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「ふるさと納税訴訟 最高裁逆転判決」(時論公論)

竹田 忠  解説委員
清永 聡  解説委員

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国と自治体が全面的に対立した「ふるさと納税」をめぐる裁判。大阪・泉佐野市が最高裁で国に逆転勝訴するという異例の結果となりました。
一連の対立から浮き彫りになったふるさと納税の課題、背景や今後についてお伝えします。

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【泉佐野市の逆転勝訴が確定】
清永:この裁判は、ふるさと納税の返礼品競争が過熱する中で、総務省が泉佐野市を制度から除外したことが、妥当かどうかが争われました。最高裁の判決で、除外した国の基準は違法で無効と判断され、泉佐野市の逆転勝訴が確定しました。

Q:竹田さんは、判決をどのように受け止めましたか。

竹田:裁判としては、泉佐野市が国に勝った。
しかし、その勝った泉佐野市に対しても、最高裁は、ハッキリと苦言を呈している。
これはつまり、今回の判決で、ふるさと納税制度そのものが変わることはありませんが、制度が抱える課題が改めてハッキリした、ということだと思います。

【ふるさと納税と対立の経緯】

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清永:まずはこのふるさと納税の仕組みと対立の構図を説明してください。
竹田:まず、ふるさと納税ですが、この制度、一言でいうと、納税者が、地元に収めている税金の一部を、よその自治体にまわすだけで、事実上ほとんど負担なしに、お礼の品がもらえる、というものでこれはお得だということで利用者が年々増えている。

一方、自治体からすると、これは税金の奪い合い、という側面を持っていまして、一部の自治体が、豪華な返礼品で多額のお金を集める一方で、首都圏など都会の自治体では、税金が減って、深刻な問題になってきた。

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このため、総務省は規制を強化して、返礼品は、ふるさと納税額の3割以下で、地場産品に限定する、ということをを求めた。
しかし、泉佐野市は逆に、アマゾンのギフト券100億円分プレゼント、などという刺激的なキャンペーンを展開するなどして、ふるさと納税全体の一割のお金を集めるまでになった。
このため総務省がついに泉佐野市をふるさと納税制度から除外し、締め出す決定をして全面対決となったわけです。

【裁判の争点は】

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清永:最高裁の最大の争点も、締め出す根拠となった国による「基準」でした。返礼品競争の過熱を受けて、それまで総務省は自治体への通知で自制を求めていました。
「返礼品は3割以下に」というのが平成29年の通知、そして「地場産品に限る」というのは平成30年の通知です。
ただ、これらの通知はあくまでも「助言」です。泉佐野市は「強制力はない」と一部に従いませんでした。
その後、去年6月にスタートした法律にこの「3割」「地場産品」が盛り込まれます。また、この法律に基づくとする「基準」を告示し、この中で「法改正前の寄付金の集め方」、つまり法律ができる前の「通知」時点の取り組みなどを基準にするとしたのです。この結果、泉佐野市は制度から除外されました。
国は「過去の実績の審査は妥当で許される権限だ」と主張。泉佐野市は「法律の前にさかのぼって規制するのは、“後出しじゃんけん”だ」と猛反発したわけです。

【最高裁の判断は】
竹田:清永さん、その同じ構図の対決で、今年1月の高裁判決では、国が勝った。
しかし、今回の最高裁では泉佐野市が逆転勝訴して、国が負けた。
最高裁はどういう判断をしたんでしょうか。

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清永:いわば「法律スタート前にさかのぼって判断する」という告示基準について、最高裁第3小法廷は判決で「『通知』という事実上の助言に従わないことを理由に不利益な扱いを定めた側面がある。法律がここまで裁量を委ねたとは言えず、基準は違法で無効だ」などと判断しました。
ただ、判決は泉佐野市の募集方法についても「社会通念上節度を欠くと評価されてもやむを得ない」と苦言も呈しています。

Q:今回の判決は、ふるさと納税の制度そのものについて判断したわけではありません。竹田さん、この判決によって、今後どういう影響が出ますか?

【判決の影響は】

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竹田:まず、直接の影響としては総務省は、泉佐野市をふるさと納税制度に復帰させることが求められます。
その復帰には二つあって、一つは、この制度は、対象期間が1年で毎年更新されます。
新たな期間は、今年10月からで、泉佐野市も、そして去年同じ理由で制度から除外された他の三つの町も、この10月からの復帰を目指すというのがまず選択肢としてあります。
さらにその前に、泉佐野市としては今回の判決で去年除外されたことが違法だと認められたわけですから10月を待たずに、ただちに今の期間での復帰も目指すとみられます。
その場合、復帰しても、今の期間は、残りわずかですので、除外されていた期間に受けられた筈のふるさと納税について損害賠償のようなことを今後、求めるかどうかが焦点となります。

また、実は、泉佐野市は、もう一件、国を相手に訴訟を起こしています。
これは、泉佐野市が多額のふるさと納税を集めたことを理由に、総務省が泉佐野市に対する地方交付税を減額した決定の取り消しを求めているもので、今後、この裁判の行方も焦点となります。
清永さん、その一方で、国に従ってきた多くの自治体の受け止めも気になりますよね?

