新型コロナ、男性の性機能への影響 今わかっていること

ナショナル ジオグラフィック

 2020年、米国で新型コロナウイルス感染症が拡大する中、フロリダ州南部の泌尿器科医ランジス・ラマサミ氏は、ある不穏な傾向に気が付いた。ベッドルームでのパフォーマンスがうまくいかないと訴える男性が増えていたのだ。

当初、ラマサミ氏が勤める米マイアミ大学病院の泌尿器科では、性機能障害の報告の増加は、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)のストレスによる心理的な問題だと考えていた。しかし、患者の多くは不安や抑うつを感じていないと述べたうえ、問題が半年以上続いていると訴える人もいた。そこで泌尿器科チームは、原因として新型コロナウイルスそのものを疑い始めた。

新型コロナ感染症は、肺のみならず、心臓、腎臓、脳などにも影響を及ぼす場合がある病気で、それらの影響は回復後も長く続くことがある。2021年8月12日付けで医学誌「New England Journal of Medicine」に掲載された論文によると、新型コロナウイルスに感染した人の10〜30%(米国では少なくとも4200万人、世界では2億2900万人)が、「重大な障害」になりうる症状を継続的に経験しているという。

数ある症状の中で、新型コロナが男性の性機能を阻害することを示唆する証拠が増えている。「それまで問題を抱えていなかった人でも、新型コロナウイルスに感染した後、かなり深刻な勃起不全に陥るケースがあることがわかりました」とラマサミ氏は言う。

2021年3月に学術誌「Andrology」に発表された研究によると、新型コロナウイルスに感染した男性は、短期間または長期間にわたって勃起不全を患う可能性が6倍弱高くなるという。他にも複数の研究において、性行為に影響を及ぼす後遺症が報告されている。例えば、勃起しない、しても維持できない、精巣の損傷、睾丸の痛みや腫れ、オーガズムを得られない、男性ホルモンの1つであるテストステロン値の低下、メンタル面への影響などの症状が単独または複数現れるという。

こうした知見は、インターネット上で広まっている反ワクチン情報とは対照的だ。最近では有名ラッパーのニッキー・ミナージュ氏がツイートしたような、新型コロナワクチンが精巣の腫れや性交不能の原因になるという誤情報だ。現在のところ、こうした主張を裏付ける研究はない。

「新型コロナワクチンの接種が勃起機能に影響を与えないことを理解してもらうことが重要です」とラマサミ氏は言う。「ウイルスは長期的に重大な悪影響を及ぼす可能性がありますが、ワクチンは安全です」

精巣と陰茎にウイルスが潜んでいた

新型コロナウイルスに感染した男性のうち、重症化のリスクが最も高いのは、高齢者や、高血圧、肥満、糖尿病、心臓病を患っている人だ。こうした人は、そもそも性機能障害のリスクが高い。これらの疾患は、ホルモン、筋肉、血管など様々なところに影響を及ぼすからだ。

しかし、かなり若い男性からも、性の健康に関する問題が報告されている。新型コロナの短期的および長期的な後遺症を解明するには、「まだ追跡調査と傾向分析の段階にあります」と、米オハイオ州クリーブランド・クリニックの泌尿器科医ライアン・バーグランド氏は話す。解明が待たれる後遺症の中には、男性の性と生殖に関する健康への影響も含まれる。

 新型コロナウイルスが本当に男性の生殖器官に侵入しているのかどうかを調べるため、ラマサミ氏らのチームは、新型コロナで死亡した20〜87歳の男性6人の生体組織を採取した。組織を電子顕微鏡で観察したところ、1人の男性の精巣にウイルスの粒子が潜んでいるのが発見された。さらに、半数の男性は精子の質が低下していた。

2020年11月に医学誌「The World Journal of Men's health」に発表されたこの結果は、他の小規模な調査で得られたデータを裏付けるものであり、新型コロナウイルスが生殖能力に及ぼす影響について問題を提起した。

ウイルスが精巣に存在するのであれば、陰茎にも存在するのではないかとラマサミ氏は考えた。研究チームは、新型コロナウイルスに感染した後に性交不能になった2人の男性を調査した。症状に関しては、1人は軽症、もう1人は入院に至った。もう二度と自然に勃起することはないだろうと思った2人の男性は、陰茎のインプラント手術を受けられないかとクリニックを訪れていた。

彼らの陰茎の組織には確かにウイルスが存在していた。時期を考えると衝撃的だったとラマサミ氏は言う。最初に感染してから8カ月もたっていたからだ。さらに、陰茎の細い血管の内壁にも損傷が見られた。こちらの研究は2021年5月7日付けで同誌に掲載された。

性的パフォーマンスが低下する原因は?

