Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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疑義の供覧 01/11/15

「起立、敬礼っ!!」

 

 普段の起床時間よりも一時間以上も早く、叩き起こされるような形で集められた207Bの面々だが、まりもの入室とそれに合わせた千鶴の号令とで確実に意識は覚醒する。

 このあたり、短い期間とはいえ軍人としての教育が行き届いたと見て取れる。

 

「さて。本日の貴様らの予定だが通常の教練はない。代わりに当基地において開催される新型OS、通称XM3のトライアルに衛士として参加することになった。光栄に思え」

 

 説明にもなっていないまりもの言葉に、ざわりと言葉にならない動揺が漏れてしまうのは、さすがに仕方がない。冥夜だけは事前に予定を伝えていたので驚きは無いように見えるが、それでも自身の果たす役割を慮ってかわずかに眉間が狭まる。

 

「なに、トライアルといっても普段の教練とさほどやることは変わらん。ただ多数の選任衛士の前で執り行う、というだけだ」

 

 多数のという言葉で壬姫の顔がいっそう青くなるが、逆にやることが普段と変わらないと聞いて尊人や純夏などは安心したような顔つきになっている。

 

 

 

「教官、質問をよろしいでしょうか?」

「許可する、なんだ榊?」

「先ほどからお話されている、新型OSとはいったいなんでしょうか?」

 

 分隊長としての責任感からか、疑問を潰しておきたいという几帳面さからか、千鶴が問う。

 

「それも普段と同じだ。貴様らが今まで使ってきたシミュレータにしろ実機にしろ、搭載されているOSが既存のものを改良した新型OSだったということだ」

「つまり我々は、以前よりその新OSで教練を受けていた、ということでしょうか?」

「その通りだ。新型OSによる教練の進捗促進を図ることも、貴様たちには知らせていなかったが任務の一環だった」

 

 まりもは簡単に言うものの、モルモットとして使っていたという意味のことを告げられ、千鶴以外の者たちの顔も強張る。

 

「しかし、通常の教練と似たような内容とはいえ、さすがに当日の、いえこのような直前に伝達されるというのは……」

 千鶴はまだ納得できないのか、まとまりきれていない不満を口にする。

 

 

 

「神宮寺軍曹殿、よろしいでしょうか」

「許可する」

 少しばかり緊張が過ぎる千鶴の様子を見て、武は口を挟むことにする。

 軽く手を上げてまりもに発言の許可を取り、わざと上官としての態度で千鶴に向き直る。

 

「榊訓練兵。貴様は今、コード991が発令されたとして同じ言葉を吐くのか?」

「コード991っ!? い、いえ、しかし……」

「日本海を越えての、超深度地下からの長距離直接侵攻がないなどと常識に囚われているのか、そもそも想像力が欠片も無いのか、どちらだ? 榊訓練兵?」

 

 いまの帝国であれば、現実的にありえないと思われているような想定を突きつける。

 

「……申し訳ありませんでした。自分の失言であります、白銀教官補佐殿」

「失言ではないな。すでにこの日本帝国が前線国家であり、今の貴様は訓練兵とはいえいつ実戦に臨むことになってもおかしくない。それが自覚できていないだけだ」

 

 以前より感じていたことだが、この世界線の207Bの面々は、どこかわずかに温い。

 純夏の存在や尊人の性別の影響などもあるのかとも思っていたが、やはり一番大きな要因は、日本が前線となっているという認識の薄さだろう。

 

 かつての世界線であれば、日本帝国は一度その国土をBETAに犯されていたが、ここでは違う。最初の白銀武ほどではないが、事態がいかほどに切迫しているのかが肌で感じられていないのだ。

 

 

 

(207Bの皆でさえこの程度なんだから、本土軍の連中とか大丈夫なのか?)

 以前の世界線では、横浜基地の国連軍兵の弛み具合も問題だったが、今は下手をすると帝国軍の多くがこのような意識なのかもしれない。

 

「ま、そのコード991に比べれば、今日のトライアルなんてやることが判ってる分、遥かにマシだ」

 ふと想像してしまった帝国軍の問題を振り払い、硬くなった雰囲気をほぐすためわざと軽めに話を振りなおす。

 

「それに、だ。思っていた以上に乗りやすかっただろ、お前たちの吹雪は」

「……いや、それはない。白銀の変態機動はおなかに悪い」

 武の言葉に皆が眼を逸らす中、代表するかのように慧が否定する。それも、ナイナイと顔の前で手を振りながら、だ。

 

