陽殿下のお言葉を入れようかとも思いましたが、207Bと接点のないままの減じようでは何か違うなぁということで、無しの形です。「あなた方の行く先に、いつも温かな空気がありますように」をそのまま使おうと一瞬は考えたけど、さすがにパス。
で、次回で着任して今度こそ二章完結、の予定です。