性的パフォーマンスが低下する原因として最も可能性が高いのは、コロナウイルスの影響の一つである血管内皮細胞の損傷だ。陰茎に骨がある哺乳類もいるが、人間の勃起は血流に頼っている。損傷して狭くなった血管は、スポンジ状の組織(海綿体)を血液で膨らませることや、その血液を保持して勃起を維持することができなくなる。

血液が十分でないと、細胞は酸素不足に陥り、組織は炎症を起こし、血管は弾力性を失う。イタリア、ローマ・トル・ベルガータ大学の内分泌学・医療性科学教授エマヌエーレ・A・ヤンニーニ氏はそう説明する。「酸素がなければ、セックスはできないのです」

新型コロナウイルスは、血管を拡張したり、陰茎を膨張させたりする酵素(内皮型一酸化窒素合成酵素)の量を減少させるようだと氏は指摘する。後遺症が長く続く人は、肺や心臓の損傷が血液循環や血液および組織中の酸素濃度を変化させ、問題が深刻化する可能性がある。

ヤンニーニ氏のチームは、パンデミックの初期にオンライン調査を開始し、新型コロナウイルスに感染したことのある性的に活発なイタリア人男性の情報を集めた。これが記事の前半に紹介した、新型コロナ感染後に勃起不全のリスクが6倍近くになることを明らかにした調査だ。症状がいつまで続くかはまだ不明だと氏は言う。

「陰茎は体の中で最も血管の多い器官の1つなので、新型コロナの後遺症がある男性に勃起不全が多いことは驚きではありませんでした」とラマサミ氏は言う。

そして2021年7月、自らも新型コロナ後遺症の患者である研究者たちが行う共同研究「Patient-Led Research Collaborative」によって、これまでで最も包括的な情報が発表された。世界各国の約6500人を対象としたオンライン調査で得られた、10の器官系における203の症状を記録したものだ。その中には、性に関する健康の問題も含まれている。

そこでは、約18%の男性が性機能障害を、約13%が精巣の痛みを、8%がその他の性器の問題を、約4%が陰茎や精巣のサイズの縮小を訴えている。

ウイルスの隠れ家

精巣はウイルスにとって絶好の隠れ家だ。目や中枢神経系と同様、免疫から逃れられる場所なのである。これらの部位では、エボラ熱、おたふくかぜ、ジカ熱などのウイルスが組織内に留まり、体内の他の部位からウイルスが排除された後も、免疫システムから逃れ続ける。

ある研究は、精巣が新型コロナウイルスの「貯蔵庫」になっていると推測している。新型コロナ感染症で入院した男性の11%が精巣の痛みを経験していたのは、このためかもしれない。

また、精巣にあるライディッヒ細胞が感染すると、そこで産生されるテストステロンの分泌量が低下する。これもテストステロン値の低下が見られた理由かもしれない。それだけでも性欲低下の原因となるが、ヤンニーニ氏はさらなる悪循環を指摘する。テストステロンの分泌量は、セックスをしていないと低下するのだ。

パンデミックは後遺症を抱える人のメンタルヘルス全般に大きな影響を与えており、多くの人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)、不安、うつに悩まされている。結局のところ、新型コロナ感染症が性に関する健康に与える心理的な影響こそ、最も解明が困難だとバーグランド氏は言う。

氏はまた、病気であるだけでも欲求は失われるものだと付け加える。「息苦しかったり、慢性的な病気にかかっていたりすれば、セックスへの関心は低くなるでしょう」。さらに、最も一般的な症状の一つである疲労感や、嗅覚の喪失も影響しているかもしれない。においは興奮を呼び起こすからだ。

セックスとワクチン

新型コロナウイルスが男性の生殖機能に及ぼす影響を理解するには、さらなる研究が必要だ。まだ知られ始めたばかりのこの病気について、研究者たちはメカニズムの解明に取り組んでいる。

ラマサミ氏のチームは、新型コロナウイルスがどのようにして免疫システムを回避し、精巣や陰茎などの細胞に留まるのかを調査している。「休眠状態になるのだとしたら、再び活性化するのでしょうか? ウイルスによるダメージは続くのでしょうか、それとも一度きりのものでしょうか?」

米議会は、米国立衛生研究所(NIH)の「RECOVER」プログラムに11億5千万ドル(約1270億円)を拠出した。同プログラムは、今後4年間にわたって新型コロナ後遺症の症状を調査するものだ。必要な答えが、そして今も苦しんでいる人たちのための治療法が見つかるよう、大いに期待されている。

また、ソーシャルメディアで誤った情報が広まっている一方で、新型コロナワクチンが生殖能力に影響を与えるという説を否定する研究も続けられている。例えば、2021年6月17日付けで米国医師会雑誌「JAMA」に発表された研究では、mRNAワクチンと精子数の減少との間に関連性は見つからなかった。

「新型コロナ感染症と勃起不全の間に確かな関係があることは、ワクチンを接種していない人たちが予防接種を受けるべき理由の一つです」とヤンニーニ氏は指摘する。「セックスをしたいのであれば、ワクチンを接種した方がいいでしょう」

文=SHARON GUYNUP/訳=桜木敬子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年9月28日公開)

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