「あははー彩峰さんじゃないけど、あの機動は今も慣れないよね」

「うん。古いのと新しいのとでどれくらい違うかは判らないけど、白銀さんの機動は乗りやすいものじゃないと思う」

 雰囲気を軽くしたいのは同じだったようで、尊人と壬姫も話に乗ってくる。千鶴と冥夜は何か考え込んでいるようだが、無用な強張りはなくなっていそうだ。

 

 

 

「貴様ら、おしゃべりはそれまでだ」

「はっ、失礼いたしました」

 緊張が解ける頃合を見計らっていたようで、まりもが注意する。

 

「普段どおりに行えとはいえ、少々編成を変えることになる。なんといっても新OSのお披露目だからな。性能が眼に見えて判ってもらえるように、二機種を並べての実演となる。そこでだ……」

 まりもは軽く全員を見渡して、配置を説明していく。

 

「榊、彩峰両名は吹雪に。珠瀬と鑑が撃震だ。私の機体を珠瀬に任せる。鑑は普段と同じく予備機に回れ」

「了解っ!!」

 緊張はあれど、意識を前に向きなおしたようだ。四人の返礼が綺麗に揃う。

 

 本来であれば戦術機の訓練は一機種に限定されている。一般の衛士でさえ、機種を変える時には訓練期間を要するのだ。訓練兵が複数機種を同時に使用しながら教練を続けているなどというのは異常といってもいい。

 

 ただ武の提案もあり、今の207Bはシミュレータでは不知火を、実機では吹雪を主体に全員が撃震を交代で乗り回すという変則的な教練を続けていた。名目としては、機種ごとの差を実感させ混成部隊での運用に慣れるためとしていたが、このトライアルを見越したものである。

 

 一応は正規任官後、不知火に関してはA-01に配属された際の機種転換の時間を減少させるため、という意味もある。

 

「鎧衣訓練兵は、待機だ。他の四名に何かあれば、その任を引き継げ」

「は、了解しましたっ」

 

 戦火に直接見舞われていない今の帝国において、帝国陸軍の多くはいまだに男性である。一応は見目麗しい女子訓練兵で纏めておくというのは、少しは意味があるはずだ。

 そして「鎧衣」の存在はできうる限り隠しておくほうが、なにかと都合が良い。

 

 

 

「教官、質問よろしいでしょうか?」

「許す、なんだ?」

「御剣の配備はどうなるのでしょう?」

 

 千鶴があらためて問うのは、冥夜の扱いだった。

 今のところ名を呼ばれていないのは武と冥夜の二人だ。武は指揮の補佐にでも回ると思われているようで、聞かれもしない。

 

 そして冥夜はここ二日ほど、武の指示の下に207Bとはほぼ完全な別行動をとっていた。それが今日のトライアルのためだったというのは予測はできるだろうが、その任務内容まで推測するのは無理だ。

 

「御剣訓練兵に関しては別命がある。だが貴様らが知る必要はない」

「はっ、申し訳ありません」

「いや、分隊長としてその疑問は当然だ。それでも話せぬことはあるがな」

 

 訓練兵とはいえ部下の配置が隊長である自分を超えて、それも秘密裏に決定されているのだ。異常ではあるが仕方がないとされてしまうのが、207Bの今なお抱える問題ではある。

 

「以降、トライアル終了まで直接の指揮は白銀に任せる。以上だ、解散っ」

「起立、敬礼っ!!」

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングともいえない簡単なやり取りの後、207Bの皆をPXへ送り出し、武は臨時指揮所となる予定のテントに向かう。自分の朝食は、レーションで済ませる予定だ。今日のトライアルでは武自身は戦術機に乗ることはないが、だからといって暇なはずもない。

 

 トライアル全体の進行はピアティフなど第四の事務方のスタッフが取り仕切ってくれてはいるものの、午前中は207Bの指揮があり、午後からは来賓の相手も予定されている。

 現職の衛士を主体に集まってもらっているとはいえ、巌谷をはじめ技術廠などからも人は来る。OSやCPUの技術的な説明は武には無理だが、機動概念を説明できるのはターニャを除けば武くらいのものだ。

 

(事務次官補に戦術機の機動概念を解説してもらうってのは、あの外見に関係なく無理だよな……)

 

 もしかすれば頼めばやってもらえたかもしれないが、そのターニャにしても暇があるわけではない。ターニャには第七艦隊から来ている士官たちとのやり取りが予定されているはずだ。

