Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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概念の提示

 正門前の桜への挨拶を済まし、同道していた冥夜も別れ、夕呼と霞の後に従う。

 細かな差異はあるとはいえ慣れ親しんだ基地なので、どこに連れて行かれるのかと思うまでもなく行先に見当が付いた。向かっているのは戦術機用のシミュレータ室だ。

 

「いいんですか、こんな時間に?」

「こんな時間だから空いてるのよ。それにアンタ、誰に聞いてるのよ? あたしはここの副司令よ」

 その立場が無くても好きにやってるんだろうなぁとは、一方的な形ではあるものの付き合いが長い武は口にはしない。

 

 戦術機シミュレータは大がかりなシステムだ。普通であれば好き勝手に使えるものではなく、その使用時間は、各部隊に割り当てられている。

 いまだ朝鮮半島での防衛戦が続いているということは、この基地のみならず日本自体が後方国家扱いなのだろうが、シミュレータの使用にそれほど余裕があるものではないはずだ。

 ただ言われてみれば通常の訓練時間から外れたこんな時間帯であれば、空きの一つくらいはあってもおかしくない。

 

 

 

「強化装備は用意してあるから、とっとと着替えてきなさい」

「りょーかいです」

 

 時間と言えば、夕呼に時間の余裕が無いのは確かだ。武のわがままに長々と付き合ってもらえるほど、第四計画総責任者の立場は軽くない。

 手渡された強化装備を、シミュレータ室横の更衣所で手早く身に着ける。

 

(正規兵用の物がいきなり渡されたってことは、場合によっては訓練終了を待たずに前線行きって可能性もあるか)

 いまだ日本が後方国家であるならば、男性訓練兵用の強化装備も余裕がありそうなものだが、宛がわれたのは黒の正規兵用のものだった。無駄を嫌う夕呼のことだ。武が任官していなくとも、有用だと判断されればそのまま衛士として使うつもりなのだろう。

 

 

 

「白銀、さっさと乗りなさい」

「というか俺何するんですか? まったく説明が無いんですけど」

「シミュレータ貸せって言ったのはアンタでしょ、新OSとやらの説明をしなさい。まりもと伊隅も呼んであるから、そっちからも質問させるわ」

 

 そう言われて管制室の方を見ると、まりもとみちるだけではなく、夕呼の秘書官でもあるイリーナ・ピアティフ中尉もいる。オペレーターは彼女が担当してくれるようだ。

 

 

 

「あ~了解です。俺の戦術機適正の測定じゃないんですね」

「それも必要だけど、そんなのは後でいいわ」

 訓練時間の過ぎた今、起動しているシミュレータは一基だけだ。

 はいはい、と簡単に応えながらコクピットに潜り込む。先日の桜花作戦の時はXG-70dに搭乗したとはいえ、それまでは不知火に乗っていた。着座調整など手慣れたものだ。無意識のうちに済ませられる。

 

『準備はできた? 撃震でいいのかしら? 場所とかどーするの?』

「説明の為にもちょっと飛び跳ねるので機体は吹雪で、エリアは市街地でお願いします」

 管制室に入っていった夕呼から問われるが、現状のOSが載っている撃震では細かな機動がしづらいので、第三世代機の吹雪を指定しておく。

 先の冥夜との打ち合いで実感したが、体力以外は問題が無いはずだ。むしろ技量に関しては一周目の記憶が積み重なっている分、先日の桜花作戦の時よりも、上回っているかもしれない。

 

(とはいえその体力が問題だよな。耐Gは大丈夫とはいえ、フィードバックデータのない今、あまり振り回す余裕はないかも)

 

 今の武の主観記憶としては、一ヶ月ほど前までは乗っていた吹雪だ。違和感は少ないが、療養明けらしい自分の身体はまだ信用できない。

 歩いて走ってちょっと跳躍、抜刀からの切り返しと突撃砲を単射と連射。その他いくつかの基本動作をこなし自身の身体の調子を測る。本調子でないのは明らかだが、長時間の作戦行動でもなければ大丈夫だろう。

 

 

 