【係争処理委員会と国と地方の役割】
清永:そうなんです。泉佐野市が勝訴したことで、通知を自主的に守ってきた全国の自治体からすれば「従った方が損をする」と不満が出るでしょう。

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実は今回の対立、法廷で争われる前に「国地方係争処理委員会」という組織で審査されていました。
この組織は、地方分権が進む中、国と自治体の争いを対等な立場で迅速に解決するため、平成12年に総務省に置かれた第三者委員会です。この委員会が去年、「告示基準を不指定の理由にすべきではない」などして総務大臣に再検討を求める勧告を行っていました。
しかし、総務省は泉佐野市をふるさと納税から除外し続け、裁判になったわけです。国とすれば、返礼品競争が過熱すれば、制度が立ち行かなくなるという危機感が背景にありました。
ただ、総務省に置かれた委員会の判断内容をその総務省が認めない。その結果、今回、総務省の敗訴が確定しました。もし、委員会の判断内容に従って解決していれば、ここまで長引くことはなかったはずです。

Q:竹田さん、最後に、やはりふるさと納税そのものの今後の課題について聞きたいんですが。

【ふるさと納税の課題】

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竹田:今回の訴訟は、この制度をめぐって何年も前から指摘されている課題が、改めて問われることになった。
それは、理念と実態の乖離。つまり、返礼品の問題です。
この制度の本来の理念は、納税者の自由な意思で、税金の納め先を事実上、選ぶことができる。
それによって自分のふるさとや、地方を応援できるという画期的な制度です。

しかし、では実態はどうでしょうか?
多くの自治体が返礼品競争に走り、利用者も、まずほしい商品を探してから代金のかわりにふるさと納税するという、まさに便利な「カタログショッピング」になっているのが実際のところではないでしょうか?

それでも最近、利用者の側では、変化が起きています。
新型コロナウイルスとの厳しい前線でたたかう病院や医療関係者の人たちを支えるために、返礼品なしでふるさと納税を行う事例が増えています。
また大きな災害が起きれば被災地への返礼品なしのふるさと納税も増えます。
納税者の貴重な税金を地方の再生と応援にまわしてもらう、という制度の原点に立ちもどって返礼品の規制を今後どう見直していくか、考えるべきだと思います。

【対等な関係で公平な仕組みを】
清永:今回は、ふるさと納税の課題にとどまらず、国と地方自治体の関係も問い直すものとなりました。
国が通知や告示に頼らず、事前に自治体の声に耳を傾けて十分に調整し、法律を整備していれば、今回のような深刻な対立は避けられたはずです。
国と自治体が対等な立場で議論し、国民が納得できる制度を整える。今回は、その大事さを、改めて示したのではないでしょうか。

(竹田 忠 解説委員/清永 聡 解説委員)

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「スパコン『富岳』 世界一をいかすには」(時論公論)

水野 倫之  解説委員

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日本のスーパーコンピューター富岳が性能を競う世界ランキングで一位を獲得。
スパコンは防災対策や薬の開発などに不可欠な現代社会のインフラで、日本の首位奪還は先代のスパコン京以来9年ぶり。日本の技術力を世界に印象づけた。
でも一位が目的ではない。
幅広く使い、私たちの暮らしに役立つ成果を多く上げてこそ意味を持つわけで、今後世界一の性能をどう生かしていくかが問われる。
今回の世界一獲得、その背景には先代京の反省があった点。
富岳では何が可能になるのか。
世界一の性能を最大限いかすにはどうしたらよいか。
以上3点から水野倫之解説委員の解説。

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富岳は先月、兵庫県の理研・理化学研究所に設置を終えたばかり。
京の後継機として国費1100億円をかけ、理研と富士通が開発。

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まだ調整中で、現状の性能は最大でも9割だが、それでも今回、計算速度で世界1位を獲得。
その速さは、1秒間に40京回の計算できる。新開発のCPU・中央演算処理装置を16万個つなげて実現した。2位のアメリカのスパコンにおよそ3倍の大差。
ただ今回注目すべきは、それ以外の3つの部門でも1位を獲得した点。
アプリを入れた際のシミュレーションのしやすさ、ビッグデータの処理性能、人工知能の学習性能の各部門で2位に圧倒的な差。
これは車で例えれば、レーシングカーの要素に加え、一般の道路でも安定して速く走れる乗用車の面も持ち合わせていることを意味。速いだけでなく使い勝手のよいスパコンであることが認められた。