 

 先日の悠陽との顔合わせも緊張したが、列席していた人物のほとんどは、別世界線でのこととはいえ見知った人々だった。

 今日はまったく顔も知らない、地位も年齢も上の者たちを相手にし続けなければならないのだ。

 

(確かに篁中尉で一度試されてなければ、さっきの榊みたいに慌てふためくことになってたよな)

 

 臨時指揮所の中で、衛士用のレーションを合成コーヒーで流し込みながら、できる限りの準備を進めていく。

 

 

 

 さらに、前日までに設営は完了しているとはいえ細かな回線の調整などしていたら、開幕のアナウンスが流れてくるような時間となっていた。

 

 どこかで聞いたことのある声だと思ってよくよく考えてみれば、霞の声だ。

 夕呼の差し金であることは間違いないだろうが、なぜか軍の人間ではなく、式進行のアナウンスは霞が担当しているようだ。

 

(いや社も軍の、というか第四の人間だな。しかしこういうアナウンスで聞くと社の声って結構聞きやすいんだな)

 

 用意された原稿を読み上げているだけなのだろうが、場違いに幼く聞こえることもなくよく通る声で、聞き取りやすい。

 以前の世界線からもそうであったが、普段はほぼ無表情なままでの首を振るだけのジェスチャーだけでの会話ともいえない付き合いなので、こうしたしっかりした声を聞くのはかなり新鮮だ。

 

 

 

「って、こんなアナウンスが流れてきたって事は、もう時間だな」

 

 第四からは夕呼が一応は顔を出しているはずだが、基地司令なども含め挨拶は短めのはずだ。

 

 このトライアルを見に来ているのは、大陸派遣軍にしても本土軍にしても、尉官級の現役衛士が大半である。

 佐官以上に関しては、すでにXM3の導入を前提とした根回しが始まっている。今回の目的は、基本的には現場の者に対しての忌避感の低減だ。不要といってしまえば不要な、贅沢ともいえるトライアルである。

 

 それでも今後、予測されるBETAの九州上陸に際し、自分たちが使うことになる装備に不満が残るよりはいい。

 

(トライアルを目前にしてお偉いさん方の長いお話なんて聞かされたら、XM3に好印象なんて抱きようがないからな)

 

 武自身がそうであるからだが、長々しい訓話など現役衛士にとっては苦痛以外の何物でもない。

 

 武にも列席してなにか一言言うかという嫌がらせじみた話が合ったが、207Bの指揮をとる人間が必要ということで、半ば逃げるように断ってきた。

 事実、所詮訓練小隊、それも定数の半数程度の207Bには人員の余裕はない。

 

 

 

「さて、と。あとはお前らがそれなりにうまくやってくれれば、今日のトライアルは成功というわけだ。出番まではもうしばらく時間があるから、機外に出て柔軟でもしてろ」

 

 装置類の確認も含め、トライアルに参加する四人に通信を送るが、返答を待たずに切る。どうせこんなことになっているのではないかと見てみたが、予想通りに四人共にコクピットに入り込んでいた。

 

「まったく、出番はまだ先だって言ってるのに、何やってるんだあいつらは」

「仕方ないよタケル。ハンガーからじゃこっちの様子も見えないし緊張するよ……って、ここからも直接だと良く判らないよねぇ」

「見たいならそこらのモニタで見てろ。そっちのほうが確実だ」

 

 207のために準備されたこの臨時指揮所は、テストコース脇に設けられたテント内だ。いまのところ武と尊人しか居ないために、気楽な感想も漏らしてしまった。

 

 場所的に目視ではすべてを見ることはできない。が、その代わりにいくつも設置されたモニタで、トライアル後に各所に配布するため録画中の上空からの映像なども、リアルタイムで見ることができる。

 指揮所とはいえ、どちらかというと記録収集のための場所である。一応は双眼鏡なども用意はしているが、それで追えるような位置には設置されていない。

 

「と、そろそろ始まるな」

 それでも国連軍カラーに塗られた撃震がコースに入ってきたのは目視できた。

 まりもの乗る機体だが、乗りなれた自機ではなく在来型OSの物を国連軍から借り受けたものだ。

 

 

 

『……神宮寺軍曹の経歴をご存知の方もおられるでしょうが、あらためまして紹介させていただきます。激戦の大陸戦線を生き抜き、19歳で富士教導団に抜擢された、熟練の衛士であります。搭乗機は在来型OS搭載の77式撃震です』