「では、現状の戦術機OSに関して自分が問題と感じている部分の挙動と、それに対する改善案とを説明させていただきます。要望としては、先行入力、コンボ、キャンセルの三要素となります」

 上官三人、というよりはむしろ恩師ともいえる三人を前に、さすがに武としても緊張する。

 夕呼は嫌がるだろうが、どうしても口調は硬くなる。

 

「では、第一に先行入力です。衛士のお二人には既知のことでしょうが、戦術機の各挙動には一定のマージン、言ってみれば動作後の『硬直』が存在します」

 まりもやみちるには言わずもがなのことなのだが、OSの開発を担当してもらう夕呼や霞、そしてピアティフの為に当たり前のことから説明していく。

 話ながら、見た目としても理解しやすいように、わざと「どっすん」と着地する。

 

「一番判りやすいのが、この着地時の硬直です。機体安定のために姿勢制御が自動で入ってしまうせいで、次の動作に移るのに間が空いてしまいます」

 そしてこの硬直中に着地エリアが掃討できていなければ、戦車級に取りつかれる要因となる、と続ける。

 

「射撃にのみ関して言えば機体の静的な安定は必要なのですが、機動面で言えばむしろ不安定であるほうが次の動作への繋ぎとなります」

『動的な安定性が欲しい、ということかしら?』

「そうですね。人間だったら転がりそうになりながらでも走れますが、今の戦術機ではそれが難しいんですよ」

 第二世代機以降、機動性を高めるために戦術機の重心は人間よりも上方に設定されているが、その動的安定性がOSによって制限されている、と説明する。

 

 斯衛軍衛士の上位連中であれば、極限まで刻んだ入力でオートバランサーが機体を立て直す挙動すらも機動の一環として組み込み「こけている状態で移動する」などといったことも可能としているが、当然それを実行できる者は数限られる。

 

 

 

「この硬直が発生しそうな動作の前に、次以降の行動入力を受け付けてもらうことで、動作の繋ぎを作り出し無駄な時間を無くして欲しいというのが『先行入力』の目的です」

『先の例だと、例えば……着地後の姿勢安定の工程を省略し、いきなり走行を開始する、といった形か?』

「はい。神宮寺軍曹殿のおっしゃる通りです。跳躍後の着地後行動が素早くできれば、そうですね……人間のハードル走のように繋がるのが理想的ですね」

『なるほど、了解した』

 まりもが噛み砕くように返答する。おそらくは既に頭の中では新しい挙動を組み立て始めているのだろう。

 

『ふむ。その硬直と言えば、リロード後の行動なども考えているのか?』

 続いてみちるからの質問が上がる。問われるのはちょうど武が説明しようとしていたことの一つだ。

 

「はい、この動作、ですね」

 まだ弾は残っているが、説明の為だ。マガジン交換を指示した。

 副腕が複雑に動き、マガジンポーチから予備を取り出し、右腕の突撃砲をリロードする。そして副腕が再び背部に収納されると同時に、突撃砲を正面に構える。

 

「正直この構えなおしも必要かどうか謎なんですが……このリロード中に目標指示をしていたとしても、現状のOSだと前に向くんですよね。これを『先行入力』の形で、次の射撃目標に向けておくとか、36mmと120mmとを続けてリロードする、なども可能になれば対応可能な状況に幅ができると考えております」

 そもそも今のOSでは、マガジン交換は原則的には一門ずつ停止状態で行われる。もちろん定速歩行中や巡航飛行状態であれば可能だが、回避行動や主副の右腕は攻撃し左椀でリロードなどは非常に困難である。

 

『つまり今までの戦術機OSってのは、いちいち入力されていたコマンドをその場その場で逐次実行してたってこと? バッファもしてないの?』

 馬鹿じゃないのと言いたげな夕呼だが、仕方がない面も大きい。設計思想も運用方法もそういう風に考えられていなかった、ということだ。

 

「自動車と同じですよ。機械なんだから、先の挙動を入力するなんて発想が無かったんだと思います」

『まあ勝手に曲がろうとするクルマなんて、乗ってても面白くないし気持ち悪いわね。ただ逆に戦術機は人の挙動に近いから、先を予測して動くべきだ……といったところかしら?』