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その高性能が実現した背景には、先代の京の反省があった。
京は当時の民主党政権の事業仕分けで、「2位じゃダメなんでしょうか」と追求され、世界一の計算速度を目指すあまり、使い勝手の悪いスパコンとなり、利用が広がらなかった。
CPUを日本独自の仕様にこだわって作り込んだため、使えるアプリが限られ、ガラパゴス化。
その後速度世界一こそ獲得したが、特に企業の利用は100社余りにとどまった。
そこで富岳は京を教訓に、使い勝手の良さが当初から開発目標。
名前も、富士山のように裾野が広い、つまり利用が広がるようにとの願いが込められている。
それを実現するためにCPUは日本独自ではなく、世界でも広く使われているイギリスの方式を取り入れ。こうすることで、パワーポイントさえも富岳で動かせる。
こうした使い勝手の良さに加えて、日本が得意な超微細な加工技術を駆使し、配線の間隔がわずか10億分の7mという高密度の回路を持つCPUが完成して速さも実現。今回4冠が達成された。

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では世界一の性能で何が可能になるのか。
イメージするために、まずは先代京の成果について。
東日本大震災で周期が長い地震動で超高層ビルが大きく揺れたが、今後予想される南海トラフ地震では、京のシミュレーションで、高さ60mの最上階の揺れ幅は最大6mに達することがわかった。

また医療分野では、CTのデータをもとに患者の心臓を17万以上の要素に分割して正確に再現することに成功。心臓の病気で、手術前にシミュレーションできるようになり、実際に臨床で生かされている。

さらにものづくりの分野では従来のスパコンが描き出した車の空力特性のシミュレーションで滑らかに見える空気の流れも、京では空気を20億の要素に分けて計算することで、実際には細かく波打っていることがわかる。この結果をもとにメーカーは車体のデザインを変えて燃費を改善することが可能に。

富岳も同じように地震津波などの防災や医療、それに産業利用に加え、宇宙の進化の解明など基礎的な研究にも利用していくことが決まっているが、計算速度は京の40倍。
京で1年かかっていたシミュレーションが、富岳だと数日でしかもより詳細にできるようになるわけで、来年度からの本格運用に向けて、大きな期待。

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ではこの世界一の性能を最大限にいかしていくためには何が必要か。
まずは京では広がらなかった民間利用の拡大に力を入れること、そして緊急を要するような国民的な課題解決に向けてすばやくテーマを選定し利用できる体制をあらかじめつくってことの2点が重要。

文部科学省は当面は全体の利用枠の15%程度を民間に振り向ける考え示す。しかし利用が広がらなかった京でも民間利用は最大14%はあったわけで、まずはこの民間枠の目標を最初からもっと高く掲げる必要。
京の成果を紹介するなどしてこれまでスパコンを使う機会や技術がなかった企業に対して利用を積極的に呼びかけること。

また緊急を要するテーマでいかにはやく富岳を利用して研究成果を出していくかも課題。
その点、今回新型コロナウイルス対策で文部科学省と理研が、まだ調整中だった富岳を4月から急遽動かして研究を開始したのは妥当な判断。すでに成果も得られ始めており今後の運用の参考になる。
オフィスでの飛沫飛散のシミュレーションではマスクを着けずに咳をすると正面の人には飛沫が飛ぶが、隣や斜め前の人にはあまり飛ばないという計算結果を数週間で分析し発表した。
さらに2000以上あるほかの治療薬の中から新型コロナに効く可能性のある薬を見つけ出す研究も、まもなく成果を発表できるということ。
ただこうした対応は異例で、今回富岳がまだ調整中だったため、利用枠を容易に確保できたもの。
通常研究テーマは原則公募で、専門家でつくる委員会が審査し数か月かかって選定され、利用枠は数か月先までほぼ埋まっている。今後、今回のような緊急の課題がでてきた場合に同じような手続きをしていては間に合わない。民間含めすでに決まっている利用枠の一部を制限してすみやかに利用することなどが想定。
ただ利用を予定していた企業などには大きな影響があるわけで、来年度からの本格運用を前にこうした緊急避難的な利用についてのルール作りを急ぐ必要。

スパコンは米中が激しい競争を繰り広げており、富岳の1位も数年以内にはとってかわられるのは確実で、順位にこだわることはあまり意味がない。
ただ今回のような緊急課題でスピーディに様々提案できることがわかれば、巨額の国費をかけることについても国民の納得は得られるだろう。

(水野 倫之 解説委員)

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