 

 まりもは来賓に向けて撃震のコクピットブロックを開き、教本じみた綺麗な敬礼を返しながら、簡単な紹介を受けている。

 最初に夕呼が笑いながら書き出した紹介文は、まりもの手によって武の目に触れる前に細切れにされた。そして短くなったとはいえ持ち上げられるのは、まりもにしてみればまだ恥ずかしいようだ。

 

 紹介が終わった直後、スクランブルに臨むかのような速さでコクピットが閉じられる。間違いなく普段よりも速いのは、羞恥ゆえからだろう。

 

 簡単なタイムカウントの後、まりもの乗る撃震がテストコースに飛び込む。

 完全停止状態からの主脚走行のみでの急発進、そこからも跳躍ユニットは一切使わず脚だけを使ってのスラロームまで、第一世代とは思えぬ精度で繋げていく。一部の斯衛衛士たちが行う、小刻みな機体制御による半ば無理やりな連携ではなく、機体に無理を掛けない範囲での丁寧な機動だ。

 

 そしてスラロームから規定地点で瞬時に停止し、跳躍でスタート地点に跳び戻ってくる。その後の停止射撃、走行射撃と続け、最後に長刀装備に代えての固定目標への斬撃まで、先の敬礼同様に教本動画と遜色のない正確さで、コースを完了する。

 

 来賓に見せるためなので、JIVES(統合仮想情報演習システム)は使用していないため、ターゲットは板切れ一枚に要撃級や戦車級の絵を描いた簡易なものだ。逆にそれゆえにペイント弾で塗りつぶされた後は、どれだけ正確に撃ち込まれているのかが明確に見て取れる。

 

 データ蓄積のある乗りなれた自機ではないとは一切感じさせない、手馴れた動きだった。

 

 

 

「やっぱり神宮寺教官スゲェよな」

 シミュレータの管制室ほどではないが、必要なだけの情報は集まっている。そしてモニタ上に映る機動だけで、どれほど丁寧な操作が執り行われているのか、想像できてしまう。

 

「ねぇ、神宮寺教官、なんかカクカクしてなかった?」

 ただ武とは違い、尊人の感想としては、こぼれ出たようなその言葉通りなのだろう

 たしかに普段の教練で見せるまりもの動きとは明らかに劣る、ぎこちないと言ってもいい硬さがある。

 

「あ、ああ……そうか。アレが従来型のOSでの戦術機の挙動だよ。外からこうやって見ると、お前らが使ってるXM3がどれだけのものなのか良く判るだろ」

「う~んOSの凄さはまだ良く判らないけど、でも教官やタケルが今まで見せてこなかった理由は、なんとなく判った。アレを最初に見てると、今のボクたちの動きはできないね」

 

 珍しいことに尊人が考え込みながらこちらの意図を探ってきてくれる。先入観を持たせたくなかったという事は、伝わったようだ。

 

「まあそのあたりは今晩にでも皆で話し合ってくれ」

「了解しました、教官補佐殿っ!!」

 

 クスクスと笑いながら敬礼してくる。このあたり尊人にしても周りに人が居ないせいもあって気楽なものだ。

 

 

 

「次は……インドラ・サーダン・ミュン中尉、だったっけ?」

「おう、従来型のOSで吹雪動かせる奴が207には居ないからな。ちょっと代理で頼み込んでみた」

 

 207訓練小隊にはまりもと武を除き、既存OSの機体に乗れる者がいないため、部隊外に頼むことになった。顔を出すためにA-01の者たちが使えず、白陵基地所属の国連軍衛士に依頼する形となったのだ。

 ミュンは、普段は第二世代機のF-15系列の陽炎に乗っているとはいえ、衛士としての技量は疑いない。

 

「タケルが乗ったらよかったんじゃないの?」

「俺もお前らと同じだよ。対外的な実績がないから、こういう場では説得力に欠ける」

 

 もちろん、武の腕がミュンに劣るということはない。

 この場に集まっている衛士であれば、武の機動を見ればその衛士としての技量に疑問を挟む者は居ないはずだ。

 

 ただ、どうしても今の武では名が足りない。実戦経験のある衛士が操る既存OS搭載機を凌駕できなければ、XM3の優位性を判りやすく見せ付けることが難しい。

 