「そうです。とくに近接戦では、常に先の事象を想定していますから、長刀を使ううえでも先行入力の恩恵は大きいかと思います」

 

 

 

「では第二にコンボ。事前に登録しておいた一定行動の自動再現、といった機能ですが……」

 長刀を抜刀し、踏み込み袈裟斬り、そこからの逆袈裟。

 

『ああなるほど。近接攻撃でよく使う斬り方などを登録しておいて、呼び出す、ということか?』

「はい、その通りです。今はキャンセルができないので、連続可能な部分だけ再現しましたが、本当はこの動作の前に短距離跳躍なども含めたいのです」

『ふむ……短距離跳躍で距離を詰めて攻撃可能範囲に入ったところでキャンセル? 動作の強制割り込みか? そこで先の格闘動作を連続で再現する、ということだな」

 まりもがコンボの説明中に、最後に言うべきであったキャンセルの内容を言い当てる。

 実践していないのによく理解してくれるものだと、さすがは教官だと感心してしまう。

 

『このコンボ?だが、例えばだが……そうだな。要塞級相手であれば高度などもほぼ固定されるので、神宮寺軍曹、貴女の動作を組み込んでおけば、極論すれば誰であっても胴体切断なども可能になるか、ということか?』

 みちるが隣にいるのであろうまりもを例にして問う。

 

「はい。コンボのパターンは事前に組み込み、機体ごとに最適化していくことが必要になりますが、この機能の目指すところの一つは熟練衛士の挙動を誰もが再現できるようにすること、であります」

 

『一つ、ということは他にも目的があるのか?』

「はい、例えばですね、こういう行動ですが……っと」

 ブースト跳躍から、浮かび上がった瞬間に逆に地表に向けてブースト。

 

「今はちょっとキャンセルも先行入力もできないのでゆっくりめにしましたが、これがコンボとして繋がれば、光線級がいるところでも短距離のジャンプはこなしやすくなるかと。これに着地予定地域への120mmキャニスターの事前射撃などを組み込めば、戦車級に齧られる危険性も減らせると考えております」

 ただこれをキャンセル機能があるからと言って毎回手動で入力し続けることなど、どれほどの集中力が必要になるのか、と。

 

『なるほど。コンビネーション……コンボか? 複雑な工程を一括登録することで、衛士の負担を減らすことも目的なのだな』

 

 

 

「最後に。説明が前後してしまいましたが、キャンセル、なんですが……入力してしまったコマンドを強制停止、あるいは割り込みで他の挙動に変更できるようにならないか、と」

 武としては一番実装してもらいたい機能でもある、キャンセル。

 ただ、もう説明終ってしまってるじゃねーか、とは武としても言えない。それにこれは機能が実装されていないと、実況もできない。

 

「あ~なんと言いますか、新兵とかだと多いんじゃないですか? レバガチャ、間違えたーっと思ってガチャガチャとスティックを無駄に動かしてしまうヤツが」

『……』

 どうにか捻り出した説明は、諦めたかのような沈黙でもって答えられた。だが教官であるまりもは当然、新兵の相手をすることの多いみちるにしても、レバガチャと言われて「あぁあれか」と、いくらでも思い出せるのであろう。

 

『シミュレータでの説明はそれくらいかしら、白銀? なら一度降りてきなさい』

「了解」

 

 

 

 

 

 

「白銀武、入ります」

 強化装備のままに、管制室に入る。

 室内にいたのは夕呼にまりも、みちるの三人だけだった。すでにピアティフと霞の姿が無いのは気にかかるが、尋ねるほどでもない。

 

「紹介とかはどうでもいいわね。で、まりも、あなたの感想は?」

「先行入力による硬直の短縮、それだけでも間違いなく有効です。そして今は概念だけ伝えられましたが、そこにキャンセルが加われば、衛士の生存率は劇的に向上すると思われます」

 まりもは教官としての教え子を失いたくないとの気持ちからか、XM3の防御面での利点を上げる。

 

「へぇ、その理由は?」

「先の説明の最後にありましたが……衛士の死亡要因に多いのが、判断ミスからの誤った挙動、そこでの思考停止、パニックなどです。慌てても復旧できず、それがさらにミスを誘引させます」