 ミュンであれば、実戦を経てなお生き残り、ベトナム出身でありながら大東亜連合ではなく在日国連軍に所属しているということで、その腕前を疑うものはいまい。

 

 

「と、始まったか」

 

 比較ということもあり、コースは先ほどとまったく同一だ。

 

 こちらも間違いなく「巧い」のだが、先のまりもに比べてしまうとどうしても一段劣る。機体性能の差から、全体的なタイム自体はたしかに縮んでいるのだが、機体の性能任せに見えるところがある。

 基本的に戦術機は中隊単位で統一されているために、現役の衛士といえど第一世代と第三世代の反応速度差などは実感できていないことが多い。練習機の吹雪とはいえ、第三世代機がどれほど卓越した存在かを目の当たりにしてもらえればそれだけで良いのだ。

 

 XM3を売り込みたい武にしてみれば、前座として十二分の働きだった。

 

 

 

 

 

 

「よーしいいか珠瀬に鑑。そろそろ出番だ。で、珠瀬。お前が先鋒だ。いつも通りにやって見せろ」

『り、了解ですっ!! い、いつもの訓練どおりにこなしてみせますっ!!』

 

 網膜投影される映像越しでは、緊張しているのは見て取れるが、逃げ出してしまいそうなほどではない。壬姫のあがり症が克服しきれているかどうかは、実のところ武には判らないが、あがっていない振りを今この場でできているのならば、間違いなく十分である。

 

「以前に言ったよな、部下に対し、不可能だと思うような命令をする上官は普通は居ない、と。俺はともかく、神宮寺教官がお前はできると確信して、この役を振り分けてるんだ」

 それでも臨時の指揮官として気休めくらいは言っておくべきだと思い、武は言葉を続ける。

 

「まあ失敗したら、鎧衣にでも慰めて貰え」

「タケルーっ!?」

『あははーじゃあ、普段どおりの気持ちでがんばってきます』

 

 今の207Bにおいては、どうしても武は一線引いてしまっており、距離がある。ならば共同生活している尊人に押し付けてしまえと軽く思ったのだが、どうやら効果はあったようだ。

 

「で、鑑。珠瀬のスコアに並ぼうとか考える必要はないぞ。逆に、だ。珠瀬の命中精度は、個人技だと判る程度に当てればいい」

『了解しました、白銀教官補佐殿っ!!』

 

 純夏であっても、さすがにこの場では「タケルちゃん」とは呼ばない。その程度には緊張しているようだ。

 そして純夏を相手にして、先の壬姫にしたようには誤魔化しようがない。

 

「まったく。鑑も緊張しすぎだ。貴様の場合、下手に意気込んだほうが失敗する。昼に食べるメニューでも考えながら、気楽にがんばれ」

『え、っと。はい、了解です』

 

 今の武の言葉で少しは安心できたのか、映像の先でへにゃりと笑う。

 

 

 

『ではこれより新型OS搭載機による同様の行程をご覧ください。搭乗衛士は第207衛士訓練部隊所属、珠瀬壬姫訓練兵と鑑純夏訓練兵です』

 先ほどまでの二人とは違い紹介は所属と名前だけだが、訓練兵という部分に低いざわめきが上がる。

 

(さすがに珠瀬の苗字だけだと国連関係者だとは勘ぐらない、か。鑑から言ってもらっても良かったかもな)

 

 純夏と壬姫を最初に出したのは、帝国軍の中での207Bに属する面々の事情がどれほど広がっているのか予測が付かなかったからだ。下手に千鶴や慧を先に出してしまうと、すべてが出来レースだと勘ぐられるのではないかと恐れたのだ。

 

 だが、そんな思いはただの杞憂だった。

 二機の撃震がコースに出た直後から、会場がざわめき、そして静まっていく。先の吹雪を上回るスムーズさで、コースを走り抜けていく二機の戦術機に、誰もが言葉を失っていた。

 

 単純に速度が速いわけではない。キャンセルと先行入力の組み合わせによって、無駄が省かれているのだ。その無駄のなさがゆえに先の吹雪よりも速いように見えてしまう。

 

「XM3搭載型の撃震が、非搭載型の吹雪に迫る、か」

 

 会場の反応が薄い。というよりは動揺で、言葉が無いようだ。

 タイムスコアとしては、主機出力が下がっている練習機とはいえ第三世代機の吹雪に並ぶことはなかったが、何よりも歩行中にせよ停止時にせよ、射撃の命中精度が尋常ではなかった。

 ミュン中尉の腕が悪いとか、フィードバックデータの少ない乗り慣れない機体による差が出た、とは言えなくもない。それらを踏まえ、かつ壬姫の突出した射撃能力も合わせて、XM3の優位性を知らしめるという点はもうクリアしたも同然だ。

 

「壬姫さん、やっぱり本番に強いね」

「お前さ、そこは自分の応援の成果だって言い張ってみせろよな」

「それはタケルのほうでしょ? 鑑さん、タケルの言葉でかなり緊張が解けてたよ」

 

 隣の席から、覗き込むような姿勢で尊人が聞いてくる。

 

「ま、そうであれば臨時とはいえ指揮官冥利に尽きるな」

 その尊人の言葉の意味が判らないわけではないが、いまの武には誤魔化しておくしかない問題だった。

 

 

 

 そして次の千鶴と慧の二人は吹雪での実演となるが、もはや消化試合の様相だ。

 第一世代の撃震が、OSの変更だけで第三世代に並ぶというのは、間違いなくインパクトが大きい。が、第三世代機の吹雪などがより一層高機動になるというのは上位の比較対象が存在しないために、判断が難しいのだろう。

 

 最後に、六機での並走も披露したものの、反応は小さなものだ。

 先日の唯依の言葉ではないが、XM3があれば撃震の後継は撃震で良い、という風にも見て取られる。

 

「ねえタケル、これって大丈夫なの? 武の得意な変態機動とかも披露してないから、評価が低いんじゃないの?」

「まーこうなるんじゃないかって予測もあったからな。それに変態じゃねぇ」

 

 一応は昼食を挟んで、午後からは試験衛士たる207Bの面々との対談や、シミュレータではあるがXM3の試乗体験なども予定しているが、確かに今のままであれば盛り上がりには欠けるだろう。

 

「ちょっと待ってな、そろそろ始まるぞ」

 トライアルの本番はこれからだぞと悪戯を仕込んだ悪ガキそのものの顔で、武は笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

『では午前の予定は以上でありましたが、OS開発に協力をいただいた帝国斯衛軍から、武御雷による演舞を披露していただけることとなりました』

 

 霞のアナウンスとともに、一機の山吹色の武御雷がトライアルのコースに降り立つ。

 跳躍ジャンプからの丁寧な着地で、吹雪に倍するほどの出力を秘めるとは思えないような軽やかな動きだ。

 

『まずはXFJ計画の日本側開発主任を務める、帝国斯衛軍所属、篁唯依中尉。乗機はTYPE00Fです』

 

 その名が告げられると、会場内に低いどよめきが満ちる。

 唯依の父である篁祐唯は、74式長刀や82式瑞鶴の開発に携わっている。帝国の衛士であれば、誰もが知っていると言ってもいいほどの名である。XFJの詳細を知らずとも、その篁の名だけで衛士の腕を想定してしまえる。

 

 

 

 だが、次の機体が試験場に現れると、そのざわめきが完全に途絶える。

 衛士や整備の者であれば聞き分けられたであろう、先に入った唯依の武御雷よりもわずかに高い跳躍ユニットの音を轟かせて、もう一機が降り立つ。

 

 紫の00式戦術歩行戦闘機、武御雷。

 帝国に、いや世界にただ一機しかありえない機体である。

 

『次に、国連太平洋方面第11軍・白陵基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊所属の御剣冥夜訓練兵です。乗機はTYPE00R』

 

 今までの207Bの面々とは異なり、わざとらしいまでに正確な所属を長々しく述べられた。その直後にコクピットブロックが開き、機体と同じ紫の零式衛士強化装備に身を包んだ冥夜が、唯依に正対するような位置に立つ。

 

 その機体と冥夜に向け、一部の在日米軍や国連軍の者を除く、会場に居る大半の衛士が起立し敬礼する。

 

 

 

『また合わせて、煌武院悠陽殿下からのお言葉を賜っております』

 

 すでに全員が立っているに等しい状況であるが、ご起立くださいとの霞のアナウンスが重なっていく。

 

 

 

 

 

 

 




終わらないだろうなぁなどと考えながら書いていてトライアル終わりません。人が多いと長くなる~というかまともなメカ描写してないような気もしないではないですが、それはたぶん次こそちゃんと書きたいなぁ……くらいです。

あと今週末は少しばかり移動しておりますので、誤字脱字の修正やご感想返しなどは週明けになります。ご了承ください。

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