「なるほどね。ミスを取り消せる、間違った挙動をキャンセルできれば頭も冷えるってことね」

 

 

 

「伊隅は?」

「キャンセルや先行入力に関しては神宮寺軍曹と同感です。付け加えますと、コンボでしたか。一定動作の組み合わせというのは、特に前衛衛士には有効であろうと推測します」

「続けて」

 

「先ほどの例ですと、跳躍から地上への反転ブースト、合わせて着地予定地点の掃討まで『ごく自然』にこなしましたが、我が中隊、いえ連隊すべてを含めましても、あれほど滑らかに繋げられる者は少数です」

 そもそも地上に向かってのブーストという点が異常なのだが、今はそれは横に置く。だが間違いなく精鋭と言えるレベルのA-01連隊全体を通しても、あの動作を繰り返し続けられる衛士は少ない。

 

「後衛であれば比較的余裕がありますが、密集戦における前衛の行動は逼迫したものがあります。コンボという形で一定の行動が簡易に選択できるのであれば、攻防ともに取りうる戦術に大きく幅ができます。またおそらくですが、コンボ行動中もキャンセルができるものと推測いたしますが、その場合の安全性向上は計り知れません」

 まりもが防衛面での利点を上げたからか、みちるは攻撃面での利点を上げて補強する。

 

 

 

「簡単に言えば、アンタたち二人、いえ白銀入れて三人とも、とっととあたしにこれが実現できるOSを作れってことね?」

「副司令のお時間が貴重なことは重々承知、いえ自分では想像できぬ以上の責務でしょうが、一衛士としてだけではなく、部下を預かる身としては……」

「だから硬いわよ伊隅。そこの白銀みたいに『作ってくれなきゃやだー』くらい言いなさい」

 

「ぅえっ!?」

 呼び出されたものの、部屋の片隅で放置されていた武に、機嫌よさげな無茶ぶりがなされた。

 

「ほら、白銀」

「え、ええっ……つくってくれなきゃやだーゆーこせんせー……これでいいですか?」

 たぶん求められているのは、これだろうと諦めて棒読みする。

 まりもとみちるからの同情の視線が、さらに侘しさを高める。

 

「……一気にやる気がなくなったわね」

 夕呼までもが呆れたかのような声を上げたのには、さすがに武を含む部下三人の視線に非難が含まれる。

 

 

 

「ジョーダンよ、ジョーダン。それに社とピアティフにはもう準備を始めてもらってるわ」

「……ありがとうございます、夕呼先生」

 いろいろと悪巧みの好きな夕呼だが、不思議と一度約束したことは違えない。作ると言うのならば作り上げてくれるはずだ。

 

「ソフトの方は簡単だわ。ただ間違いなく現状のOSよりも複雑化するから、それに対応できるだけのハードが必要になる。ただそのハードの方も手持ちの機材ですぐに形になる。もちろんデータ取りや細かな調整はアンタたちにやってもらうけど……」

 OSの仕上げとは別に、CPU関連の量産には時間がかかりそうだという。

 

「手持ちだけでとりあえずは……そうね、伊隅の中隊と、207訓練分隊の分は確保するわ。そこから先はOSの出来次第ね」

「えっ?」

 みちるは自分の中隊に回されることは予測していたのであろうが、まりもとしては訓練分隊に回ってくるなどとは思っていなかったのだろう。驚きで声を漏らす。

 

「失礼ながら副司令? 今の207B分隊は総合演習にも合格しておりませんから衛士訓練には参加されられません」

「総合戦闘技術評価演習、だったけ? まりも、アンタが本気になればすぐに合格させられるでしょ? 前倒しで、そうね……来週には終わらせるわ」

 

 すでに夕呼の中では何らかの計画が進んでいるようで、いきなりの訓練予定変更が、まりもに突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 




予定通り?ここからは週二回くらい更新できたらいいなぁなペースに落ちます。出来ましたらごゆっくりおつきあいください。多分次回更新は来週半ば以降です。

でXM3は、まあこんな機能なのかなぁ……といったぼんやりした感じです。

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